第1482話 彼らにしか出来ない事・1
クッキング・フェスティバルの開始からおよそ8時間。一日目の日程も大凡終わった頃の事だ。クッキング・フェスティバルも夕食を主眼とした料理の提供の時間となっており、遂にカイト達の出番と相成る事となっていた。というわけで、彼らの登壇の直前。神殿都市の中央にある大広場では司会のカルメがカイトらの紹介を行っていた。
「さて、次の参加者の準備が整いました! では、次の参加者のご紹介に参りましょう!」
カルメはそう言うと、少しだけ驚いた様な表情を見せる。これは半ば演技ではあるが、半ば驚いていたのも事実だった。そうして、そんな彼女は改めてカイトの紹介を開始した。
「なんと! まさかまさかの人物がこのクッキング・フェスティバルへの参加を決定! つい数日前、皇帝陛下より直々に二つ名を授けられ、あの伝説の勇者もかくやという名演説をやってのけたもう一人の勇者! メイン料理人は冒険者カイト・アマネさんです! 補佐はティナちゃん、ユリィちゃんのお二人です!」
カルメからの紹介を受けて、カイト達が舞台へと登る。なお、ティナとユリィの二人については流石に本名をバカ正直に言うわけにもいかなかった為、マクダウェル家から圧力を掛けてこの呼名で良しとさせた。
この話を聞いたカルメらも些か疑問を抱いていた様子だが、まさか三人が本物の伝説の勇者とその相棒、魔王とは思いもしない様子だった。この映像を見ている者たちの中には同じ疑問を抱く者もいたが、皇帝レオンハルトが居る以上これで良いと判断されたのだろうと特に疑問を抱く事はなかったとのことである。
それに何より、浮遊大陸以外でティナの幼少期の姿を知っている者は居ないし、知っている時点でカイトの身内やイクスフォスの身内。問題はない。カイトにしたって姿を若干変えてある。よしんばかつてを見知っていて似ているとは思われても、本人達とは思われなかった。それに何より、これを有効に活用する策も思いついていた。
「さて……実は純粋な冒険者がここに登るのは優に三十年ぶりとの事。今回は少しの考えがあって参加したとの事で、その考えは料理を見てもらえればわかるとの事でしたが……どういった料理をお考えなのでしょうか?」
「普通の料理ですよ。至って普通の、どこにでもある夕食です」
カルメの問いかけを受けたカイトは少しいたずらっぽく笑いながら、敢えてはぐらかす様にそう明言する。勿論、至って普通のどこにでもある夕食と言いながら、単にそれだけで終わらせるつもりはない。そしてここらは予め打ち合わせされていた事でもある。なのでカルメも笑顔でそれに頷くだけだった。
「そうですか……では、楽しみにさせて頂きましょう! さて、お次は……」
先にカイト自身も言及していたが、一度につき二つの参加者が同時に料理を行う事となる。なのでカイト達以外のもう一組が呼ばれ、逆側の舞台袖から舞台に登る事となった。
どうやらこちらも学生を中心とした参加者らしい。人数は四人で、聞けばハイゼンベルグ領の学生との事であった。カイト達との兼ね合いで一日目のこの時間になったそうだ。そうして二つの参加者が揃った所で、カルメが改めて舞台の中央に立った。
「改めましてになりますが、ここで調理時間等のご説明を! これより夕食となりますので、調理時間は開始の合図より一時間! その後、一時間が食事と審査、休憩となります! それを頭に入れた上で、調理を行ってください!」
カイトの返答に頷いたカルメは改めてカイト達――ないしはこの時間から見ただろう観客達に向けて――へと料理時間等の説明を行う。そうしてその説明が一通り終わった所で、カルメが一つ溜めを作った。
「……では、調理開始です!」
カルメの合図に合わせて、調理時間の開始を告げる銅鑼の音が鳴り響く。そうしてそれを受けて、カイト達も料理を開始する事にした。
「さて……」
やはり色々と企んでいるからだろう。カイトは楽しげに、自分が何を作るかを思い出す。彼の担当はエネフィアの料理。それもマクダウェルを中心とした郷土料理だと言える。無論、単純にそれというわけではない。
「マクダウェル領の基本は日本で言う所の近畿系の料理に近い。まぁ、当然っちゃ当然だな」
楽しげにカイトはそうここら近辺での料理の風習を語る。これには勿論、彼の影響が大きい。が、決してそれだけではない。そもそも彼の領地は三百年前は荒れ果てていた。そこに彼の庇護を頼りに領民達が集まって出来上がっている。
それで日本料理と同じになるはずがない。更に言えば、海鮮と米が中心だった日本に対して、皇国は肉と小麦が中心だ。だからこそカイトが稲作を推奨していたわけだし、漬物も作っていた。そこらから味付けとしてもかなり毛色が違うと言ってよかっただろう。
「さて……豆腐は、と」
そんなマクダウェル領の料理であるが、肉が中心の筈なのにカイトはどういうわけか豆腐を手に取っていた。そして地球でもそうである様に、エネフィアでも中津国を除けば豆腐は滅多な事では見られない。マクダウェル家も豆腐は用意していない。故に、唐突に現れた真っ白い四角い物体にカルメが首を傾げた。
「おっと!? これはなんでしょうか! 妙な白い物体を取り出しましたが……」
「あれは……豆腐ですね。中津国で使われている物です。基本、皇国では使われないものですが……日本料理を作ろうという事なのでしょうか」
カルメの呈した疑問を受けて、審査委員の一人である郷土料理専門家がこれが何かという説明と、意図は何かという推測を述べる。が、この推測に皇帝レオンハルトが口を開いた。
「いや、それは無いだろう」
「? 陛下。何かご存知なのですか?」
「いや、余も彼がどういう料理を作るかは知らぬ。が、彼が妙な事を考え出す男である事は知っている。見よ、あの笑みを。先の推測を聞いて楽しげになった。つまり、これは間違いという事であろうな」
料理の専門家が料理人達であるとするのなら、皇帝レオンハルトは人を観る専門家だ。故に彼はカイトの機微に気付いていた。と、そんな二人の意見を聞いて、カルメはそろそろ一度料理人達に話を振るか、とカイトへと近付いていく。
「との皇帝陛下のご意見ですが……アマネさん。そこの所どうでしょうか」
「あはは。まぁ、陛下のお話が正解です。と言っても、半分正解ですし、半分誤りという所ですが」
「ほう」
「実際、私は日本料理を作っていませんよ。でもあっちは日本料理を作っています」
あっち。そう言ったカイトは視線でティナを指し示す。あちらはあちらで既に調理を開始しており、何かを作っている様子だった。が、この口ぶりだと二人共別の料理を作っているという事なのだろう。と、そんな不可思議な話を出したカイトに、カルメは生返事を返すもすぐに気を取り直した。
「はぁ……っと、失礼致しました! では気を取り直してあちらに参りましょう!」
当然の話ではあるが、このクッキング・フェスティバルのメインはあくまでも料理。優先されるべきは料理人であって、アナウンサーが視聴率稼ぎや尺稼ぎをする事ではない。
なので手短にカイトの話を聞いたカルメは笑顔でもう一つの参加者達の方へと話を聞きに行く。その一方、残ったカイトはというとユリィからこれまた持ち込んだ調味料を受け取っていた。
「ほい、カイト。次はパルメの実」
「サンキュ……あ、ユリィ。醤油大さじ一用意しといてー」
「はーい」
カイトの依頼を受けたユリィはこれまた持ち込んだ壺を開いて薄口醤油を計量して用意する。パルメの実というのはエネフィア特産の香辛料だ。系統としては山椒に近いとの事で、山椒が手に入らなかった事でこれを代用する事にしたらしい。基本、ユリィは二人の補佐でメインで調理をするのはカイトとティナだった。
そんなティナはこちらは大半、マクダウェル家が用意していた食材を使っていた。が、それも全てではない。持ち込んだ食材も使っていた。
「さて……煮浸しの用意はこれで大丈夫じゃな」
ティナは持ち込んだ煮浸し用の出汁の味をしっかり確認して、一つ頷いた。当たり前だが出汁はマクダウェル家で用意出来るものではない。よしんばもし用意出来たとて、この日本風の味付け――鰹だし――がされた出汁については用意が出来ないだろう。
と、そうして煮浸し用の出汁の味の最終調整を行っていた一方で、カイトの補佐から移ったユリィが葉の物を切り終えていた。
「ほーい、ティナー。こっちの葉の物とおあげさんのカット終わったよー」
「うむ。では、これをひとまずは鍋に入れて……一分程煮る」
何だかんだ言いつつ、浮遊大陸で過ごしていた頃にミレーユより花嫁修業もさせられていたからだろう。ティナの包丁さばきには迷いが無く、カイトの様な鮮やかさこそないもののしっかりとした慣れが見受けられた。
「良し。後は少し冷めるのを待つ」
煮浸しは基本、冷めた状態で頂く。そしてクッキング・フェスティバルに参加するにあたって、いくつかの料理を申請してある。なので冷ましている間に別の料理をしたいし、煮浸しは先に言った様に冷めていても問題のない料理だ。後で焦るより終わらせられる料理は先に終わらせておいてしまおう、という判断だった。
と、そんなわけで煮浸しを冷やしながら次の料理の手配に入ったティナに向けて、こちらはこちらで次の料理の仕込みに入ったユリィが問いかけた。
「そういえばティナー」
「なんじゃー」
「良いことと悪いこと、どっち聞きたい?」
「んー……まぁ、悪い方をさっさと終わらせよう」
ユリィの問いかけに対して、ティナは大凡が理解出来ていた事もあり悪い方をさっさと終わらせる事とする。そして彼女の見通した通り、悪い方は大方予想通りだった。
「……これ、良いの?」
「構わん。放置で良い」
「……まぁ、保護責任者がそれなら良いか」
ユリィは振り向いて水道で手を洗う際に目に入ったクラウディアを流し見て、放置を決め込む事にする。時と場所、場合を弁えろと言いたいのであるが、流石はティナの誇る四天王の一人にして最も性愛含みの狂信者と言われるクラウディアだろう。
超高度な分身を自席に残して、彼女自身はこれまた超高度な隠形を施して舞台に上がっていた。カイト達以外に気付いたのは、やはりカイト関連の面子だけだ。問題にはならない。で、当然ティナの周囲をうろちょろとして写真撮影を行っていたのである。
「はぁ……はぁ……魔王様の割烹着姿……レア。超レア……やばい……新たな性癖に目覚めそう……こ、今度大人状態で着て頂きたい……うっ! 想像しただけで鼻血が……お、恐ろしい。色気の無い割烹着なのに猛烈な色気が……う、うなじが眩しい……」
「はぁ……想像で鼻血とは相変わらず器用な奴じゃ。ほれ、ティッシュじゃ。で、間違っても隠形、ばれるでないぞ。言っておくが、お主は今、魔王としておるんじゃからな。ここは私的な場ではない故、一歩間違うとお主、ロリコンの百合女になるぞ」
「大丈夫です。魔王様の前でその様な不出来な事をすれば、ティスの墓前に顔向け出来ません」
ティナの一応の苦言に対して、クラウディアはどうして一瞬で普段の状態に戻れるのだろうか、という程の変わり身を見せる。なお、ティステニアの墓前と言う様に、あの大陸間会議の後に彼の墓が魔王城の一角に設けられたらしい。今はまだ公にはされていないが、既に彼もまた被害者である事が分かっている以上、どこの国も問題にはしなかった。
「ま、それなら構わん……で、気が済んだらお座りじゃからな」
「イエス・マム!」
ティナの命令にクラウディアは一切の迷いなく軍礼で応ずる。というわけで再びよだれを垂らしながら写真撮影に入った彼女をスルーする事にして、ティナは再びユリィに話しかけた。
「で、良い事は?」
「あ、うん。味噌煮込みに使う肉の仕込み、終わったよ。冷蔵庫入れてる」
「うむ、すまぬな」
ユリィよりの報告にティナは料理中という事もあって小さく頭を下げる。そんな彼女はこちらも持ち込んだ味噌を使う為、新たに鍋で煮干しを使って出汁を取っていた。
「そういえばティナー」
「次はなんじゃー」
「向こうで料理、誰に習ってたの?」
「ん? ああ、それか。うむ、綾音殿に習ったぞ」
改めて言うまでもないが、ティナはエネフィア人である。であれば日本料理は作れない。地球に渡って後に覚えたのなら、それは必然としてカイトの母である綾音となったのだろう。というわけで、二人はそんな話をしながら少し違う日本料理を作っていくのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1483話『彼らにしか出来ない事』




