第1479話 クッキング・フェスティバル開幕
カイトの開催する春夏秋冬四つの大祭。その一つとなる秋の大祭こと収穫祭。この収穫祭の最後のイベントとなるクッキング・フェスティバルに参加する事になったカイト達は、ひとまず準備してきた食材や調味料の検査を行ってもらうと、そのままの流れで開会式に参列する事になっていた。
「さて……」
参加者の中でも審査委員に審査してもらう参加者専門の受付で自分達の順番や細かな流れを記した台本の様な物を受け取ったカイトはひとまず開会式に備えて控室へと通されていた。そんな彼の横には今回の相棒となるユリィとティナが一緒だ。そんなティナが、台本を読むカイトへと問いかける。
「そう言えば余らの出番はどれぐらいになる?」
「そうだな……審査を受ける参加者の持ち時間は一組につき三十分。で、採点等をあわせて一時間か。その後一時間が準備と休憩になるから、実際には一度に二時間。一度に料理をするのが二組だから……大体オレ達は18時という所だな。まぁ、予定通り進行すれば、だが」
「一番良い時間といえば良い時間かのう」
「どうだろうな」
ティナの指摘にカイトは僅かに苦笑気味に笑う。確かに18時となると夕食の時間でも間違いではない。が、最後の方である以上、いくら完食しないとはいえ審査委員達もほぼ満腹に近いだろう。
なお、クッキング・フェスティバルの開始は朝の10時だ。が、そこから二時間は先に必要な仕込みを終わらせる事になっている。準備時間というわけだ。無論、三十分で終わるので必要ない、もしくは先に仕込みを終わらせて提出しているのであれば行う必要はない。
その間料理をしない参加者達は暇に思えるが、実際には料理が出来上がり次第審査しない参加者達の料理が振る舞われるので、そこまで空腹感を得る事はないとの事であった。
「ふむ……ということは後三十分は暇か」
「まぁ、そうなるな。と言っても流石に十分前には控室に居ないと駄目だから、今から何かを出来るわけでもないんだが」
「そうじゃのう」
カイトの指摘に頷いたティナは暇つぶしとばかりに控室に置かれていた椅子に腰掛ける。彼らが会場入りしたのは開会式の一時間前。案内があったより三十分も前の事であった。
先に担当者に仕込みを提出する必要があったので、かなり早目の会場入りだった。と、そんな手持ち無沙汰なカイトとティナへとユリィが告げる。
「まぁ、とりあえずは待つしかないんじゃない? 実際何もする事もない、って言う風に聞いてるし」
「そうか……まぁ、仕方がないか」
既に案内が始まっていたし、開会式の前にわざわざ慌てたいわけでもない。なのでカイトもティナに倣って適当な椅子に腰掛ける事にする。そんな彼の肩にユリィも腰掛けた。
というわけで、三人は開会式の案内があるまで待つ事にする。そうして、およそ二十分後。彼らに与えられた控室に担当の係員がやってきた。
「おまたせ致しました。開会式の準備が整いましたので、移動をお願いします」
「わかりました……行くぞー」
「あ、うーん」
「うむ」
カイトの言葉にトランプをしていたユリィとティナが中座して立ち上がる。そうして案内された先は神殿都市中央の大広場だ。クッキングフェスティバルの本会場はここで、控室は神殿の一角を間借りしていた。更には規模が規模だし、収穫祭の目玉の一つという事もあって神殿もある種の食堂の様に開放してくれていた。
「さて……」
案内された大広場であるが、そこにあったのは一つの大きなお立ち台と、その上には二つの炊事場と審査委員達が腰掛ける為の長机と椅子、司会者用と思われる台等があった。
そんな大きなお立ち台の前に一日目の参加者達が勢揃いしていた。現在大広場はクッキング・フェスティバル直前ということで貸し切りにされており、中心部には観光客達は入れない状況だった。そんな大広場をカイト達は案内に来た係員に案内されて歩いていく。
「はい、ではこちらが皆様の場所になります」
「ああ、ありがとう」
案内された先でカイトは係員に対して礼を言う。流石に手間の問題からここには椅子は用意されておらず、参加者は揃って立って開会式に臨む事になっていた。なお、カイトが応対しているのは三人の内代表として登録されているのが彼だから、である。
「多いな、随分と……」
埋め尽くさんばかりの人、人、人だ。カイトはそんな光景に圧倒される。今日はクッキング・フェスティバルの初日。開会式だ。開会式を毎日毎日やるのは変な話だろう。なので参加者は一堂に会しており、余計にその印象が強かったのだろう。
と言っても、やはり全部を一緒くたにすると案内やその後の手配が面倒になる。なので参加する日程に合わせて待機場所等は分けられており、カイト達から程近い所に弥生達の姿が、少し離れた所に天桜学園の生徒の姿があった。話せる程の近さではない。と、そんな風に参加者達の姿を見ていたカイトへとユリィが教えてくれた。
「例年、このお祭りは目玉の一つだからねー。ご近所でも料理自慢とかの奥様方とか結構参加するらしいよ。で、気付けばこの規模」
「まぁ、別に審査以外だと何かを制限しているわけでもないからな。多いっちゃ多い……のか?」
「多いよ、多分。実際、普通に料理コンテストとかやってここまで人が集まる事って無いし。更に言えば審査委員が審査する以外にも、口コミで評判になれば審査委員の口に入る事もあるし」
「へー……」
やはりここら知っていても実際に参加していないとわからない事は多かったのだろう。そうなんだ、とカイトは感心した様に頷いていた。
「にしても……作る側だが……」
「お腹空いた?」
「まぁな。流石にこうも良い匂いさせられたら腹も減るさ」
どこか茶化す様なユリィの問いかけにカイトは少しだけ、鼻を鳴らす。既に料理の仕込みを開始している所もある。例えば鍋物なら既に煮込みの支度に入っており、もう良い匂いが漂い始めていた。
「待ち時間は少しそこらを回って物色ってのもありかもな」
「楽しいと思うよ、それは」
「ま、それはおいおい考えればよかろう。始まるぞ」
楽しげに待ち時間の時間の潰し方を話し合うカイトとユリィに対して、ティナが小声で注意を促す。どうやら話している間に時間が経過していた様だ。見れば司会者が既にお立ち台の上に立っていた。
どうやら司会者は女性がメイン、男性が補佐らしい。女性の方は耳が尖っていたが、詳しい種族はわからない。少なくともエルフではないだろうが、若い様子はあった。見た目としてはまだ二十代で大丈夫だろう。男性の方は男性の方で犬系の獣耳があった為、獣人の系統だろう。詳しい種族はこちらも不明だ。こちらは落ち着きがあり、外見上としては女性より二回り程年上に見えた。
『はい、皆様おまたせ致しましたー! 本日はマクダウェル家が主催する四大祭の一つ、秋の大祭名物クッキング・フェスティバルにお集まり頂きありがとうございます! 本日より三日間、司会を務めさせて頂きますカルメ・ベルベットです! 進行はピエール・ジャナンでお送り致します!』
『お願いします』
カルメと名乗った女性司会者は楽しげな様子で声を張り上げる。その一方でピエールと言われた男性は落ち着いた様子で小さく頭を下げた。
なお、後にクズハ達に聞くと見栄えがして快活な印象のあるカルメが勢いで場を回し、堅実に場を回せるベテランのピエールが全体を取り纏めるそうだ。マクスウェルに本拠を置くマスコミの有名アナウンサー二人だとの事である。
カイトとしてはカルメが妙に若いのが気になったが、通例として若い司会者が場を回す事になっているらしい。あまり固い空気になりすぎると参加者達が緊張してやりにくい、との事だった。
更に言うとどうしてもインタビュー等で動き回る事にもなるので、体力が要求される。若さが必要との事だった。なお、これ以外にも一般参加者向けのリポーターとして有名人が複数来ているらしい。
『さて、では本大会の審査委員のご紹介に参りましょう!』
一通り自分達の紹介や大会の趣旨等の説明を終わらせたカルメは更に続けて、審査委員の紹介を行う。まぁ、ここらは敢えて言うこともなく、と言う所だろう。
今年は皇帝レオンハルトが来ている事で彼の紹介があったり、客としてクラウディアが来ていたりするぐらいだ。ゲスト審査員が豪華なぐらいで例年と変わらないと言えば変わらないらしく、特に何か問題が起きたわけでもなかった。というわけなので、カイトは普通に開会式を終わらせると控室に戻らされる事になった。
「というわけで、戻ってきたんですが……」
「暇なんだよねー、ここからも」
カイトの言葉に応ずる様に、ユリィがカイトの肩の上でネコのように伸びをする。が、暇が分かっていてこんな所でのんびりとするわけでもない。そもそも、暇な事ははじめから分かっていた。
そして勿論、運営側もここで延々参加者を待たせるつもりはなかった。今日は開会式があるという事で全員が揃っているだけで、本来は料理開始のおよそ一時間前に会場入りしておけば問題はない。
今回は皇帝レオンハルトが来るという事で流石に欠席は拙い、と全員が一堂に会する事になっただけだ。実際には、二日目以降の参加者だと一日目の開会式の欠席も居ないではないらしかった。
現に二日目以降の参加者達はもう帰っている者も居るし、カイト達の様な一日目でも遅い時間帯の面子については時間にさえ遅れなければ好きにしてくれ、と言われていた。
「ま、それならそれで適当に冷やかしに行けばよかろう。中々に各地の郷土料理を口にする事は出来んしのう。このクッキング・フェスには世界中から人が来ておるし、それに合わせて世界中の料理人も来ておる。たまさか、珍しい物でも口にできような」
「ま、そういう事になるわな」
「なるよねー」
やはりこのクッキング・フェスティバルは世界的に有名な祭りという事がある。そして大精霊達に料理を捧げるというお題目があるので、世界各地の信心深い種族の料理人達はかなりの割合で参加している。そしてその上、カイトの意向を受けた各地の高位異族達もこの祭りには積極的に参加している。異文化交流というわけだ。なので殊更、そういった珍しい料理は多かった。
「じゃ、行くか」
「うむ」
「おーう!」
カイトの号令を受けてユリィが寝そべったまま手を振り上げて、ティナもまた興味半分という所でそれに従う。そうして、三人は気ままに各地の料理をつまみながら、公開されている味を把握する事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1480話『暇潰し』




