第1470話 カイトの授与式 ――パレード――
話は再び三百年前。カイトが世界中で勇者の代名詞として呼ばれる様になった日の事だ。彼はその日、復興の始まったエンテシア皇国の皇都にある自宅に居た。いや、当然といえば当然だ。
なにせこの当時まだカイトはカイト・マクダウェルではない。この当時の彼の名はまだカイト・フロイライン。老賢人にして皇国初代宰相ヘルメスの養子でしかなかった。それが変わったのがこの日だった。
「……なーんかなー」
「どうした?」
「釈然としない」
ウィルの問いかけにカイトはどこか憮然とした様子でそう告げる。今この場に居るのはカイトとウィルの二人にルクスの合計三人だけだ。何故この三人だけなのか。それは立場上の問題だ。
というのも、ここで二つ名を授与され表彰されるのはこの三人だけだからだ。バランタインは後世にあれだけ敬意を表されながらも、奴隷という公的な身分の関係で皇国は表彰する事が出来なかったのである。相手も国だ。その国から脱走した奴隷を他国が匿った挙げ句に表彰しては外交問題だ。
当時のウルカも勿論、バランタインを引き渡す事は公式には言っていない。流石にカイトに喧嘩を売るからだ。が、それでも表彰出来なかったのは公的にそれを言えば確実に皇国でも奴隷の大反乱を巻き起こすからだった。事は皇国一国で済む問題ではなかったのである。
「……仕方がない。流石に外交が絡んでしまう微妙な問題になってしまう」
「わーってるよ。だからここに居るんだろうが」
「そうだったな」
憮然とはしているものの、カイトとて先の話はきちんと理解した上での事だ。この当時には既にカイトが公爵として任じられる事は既に決まっていて、ティナやウィルの手により統治者としての教育が始まっている。それでもカイトは不満だったものの、最後はバランタインその人から説得されて折れたのであった。
「それと、わかっていると思うが外で憮然とした顔で出るなよ」
「来てる身内の大半がわかってるよーな気もせんでもないがな」
「言うな。それでも体面というものがある」
カイトの指摘にウィルは笑いながら頷いた。おそらくカイトが不満なのは見に来ている民衆の大半が理解している事だろう。そこから貴族達も知っている可能性は高かった。
というのも、一度カイトがこの件を怒っている事が噂として流れていたからだ。まぁ、それ故バランタインが動いたわけでもあった。やはりここら、彼はなんだかんだ大人というわけなのだろう。
「あはは。それでもしょうがないといえばしょうがないでしょう。本当なら、皆でここに並びたかったのは私も一緒ですから」
「だよなー……ってかルクス。口調が変わってるぞ」
「わ、わかってるけどさ……うん。この口調だと流石に問題あるでしょ」
カイトの指摘を受けたルクスは恥ずかしげにそっぽを向く。そんな彼はルシアの手で最後の身だしなみチェックを受けていた。
「彼女持ちは良いな」
「何ー。私じゃ不満?」
「ああ、不満だな……頭にリボンつけようとする相棒じゃ不満も仕方がないだろうよ」
「ぴ!? 何故気付いた」
カイトの指摘でユリィは密かに忍ばせていた細めのリボンを回収する。今もそうであるが、カイトは男にしてはそこそこ髪は長い方だ。しかもこの当時は過去世の目覚めからかかなりの速度で髪が伸びており、どうしても長くなっている事が多かった。
勿論女性として考えればショートカット程度だが、スポーツ刈りとかではない。なのでリボンを結ぶだけの余裕はあったし、髪型や飾り方次第では似合うだろう。が、服を考えれば似合うわけではない。
「普通に気付くわ……で、お前人にいたずらしといてからに、自分の用意は?」
「どう? どう?」
カイトの問いかけにユリィが誇らしげに胸を張る。当然であるが、この当時の彼女に大型化する能力はない。なので子供用のドレスであるが、彼女の為に一流のデザイナーが一からデザインした一級品だ。似合っていた。
「良し……行くぞ」
「あ、何か言ってよー!」
「照れてるだけですよ、彼も」
一つ頷くなり歩き出したカイトの背を追いかけるユリィの背に、ルクスが笑いながらそう教えてやる。実際、この当時のカイトはまだ日本で当てはめれば高校生になったかならないか程度でしかない。素直に相棒を褒められるほど大人ではなかった。そうしてそんなある意味では何時も通りの一幕を交わした後、四人は皇城前の大広間にまでの盛大なパレードを進んでいた。
「……おそらくだがな」
「なんだー?」
「いや、歴史上ミスティア殿を騎龍としてパレードに出た男はおそらく貴様だけだろうなとな」
『……まぁ、それどころか『古龍』が騎龍として仕える者なぞ歴史上おるまいよ。妾もこの馬鹿でなければやらんしのう』
今更ながらに呆れ返ったウィルの言葉にティアがため息を吐いた。当然といえば当然なのかもしれないが、この面子――無論ユリィは除くが――は全員騎龍の技術を保有している。
なのでカイト以外二人は皇国が用意した騎龍に騎乗している。それには相当に豪華な飾りや皇国の国章、教国の国章――公的には破門だが内々には許しているというポーズの為――の意匠を付けた飾りが付けられている。無論、この地竜だってこの日の為に何ヶ月も前から高名な冒険者に頼んで捕縛して貰い、徹底的に調教が施された地竜だ。普通ならば負けていない。なのに、何も飾っていないはずのティアの姿がそこにあればそれだけで霞んでしまっていた。
「だから、勇者なんですよ」
「それはそうか……カイト。一応言っておくが、セリフは覚えたな?」
「覚えたって」
ウィルの確認にカイトは少しだけ楽しげに頷いた。確かに、覚えている。この当時には既に記憶を保持する魔術を覚えていたのでそれを使っている。なので忘れたという事はありえない。
が、同時に彼の顔はこうも言っていた。確かに覚えたが、それを言うとは言っていない、と。結局、どこまでも彼は彼だ。どうやら必死で覚えている内にこれは何かが違うと思ったらしい。
「……」
勲章と<<影の勇者>>の二つ名、更には貴族の地位を授けられたカイトは己の晴れ姿を見る数多の民衆達を見て、わずかに呼吸を整える。流石に何度も演説じみた事をしていれば、これにも慣れた。そうして、彼は後世にまで残る名演説にして迷演説を口にする事にするのだった。
それから、三百年。カイトは今度は己の領地の中。神殿都市の大広場に向かって進んでいた。当然だが今は祭りの真っ只中。そして幾ら表彰式と言ってもかつてほどの偉業をしたわけでもない。竜に乗って大々的なパレードをしているわけではなかった。
勿論、それでも彼らはあまりに多くの国の揉め事に関わりすぎた。更には時期もある。なので参列している貴族の数は普通の冒険者に対する表彰とは比べ物にならず、そして偉業から中心になっていたのは仕方がない事なのだろう。なのでやはりソラは非常に緊張を滲ませていた。
「うぅ……やっぱ二度目でも慣れねー」
「あははは。慣れろとは言わねぇさ。それにまだお前は楽だろう?」
「いや、そうっちゃそうだけどさ……」
カイトからの指摘にソラはまだカイトでなくて良かったと思う事にする。今回、カイトは一つ演説を言う様に頼まれた。勿論、これが無茶振りに近い事は誰もがわかっている。なので長い演説は誰も望んでいない。この表彰式の主催者は皇国。世界有数の大国に下手にケチを付けたくはないのだ。
が、それでもここは文化的な祭りだ。そしてカイトは既に切れ者として知られている。誰もが彼に演説をさせればどんな事を語るのだろうか、と興味が湧いたのは仕方がない事だった。
「にしても……お前もこれで二つ目か」
「ん? 何が?」
「二つ名だ」
怪訝な顔のソラにカイトは改めて事実を語る。現状、二つ名を持っている冒険部の冒険者は実は上層部以外にも居ないではない。当然だがカイト達が活動する間にも他のギルドメンバー達も活動している。そして彼らには彼らの事件があり、彼らの活躍があった。
そこで二つ名を与えられていても不思議はなかった。実はカイトが二つ名を今まで持っていない方が不思議なぐらいだったのである。流石にギルドの半分が二つ名を保有しているとかではないが、一割から二割程度は保有していると言って良かった。
「二つ名が増えると何かあんのか?」
「まぁ、無いわけじゃない。というか、ある」
「そうなのか?」
「ああ……二つ名ってのは偉業に対して贈られる名だ。二つ名が増えれば増えるほど、その冒険者は多くの偉業を手にしているというわけなんだよ」
「あー……」
言われて、ソラも理解した。二つ名は偉業に対して贈られる名。であればその数はその冒険者がどれだけの偉業を成してきたのかという一つの指標となる。塵も積もれば山となるとは言ったものであるが、誰もが知る二つ名以外にも二つ名を多く持つというのも冒険者としてプラスに働くのであった。
「というかもしかして……二つ名が多い奴の方が信用されたりするのか?」
「お……良い所に気が付いたな」
やはりここ当分真剣に色々と学んでいるからなのだろう。ソラが気付いた事にカイトは笑みを浮かべる。実は、その通りだったのである。
「一つのでかい二つ名だとまぐれ当たりの可能性がある。それに対して小さくとも幾つもの二つ名があると、それがまぐれ当たりじゃなくてきちんとした経験と実績に基づいたものだと証明される様なもの……って所か?」
「正解だ。だから実は本当は二つ名はでかいものをどんっ、と立てて故郷に錦を飾るより、小さくとも幾つも貰った方が今後の得になったりするんだよ。だから実は今一番冒険部で信頼される冒険者はお前と言っても良いだろうな」
「マジで?」
流石にここまでは想像していなかったらしいソラがカイトの指摘に驚いて振り向いた。当然だがこんな小声での会話の間にも二人は周囲に手を振ったりして愛想を振りまいているのであった。
「ああ……と言っても流石にオレの名は当然だがあるがな」
「ねーと困るわ……」
流石にソラとしても自分が矢面に立つ事は避けたいと考えている。一応サブマスターとしてかなりの権限は持つが、それでもやはりカイトほどの指導力はないとわかっていた。
敢えて言えばカイトが公爵なのに対して、ソラの才覚ではせいぜい辺境伯や伯爵止まり。現状では男爵程度だ。成長してもせいぜい侯爵が限度だろう。極まれば世界の統一さえ可能と言われるカイトとの差は歴然だった。
なお、これだけ考えればソラの才能は総理大臣である父に非常に劣っている様に思われるが、実際には総合的にはソラの方が上と言える。この評価はエネフィア基準だからだ。
貴族には腕っぷしや軍の指揮も求められる為、統治の能力が下でもその要素が複合的に求められるからであった。カイトが異常なだけで、ソラの才能は鳶が鷹を生むとまでは言わないでも十分に父が誇って良い領域であった。
「まぁ、とは言え……何時か演説は必要になる事もあるだろうさ」
「やりたくねー」
「さて、な。それは時と場合によりけりだ。その時になって困るより、今オレの演説を見とけ。見覚えるってのも重要だからな」
「うぃー」
カイトの指摘に対して、ソラは非常に辟易した様に頷いた。今の所カイトが矢面に立つので演説の可能性は無いが、これからも無いかと言われると不明だ。それはソラもわかっていたが、わかっていればこその反応だった。と、そんな事を言われたからだろう。ソラがふと興味を持ったらしい。
「そういやお前演説とか何時もどうしてんの?」
「ん? あー……基本はアドリブ。何かは考えてない。演説つっても結局はオレの演説だからな」
カイトは自分のしてきた演説を思い出す。当然だが演説でどう語ってくれというのはウィルとティナにより原稿が用意されていた。そしてそれを覚えてそのまま語る事もあったが、基本カイトが考える時はアドリブだった。基本は馬鹿なのだ。考えるだけ無駄と割り切るのは早かった。
「演説アドリブって……お前すげー」
「あっははは。演説って言うからかたっ苦しくなる。お前が語りたい事を語れば良いのさ」
カイトは笑いながらソラへとそうアドバイスする。カイトは何時かソラも演説する日が来るだろうと思っていた。それが何時なのかはわからない。少なくとも今日や明日の事ではないだろう。
が、一ヶ月後にはあるかもしれないし、それは一年後かもしれない。そこはわからない。だが、必ず演説する日は来ると考えていた。
「……ま、見とけ。オレ流の演説を見せてやるよ」
カイトはそう言うと、ソラに頷いてオープンカー上にされた馬車の上から降りていく。そうして、カイトの帰還後初となるカイトの授与式が開始される事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1471話『カイトの授与式』




