第1472話 カイトの演説
自らに対する授与式の後。色々な事情により演説を行う事になったカイトは壇上に立つ間際、少しだけ何時も思う事を思い出していた。
「……」
あれはどこの戦場だったか。もう定かではないほどに前の事だ。そしてどうでもよい記憶だったので記憶の奥底に沈めたままだ。が、あの時の話については一度も忘れていない。それはまだティナと出会うよりも前。ウィル達と共に世界各地での共闘態勢を整えるべく動いていた時の事だ。
『あははははは!』
ああ、馬鹿らしい。オレはこんな奴らの為に戦っているのではない。それをこいつらは勘違いしている。言われた言葉に対して、カイトは狂った様に笑うだけだ。
まぁ、そう言った相手の気持ちはわからないではない。これは戦争だ。だから、狂っているが間違いではない。狂気の中では狂気こそが正しくなる。故に正気を保つ彼こそが狂人だ。
『何が……可怪しい?』
『あははは……いや、失礼した。あまりに馬鹿げていたものなので、つい笑ってしまった』
カイトは目端に伝う涙を拭って慇懃無礼に頭を下げる。が、一切迷いなく断言した。
『それで答えだが……アホか。どこからどう見てもお前らが悪者にしか見えねぇな。なので守るというだけだが……不満か?』
『まさか魔族を庇い立てするつもりか!?』
『ああ、そうだが……何か問題があるか?』
殺気立った問いかけに対して、カイトは至って平然としたものだ。そうして、彼ははっきりと断言した。
『お花畑? 偽善者? 嘲笑いたきゃ嘲笑えば良い。気が狂っている? それで良いさ。話し合いでどうにかなるとはオレも思っちゃいないからな』
この戦いにはあまりに多くの血が流されている。それを今更一人の血も流す事なく終わらせる事が出来ない事はカイトにだってわかっている。だから、彼は後にティステニアを殺した。
操られている可能性は知っていた。だがそれでも、誰か一人は確実に殺されねばならないのだ。それは世間一般ではクーデターを起こしたとされる彼以外に他ならなかった。
どこかで、誰かが何かしらのけじめをつけねばならないのだ。全てを知り自らの愛する者に不利益が訪れる可能性があった以上、あれだけはどうしても避けては通れなかった。が、それ故にこそ、彼はどこまでも我を通す。
『だが……オレが殺すのはオレが殺すと決めた奴だけだ』
圧倒的な殺意に対して、カイトはただ一人でそれを完全に防ぎきれるだけの力を発する。その彼の後ろには、幼い兄弟がうずくまっていた。その二人は魔族だった。
わかりきっていた話であるが、ティナによる改革により魔族だって普通の人と同じ様に平和を愛する者が大半だ。だが、魔王が敵として居る限り魔族そのものが敵だというのは間違いではない。
だから、兵士達は魔族と見るや殺気立った。仕方がないといえば仕方がない。魔族に家族を、仲間を殺されているのだ。魔族は全て滅ぼすべし。そんな合言葉さえ出来上がっていたとてカイトとしても不思議はないと理解している。が、だから何なのだ。
『そして……オレが守ると決めたのはオレが守ると決めた者だけだ。この二人を殺すというのなら……どうなるかは、わかっているな』
問いかけではない。断言だ。カイトは唯一人、殺気立つ兵士達に対して殺意を以って答えとする。この二人は明らかに誰も殺していないし、ただ戦乱から逃げてきただけだ。それで魔族だから殺されるというのであれば、それはただの理不尽でしかなかった。
『なら、てめぇも敵だ!』
そうだそうだ、と誰かの声が呼応する。が、カイトは一切気にしない。来るなら来い。それだけだ。そのためにこそ、悪鬼羅刹にもなれる力があるのだ。そうして、簡単に火蓋は切られた。
『ごふっ……』
『……』
カイトは最後の一人を昏倒させてただ僅かな悲しみを浮かべただけだ。殺すつもりは無かった。殺気には殺意を。単なる返礼にすぎない。自らが圧倒的である以上、殺す必要もない。故に、誰も殺していない。
何より、こんなバカげた事で死人が出る方があまりにバカバカしい。またこれが起きるのならまた止めるだけだ。その覚悟は既にあった。
『……大丈夫か?』
『あの……ありがとうございます』
兄の方と思わしき少年が弟を庇いながらカイトへと頭を下げる。それに、カイトは身を屈めて微笑んだ。
『おう。礼儀正しくて結構。オレなんぞお前の年齢の時にそれが出来たか、と言われるとはてなマーク出るからな』
『うわっぷ』
少し乱雑に頭を撫ぜられて、兄が思わずくすぐったそうに声を漏らす。が、そんな彼は少し不安そうにカイトへと問いかけた。
『あの……良いんですか……?』
『うん……? あー……ちょっとやり過ぎたかなー、とは思う』
百人以上は居ただろう兵士を一方的に打ちのめしたのだ。確実に大事になるだろう。が、気にするつもりは無かった。もとより今の彼は無法者の無頼漢だ。名乗っている名もカイト・フロイラインではなく、また別に作った偽名を使っている。
そしてやったのはカイト一人。己が大賢者ヘルメスの養子とバレた事もないだろうし、アウラに迷惑が掛かる事もない。故に、カイトは少し苦笑混じりだ。
が、微塵の後悔も反省もしていない。なにせ二人が殺されるのはあまりに理不尽だ。それを守るのは人として、正しい事だろう。
『まぁ、気にするな。明らかに悪いのはこいつらだ。お前らは何も悪い事をしていないさ』
『でも……』
自分達をかばった所為でカイトまで殺されるのではないか。兄は不安げにそう問いかける。
『あっはははは。それこそ気にするな。誰かに害を成すでもないのに、生きていちゃ駄目な奴なんぞこの世に居てたまるかよ。で、二人共……わざわざこんな所までどうしたんだ? 魔族が統治している領域はもっと北だろう?』
『……あの』
意を決した様に、兄がカイトへとここまで来た理由を話す。そうして、カイトは再び魔族の為に戦う事にするのだった。
その時の事を、カイトは今も忘れていない。あの後も当然だが何度となく揉めてきた。当たり前だ。魔族が敵である時代に魔族を守るべく戦うのだ。それこそ、勇者という名を得てからの方が問題になった事は多かった。それどころか大問題となった事も少なくない。
残念ながらこれは感情論だ。言葉で説き伏せる事が出来ない事だ。理由も至極単純明快だ。家族を、仲間を奪われた。その怒りだ。説き伏せる事が出来るはずがない。それは誰よりも彼自身が理解していた。
故に、彼は時として力で黙らせてきた。こればかりは、仕方がなかった。守る為には力を振るうしかない時もあるのである。無論、それが全てではない事は彼もまた知っている。が、駄目な時がある事だけは、事実なのだ。
「……」
さて、あの時救われた少年達はどうしているかな。カイトは少しだけ楽しげに笑いながら舞台袖から会場を見る。すると、簡単に見付かった。当然だ。彼らは大戦が終わった後にカイトの所にやってきて、手伝いたいと言ったからだ。なんだったら、二人の妹も一緒だ。今では古参の従者勢の一人だった。
「バレるかなー」
少しだけ、そんな懸念が頭をよぎる。が、迷いはしなかった。
「うし」
覚悟は決めた。今言いたい言葉がある。それを伝える為に、カイトはこの演説の話を受けたのだ。だから、彼は歩き出す。
「……」
先程まで皇帝レオンハルトが立っていた舞台に立ち、カイトは一度全体を見回した。割合としては普通の市民が半分、貴族が一割、残る四割の内冒険者と兵士が半分半分という所だろう。丁度よい塩梅と言える。
「……」
やはり幾ら演説に慣れているとはいえ、カイトとて普通に演説の前には緊張する。故に彼は一度だけ目を閉じて深呼吸をする。そうしてゆっくりと目を開いて、語り始めた。
「まずは……全ての力ある達に聞きたい事がある」
さすがは勇者カイトと言う所なのだろう。その声は非常に透き通っていてスピーカーなぞ無くても誰しもの耳に届いていた。が、それだけではない。得も言われぬ力が彼の言葉には宿っていた。
故に、その瞬間。今までざわめいていた筈の会場の周囲さえ、静かになった。いや、それどころか映像を通してこの演説を聞く全ての者達が静まり返った。
「貴方達の横には今、誰が居る? 友か。仲間か。愛する者か……一度、それを思い出して欲しい」
沈黙を生んだ会場で、カイトは己の手を見ながら一度目を閉じる。それに、少なくない者達が同じ様に目を閉じた。何を思ったかは、カイトにはわからない。わからないが、思い出している事だけは確かだろう。故に、彼は言葉を続けた。
「失ってしまった者達よ。オレは予め言っておく。その復讐を止めるつもりは無い。復讐は生産的ではない。その言葉は貴方が一番よく理解しているはずだ。復讐とは、ゼロから一を創り出す事ではない。マイナスをゼロにする事でしかない。だが、ゼロにたどり着けねば先に進めない」
カイトが止めるのは、レインガルドの神社でのみだ。あそこは踏ん切りをつけた者達が、戦いを終わらせた者達が集う場所だ。そこでの戦いはカイトは何があっても止める。せっかく終わらせた者達に対する無礼でさえあるからだ。
「その上で……貴方達に聞いてもらいたい。守る物が無くなったと思っているのなら、そうなのだろうか。それを今一度だけ、立ち止まって考えて欲しい」
カイトはかつての復讐者として、ユリィの事を思い出す。あの時、失うものはなにもないと思っていた。が、失いたくない物は確かにあった。それに気付かなかっただけだ。
「全ての戦う者よ。何の為に戦う? 国の為か。主の為か。オレは違う。オレはオレの為にしか戦った事はない」
おそらく、これがマクダウェル公としての言葉なら大問題だろう。いや、そうでなくても大問題だ。大いなる力には大いなる責任が伴う。それをカイトは公然と否定したのである。
よりにもよってこの世で最強と言われる彼が、である。が、彼は一切迷いなく断言したし、決してこれが間違いだとは思っていない。
「オレはオレの守りたいものを守る為に戦う。それの何が問題なのだろうか。貴方達だってそうだろう。はっきりと言おう。誰が気に食わない奴を守る必要がある? 人として間違っている? 力を持つ者はそれを正しい事に使わねばならない? はっきりと、言わせてもらおう。そんなもんはクソくらえだ!」
本来ならざわめきやどよめきを生むはずのカイトの言葉はしかし、それらを生まなかった。力の無い者はあまりに強い言葉に呑まれて生む事が出来なかったし、力ある者はこれを当然と捉えたからだ。
彼らの誰だってわかっている事だ。戦う事は怖い事だ。痛いし苦しいし辛い事しかない。狂人以外が好き好んでやれるわけがない。
それを何故、嫌いな奴の為にやらねばならないのか。誰だってやりたくないだろう。そんな当たり前の事に過ぎない。彼らは聖人君子ではない。どれだけ強大な力を持っていようと、普通の人なのだ。
「オレは力を得るまでに多くの大切なものを失った。取り返せたものは少ない。取り返せただけ、まだ御の字だ。その痛みで得た力を無償で奉仕しろ。それはあまりにもバカバカしい話でしかないだろう。だから、言おう。オレは何も一切強制しない」
声を荒げたカイトは一転再び静かに、しかしその言葉に込められた力は寸分違わずに語っていく。
「気に入らないから守らない。良いだろう。そうすれば良い。貴方達が血と涙を流して手にした力だ。それをどう使おうと、それが奪う事で無い限りは一切の非難をされる謂れはない」
改めて、カイトは道理を説く。そうして一切の反論も意見も無いまま、彼は更に語り続ける。しかし今度は力強くではなく、真摯な想いが込められていた。
「だが……貴方達が力を持つ事だけは事実だ。だから少しだけ、伺いたい。貴方達の力は貴方達の手の中にあるものを守るだけで精一杯なのだろうか。オレは、違う。貴方達も、そうだろう」
カイトは改めて己の手を見て、そこに宿る力を思い出す。この力は世界を護れもし、滅ぼせもする。それだけの力だ。それは手の中にある大切なものを守るには過剰と言って間違いない。
守りたければ、こんな力なぞ必要はない。冒険者の大半がそうだ。自分の身や友を守るだけなら、それこそ過剰と言っても間違いはない。
「だから、頼む。少しで良い。その余った力で良い。戦う力の無い者たちを守る為に、その力を貸してくれ」
呑まれた聴衆達に向けて、カイトは話を更に広げる事にする。ここまでは戦う者、力ある者に対する言葉だ。だから、ここからは全ての者達に対する言葉だった。
「彼らは戦う力を持たない。だが、それは直接戦う力を持たないだけだ。オレ達は常に彼らと共に戦っている。今朝、朝食をどこかの屋台や食堂で食べた者達に聞こう。彼らの食事を摂ったのは何度目だ? その食材を作っているのは、採ってきたのは誰だ? オレ達ではない。オレ達戦う者がそれをしろと言われても、出来るわけがない。よしんば出来たとて、彼らほど上手には出来ないだろう。彼らは彼らの戦いをしているのだ。彼らもまた、戦う者達なのだ」
カイトは改めて、戦う力の無い者達を守る大切さを説く。そうして、彼は一つ深呼吸をして改めて全ての者に語る。
「……今、世界には数多の暗雲が立ち込めている。つい先日……太陽神と月の女神が感謝した日の事を覚えているだろうか。あれを疑問に思った者は多いはずだ。何故、ああも都合よくテロリストを捕縛出来たのか、と。あれはテロリストではない。あれは邪神の信徒。彼らの襲撃だった」
ここでカイトは先日の事件について言及する。隠していたのは、この為でもあった。ここで戦意高揚の為に使うつもりだったのだ。
「先にオレの仲間が邪神の尖兵と戦った縁により、あの作戦にオレも彼も参加した……そこで、見た。神話の戦いを。あれは決して一人で勝てる様な敵ではない」
ぐっ、とカイトは手を握りしめ、はっきりと断言する。あれは間違いなく並の冒険者であれば勝てる相手ではない。力を合わせてなんとか勝てる様な相手だ。それを、知っておいてもらう必要があった。
「今この時、かつての勇者の名を持つオレが居るのは縁なのだろう。オレが彼の様に旗印になれる事はないが、彼と同じ様に頼む事は出来る。だから、頼む。全ての戦う者達よ。その少しの余った力で良い。少し手を貸してくれ。オレも少し手を貸そう……そしてかつて勇者が見せた光を、今一度、この世に取り戻そう!」
「「「おぉおおおおお!」」」
力強く握りしめた拳を振り上げたカイトの言葉に合わせて、会場全ての者達が雄叫びを上げて手を挙げる。そうしてカイトは彼ら全ての聴衆に頭を下げて、その場を後にする事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1473話『懸念』




