第1462話 伝説へと至る道
収穫祭の余興の為、『冥界の森』へとやってきていたカイト率いる『冥界の森』探検隊。彼らは『冥界の森』をまるで散歩の様に歩いていたわけであるが、ひょんな事からカイト達さえ見たこともない蛇にも似た未知の魔物と遭遇する事となっていた。
そんなカイトであるが、彼の最大の特性たる数多の武器を使いこなすという技能を活かし、カイトは未知の魔物に対して有効的な攻撃、気を使った戦いを行う事で完璧な勝利を手にしていた。そして討伐後。カイトは首を慣らしながら気軽に一同の所へと戻っていた。
「アイナ。今の魔物はおそらく、外に出ると間違いなくまずい類の魔物だ。そちらからバルフレアに頼んで、奴の情報を上げておいてくれ」
「わかりました。気が有効ですね」
「ああ……映像データは?」
「十分に。所感についてはそちらで書類を」
「わかっている」
カイトは先程のプラナリアの様な蛇の様な魔物についてを思い出す。コアをいくつかに分裂させ本体を増殖させる増殖能力。通常の攻撃ではコアを破壊出来ない特殊な性質。物理的攻撃が大した意味を持たなかった特異な身体。そういった全てを鑑みた時、あの魔物は間違いなく危険と言い切れた。
もしまかり間違って外に出た個体の増殖が始まれば、間違いなく国が危険に陥る。ランクSの個体が増殖する。それは悪夢でしかない。周辺の国や貴族には警戒を促しておくべきだろう。
「どういう進化を遂げたんだろうね、今のは」
「大方は予想出来る。おそらく、ここらではあの魔物は雑魚に位置すると見るが……どうだ?」
「ああ。何度かここにキャラバンで来ている俺様が言うが、あれはここらでもかなり雑魚な方の魔物だ。餌になる部類、つっても良いだろう」
ウィルの問いかけにバランタインははっきりと今の魔物が雑魚に過ぎない事を明言する。そしてカイトもクオンも明言するだろう。あれは間違いなく雑魚だ。ここらの平均的な魔物の戦闘能力からすれば下の方だ。ただ再生力がうざいだけ。その程度にしか過ぎないのである。
「おそらく、食べられた後に再生可能にしているのだろう。エビの腕と一緒だ。コアをいくつか失っても問題は無いというわけなのだろう」
「なーる……それでしっぽにもコアがあったわけか」
「しっぽに一つあったの?」
「ああ。しっぽにコアがある魔物は非常に珍しいと思ってたんだが……それなら納得だ」
ウィルの推測に納得する様に頷いたカイトであるが、ルクスの問いかけに頷いてその詳細を教えてやる。一度コアを強引に突っ込んだ後も神陰流の力を使ってコアの在り処を常に見切っていたわけであるが、コアはゆっくりとだが体内を移動してしっぽに向かっていたらしい。そこから、カイトは本来のコアの位置がしっぽにあるのだろうと推測していたのである。
「なるほど。道理だろう。しっぽにコアがあるとすれば、筋が通る。あの体躯を丸呑み出来る魔物はそうは居まい。それに流石に捕食されてはコアの再生力も意味をなさんだろうからな」
「まぁ、そればかりはな」
カイトはウィルの言葉に半ば笑いながら同意するしかなかった。一見すればあの魔物は食べられても大丈夫な様に見えるが、そんなわけはない。ここら一帯の魔物は大抵、捕食という概念を使って獲物を食べている。流石に捕食という概念を使われて捕食されては体内での蘇生は無理らしい。こういった再生力の高い魔物を食らう場合の必須能力で、それ故にこそここらの魔物はそれを保有しているらしかった。
「私の場合、<<次元斬>>で強引に消滅が一番楽かしら」
「僕もそうするのが一番だろうねー」
「俺様は再生力ごと思いっきり上回って焼き払うかね。それが一番楽そうだ」
「俺はやらんぞ。貴様らの様な馬鹿げた事はできん」
口々に今の魔物を自分達であればどう討伐しただろうか、というのを考察しあう。と、そんな状況にバーンタインは呆気にとられていた。
「どした?」
「いや……大伯父貴……あんた流石過ぎるぜ……今の魔物を楽勝か」
「楽勝だろう。お前だって倒せただろう?」
「そりゃ、まぁ……」
倒せるには倒せた。バーンタインは自分で戦った場合を考えて、そう判断を下す。が、戦いたいとは思えないし、無論ここで戦おうと思わない。逃げるが勝ちだ。
「ふむ……まぁ、ここらにビビるのはわからないでもないけどな。一回やれば慣れるぞ」
「へ、へい……」
やはり大陸最大の魔境だ。それはバーンタインという男であっても僅かな怖じ気を隠せなかったらしい。というわけで、カイトは少し荒療治を選択する事にした。
「ま、それなら……一度やってみると良い」
「へい」
「いや、だからほれ」
「……っ!」
カイトが指さした方向。そちらから発せられる猛烈な殺気に、バーンタインが思わず身体を固くする。何かが顕現しようとしている。それを察するには十分だった。
「おーい! 次誰だったっけ!」
「次!? 次は俺様の筈だな!」
「じゃー、ちょっと順番チェンジ!」
「あいよー!」
カイトの申し出にバランタインが特に気にするべきでもなく応ずる。彼らにとってみれば、ここらの敵は雑魚でしかない。誰が戦おうと結果は一緒。勝利しかないのだ。
「じゃ、頑張れよー。まぁ、並程度の相手だ。緊張さえ解れりゃ勝てるぜ」
「っ」
つまりは、自分の腕を披露してみせろ。バーンタインはそれをはっきりと理解する。英雄達が見守る前で自分の腕を披露しろ、とカイトは言っているのだ。そしてそれを理解しているのか、誰も助けようとはしていなかった。それは同僚であるはずのアイナディスやクオンも一緒だ。楽しげにこちらを見ているだけである。
「……」
これが、世界最強の集団による冒険か。全てが桁違いだ。バーンタインはそう思い、しっかりと前を見据える。助けはもらえない。この程度は出来るだろう、と信頼されているからだ。そうして、彼は己の誇りであり相棒である大斧をしっかりと構える。
『我が眠りを妨げるのはうぬか……』
「っ……こいつぁ……」
現れたのは、完全武装の骸骨の化物。『阿修羅』。六本の腕を持つ骸骨の魔物。およそ体躯は5メートルほどで、ランクSでも間違いなしの上位クラスだ。この『冥界の森』の中でも有数の戦闘力を保有する化物。カイトでも少しは本気となると言わしめる魔物が相手だった。
「へー。こら、ちょっと本気でやらないとヤバそうだぜ」
「あはは。まぁ、勝てないじゃないだろう。相性は悪いけどな」
バランタインの呟きにカイトは笑う。そこには、一切の気負いはない。一国の数万の兵がこの一匹の魔物を討伐するのに死んだ。そんなこれは伝説さえある魔物だ。しかも、大斧を使い鈍重な動きを主とするバーンタインに対して、この魔物は連撃と素早い動きを主としている。相性は最悪に近かった。
「……」
なんでそんなに楽しげなんだ。バーンタインは後ろから聞こえる声が信じられなくなる。が、だからこそ楽しくなってきた。彼らはこの程度なら勝てると断言出来るのだ。そこに、自分も居る。余裕で勝ってみせねばならなかった。
「……」
自然、気合が入ってきた。バーンタインはがしゃん、がしゃん、とまるで踏みしめる様に歩く『阿修羅』を見る。まるで血肉は若返り、どうしても加齢と共に失われた肉体面の力強ささえ戻ってきた気さえしてきた。だから、彼はその滾りに敢えて呑まれる事にした。
「おぉおおおおお!」
自分の体内から力が爆発する。そんな感覚を彼は得る。それは真実彼の身体を炎の様に包み込み、強大な力を授けてみせた。
「ほっ……ここに来て殻を破りやがったか」
『おぉおおおお!』
楽しげに、しかし感心した様に頷いたバランタインの見ている前でバーンタインは知らず、<<炎武>>の最終形態たる<<暴炎帝>>を発動させていた。
今までは一度も自らだけでは成し得なかった領域。それを彼はここに来て成し遂げてみせたのだ。が、だからといって楽に勝てる相手ではない。
『おぉおおおお!』
ずどんっ、という音と共に地面を打ち砕き、バーンタインは猛烈な勢いで『阿修羅』へと肉薄する。相手の武器は六個。打ち合いになれば分が悪い。であれば、一気に攻めきるのが上策だ。
『おぉおおおお!』
『おぉおおおお!』
二つの雄叫びが響き渡り、周囲に衝撃が響き渡る。六個の大剣に対して、バーンタインは迷うこと無く真正面からの打ち合いを選択した。両者の一撃は地面に受け流され地面を打ち砕き、バーンタインはその次の瞬間、敵が後ろに回り込んだ事を理解する。速度であれば相手が上回る。故に、これは道理だ。
『はぁ!』
遅いな。この程度なら見切れる。バーンタインはそう判断すると、回避も兼ねて地面を大斧で叩いてその衝撃で自らの身体を大きく打ち上げる。そうして空中で反転すると、彼は大斧を大きく振りかぶる。
『おぉおおおおお!』
雄叫びと共に、バーンタインは大斧を振り下ろす。それに対して『阿修羅』は上二本の腕を振り上げて、更に一番下の腕で迎撃しようと逆袈裟懸けに構えていた。そうして、次の瞬間。ぎぃん、という大きな音を立てて両者が衝突する。
『ぬぅおおおおお!』
雄叫びを上げ、更にバーンタインは込める力を増大させる。そして、次の瞬間。『阿修羅』の上の腕二つが持っていた大剣が砕け散った。が、その次の瞬間。彼の左右から一番下の大剣が襲いかかった。
『おぉおおおお!』
それに対して、バーンタインは迷わない。一直線に『阿修羅』へと襲いかかる。そして再び、両者が激突するかに思われたその瞬間。衝突の直後に『阿修羅』が消えた。
『っ!?』
乗せられた。バーンタインはそれを察し、更に敵が背後に回り込んだ事を理解する。『阿修羅』は一瞬だけ生まれる均衡を利用してバーンタインをその場に押し留めると、超高速でその場から逃れたのである。力比べでは負けると判断したのだろう。正しい判断だ。
『魔物が一丁前に知恵使ってんじゃねぇよ!』
バーンタインは背後に回り込んだ『阿修羅』の真ん中の腕による斬撃に対して、地面に寝そべる様にして回避する。幸いといえば幸い、『阿修羅』は下の腕を使っていた事もありバーンタインの首狙いでの一撃だった。なので少し屈む様にするだけで回避は可能だった。咄嗟でも間に合ったのは、それ故だ。そうして、彼は屈んだついでにくるりと回転して足払いを仕掛ける。
『ぬぅ!』
『はっ! どうでぇ! おまけだ!』
バランスを崩して倒れそうになる『阿修羅』が地面に着地するより前に、バーンタインが思いっきりその巨体を蹴っ飛ばす。その一撃は『阿修羅』の巨体であれ吹き飛ばすだけの力を持っており、音速を超えた勢いで吹き飛ばされていった。
『ぬぅうううううう!』
空中で姿勢を整え大剣を地面に突き立てて減速する『阿修羅』であるが、前を見てみればそこにはバーンタインの姿はない。と、そんな彼の声が『阿修羅』の背後から響いた。
『なんだか知らねぇが……猛烈に身体能力が上がってやがる』
わからないが、何かが起きている。バーンタインはそれを理解していた。握る拳に返ってくる感触。それは明らかに何時もの自分とは異なっていた。
『ぬぅ!』
『おうりゃ!』
背後に回り込まれた事を察した『阿修羅』が勢いの減速をやめて、その勢いさえ利用して振り向きざまに斬撃を放つ。その一撃たるや、おそらく武芸者だったとしても素晴らしいと言えるほどだろう。魔物なのに、技を使う。これが『阿修羅』が恐れられる要因の一つだった。が、それに対するバーンタインに恐れはなかった。
『おぉおおおお!』
衝突と共に、バーンタインが雄叫びを上げる。それを受けて彼の大斧には業火が宿り、まるでロケット噴射の様に吹き出した。
『ぬっ………』
勢いで押していた『阿修羅』がゆっくりとだが押されていく。そうして、次の瞬間。バーンタインがさらなる力を込めるや否や、その力に『阿修羅』は堪えきれなくなり頭から一刀両断に真っ二つになっていた。
『……ふぅ。やべぇな、ここは……』
おそらくウルカで修行した日々よりやばい戦いだった。バーンタインは素直にここが地獄である事をしっかりと認識する。そうして彼は戦闘の終了と共に力を抑え、カイト達の所へと戻っていく事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1463話『キャンプ』




