第1476話 まだまだ続く
カイトが皇帝レオンハルトの遺跡再調査の依頼を受諾してより数日。収穫祭も最終盤に入っていた。というわけで、カイトは流石にこの頃になると参加を依頼されていたクッキング・フェスティバルの用意に公私共に勤しむ事になっていた。というわけで、この日の彼は空港にやってきていた。
「お待ちしておりました」
「映像越しには数度お会い致しましたが……ウォルドー・コブです。こちらは妻のヘレネです」
カイトの差し出した手をウォルドーが握り、改めて自己紹介を行う。一応は彼との折衝を行っていたのだ。なのでカイトは彼限定であるがクッキング・フェスティバルの審査委員を出迎える役目を担っていたのであった。そんな彼の横にはどうやら魔族らしい女性が立っていた。
「こちらこそ、お願い致します。ああ、そうだ。何はともあれ、まずは貴方が最も楽しみにしているだろうあれをお見せ致しましょう」
「ありがとうございます」
カイトの言葉を受けて、コブ夫妻がその後ろに続いていく。そうして、カイトは公爵家が保有する倉庫の様な所へと移動する。そこをクッキング・フェスティバルで使う食材の保管庫にしていたのである。
その一角に『偉大なる獣』の肉が保管されていた。というわけで、冷凍保存されている『偉大なる獣』をガラス越しにウォルドーへと見せた。
「これで、お間違いありませんか?」
「ええ……まさか、本当にこれを手に入れてくださるとは……」
カイトが見せた『偉大なる獣』の偉容に圧倒されながらも、ウォルドーは感極まった様に頷いた。が、そんな彼もやはり傷一つ無いその様子にはどうしても問わずにはいられなかった様だ。
「にしても……傷一つ無い様子ですが、一体どの様にして?」
「さて……そこは流石に私も存じ上げておりません。なにせ私は同行しておりませんので……」
「そう……ですね。失礼しました」
カイトの言う事はもっともだ。『冥界の森』はこのエネフィアでも有数の魔境だ。そこに足を踏み入れられるのはランクSでもかなり上位に位置している腕利きのみ。公爵家の中でも古参の従者勢かクズハ達ぐらいだ。ここで出迎えをしている様な公爵家の職員が同行出来るとは思えなかった。なのでウォルドーもカイトの言葉に納得して頭を下げる。
「いえ。それで申し訳ありませんが、当日まで肉質の確認はご遠慮ください。ウォルドーさんのご依頼で狩猟したものですが、この肉は公爵家の余興として提供する事になっております。ですのでこのまままずは皆様にご覧頂きたく思っております」
「わかりました……一度、中に入る分には?」
「それは大丈夫です。入られますか?」
元々冒険者だったというのだ。冷凍庫の中に少し入るぐらいならば問題が無いだろうし、状態のチェックを行う為に職員がコートを使って入る事もある。それを使うのも良いだろう。
というわけで、ウォルドーは妻に一つ断りを入れるとカイトと共に冷凍庫に入る事にした。が、これはクッキング・フェスティバルの目玉だ。なので厳重な警備が敷かれており、即座に入るという事は出来なかった。というわけで、カイトは通信機を使って警備責任者へと連絡を入れる。
「クッキング・フェスティバルにて主任審査委員をされるコブ氏をお連れした。状態の確認の為に一度冷凍庫の中に入りたいのだが……」
『かしこまりました』
カイトの要請は全て応ずる様に。クズハよりそう指示を受けていた警備責任者はカイトの要請を受けて即座に許可を下ろす。そうして、カイトはロングコートを着込むとウォルドーと共に保管庫の中に入っていく。
「ふむ……」
保管庫に入って早々、ウォルドーは周囲の様子を真剣な目で確認する。ここは食料貯蔵庫。食材は彼にとって生命と言っても過言ではない。
「……良い保存状態です。鮮度が保たれるのに一番良い環境ですね」
「ありがとうございます。では、こちらへ」
今二人が居るのは言ってしまえば野菜室の様な所で、寒くはあるものの冷凍庫ほどの寒さはない。というわけで、カイトはウォルドーと共に更に奥へと歩き続けて先程ガラス越しに見ていた冷凍室にまで移動する。
「うっと……失礼しました。やはり冷凍室は寒いですね」
「ええ……この更に奥に『偉大なる獣』が安置されております」
恥ずかしげに身を震わせたウォルドーに微笑みかけて、カイトは更に奥へと歩を進める。そうして、『偉大なる獣』がある一角へとたどり着いた。やはりこれが一番貴重だからだろう。奥の奥に安置されていた。
「『偉大なる獣』……」
ウォルドーが感嘆の声を漏らす。やはり死体とはいえ、直に見るとその偉容ははっきりと理解出来た。そんな彼は興味深げに『偉大なる獣』の周囲を回りながらその偉容を観察する。
「すごい。傷一つ無い……この爪に何度殺されかけた事か……硬い……すごい筋肉質だ……この筋肉の鎧を貫くのにレイピアが折れるかと思ったのに……ああ、ここだ……筋肉と筋肉の間、ここを貫くのにどれだけ苦労したんだったか……」
ウォルドーはどうやら冒険者であった時代の事を思い出しているらしい。懐かしげに『偉大なる獣』を触っていた。別に触るぐらいなら問題はない。手袋もしていた。というわけで、しばらくの観察の後、彼が満足したのを受けてカイトは一つ頷いた。
「よろしいですか?」
「ええ。これならもしかしたら私が考えた以上の料理が出来るかもしれません。腕によりをかけ、料理を作らせて頂きます」
カイトの確認にウォルドーはわずかに興奮した様に頷いてカイトへとそう述べる。そうして、それにカイトは頷いて保管庫から外に出た。
「ありがとうございます。存分に腕を振るわせて頂きます」
「楽しみにしております……では、こちらへ。ホテルへと案内させて頂きます」
カイトはウォルドーの言葉に頷くと、夫妻を改めてホテルへと案内する事にするのだった。
というわけで夫妻をホテルへと案内したカイトは二人のチェック・インを確認するとそのまま公爵家別邸へと戻って次の仕事に取り掛かっていた。
「さて……」
兎にも角にもこれで一段落だ。ウォルドーがプロの料理人としての審査委員なら貴族達側の審査委員となる皇帝レオンハルトも今年は戦意高揚等の側面から最初から来ているし、キリエについてもそもそもが魔導学園の参加で到着済みだ。食材についても既に必要分を確保している。後は会場の手配だが、これについては授与式の次が行われている所で、その設備を一部使い回す事になっている。
「チェスの世界大会だったかな、今日は……後は……オセロもか」
やはり文化の秋と言う所だ。なのでこの収穫祭では食事関連以外にも様々な大会が行われる事になっている。例えばカイトが言った通りチェス等のテーブルゲーム――ボードゲームやカードゲーム等のテーブルを囲むゲームの総称――の世界大会も行われていた。
授与式の後なのは不思議かもしれないが、これは競技の数の問題だ。会場は幾つかあり、同時に幾つもの大会が行われていた。それらを全ての賛辞を皇帝レオンハルトが執り行うと彼の負担がとんでもない事になる。更に言うと主催者も皇帝レオンハルトではなくマクダウェル家や各貴族となっている事も多い。皇帝レオンハルトが直々に称賛するのは筋違いの大会も多かった。
「まぁ、ここらで問題が起きる事はないか」
カイトは一つ頷いた。この文化的な大会について何か問題が起きる事はまずない。勿論参加者間でのトラブルが起きないではないが、それとこれとは話が違う。彼が解決するとなるとそんな当人達にとっては大きくとも大局的に見れば小さな案件ではなく、何か街全体や祭り全体に関わる事になる。文化的な大会でそこまでの事が起きる事は非常に稀だった。
「ああ、そうだ。そういえば特設会場の状況を確認しないと……ああ、オレだ。特設会場の状況は……」
カイトは書類を見ながら今後の予定を考えていたのであるが、そこでふと街の外に設置する事になっている特設会場の状況が気になったらしい。この特設会場はわかりやすく言えば球技場等と思えば良い。
文化の秋と先には言ったわけであるが、同時にスポーツの秋でもある。球技大会も行われており、流石に必要となる球技場の広さから都市の外に特設会場を設置していた。
とはいえ、それについてはもう終了間近となっており、その後は敷地を使って企業の見本市を開く事にしていたのであった。ここまで大きな敷地を使える事はまず無い。なのでこれ幸いとヴィクトル商会から依頼があったのであった。
「そうか。わかった。第二特設会場が少し手直しが必要と……ああ。こちらで修繕の手配は行っておく」
カイトは見本市を主導する立場となるヴィクトル商会の担当者との間で話し合いを行い、細々とした手配を確認しておく。特設会場は幾つかある。そして先にも言ったがここまで大規模な見本市を行える事は稀だ。なので様々な業種の見本市が行われる事になっていた。というわけで、カイトは書類で該当の特設会場で行われる事になっていた見本市の内容を確認する。
「第二特設会場だと……ああ、食料品の見本市か。電源設備に異常発生と……まぁ、球技大会だとそこまで使わないからな……不具合が出ていても気付かなかったか……」
食料品となるとやはり保存の為の冷蔵庫等を使用する。魔道具なので内蔵の動力源がある物もあるが、据置式となるとやはり動力源を内蔵していない事も多い。それを使う際に動力の引き込みでトラブルが起きていたらしい。そういった修繕の手配を整えるのはマクダウェル家の仕事だ。
「ふむ……大規模な電力を使うとなるとここと後は第一特設会場か。第一特設会場も後で確認しておくか……」
すぐに報告は上げられる事になっている筈であるが、やはり逐一確認は取っておいた方が良いだろう。土壇場になって手配するより、少しでも疑わしいとなった時点で人員を手配した方が不安がない。
なお、第一特設会場では所謂電子ゲームやテーブルゲームの様な遊戯を取り扱った見本市が執り行われる事になっている。やはりエンターテイメントとなると綺羅びやかな装飾が必要となる。更にはやはりエンターテイメントであれば皇国では有数のマクダウェル家だ。かなり力を入れていた。
「良し。手配完了、と……」
電源設備の確認の人員の手配を終わらせると、カイトは一つ頷いた。とりあえずこれで問題ないだろう。そうして公爵家側での手配を終わらせた頃合いで、今度は冒険部側に用意していた内線が鳴り響いた。
「次は何だ……? ああ、オレだ」
『ああ、天音か? 唐揚げ屋の城崎だ』
「どうしました?」
相手の名乗りを聞いて、カイトは口調を丁寧な物に変えて問いかける。唐揚げ屋の販売に関する従業員のチーフを行っている三年の生徒だった。
『ああ。『ロック鳥』の肉の備蓄がそろそろ無くなりそうなんだ。追加についてはどうなってるか聞いておきたくてな』
「備蓄の残量はどのぐらいですか?」
『冷凍の物が後二日分という所だ。三日目は客の出入り次第という所だな。多分、午後は厳しいと思う』
「なら、問題無いかと。明日には遠征に出ている面子が帰ってくる筈なんで……遅くとも明日の夕方には帰る手はずになっています」
カイトは『エンテシア砦』近くの『ロック鳥』の巣とはまた別の『ロック鳥』の巣に出かけている面子の報告書を見ながら、唐揚げ屋のチーフに現状を伝達する。先にカイトが訪れた巣はかなり大規模なもので、量を確保するには丁度良かった。
が、やはり遠い。そしてどれだけの量が必要かわからない。なので収穫祭の最中も狩りに出かける予定にしていたわけであるが、そうなると開幕ほどの量が必要なわけでもない。なので急場で必要になった場合には近くの小さめの巣に狩りに出かける事になっていたのである。
「まぁ、もし問題が出そうならこちらでなんとかします。とりあえずもし間に合いそうになければ二日後にまたこちらから連絡を入れます」
『わかった。じゃあ、そちらに任せる』
「ええ」
カイトは折衝を終えると、一応の確認と対処はしておくべきかと判断する。
「ふむ……想定以上に人の出入りが激しいか……些か当初の予定を上回った所為で予定数を確保しても足りなくなる可能性はあるな……ああ、オレだ。瑞樹。竜騎士部隊から人員は出せるか? いや、明後日あたりだ。遠征隊がもし明日到着しないと問題だからな。もしかすると出てもらう必要があるかもしれない」
せっかく天竜が居るのだ。地竜や馬車なら数日掛かる距離でも天竜であればすぐにたどり着ける。その分積載量は低いが、もし遠征隊が間に合いそうになければ一日分だけでも確保するべきだろう。そうして、カイトはその後も様々な手配を行ってその日は終盤に備える事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1477話『見本市』




