第1460話 冥界の森探検隊 ――中腹あたり――
収穫祭の余興の為、カイトは『冥界の森』に生息すると言うエネフィアでも最強クラスの魔物の一体『偉大なる獣』を狩猟する事になっていた。
そんな彼らは『冥界の森』にたどり着くと、現代においては熟練にして最強クラスの一角とされるバーンタインさえ呆れさせるほどの戦闘力とずば抜けた胆力を見せつける格好で出発していた。
「というわけで行動を開始するんですが」
「実際、俺様達クラスになっちまうとここでも雑魚だしなぁ」
「というか、この面子で来るのは初めてねー」
肝が据わるというかもはや散歩と変わらないのかわからないほどに呑気な彼らは普通に歩きながら、『冥界の森』の奥へと進んでいた。実際、この場の面子の内バーンタイン以外の当時を知る全員がかつての大戦においてエースどころか最後の切り札として扱われていた人員だ。それ故、この場の魔物達でさえ雑魚にしか成り得なかった。無論、それはこの男を除く、であるが。
「ふむ……また奇妙な……」
「興味あんの?」
「園芸には興味がない。が、薬学には興味がある……ふむ……この独特の香り……毒消しに似ていそうだな」
カイトの問いかけにウィルがそこらを自生しているこの一帯独特の草花を興味深げに観察していた。何度か言われていたが、彼の最大の功績と言われているのはやはり皇国における衛生状態の改善だ。その中でも最大の功績と言われているのは、『霊薬』・『エリクサー』の量産だろう。
カイトと共に行ったこの衛生状態の改善と疫病対策はカイトが去った後も彼が主導して常に行われていた。それ故か彼は趣味ではなく仕事として園芸に近い事を行っており、どうしても新たな植物を見付けると調べないと気が済まないらしい。
「ユリィ。この草に何か感じるものはあるか?」
「うーん……ちょっと毒消しに近い感じするねー。ソレイユどう思うー?」
「んーとねー……苦い感じ?」
「そんな感じかー」
ウィルの問いかけを受けたユリィとソレイユは二人してウィルが摘み取った薬草らしき草を見て、そんな所感を述べる。ユリィもソレイユも森に関係のある種族で、シルフィの眷属でもある。それ故にか本能的に薬となるかどうかが見分けられる為、当時のウィルもよく意見を聞いていたらしい。
「ふむ……となるとやはり毒草か、薬草か……いや、過ぎたるは及ばざるが如し。薬も過ぎれば毒となる。トリカブトとて若干量で毒素を薄めてやれば気付け薬に使えるのだから、これもその可能性は有り得そうか……ちょっと苦い感じ、となると、効能はさほどではないのだろう……」
「お前……何時も思うけど難儀な性格してんな……」
一応言えば、ウィルはもう皇帝でもなんでもない。皇帝という任を解かれ、好き勝手に生きている――妙な言い方ではあるが――個人だ。だというのに、またお国の為となる作業をしているのである。根っからの仕事人という所だろう。
「それは言ってくれるな。が、そこに未知の薬草があるとどうしても気になってしまう。なにせ数十年もの間、これをしていたんだ。もう性根として染み付いてしまっている。貴様も何時かはこうなる。俺はこうなった……どれが貴様にとってのこれとなるかは知らんがな」
「嫌だな、おい……せめて死んだ後ぐらいはのんびりしようぜ……」
自身が持ってきていた生前のメモ帳のコピーへと自分の所感や薬草の絵を書き記すウィルに対して、カイトはため息混じりであった。出来る事なら死んだ後ぐらいはのんびりしたい所であった。
「いやぁ……多分カイトは死んでも馬鹿なままだと思うよー?」
「おい!」
「あっはははは! そりゃ、俺様もそう思うわな! お前さんは絶対死んでもそのままだわ!」
呆れ返るカイトに対してユリィが冗談めかして言えば、それにバランタインが声を上げて大爆笑する。というより、この二人はカイトが一度死んでいる事を知っている。それ故、この様に大爆笑するしかなかった。が、その当人が死んだ事を完全に忘れていた。
「オレだって死んで蘇ったらのんびりするわ! 何が嬉しゅうてんな戦わにゃならん!」
『……一応、ツッコミとして私が言わせてもらうが……父よ。確か地球で一度は死んでるぞ。具体的には二年目の夏。アメリカでぐっさりとあの世に送られている』
「……」
カイトは魔導書のツッコミに地球での自分の戦いを思い出して、思わず唖然となる。まぁ、そういうわけらしく、カイトは実は一度地球で全力で戦って敗北していたりする。
その後はこの『キタブ=アル・アジフ』の力を借りて、自らの遺体を媒体として自らを現世に自己召喚するという非常にチートじみた事を披露して復活していたのであった。
それも簡単に出来た事ではなく、その戦いの後遺症により治療系の魔術や『霊薬』など込みでも一週間はベッドで寝たきりの上、一ヶ月以上包帯でぐるぐる巻き、数ヶ月は全力での戦闘が出来ない様な状態に追い込まれていた。
なお、その敵にはリベンジ・マッチでその後すぐに勝っている。が、それでもその敵との戦いは彼自身がこの『冥界の森』での復活以降初めての全力での戦闘だった、と言わしめるほどの戦いだったそうだ。間違いなく、ティステニア以上の化物だったらしい。
「……」
「……ど、どした?」
「……あはは」
膝を屈する己を見たバランタインの問いかけに、カイトは儚げな笑いを上げる。そうして、彼は声を上げた。
「うぉー! 何時か絶対楽隠居してやるー!」
「何、いきなり!? びっくりするなー……」
「聞いてくれよ、ダチ公……オレ、地球で一回ガチ死にしてるんだよ……」
「ああ、そう言えばそんな事聞いた事あったねー。アメリカだったっけ? やっぱり僕が死ぬ前に言ってた通り、カイト地球でも大暴れしてたでしょ?」
「してたねー」
ルクスの問いかけにユリィがしみじみとお茶でも飲みながら頷いた。カイトも知らない話――当然だが――なのだが、ルクスの臨終の際にはユリィが最後の会話を交わしていたらしい。
そこでカイトはどうせ地球でも大暴れしているだろう、という事が語られていたそうである。そして事実、大暴れしていた。というより、そのタイミングでも大暴れしていた。と、そんな非常に軽く死んだ、というセリフを流したルクスにカイトが怒声を上げる。
「軽いな! 一応、オレ達親友だよな!?」
「長く生きてればそういう事もあるよ。現に僕らも一回死んでる身だしねー。あはは。僕ら生きてるか死んでるか不思議な状態だけどさ」
あはははは、とルクスは楽しげに答える。それに、カイトは思わず呆気にとられた。確かに、そうである。平然と話しているがルクス以下ウィルとバランタインは死人で、余興なので付き合うか、程度で来ている。が、死人である。故に、カイトは自分がバカだったと項垂れる事にした。
「……お前らに聞いたオレがバカだった」
「……ええ、そうですね。貴方は馬鹿です」
「はっきりと言わないでくれません!?」
いつの間にか背後に立っていたアイナディスからじっとりとした目で睨みつけられたカイトは再度声を荒げる。が、そんな彼女は更に後ろを指さした。そこには絶賛大興奮の魔物が一体、こちらに向けて猛突進を仕掛けていた。
「……大声出しすぎです」
「あー……あー……オレやんないと駄目?」
「自分の失態ぐらい自分でなんとかしてください!」
「はーい」
アイナディスのお説教にカイトはやれやれ、と刀を抜く。幾ら彼でもここの魔物を相手に手を抜いて戦うつもりはない。それにそもそも、こんな事になっているのは彼が大声を上げたからだ。自分の尻拭いぐらいは自分でするつもりだった。
「流石に、この領域の魔物に神陰流の<<転>>を使う事は出来ないよな……」
後一瞬。接敵の直前、カイトはわずかに舌なめずりしながらそう呟いた。ここらの魔物はカイトをして未知の魔物が多い。常日頃ここらを修行場として活用するクオン達でさえ、年に数体は新種を見付けているらしい。
どうやら周囲の魔物があまりにも不可思議過ぎる所為で、ここは常に亜種が生まれやすい環境となってしまっているそうだ。接近しているのも、カイトも見たことのない魔物だった。が、やはり未知との遭遇は楽しいのだろう。それ故の笑みだった。
「っ」
接敵の瞬間。カイトは<<縮地>>をわずかに斜めに始動させて敵とすれ違う様に、横を通り抜ける。そして、その刹那。彼は同時に居合斬りを放ち、敵を上下に真っ二つに切り裂いていた。
「……仕損じた、か」
確かに真っ二つには斬り裂けていた。が、そんな敵は上半分と下半分に分かれるものの、カイトが自分とすれ違ったのを見るや即座に反転。その頃にはまるで何事も無かったかの様にぴったりとくっついてしまっていた。
「蛇……のようにも見えるが……ふむ……」
カイトは威嚇する様にしゃー、という鳴き声をあげる蛇に似た魔物を見ながら、次の一手を考える。形状としては蛇で間違いないが、どこかツチノコに似てわずかに胴体が膨らんでいる。敢えて言えば広めのコブラにも近いだろう。エリマキトカゲのえりを蛇に移植した様な魔物、でも良いかもしれない。
大きさは全長二十メートル程度。この一帯では巨大過ぎると外敵に狙われやすい。小さいから、と弱い様に思うのは間違いだろう。
「まぁ、とりあえず。てきとーにぶった切ってみましょ」
兎にも角にもカイトは剣士である。であれば敵がなんであれ切って突いてが基本だ。というわけで、カイトは威嚇から数秒後に放たれるだろう毒液を待ち構え、その瞬間。再度<<縮地>>でその真横を通り抜ける。が、今度は抜き打ちはしない。真後ろに移動した彼は納刀したまま腰だめになっていた。
「蒼天一流……<<八百万閃刃>>」
カイトが呟くと同時。七体の分身が生み出され敵を包囲して、総計八人のカイトにより無数の斬撃が迸る。それは敵を細切れにすると、どしゃりという湿り気のある音と共に敵の肉片が地面へと落下した。と、そんな光景を見て、ユリィが大慌てで飛来した。
「やったか!?」
「わざわざ出てきてまで言うなよ」
「いやぁ、フラグ建築ぐらいはしといてあげようかなー、と」
「そりゃどーも。で、まだ続くから戻っとけ」
「はーい」
満足したらしいユリィがカイトの下から去っていく。と、そういうわけらしく、どうやらあれだけ細切れにしたのにも関わらず敵はまだ生きているらしい。ゆっくりとではあるが広がった肉片が集まっていく。血は、流れていなかった。
「プラナリアに似てる……かな」
プラナリア。それは非常に優れた再生力を有する生命体だ。その生命力たるや、頭を三つに分断したら頭が三つ生えてきた、百の破片に細切れにしても元通りになった、というほどである。
それを超強力な魔物にすれば、こうなるだろう。そんな益体もない事を考えていたカイトであるが、無論再生する敵を何もせずに眺めているだけではなかった。
「切って駄目ならぶっつぶせ……と言っても単にハンマーで押し潰すんじゃあ芸がない。アル・アジフ」
『わかった』
カイトは忍ばせていた魔導書を懐から取り出すと、即座に何らかの魔術を起動させる。それは地面の表面だけを硬質ガラスの様な状態に変貌させてしまった。
「ほう……考えおったな」
どうやらティナにはカイトが何をするかがわかったらしい。楽しげに笑っていた。そして、その次の瞬間。アル・アジフに地面をガラスの様にさせたカイトは空高くに向けて魔法陣を敵に向けて直線となる様にいくつも編み出した。
「あんなもんで良いかな……ほい、召喚。単発の<<隕石>>!」
カイトの口決に合わせて、上空に編み出した魔法陣から超高速で隕石が飛来する。それは魔法陣を一個通り抜ける度に先端が平たくなっていき、気付けばいびつなハンマーの様な形となっていた。それは大気との摩擦熱で熱を帯び火炎を纏うと、そのまま再生途中の敵へと叩きつけられた。
「<<隕石の一撃>>……って所でどうでしょ」
「今度はきちんとやれてるかなー?」
「どうだろうな」
今度はのんびりと飛来したユリィに対して、カイトも首を傾げる。再生途中の肉片は完全に圧縮されすり潰され、液状化している。確かに倒せている様に思えた。が、ここはなにせ魔境だ。どんな魔物が居ても不思議はない。そして案の定であった。
「ありゃぁ……これで駄目なのか」
液状化した魔物はそのままカイトの叩きつけたハンマーから逃れると、三つのコアから復元を始めようとする。が、それを見過ごすカイトではなかった。
「「ばぁん!」」
カイトとユリィはまるで見得を切る様に背中合わせに魔銃を構えると、三つのコアを魔銃で破砕する。が、ここで。二人はやはりここが地獄だと思い知る事になった。なんと貫通したはずのコアが復元したのである。
「はい?」
「マジで?」
さすがの二人もここまでメチャクチャにされた挙げ句、コアを全て破壊されてそのコアが復元した魔物は見たことがない。と、そんなわけなので、当然全員が見た事がなかった。
「ふむ……中々に厄介な魔物じゃのう」
「ふーむ……俺様ならどうやって倒そうかね」
「僕は中々相性が悪そうだなー。僕は流石に引くのが一番かもね」
「……い、いや、良いんですかい?」
明らかにのんびりとした様子のティナ以下かつてのカイトのパーティメンバー達に対して、バーンタインが問いかける。明らかにカイトでは相性が悪い相手だ。手を出さなくて良いのか、と思うのも仕方がない。と、そんな所にクオンが声を張り上げた。
「カイトー! 交代しよっかー!」
「いや、大丈夫ー!」
クオンの声掛けにカイトは軽く手を振る。別にこの程度の敵に代わってくれというのであれば最強なぞ言われていない。そうして、カイトは更に未知なる敵との戦いを続ける事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1461話『伝説の中で』




