第1477話 見本市
カイトがウォルドーとその妻を出迎えて数日。クッキング・フェスティバルも数日後になった頃合いだ。カイトは相も変わらずクッキング・フェスティバルに向けた準備に勤しむ傍ら、今日は見本市の方に出席していた。とはいえ、これは実は冒険部側には出来る限りの参加を通達していたりする。
この見本市には冒険者向けの魔道具の見本市も行われており、それを確認しておくのは当然の事だろう。なので見本市が開催される数日の内一度は休みが取れる様にしてあった。カイトは様々な立場の関係で初日の出席だった。しかも彼の場合は立場もあるので全ての特設会場を見て回らねばならなかった。
「ふむ……」
そんなカイトであるが、やはり立場上もあって最初に見て回っていたのは冒険者向けの魔道具の見本市だ。ここはやはりヴィクトル商会が一番の大手で、サリアが直々に案内してくれていた。開幕に際してはタリア人形も動かしており、どれだけ力を入れているかわかろうものであった。
「あのバカがバカやった護身用のイヤリングを御婦人向けに、ねぇ……」
「そこそこ手間取りましたが、値段としても良い塩梅になるでしょう」
「ふむ……」
一応ここは冒険者向けの魔道具の見本市であるが、地球の見本市がそうである様に別に冒険者だけに卸されるわけではない。普通に販売されるもので、メインターゲットが冒険者というだけだ。なので一般人もこの見本市に来ており、客層としては半々ぐらいだろう。収穫祭に来て物珍しさもあって来ている、というわけなのだろう。
「デザイナーは?」
「本社ビル横のビルを丸々一棟買い取ったのは、別に伊達や酔狂、税金対策だけではありませんわ。無論、盗聴対策等もありますが」
「まぁ、それならそれで良いんだろうがな……ウチからの持ち込み企画っちゃ持ち込みなんだが……」
商魂たくましい。カイトはサリアの解説を聞きながら、ここまで仕上げたのかとため息を吐く。無論これはまだ見本市に出されているだけで、本発売まではしばらくの期間がある。が、この見本市に出せている時点で発売まで後一歩の所までたどり着いていると言っても良いだろう。
「ふむ……冒険者向けというよりも護身用といった方が良いんだろうが……貴族の御婦人方への売り込みを掛けても良いかもな。時折、見境のない女誑しが現れるんだし……」
「ふむ……通用するとは思えませんが……」
「誰見て言っとるんだ」
カイトはじー、とこちらを見るサリアを見ながらジト目を返す。それに、サリアがコロコロと笑った。
「あら、ダーリンに決まってますわ。見境のない女誑しは誰か、と聞けば百人が百人ダーリンの名を上げるでしょう」
「うるせ……まぁ、それはどうでも良いとしてだ。オーダーメイドの受付とかもして良いんじゃないか?」
「ふむ……それは既に手配済みですわ。やはりイヤリング。既成品ではなくオーダーで、と言う方は少なくありませんもの」
一転気を取り直したカイトの問いかけにサリアは既に手配済みである事を明言する。ここらは、彼女の言う通りでこの流れも彼女も見通していた。が、これにカイトが首を振った。
「いや、そうじゃなくてさ。最初からオーダーメイドで売り込み掛けんの」
「なるほど……実際に使って頂いておいて、というのはありかもしれなせんわね……元々、こういった護身用は長い目で見て販売する品物ですし……」
いっそ懇意にしている貴族の令嬢等に使って頂いて口コミを狙うのはありかもしれませんわね。サリアはオーダーメイドに関する予定を少しだけ軌道修正するべく頭の中で予定を組み立てる。
貴族の令嬢や夫人がファッションリーダーを兼ねている事はエネフィアでは珍しい事ではない。現に地球とて中世ヨーロッパでは例えばルイ15世の公妾ポンパドゥール夫人が有名だろう。彼女らの様な相手に使ってもらえれば口コミで広がっていくだろう。
「少々懇意にして頂いている貴族のご令嬢に話を通してみましょう」
「まぁ、ヴィクトル商会の事はそちらに任せるさ。オレが社長ってわけでもないからな」
「そうですわね」
サリアはメモに今回の話の内容をしたためながら、カイトの言葉に頷いた。ここらはカイトに言われなくても彼女が適切に処理する。伊達に世界最大の国際企業を経営していない。というわけで、護身用の魔道具についてはカイトもオーダーメイドで調達する事にする――桜らの分――と、次の魔道具を見る為に移動する事にする。
「こちらは……あぁ、ダーリンお好みのエリアですわね」
「……おい。お前はオレをなんだと思っている」
「料理……好きでしょう?」
「嫌いじゃないですけどね!? 好きでも無いですよ!?」
「あら……それは残念ですわね」
サリアは楽しげにカイトの怒鳴り声に対応する。わかってやっていると考えて良いのだろう。とはいえ、興味があるのは興味がある。伊達に個人で調理道具一式を保有しているわけではない。
「まぁ、せっかく来たんだから色々と見るかね……何か新製品は出るか?」
「そうですわね……最近ですと新商品としてバーナーの新型が出る予定ですわね」
「バーナーねぇ……」
この間アイナディスに炙りを提供した際にカイトも使っていたわけであるが、中々にバーナーは使用する。
「低燃費モデルか?」
「いえ、燃費そのままに火力を当社比1.2倍程度に上昇させる事に成功したとの事ですわね。お値段は据え置きですわ」
「ふむ……燃費そのままか……んー……」
まぁ、こういった調理道具の買い替えは年に何度も行うものではないし、このバーナーは地球で買った物とエネフィアで買った物の二つある。そしてエネフィアで買った物はカイトが帰ってきてから買い替えたものだ。というわけで、カイトは少し考えた後に首を振った。
「必要無いな。炙りにそこまでの火力を必要とする事は無いし……もし大火力が必要ならそもそもで火を起こすしな」
「まぁ、ダーリンの場合はそうでしょう」
どうやらそもそもサリアもバーナーが必要になるとは思っていなかった様だ。強く推す事は無かった。というわけで、バーナーについては見送る事にする。そうして魔道具の一角の見学を終えると、次の特設会場へと移動する。
そちらは所謂食料系の新商品を取り扱う見本市だった。やはり冒険者となると保存食も確認しておく必要がある。まず食事は全ての基本だし、日帰りでなければ保存食は万が一の為に必ず用意させておく。これを確認しておくのは魔道具と同様に必須と言えた。なのでカイトも冒険部のギルドメンバーには魔道具とこの食料系の見本市には必ず行く様に言っていた。
「ふむ……」
というわけで食料系の見本市にやってきたわけであるが、カイトは入ってすぐの所に設けられていた特設エリアの前で足を止める。そこにあったのはエナジードリンク系の飲み物と言って良いだろう。どうやら近年エナジードリンク系のドリンクが流行っているらしく、特設エリアを設けるに至ったらしい。
「相変わらず体に悪い物が好みですのね」
「逆なんだがね……まぁ、どうしても味の関係でそうもなるか」
エナジードリンクといえばやはり特徴的なのはその味だろう。化学薬品ドバドバと突っ込んでいる様な味だ。本当は健康に良いのだろうが、どうしても所感として健康に悪い様な気がしてしまうのは仕方がない事だった。と言ってもどうやらここは新製品を取り扱うというよりも、今既に販売されている物を広く宣伝しようという所だった様だ。カイトとしては目新しい物もなく、という所であった。
「……んー……まぁ、良いか。とりあえず保存食を見に行くか」
「案内しますわね」
特段カイトが興味なさそうだった為、二人はそのまま奥にあるという保存食を取り扱った一角へと足を向ける事にする。やはり仕事に関わる為、そこに到着するとカイトも少し真剣な目で商品を観察していた。
「ふむ……ピクルスの瓶詰めか。ありきたりだが……」
カイトは陳列されていた商品の一つを手にとって、ラベル等を確認する。ここら、原材料と産地については衛生管理やアレルギーに関連して法律で表記が義務付けられている。なので何が入っているか分かるのは地球と一緒だった。
「ほう……フィオネル領のきゅうりか……下に見えているのは……細切れされた玉ねぎか」
瓶詰めされたピクルスはやはり瓶詰めの食料の中では一般的な物と言える。なので酢漬け玉ねぎを入れているのは特徴的といえば特徴的だろう。
「ふむ……酢のかさ増しと共にという所かな……これは有りかもしれんか……」
「お一つ食べてみますか?」
「んー……いや、酢漬けだと味が濃いからな。この後もまだ試食はある。それを考えればピクルスを食べるのはな」
サリアの問いかけにカイトは少し考えた後、首を振る。まだ来て一番始めに見つけた物だ。試食もしていない。そこで味の濃い食べ物を食べると次に影響する。特に酢漬けとなると口の中に匂いもかなり残るだろう。色々と考えて試食は止めておく事にする。というわけで、カイトはピクルスについては検討する事にしてメモにとっておく。
「その横は……ピクルス……じゃないな。これは……」
「ハラペーニョだそうですわね」
「ハラペーニョか。こりゃ珍しい」
デバイスに表示される見取り図を見ながら教えてくれたサリアの言葉に、カイトは少し驚きながら頷いた。ハラペーニョとは地球では主にメキシコでよく使われる青唐辛子の事だ。
メキシコではこのハラペーニョと玉ねぎ、人参をピクルスにした料理も提供されており、隣国アメリカでもよく振る舞われていた。カイトとしてもその縁で知っていたし、時折地球では料理で使っていた。
「生のハラペーニョは時々見かけてピクルスにしていたが……そうか。市販もされる様になったか。メーカーは……」
「……毎度あり、ですわ」
「盗聴どーも」
メーカーの名前を見たカイトがそのまま視線を動かすと、サリアもまた恥ずかしげに視線を逸らす。まぁ、そういう事だった。どうやらカイトがハラペーニョを酢漬けにしているのを見てこれは需要が出るな、と見込んだ彼女が製品開発部に命じて商品化を進めさせたらしい。この程度の商品化ならピクルスの製造ラインを応用出来る。なので後に聞けば商品化にはさほど手間は掛からなかった、との事であった。
「まぁ、良いか。とりあえずこれは買いだな」
「やっぱり使うんですの?」
「ああ。ハラペーニョはそこそこ活用するからな」
カイトは激辛料理が特別に好きなわけではないが、別に嫌いなわけでもない。地球では世界各地を巡っていた関係で南米系の辛味たっぷりの料理もそこそこ覚えている。なのでメキシコを代表する料理であればかなりの頻度で使われるハラペーニョも使用する事は多かったらしい。
「例えばサルサソースにも使う。サルサソースは日持ちはせんが……どうにせよサルサなんぞそんな数日も使う予定無いかなら。人数多いし。最悪冷凍すればどうにでもなるし。それにこいつをホットドックに乗せてスパイシーにするのも良い。あ、後はタルタルソースに混ぜてちょっとスパイシーにするのもあり。後は……」
「……やっぱり誰がどう見ても料理好きにしか見えませんわ……」
ハラペーニョの瓶を片手に楽しげにどんな料理をするか考えるカイトの様子は誰がどうみても料理好きな男子の図である。というわけで、しばらく好き勝手に喋らせた後、サリアは本題に入った。
「それで、どの程度お買い上げなさいますの?」
「んー……とりあえず一箱頼む。実際、オレは使うが他が使うかどうかは微妙だしな。まぁ、薬味系だしこういう辛味系はレシピに無かった。とりあえず一箱買っておけばサルサソースには使えるし、それ以外にも用途が出て来るかもしれん。用途が増えればまたそこから増やせば良いさ」
「はい、では一箱お買い上げ、と」
サリアは端末に表示させた専用のページからこのハラペーニョの瓶詰めについて一箱納入を指示しておく。そうして次に向かったのは、地球で言えばバー系――と言っても酒屋等ではなく棒状の食料等の方――のエリアへと向かう。こちらも非常食に近く、冒険者御用達と言えた。
「あったあった……さて、新商品は……」
こういった棒状の食べ物は手軽に食べられるので、旅の最中にはよく使用する。何よりかさばらないし、保存も効く。砂糖をふんだんに入れておけば、栄養価も高い。
万が一に腰から吊り下げられる小袋に一つ二つ忍ばせておくだけでも生存率は一気に変わるのだ。雪山で遭難した登山者が偶然ポケットに入れていた飴玉で助かった、という話は聞いた事があるだろう。それと同じで小さなバーが一本あるだけでも助かる事もあるのである。
が、やはり非常食なので味はお察しだ。なのでどの企業も日夜新商品の開発に余念はなく、この見本市に来るのはこの為だ、という冒険者さえ居るほどであった。
「まぁ、とりあえず気に入ったの箱買いかなぁ……」
カイトは山積みされた保存食の山を見ながらため息を吐く。兎にも角にもこのバーは命綱だ。役に立たない方が良い事は良いが、それでも使わないと考えるのは駄目だ。そして使う事になった時、いやいや食べたくはない。どうせなら気持ちよく食べたい。最悪はこれが最後の食事になるかもしれないのだ。出来る限り美味しい物を、と考えるのはどの冒険者も一緒だ。
故にここに居たのは大半冒険者で、誰も彼もが真剣だった。というわけで、カイトもそれに混じってバーの試食を行い、気に入った物を箱で調達する事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1478話『クッキング・フェスティバルへ』




