第1459話 冥界の森探検隊 ――出発前――
収穫祭の余興の為、カイトは『冥界の森』に生息すると言うエネフィアでも最強クラスの魔物の一体『偉大なる獣』を狩猟する事になっていた。
そんな彼は本来は己の旗艦となる筈の『熾天の玉座』を使ってクオンら冒険者の中でもトップクラスの人員を率いて『冥界の森』へと入っていた。というわけで到着早々魔物の出迎えを受け、晩ごはんを確保していた。そんな彼らはその日は流石に夜に行動すべきではない、という常識外の面子ながらの常識的な判断により、その場に一泊する事となる。そして、明けて翌日。この日から実際の行動がスタートだった。
「さってと……」
当然といえば当然であるが、ここから先は『冥界の森』。偶然とはいえ出会い頭に『原初の地竜』と戦い安全の確保が出来たわけであるが、ここから先はそうも言っていられない。平均ランクSの魔物のたまり場に飛空艇を持ち込めば数秒後にはくず鉄の山の出来上がりだ。幾ら『熾天の玉座』を使えるから、と乗り込むわけにはいかなかった。
「では、こちらで」
「お願いねー」
アイシャの返事にクオンが軽い調子で手を振った。次元の裂け目から出た時点でそうだったが、ここは確かにまだ『冥界の森』ではないが付近ではある。時折、生息域から外れたランクSの魔物が出て来る事がある。
それを考えると誰かは『熾天の玉座』の防衛につかないといけなかった。その役目はアイシャが、というわけである。彼女の行動半径はミツキが居る事で非常に広い。多少遠くから攻撃を仕掛けられようと問題なく迎撃出来るし、その気になればカイト達を追いかける事も出来る。が、やはり一人だと万が一が起きると困る。なのでもう一人残る事になっていた。
「……まぁ、楽しみに待っていよう」
「お願いねー」
これまたクオンが気軽げに頷いた。もう一人の残留はアイゼンだ。彼はアイシャとは違い行動範囲は広くはないが、徒手空拳なので即応性に優れている。さらに言えば拳闘士かつ当人の性質から非常に気配が読みにくい。
おまけ付きに彼は気の使い手でもある。もし万が一、通常には倒しにくい魔物が現れたとて気を使えば戦える。ここが魔境『冥界の森』である事を考えれば、奇策を使える戦士を入れておくのは当然の判断だった。同様の判断から、探検隊にはカイトが含まれている。
流石にバーンタインも他の面子も中津国特有に近い気は使えない。唯一クオンが若干使える程度で、彼女もそこまで優れているわけではない。カイトには数段劣るだろう。
「さて……そういうわけなんですが。おーい、終わんねぇのー!?」
『おーう! ちょいまちー! 久しぶりのここらなんでちょっくら感覚慣らしてるわー!』
「おーう! 手早くなー!」
『お―う!』
カイトの問いかけを受けたバランタインが気軽げに手を振って答える。そんな彼であるが、今は絶賛<<炎巨人>>を使って魔物と交戦中だった。と、そんな祖先の光景を見ながら唖然としていたバーンタインがカイトへと問いかけた。
「……な、なぁ、大伯父貴……一応、聞かせて貰いてぇんですが……」
「なんだ?」
「ま、まさか……全部ブチのめして行くつもりですか?」
「まぁ。別に問題にゃなんねぇだろ」
バーンタインの問いかけに対して、カイトはバランタインの様子を見ながら頷いた。相も変わらず彼の無双っぷりは凄まじく、カイトと同じくランクSの最上位クラスの魔物を相手に単騎で無双していた。
それはまぁ、子孫のバーンタインからしてもどうにも呆気に取られるしかなかった。というのも、ここは彼でさえまともに戦おうとは思わない場所だ。
もしまかり間違って他の魔物に気が付かれて連戦、または乱戦になれば絶望なぞ生ぬるい。全滅は必須だ。ここに挑むキャラバンが壊滅する最大の要因は、魔物に見付かって交戦が避けられなくなり、そこで別の魔物が来てしまう事だ。
もうこうなると運良く魔物同士が戦い合って自分達から注意が削がれてくれる事を祈るしかない。逃げる事さえ出来はしない。どちらか一方に一緒に狙われるだけでまず間違いなく死しか無いのだ。
「ここらの一帯の魔物の縄張りは非常に広い。まぁ、それだけ探知能力が優れているという事でもあるんだが……探知範囲は一体につきおよそ一キロ。一つの群れでその数倍、って所だな。無論、移動し合うわけだから常にそのエリアは変わるわけだが……」
だから、戦わない。数キロ先まで敵はこちらを探知出来るのだ。それが戦闘中に発せられる莫大な闘気や魔力であれば、間違いなく気付かれるだろう。そうなれば数キロ先の魔物を興奮させ、こちらに引き寄せる事になる。後は、先に語った通りである。
「この面子が揃ってりゃあ、別に来てもな。現に来た所でああなるだけだし」
「……」
まぁ、そうなんでしょうが。バーンタインは近くで穴だらけになって倒れ伏したまた別の魔物の残骸を一瞥する。その穴だらけにした当の本人はというと呑気なもので、ソレイユ達と一緒になってその残骸の上に座ってバランタインの戦いを観戦していた。
「オレ達も強くなったもんだ。前は苦労したんだがねぇ」
「は、はぁ……」
カイトはしみじみとそう告げるが、バーンタインは乾いた笑いを上げるしか出来なかった。圧勝、と言っても間違いないだろうし、色々と常識はずれだった。
「あ、そうだ。すっかり忘れてた……はい、これ」
「……なんですかい?」
「くじ」
「……」
そりゃまぁ、見ればわかりますが。何かの小瓶の周囲を色紙で覆っただけの簡易の容器を差し出されたバーンタインは内心でそう思う。聞きたいのはこれが何の意味を持つのか、という所だった。とはいえ、カイトから差し出された以上は彼も有無もなく引くしかなかった。そうして引いたくじには、六の数字が記されていた。
「六番目ね。はい、おっけ」
「……あの、これは一体……」
「ん? ああ、戦闘順」
「んごっ」
思わず、バーンタインは開いた口が塞がらなかった。戦闘順。その言葉が指し示す意味は誰がどう考えても一つしかない。つまり、この魔境において彼らはタイマンかつ全てをブチのめして、その上で相性云々ではなく単なるくじ引きで戦う順番を決めようとしていたのである。
「まー、多分三巡もしないとは思うけどな。あ、死にそうになったら言えよー」
「……」
気軽過ぎる。バーンタインは一瞬、自分が公園にでも遊びに来たのではないのだろうか、と勘違いしそうになった。と、そんなカイトは持ち込んだらしいスケッチブックにバーンタインの名前を書き記すと、そのままその場を後にした。
「……流石過ぎますぜ、大伯父貴……」
ここで、遊ぶのか。この数多の怪物と呼ばれる冒険者達をして逃げ帰りたいと言わしめる地獄で。バーンタインは思わず楽しくなってきた。ここに居るのは間違いなく、そんな化物達をして裸足で逃げ出させる人類の最高峰の化物達。それに、自分が肩を並べてこの先の未知の領域に挑むのだ。面白くない筈がなかった。
「気合い入れねぇと駄目だよなぁ、こりゃぁ」
眼の前で戦うのは自分の祖先。それはまるで気軽な様子で虎型の魔物を羽交い締めにしていた。確かに虎型の魔物なら外でも大抵どこかの山を探せば見付かるだろう。が、この魔物は色々と可怪しい。
まず身体全体が闇で覆われていて、以前というか数日前に戦った邪神の影響にも似た霧が漂っている。が、どうやらあれではないらしく、目の様な渦の様な特徴的な模様は浮かんでいない。とはいえ、似た性質は持っているらしく霧状になって逃げる事もある。バーンタインも見たことがない魔物だった。
「……」
一体どうやって倒すのだろうか。バーンタインは祖先の戦いに注目する。と、その次の瞬間だ。羽交い締めしていたバランタインが唐突に火力を上げて、敵を業火の中に取り込んだ。
「ぜ、全部燃やすのか……」
流石といえば流石と言うしかない。あの火力で取り込まれれば、どんな魔物だってひとたまりもないだろう。が、そうではなかった。そうして取り込んだ筈のバランタインの業火の中から、黒い霧が出て来た。それはバランタインから逃げる為か溢れる様に地面に染み込み、大きな黒い沼の様に広がった。
「っ……逃げられたか」
まぁ、相手もランクSの魔物だ。さもありなん、という所なのだろう。バーンタインはそう思った。が、決してそうではなかった。これはバランタインが取った戦略だったのである。
『だよな。お前はそうすると思ってたぜ!』
「!?」
霧が己の業火の中から逃げるのを見て、バランタインが豪快に笑みを見せる。そうして、彼は周囲の見守る前で再度実体化しようとしている虎ではなく、その下。真っ黒い影をぶん殴った。
当然だが、彼の威力での殴りだ。そして相手は霧の様な状態だ。突き抜ける。故に本来なら大きく打ち砕かれるはずの地面であるが、どういうわけか彼の腕は大きく影の中にずっぽりと突き刺さった。
『おぅらぁああああ!』
まるでバランタインは何かを引っこ抜く様に、気合を入れて腕を地面から引っこ抜く。すると、そんな彼の巨大な手には何かの巨大な球体が握られていた。そうしてそれを抜き取ると、まるでお釣りとでも言わんばかりに左手に巨大な火球を生み出して、地面の中に突っ込んだ。それは大きな爆発を起こすと、影を完全に吹き飛ばしていた。
「よ! お見事! 流石は熟練の冒険者!」
「わーい! これでしばらくご飯には困らないねー!」
『おーう!』
カイトやらソレイユやらの歓声に向けて、バランタインがまるでその球体を見せつける様にたかだかと掲げる。どうやら、これは先の魔物のコアらしい。と、そんな一連の様子から、バーンタインもこの魔物が一体なんなのかを理解した。
「本体は地面に潜んでやがったのか!」
『ああ、違う違う。こいつぁ、影の中に潜む魔物でな』
「は?」
『こいつは打撃無効、斬撃無効、通常の魔術も無効って厄介な魔物だ。無論、普通に地面殴った所で一切通用はしない。位相ずらしてやがるからな。ま、そのかわりコア一つだからここら一帯だと雑魚っちゃ雑魚なんだがな。コアが複数あると殺せねぇの殺せねぇの』
特に苦労した様子もなく、バランタインは笑いながら抜き取ったコアを持ちながら小型化していく。そうして完全に小型化した所で、自身より二回りほど小さいコアを担ぎながらバーンタインの所へやってきた。
「おーう! 誰かちょいとこいつの保管たのまぁ!」
「あいよー! まぁ、お主らが祭りの間で飲み食いしても問題の無い額にはなろうな!」
「うっしゃい!」
ティナの発言にバランタインがガッツポーズを浮かべる。というより、ここら一帯の魔物のコアであれば節約を殆どしないでも一年間ぐらい食べるには困らないだろう額になるのは想像に難くない。そうして浮かんでティナの所へと向かうコアを横目に、彼は解説を続けてくれた。
「こいつだとアウラの次元を斬り裂く様な一撃が有効なんだが……まー、俺そういうの苦手だからよ。出来ねぇわけじゃねぇが、めんどくせぇ」
出来ないわけじゃないのか。バーンタインは祖先の言葉に思わず呆気に取られる。次元を斬り裂くと言えば簡単だが、間違いなく近接を極めた戦士だろうとどれだけの戦士が出来るだろうか、と言える領域だ。バーンタインも出来なくはないが、安々と出来ると言い切れるほどではない。面倒だから別の方法でやる、と言えるわけでもない。
「で、こいつが虎に見えてたのはブラフ。まぁ、今回は次も虎だった様子だがな」
「なんだったんですか、ありゃ」
「ああ、多分内部で取り込んだか作った擬態とかだろ。あれをあいつは影の中から取り出して、一見すると憑依していたり洗脳してたりしてる様に見せかけんのさ。んで、本体は敵の真下に近寄って、ってわけだな」
「まさか羽交い締めにしてたのは……」
「おう。あいつをこっちに近寄らせる為だ。で、影の中から別の擬態を取り出すタイミングを見定めて、こっちから腕を突っ込んでやった、ってわけだ」
どうやら遊んでいたのは決して雑魚だから別に遊んでも大丈夫だろう、という事ではなかったらしい。バランタインははっきりと遊んでいた事さえ戦略だったと断言する。もし最初から影を狙っていたら、下手をすると逃げられる可能性があった。ここに慣れた熟練だからこそ、経験を活かしての戦闘だった。
そうして、バランタインは子孫に対して圧倒的な格の違いを見せつける形となり、そんなバランタインを当然と思うその他の面子は特に感慨もなくティナの作業の終わりを待って出発する事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1460話『冥界の森探検隊』




