第1475話 次の遺跡へ
カイトの参列した夜会から数日。皇帝レオンハルトはその間も幾つかのコンサートや授与式に参列していたわけであるが、それも一通り終わった事でわずかに時間が取れるようになっていた。
それを受けて、一度表向き皇国貴族で集まるという事で集まりを持つ事にしていた。先に言っていた通り、ソラよりの報告を受けて遺跡の再調査を考えた為だ。根回しそのものは進めていたので、ここできちんとした通達を行うというわけであった。そこに、カイトとソラもまた呼ばれる事になった。
「では、確かにお伝え致しました」
「わかりました。では、明日の9時に」
「はい」
皇国の使者はカイトがしっかりと場所と日時を理解したのを理解すると、頭を下げてホテルを後にしていく。それを見送った後、カイトは上層部の待機する部屋へと戻る。
「さて……ソラ。やはり明日集合だ。悪いが予定を空けておいてくれ」
「もうやったよ。先輩には少し無理言ったけどな」
「そうか。なら、大丈夫か」
幾ら数日の猶予があったとはいえ、唐突であった事は唐突だ。予定に関しても特急で組み上げた。なので少しだけ各所に無理は出ていたが、今の時期なのでなんとかなったようだ。というわけで、カイトはソラと共に立ち上がった。予定の調整はしたが、それ以外にもしなければならない事は多々あった。例えば、ブロンザイトへとこの事を報告する必要があったり、だ。
「ふむ……なるほど。確かに先の一件での彼奴らの力は若干想定より低めといえば低めでしたな」
「ええ……そこを鑑みて、再調査の時間は取れるだろうというのが陛下のお考えです」
「ふむ……」
ブロンザイトはカイトより状況を聞いて、なるほどと一つ頷いた。想定では邪神の尖兵達はもう少し強いと予想されていた。これがこちらを油断させる為の策、もしくは素体の弱体化による弱体化なのか、それとも邪神の復活がまだしばらくあるが故なのかはわからない。
わからないが後者だとするのならまだしばらくの猶予はあるという事だ。なら、一度徹底的に調査をしておくのは悪い考えとは言い難いだろう。
「わかりました。トリンについては引き続きこき使ってやってくだされ。あれも遺跡の調査については一家言あります故……皇帝陛下にも、我らも協力する旨をお伝えください」
「ありがとうございます。陛下にもしっかりお伝えさせて頂きます」
カイトはブロンザイトの返答を聞くと、立ち上がる。返答を聞いたのなら返答を聞いたでしっかりとそれを皇帝レオンハルトへと内々に伝える必要があった。そうして、カイトは明日の会議に備えて最後の準備に勤しむ事になるのだった。
明けて翌日。カイトはソラと共に皇帝レオンハルトが招集した会議にオブザーバーとして参加する事になっていた。理由はカイト達冒険部がここしばらくでは比較的頻繁に旧文明の遺跡に立ち入り、邪神の尖兵との交戦記録も多いからだ。この一年であれば最も多くの交戦実績を持つと言っても過言ではなかった。
「まずは皆、この宴も酣の時期によくぞ集まってくれた」
やはり時期が時期だ。そこに集めたのだから、皇帝レオンハルトとしてもそれを詫ておく必要があったらしい。というわけで少しの詫びや社交辞令の後、皇帝レオンハルトは先ごろ彼が語っていた旧文明の遺跡の再調査についてを通達する事になる。
「と、言うわけであるがどう思うか」
「ふむ……」
皇帝レオンハルトの提起を受けて、参列した貴族や軍の高官達が頭を捻る。ここで一息に賛同しては単なるイエスマンと一緒。皇帝レオンハルトからの評価を下げてしまう事になる。
喩え意見が無かろうと自分で考えているポーズを見せる必要があった。と、そんな考える貴族達に対してこちらもオブザーバーとして参加していたバーンタインが口を開く。
「ウチはやるってんなら、全面的に協力しよう。と言ってもこっちはウルカの大統領に話する事になるし、実際に動くのはウチの娘になるが……」
「おぉ、バーンタイン殿。賛同してくださるか」
「この間の一件は大叔母上に話を聞いて、協力させて頂きやした。奴らの厄介さ、戦闘力は俺も身に沁みてよく理解していまさぁ」
皇帝レオンハルトの感謝にバーンタインは頭を下げて己の考えを説く。ウルカは大国ではない上、旧文明の遺跡は三大文明とはまた別の遺跡がある。さほど危険性は無いと言っても良い。
なので邪神の尖兵が眠っている可能性はさほど無いが、完全に無いと油断して不意打ちを食らうのは避けたい。同じ大陸にあった以上、繋がりが無いとは考えにくいからだ。皇国が調査するというのなら改めて自分がここで得た経験を下にウルカの大統領に提案しても良い、と考えていた。
「ふむ……ソラくん、だったな。君は先に三度、邪神の尖兵と相見えた。君から見て奴らはどう見た?」
「……非常に厄介でした」
「厄介……それはどういう風に、かね」
軍の高官はソラの返答に更に突っ込んだ所を問いかける。確かにカイトやアルから報告は上がっていたが、彼らは実際に交戦した者と直に話を聞いた事はない。なのでここで一度実際に矛を交えた者から意見を聞いておこうというつもりだった。それに、ソラは一度目を閉じて今までの交戦を思い出した。
「そうですね……皆さんご存知だと思いますけど、奴らは黒いモヤの様なものに覆われています」
「ああ、勿論それは聞き及んでいるとも。やはりそれが厄介かね?」
「ええ……あのモヤに近づくとそれだけで取り込まれる可能性がある。取り込まれて助かるかは、微妙なんじゃないかな、と。『エンテシア砦』付近での一件で多分、相手次第じゃランクB程度の冒険者でも危険じゃないか、って思います」
「ふむ……」
元々洗脳や取り込まれる可能性については先の『エンテシア砦』付近での一件を聞いて彼らも聞き及んでいる。それが遂に並以上の冒険者であれ抗えない可能性が出て来た事も勿論聞いていた。
が、それが実感として理解している者からの言葉はどんな文章よりも説得力が高かった。そしてソラの返答でどうするべきか考え始めた軍の高官達に向けて、皇帝レオンハルトが口を開いた。
「うむ。余も聞く限り、生半可な戦士では先の夜襲クラスには迂闊に近寄れぬと見た。が、まだ邪神の復活前。この汚染や洗脳についても本調子とは言えまい。そして敵が数を繰り出しておらぬ。今、眠っている邪神の尖兵を蹴散らしておけば戦いが始まった段階で楽になろう」
「確かに……陛下。それについては我々軍も賛同致します」
「ふむ。それについては、か」
軍高官の一人の発言に皇帝レオンハルトが先を促す。何か含みのある言い方だった。そしてこの軍高官とて諸手を挙げての賛同ではなかった。
「はい……クズハ様。一つお伺いさせて頂きたいのですが……かつて彼らが手に入れた対洗脳除去装置の解析についてはどのようになっておりますか?」
「現在、理論そのものは解析が終わっております。お兄様の部隊の技術は旧文明の最盛期を超えていると断言出来ます。技術的に不足はありません」
「量産については?」
「それについては、若干面倒な所が幾つか」
軍高官の問いかけを受けて、クズハは持ってきていた資料の中から該当の状況を示した資料を提示する。
「どうやら特殊な鉱石が必要となっている模様です」
「『振動石』?」
「ええ。旧文明が使用していたと思しき新種の魔石です。名前は発見された設計図に刻まれていたものをそのまま使用しています。刻まれている術式等については既にコピー可能な段階との事ですが……最大効果を発揮するには、この『振動石』の入手が不可欠と報告が上がっています」
聞いたことの無い魔石の名を訝しむ一同に対して、クズハはこれが新種の魔石である事を明言する。あの試作品を分解してリバース・エンジニアリングを行ってわかった事らしい。
「それが無ければどの程度効率が落ちる?」
「そうですね……報告によれば効果範囲は六割程度に減衰するとの事です」
「六割……」
「流石に大きいな……」
軍の高官達はクズハの返答に苦い顔を浮かべる。とはいえ、まだこれでこれが絶対に必須と決まったわけではない。効果範囲が六割落ちるというが、携行型にできてしまえばさほど問題はない。最悪はヘルメットにでも埋め込んでしまえれば効果範囲の問題は考えなくても良いのだ。
「クズハ様。小型化についてはどの程度が可能と?」
「小さくとも『振動石』があれば、現時点でもブレスレットぐらいまでは小型化が可能との事です。流石に発見から今までの時間的にまだ指輪サイズ、ヘルメットに埋め込める大きさは難しいと。無論、その場合は効果範囲は個人のみとなってしまいますが……」
「け、結局か……」
『振動石』を使わないで良い為にするにはどうするべきか、と問いかけた結果が『振動石』を使えば可能だろうという推測だ。元も子もない。軍高官達も半笑いになるのは仕方がなかった。ということは、その『振動石』はほぼ必須と考えて良いのだろう。となると、気にするべきはその『振動石』をどこで入手出来るか、だ。
「クズハ様。それでその『振動石』の産地についての目処は?」
「現在、大急ぎで解析中との事です。レガドも協力してくれているのですが……彼女が眠る直前に旧文明で発見された新素材らしく、詳しい情報が記載されていなかったとの事です」
「ふむ……それにこれは明らかに秘密兵器。尚更に通信で情報の伝達は行わんか……」
これは仕方がないのだろう。軍の高官達はまだわからない『振動石』の産地について仕方がないと結論を出す。そもそもカイト達がレガドを起こし、旧文明の遺跡の中でも見付かっていない遺跡を探し出せている時点で幸運なのだ。
本来はこの魔道具さえ無かった事を考えれば、見つからない事を嘆くよりわかっている事を喜ぶべきだった。そんな軍の高官達に対して、皇帝レオンハルトが問いかけた。
「ふむ。何か軍で危惧があったか?」
「ええ。旧文明の遺跡の調査は必須というのは同意致します。が、可能な限りリスクは避けるべきでしょう。洗脳解除装置を持ち込めれば、その実用化を待ってからでも良いのでは、と思ったのです」
「なるほど……確かにそれは道理だ」
軍高官の返答に皇帝レオンハルトは良しと頷いた。洗脳解除装置があれば安全性は飛躍的に向上する。が、無いものは仕方がない。
「クズハ殿。一つ伺うが、試作品については?」
「飛空艇に搭載する物であれば、既に試作段階に。ただし、先にも申しましたが『振動石』が無いので効果範囲は旧文明の遺跡で発見された物より落ちます。兵士達の安全、出力を鑑みた場合現状では飛空艇に搭載する以外の方法はありません」
「そうか……それで良いので遺跡の調査に向かう部隊に持たせたい。可能か?」
「はい。ただ、搭載等で一部の改修が必要となりますが……」
「良かろう。各貴族は調査に使う飛空艇を一度マクダウェル家へと預け、改修ができ次第順次調査を行うように。また、使用する飛空艇はなるべく出力の高い物を見繕え」
クズハの返答を受けて、皇帝レオンハルトは各貴族に対してそう厳命する。効果範囲が落ちようとこれが有効な手はずである事には変わりがない。使用しない手は無かった。
「更に重ねて各調査隊は『振動石』なる魔石の情報が無いかの再調査を行うように」
「「「はっ」」」
皇帝レオンハルトの指示に全員が頷いた。これは必須と考えて良いだろう。というわけで、そこらが策定された後、一応は調査隊を出す事で決定した事もあり今まで皇国で見付かっている遺跡のリストアップを行い、どこをどういう形で行うか話し合う事になる。というわけで、これに冒険部も関わる事になった。
「では、我々は一度天領に向けば良いのですね?」
「うむ。済まないが頼む。ここに一つ大きな研究所跡があってな。数度遺跡の調査の実績がある君達なら、任せても大丈夫だろう」
カイトの確認に皇帝レオンハルトがはっきりと頷いた。なお、カイト達が新たにレガドから教えてもらった遺跡であるが、これについてはこの再調査から除外された。見付かっていないという事は大半が埋もれていたり、先の湖底の遺跡のように水に沈んでいるからだ。
これを逐一掘り起こしたりするのは流石に手間が掛りすぎる。しかも保全の必要まで出て来る。人員は再調査よりも遥かに必要だ。そうなると流石に全てを一度に行う事は出来ない。なので見付かっている遺跡の調査を行ってしまい、もし余力があれば順次一つずつ行う事にする事になったらしい。
「わかりました。では、また詳細が決まりましたらご連絡を」
「うむ」
皇帝レオンハルトはカイトの返答に一つ頷いた。カイト達が行うのは再調査される遺跡の中でもかなり重要度の高いと思われる遺跡で、レガドも重要度の高い遺跡と明言していた場所だ。
表向き実績のあるカイト達に任せるとしつつ、万が一にはカイトが対処出来るようにしていたらしい。更には他の所で何かが起きても、カイトが天領に居れば皇都を守り抜く事が出来る。妥当な判断だろう。そうして、カイト達は皇都での再調査任務を請け負って、その後も少しの間この案件に関わる話し合いに参加する事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1476話『まだまだ続く』




