第1467話 折返しを超えて
『冥界の森』へと『偉大なる獣』という魔物の狩猟の為に出向いていたカイト達一同。彼らは標的となる『偉大なる獣』の狩猟を終えると、その翌日の夜にはマクダウェル領神殿都市に帰還していた。
「たっだいまー!」
「おかえりなさいませ、お兄様……本当に狩ってきたんですね……」
「おう。この面子が揃って不可能は何も無いだろう?」
『熾天の玉座』から降りるなり出迎えたクズハに対して、カイトは笑顔で頷いた。せっかく自分達が帰還したというのだ。どうせなら盛大かつド派手になにか目玉を作ろうと思って出掛けたわけであるが、こんな事が出来る――そもそも考えつくのも――のは間違いなく彼らぐらいしかいなかった。というわけで、ある意味では何時も通りの様子を見せたカイトにクズハは呆れ気味だった。
「はーい。皆さんお疲れ様でしたー。と言ってもこれはフェスの目玉なので黙っておく様に」
「「「はーい」」」
カイトの指示に姦しい面子が全員楽しげに声を上げる。というわけで、全員がまるで何事も無かったかの様に三々五々に各々好きな場所へと散っていった。これは敢えて言えば遠足やピクニック、下手をすると友人と遊びに行くのと変わりがない。なのでこれで十分だった。それを見送りながら、カイトはクズハ達と共に歩き出す。
「さて……これでクッキング・フェスティバルの目玉が手に入ったな」
「相変わらずお兄様はエンターテイメントに関しては全力を出しますね」
「人生楽しんでなんぼだからな」
どうせ一度は失った生命だ。さらに言えば滅ぼされてまで救われた生命だ。なら、楽しまないと損だろう。カイトはそう考えていた。
というわけで、彼はこれを見た観客達やこのアイデアの発起人となるウォルドーの驚く顔を想像しながら、公爵家の別邸へと帰還する事にするのだった。
さて、流石にその日はもう夜も遅かったのでそのまま公爵邸別邸にて一夜を明かしたカイトであるが、その翌日の朝一番に彼は早速ウォルドーへと連絡を入れていた。
『……はい? あれを……ほぼ無傷で狩猟した……ですか?』
「はい。幸運な事に現在の神殿都市には様々なギルドの著名な方々がいらっしゃっておりましたのでお声掛けを行わせて頂きました所、そういう余興も良いだろうという事で狩猟に出てくださいまして」
『……』
ぽかん。ウォルドーの表情に敢えて擬音を当ててみればそんな感じだ。まさに狐に化かされるような感じだろう。とはいえ、信じられないのも無理はない。相手はランクSの魔物の中でも最上位の一体だ。
それをこの一週間足らずで確保した、である。一体どんな面子が揃えばそんな事が出来るのか、と疑問でしかなかった。
「あはは。疑問も無理はありませんね。ですが実際に、この通り狩猟は成功しております」
『それは……』
間違いない。『偉大なる獣』だ。ウォルドーはやはり見たことがあればこそ、小声ではあるがはっきりとそう呟いた。そんな茫然自失のウォルドーに対して、カイトは微笑みながら問いかけた。
「どうでしょう……是非とも」
『是非とも、私にそれを使って料理させてください! 今後十年……いえ、百年はこの料理に上回る料理は無かった、と食べた者に言わせるような最高の料理を作らせて頂きます!』
ごんっ、という地面と額の衝突で大きな音がするほどの勢いでウォルドーが頭を下げる。それほど、感動していた様子だった。
「あはは。元々これは貴方の依頼に沿ってご用意させて頂いた食材。是非とも、好きなだけお使いください」
『ありがとうございますっ! このご恩は決して忘れません!』
再度ウォルドーは額を地面にぶつけるほどの勢いで頭を下げる。その内気絶しそうな威力であるが、どうやら興奮が上回ってしまっている様子だった。そうして彼の参加を確約させたカイトは通信を終えると、参加者名簿の彼の名前の所にチェックを入れた。
「良し。これで審査委員も完全に確保、と」
「だんだん、このお祭りも終わりに近付いてきたね」
「あははは。始まった物は全て何時かは終わるのさ。永遠なんて無いんだからな」
気付けば、この祭りも折り返しを通り過ぎていた。その最後のシメとなるのがこのクッキング・フェスティバルだ。その準備が整いつつあるという事はすなわち、祭りももう終わりが見え始めたという事に他ならなかった。
それを、ユリィの言葉でカイトも思い出した様だ。と、そんな彼が立ち上がったのを受けて、ふとユリィが思い出した様に口を開いた。
「そういえば、カイト。この残りってどうするの?」
「ん? ああ、この残りか」
当然といえば当然の話であるが、『偉大なる獣』の肉をこの祭りで全て使う事はない。ウォルドーは確かに大量に使うだろうが、それでも全体から見れば一部でしかない。なので確実にあまりは出るだろう。そんな問いかけを受けたカイトは少しだけいたずらっぽく頷いた。
「内緒」
「何かまた考えてる?」
「おう」
ユリィの問いかけに答えるカイトは楽しげだ。どうやら、また何かをしようとしていたのだろう。
「せっかく沢山の客を出迎えるってんだ。おもてなしはきちんとしないとな」
「なぁる……カイト、カイト。一つ聞いときたい」
「なんだ?」
己の目論見を理解したらしいユリィがカイトへと問いかける。それは客達の事だった。
「全力、出す?」
「どうだろ。多分、出すんだろうなぁ……」
今から猛って仕方がない。ついに、ここに揃うのだ。己の半身とも言える相棒達が。全てを知ってここに揃うのだ。その時こそ、カイトは本当の意味で勇者カイトとなれる。そしてだからこそ、とカイトはしっかりと己の想いを語る。
「だから、最高のもてなしをしたいんだ……うん。お前もあっちかな」
「……はぁ。本当にカイトってそういう所義理堅いというか……ふふ」
感情が入り乱れ、よくわからないらしいカイトが言った言葉の意味をしっかりと理解したユリィは笑う。誰よりも、自分達をもてなしたい。そういう想いがあったのだろう。この様子だと、もしかしたら今までこの状況が見えた段階から自分達に隠れて密かに色々とやっている可能性があった。
「楽しいだろ? そっちの方が」
「まぁねー」
楽しげに、ユリィは同意する。彼はこうだからこそ楽しいのだ。そうして二人は楽しげなまま、またどこかへと出掛けていくのだった。
さて、カイト達の帰還から数日。カイトはこの日もこの日で色々と動いていた。とはいえ、もう祭りも折り返しを過ぎたのだ。故に人としてもかなり勢いは無くなっており、のんびりと見て回るには丁度よい塩梅となっていた。
勿論、それでも閑古鳥が鳴く事はない。最初ほどの勢いは無いが、それを知っているからこそ時期をずらして来る観光客は非常に多かった。故にまだまだどこの屋台も盛況だった。そしてここからはまた人が増え始める頃でもある。
「ふぅ……」
カイトは一週間ごとに分けられている来場者数の報告書を見ながら、一つため息を吐く。当然だが彼とて何時も何時も冒険部の仕事をしているわけではない。
というより、それだけが出来るわけでもない。なので数日に一度は冒険部のカイトではなくマクダウェル公カイトとして動いていた。今日はその日だというわけだ。
「やはり折り返しの頃から人が増えだしているな……まぁ、それはそうか」
基本的に神殿都市で行われる収穫祭は最初と最後が一番豪勢だ。最初は言わずもがな、誰もが初日からの参加を望むから豪勢になる。が、しかし祭りの最後には色々なイベントが畳み掛ける様に重なっており、最後まで飽きさせない構成となっていた。
まぁ、はっきりと言えば最初は祭りの雰囲気や神殿の主催するイベントや祭典を楽しんでもらい、折返しの頃には出店される数々の屋台を。最後にはマクダウェル家が主催する様々なイベントを楽しんでもらおう、という考えだった。それ故、この時期からは再び最初と同じぐらいの人が来る見込みだった。
「さて、とりあえずホテルへの従業員の増員はウチが主導して行ったし、その他の支援も問題無し。各地の異族もほぼ到着済み……うん。問題無し」
カイトは今年も問題なく終わりそうだ、と満足げに頷いた。色々と例年とは異なる事もあったそうだが、カイトとしてはそれは知らない事だ。
一応言えば邪神の尖兵からの襲撃があったり実験での事故があったりしたが、そんなものは彼が居る限りどこでも何時でも起きる事としか言えない。なので彼としては何時も通りと気にしていなかった。もしかしたら、忘れていたかもしれない。
「さて……ここからの予定は……」
既に折り返しは過ぎていて、公爵家やそれに協賛する貴族や異族達が主催する色々なイベントが始まりつつある。段々と落ち着きつつある神殿の神官達に対して、カイトのような貴族達はここからが忙しくなる時期だった。
「まず、コンサート。コンサート・ホールは……うん。全部問題無し。出演者……全て確認済み。問題無し」
収穫祭の終盤の開始を告げるのは、アマデウス率いる音楽隊による音楽会だ。やはりカイト達といえばエルフ達と懇意にしているし、彼らのコンサートは非常に荘厳かつ美しいものだ。オーケストラや声楽がメインで大衆向けとは言い難いが、貴族達の大半に提供する事を考えればこれが一番良いかった。
それに収穫祭は一応は自然への感謝祭だ。そこでのっけから大衆向けの大衆音楽を提供する、というのも些か筋が違うだろう。なので、というわけである。
「二日目の準備も出来ているな。良し。アリサ達も準備は万端、と」
後は色々と細かな調整はあるが、そこはカイトがする事でもない。なのでカイトは全てのチェックが出来ている事を確認すると、己の名前をサインして処理済みの箱の中に書類を入れる。そうして次に見るのは、その次のイベントだ。
「さて……その次は……あー……これあるんだっけー……」
カイトはわずかに辟易した様子で次の書類を確認する。何故そんな顔なのかというと、次は彼に直接的に関係がある事だったからだ。しかもこれは公爵としての彼ではなく、冒険者としての彼に対してのものだ。
「皇帝陛下による勲章等の授与式……か……まぁ、礼服を出さないで良いから良いんだがな……」
別にカイトとしても皇帝レオンハルトから称賛される事が疎ましいとは思わない。では何が疎ましいのかというと、その後だ。この授与式の後にはお決まりのパーティがある。
これに出席しなければならなかった。勿論、今回の彼は主役の一人だ。数多くの貴族達に囲まれる事になるだろう。非常に面倒であるが、色々とまたおべんちゃらを使わねばならなかった。
「いっそ、ソラを矢面に立たせるのも有りっちゃ有りなんだろうが……流石に無理だよなぁ……」
今回ばかりは色々と間が悪いとしか言い様がない。というより、残念ながら今回はソラもまた矢面に立つ事になる。カイトが矢面に立たせる事もなかった。この授与式に関してはカイトだけでなく、ソラもメインの一人に立つ事になる。
というのも、彼が先に救ったマクシミリアン領のエルフ達。彼らはマクシミリアン領では有数の勢力を持っている。そしてマクシミリアン家は皇都に最も近い場所を守る皇帝の懐刀の一つと断じて良い。
家の格はカイト達より下かもしれないが、影響力は決して軽く見て良いものではない。それ故、数々の武勲を立てていたカイトと同じ様にソラも今回の中心の一人として報奨される事になっていたのであった。
「諦めるか……今回ばかりはな……はぁ……そうなると色々と面倒もあるんだが……面倒だなぁ……」
「その面倒、こちらでなんとかしてあげてるのだけど」
「おいーす。やっぱり?」
「ええ、やっぱりね」
カイトの後ろに立ったシアがカイトの危惧する事に対してはっきりと認めて頷いた。彼が何を危惧していたかというと、昔と同じだ。英雄となるとどうしても多くの血を残す事を望まれる。
まぁ、つまり。簡単に言えば縁談はもとより、抱くだけで良いので抱いてくれという申し出がもうあったという事なのだろう。カイトの子は間違いなく強い。そしてその強さは貴族において重要なファクターだ。強い子――勿論健康的な意味ではなく戦闘能力としての強さ――を望むのは貴族であれば当然だった。
「もう種馬はごめんだわ。さっすがに美女や美少女が選り取り見取りでも精神的にキツイんだよ、あれ」
「その妙な潔癖、治しなさいな」
「無理無理」
シアの冗談っぽくも真実そう思う様子の指摘にカイトはため息を吐いた。シアは公爵家の裏を取り仕切ると同時に、皇国に利益ももたらすべく動いている。そこらの調整をするのが彼女の役目だ。故に彼女としてもカイトが多くの子を成すというのは重要だった。が、それが無理だともわかっている。
「というか、精神的にキツイで体力的にキツイじゃないあたり貴方らしいわね」
「……そっすね」
シアの超絶に呆れ返った指摘にカイトもまた一瞬呆けて自分自身に嘆きを浮かべる。精神的にキツイのであって肉体的にキツイか、と言われるとそうでもなかったらしい。伊達に多数の美姫を抱えているわけではない、という事なのだろう。
「まぁ、オレは良いわ。ソラにそういう話が行かない様に調整だけはしてやってくれ。最悪、オレは自分でなんとか出来るからな」
「その貴方の方がひっきりなしだから面倒なんでしょうに」
「でしょうねー」
わかりきった話だ。女誑しと言われるカイトと純粋な少年であるソラ。どちらがより話を通しやすいか、と言われるとそれは必然としてカイトとしか言えない。しかもカイトは政治的な話まで通用するのだ。女誑しの癖して一癖も二癖もあるのだ。貴族達としてもこれ以上良い話はなかった。というわけで、カイトはそこらの裏に対応すべく更に色々と整えていく事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1468話『終わりの始まり』




