第1458話 今日の晩ごはん
収穫祭の祭りの余興の為。『偉大なる獣』なる魔物を狩る為にエネシア大陸最大の魔境である『冥界の森』へとやってきていたカイト。彼は『冥界の森』に到着して早々に『原初の地竜』と呼ばれる地竜種の中でも最上位の一体と遭遇戦に陥っていた。
そんな彼らであるが、カイト、ソレイユ、ユリィの三名により手早く討伐を終えると、ひとまず流石に夜の行動は危険という事でその場に野営地を設営していた。
「え、なにこれ、ヤバ。匂いだけで無茶苦茶お腹減るんだけど」
「カ、カイト……助けて……お腹と背中がくっつく……」
「にぃー! ご飯ご飯ー!」
「はいはい、ちょいとお待ちくださいませー!」
ユリィ以下クオン、ソレイユの姦しい面子のご飯の要請に対して、カイトは先程狩猟した『原初の地竜』の肉を豪快に焼いていた。焼いていたのであるが、その時点で物凄い美味しそうな肉の焼ける匂いが周囲には漂い、否が応でも空腹感を感じざるにはを得なかった。それほどまでに濃厚な肉の匂いが漂っていたのである。最高級の牛肉を更に上回る濃厚な肉と油の香りだった。
「……」
「……」
「腹減った……」
そんな姦しい少女らに対して、男連中は非常に静かだった。が、こちらは態度が物語っていた。さっさと食わせろ、と。敢えて言ってしまえば準備は全て整っているのでさっさともってこいでも良いかもしれない。と、いうわけで姦しい少女らにはきちんと保護者が準備を整えさせていた。
「ソレイユ、手は洗いましたか? ユリィ。カイト殿の邪魔はしない。クオン、貴方はもう少しシャキッとしなさい」
「洗ったよー!」
「私は魔糸で包丁を操って付け合せのお野菜切ってる所ー!」
「ごはん……ごはん……ひもじいよぅ……あむあむ……」
「ちょ、ちょっと!? クオン、貴方が食べているのは私の耳です! あ、ひゃ……」
アイナディスの指摘に対して、それぞれがそれぞれの風で答える。まぁ、基本はこんな所だろう。というわけで、耳を甘噛される彼女を放置してカイトは順調に料理を進める。無情であるが、ここで彼女に犠牲になってもらわねばご飯の支度は更に遅れる。なので犠牲になって貰った方が全体の為であった。
「はいよ! まずはステーキ出来上がり! 付け合せに野菜忘れんなよ!」
「ご飯!」
びゅばん、と超高速でクオンが出来上がったばかりのステーキ肉を奪取する。凄いというべきか流石は剣姫クオンとでも言うべきか、ステーキを彼女本体が確保して分身には白米を注がせ、あまつさえ他複数体の分身にはお水を用意させたりお酒を用意させたり、全てを並行して行っていた。
「……姉さん……そんな絶技を披露するほどの事ですか……」
そんなクオンを見て、アイシャが嘆かわしげにため息を吐く。これを、彼女はほぼほぼ無意識レベルでやっているのだ。神業とも絶技とも言い得た。剣姫クオンだから出来る事なのであって、分身が使えるからと出来る事ではないだろう。そんな彼女は全ての用意を一瞬で終わらせると、分身を全て消して気付けば机の前で手を合わせていた。
「いただきます」
流石は剣姫クオン、という所なのだろう。全員が呆気に取られている間に気付けば一人だけ食事を食べる準備を整え、箸まで持っていた。そうして、彼女はそんな周囲を一切気にする事なくステーキに手を伸ばす。
「……!?」
敢えて擬音を付けるのであれば、ぴしゃーん、という雷の落ちる音だろう。そんな感じで大きく目を見開いた彼女は思いっきりご飯にがっつき始め、気付けばあっという間にお茶碗一杯を平らげていた。
「おかわり!」
「はやっ!? まだ誰もお前以外食べてませんよ!?」
「これ、ヤバイのよ!? 本当になにこれ!? 美味しすぎない!? 語彙力喪失するレベルで美味しいんだけど!」
「ふむ……」
そんなに美味しいのか。同じく美食家として知られるウィルは興味半分で試しにクオンのステーキへと手を伸ばす。無作法だとは思ったが、どうせこの場の面子だ。気にする必要はないと考えたらしい。
が、その瞬間。そのステーキが消えた。当然、クオンが分身を使って確保していたのである。そんな彼女の分身はウィルへと犬の様に威嚇していた。
「がるるるるる……」
「す、すまなかった。カイト、サイコロステーキを」
「そんなちまちましない! ご飯何杯でも行けるから、ステーキでがっつきなさい!」
ウィルの言葉を遮ったクオンが剣姫モードの圧力を放ちながらお嬢様モードで命ずるという非常に珍しい上に奇妙な芸当を披露する。というわけで、そんなクオンの珍しい圧力に気圧されて、全員がとりあえずご飯の用意をする事にする。が、起きたのは全部いっしょだった。
「……うん。料理人冥利に尽きるんだが……」
珍しいな。この一同が揃って無言でご飯をかっくらうのは。基本的にこの場の面子が揃うと、大抵はワイワイ騒ぎのどんちゃん騒ぎ。飲めや歌えの宴会だ。それが、黙るのである。
やはり美味しいものは人を無言にさせる、という事なのだろう。同時にこれが何よりの美味である証拠だった。というわけで、カイトもどうしても興味が抑えきれず小さめに切ったステーキの切れ端を適当に爪楊枝でひっつかんで口にする。
「……っ!? うまっ!? 確かにメチャクチャ美味い!? 肉汁がメチャクチャ甘い!?」
使った調味料は単に塩コショウだけだ。醤油も使っていない。それなのに、これだけ甘く感じるのだ。物凄い栄養素たっぷりだという事だろう。と、そんな所に先程まで黙々と食べ進めていたウィルが声を上げた。
「……カイト! わさびを出せ!」
「おう、わーってる! いや、ちょいと待て!」
「何故だ!」
「ちょっと考えついた! それを待て!」
「……良いだろう!」
何かを考えついたな。それを察したウィルは再度椅子に腰掛ける。その一方、カイトはステーキのおかわりを分身で作る一方、頭の中で急速にアイデアを固めていた。
「おし……」
カイトが見ていたのは、鉄板の上に残る肉汁とも肉の油とも言い得る液体だ。カイトはそれを見ながら一つ頷くと、それを手早く容器に回収する。容器は金属製。突発で作る事を思いついたので、色々と準備が出来ていないのだ。なので肉汁だけは確保しておこう、という所だったのだろう。
と、その一方で彼は確保した『原初の地竜』の肉のブロックを大きめに切り取ると、それを持ち込んだアルミホイルにくるんで封をする。
「ティナ! ちょっと手を貸してくれ!」
「良いぞ! 何するつもりじゃ!」
「こいつをローストしておいてくれ!」
「なるほど」
何をしようとしているか。それを理解したティナは何故自分に頼んだのかも含めて理解する。その一方、カイトはカイトで更に行動を起こしていた。
「良し。確かケチャップは瓶詰めのを持ってきてたな。ソースもあるし……醤油、その他……おっけい。これを混ぜ合わせて……更にここに特性ソースの出来上がり。これは一旦粗熱を取っておいて……」
どうやらカイトはデミグラスソースに近い特製ソースを作っているらしい。手早く肉汁を入れた容器に材料を入れて特製ソースを作り上げる。その一方、ティナもまた魔術をいくつも活用してアルミホイルを蒸し焼きに近い状態にしていた。
「うむ。まぁ、更に面倒が起きると面倒なので対生物兵器用最終兵器……<<絶命呪文>>」
「ちょ、おまっ……唐突になんてもん使ってんだよ……」
「寄生虫対策じゃ。超高速でローストビーフ作っとるからな」
真横で唐突に展開された魔術に思わず呆気にとられたカイトに対して、ティナはさして何かを思うでもなく普通に答えた。彼女の使った魔術は<<絶命呪文>>と呼ばれる禁呪の一種だ。魔術的な抵抗力の弱い存在の生命を問答無用で刈り取るという、即死魔術と呼ばれるものであった。
基本的に寄生虫や科学で作られた生物兵器はどうしても抗魔防御力が低い。なので対生物兵器用最終兵器、というわけであった。
<<絶命呪文>>はその中でも最上位の魔術で、これを使えば寄生虫・微生物の類が居たとしても一瞬だろう。無論、これを使えるのであれば生肉も食べれるし刺し身も作れるが、そもそも一般人に禁呪を覚えさせては駄目だろう。
「まぁ、頼んだ身なんで何か言えるわけじゃないがな……いや、良いか。とりあえず出来たか?」
「うむ。出来たぞ……というわけで、ローストビーフじゃ」
ティナはカイトの問いかけを受けて、アルミホイルを開く。すると、見事なローストビーフが出来上がっていた。時間経過を早めてローストビーフを作っていたのであった。
「良し。じゃあ、まずは……はい、皇子様。ローストビーフでござい。お好みでわさびもどうぞ」
「良し……うむっ!」
敢えて言えば、ぴしゃーん、という雷が落ちる音で良いだろう。まぁ、わかりやすく言えばクオンの時と同じというわけだ。が、今度は更に衝撃が強かったらしい。
「肉汁を余すことなく使ったこのソース……それにより、焼く際に失われた旨味が余すこと無く凝縮されている……」
「まぁ、美味いなら結構。とはいえ、だ……これで終わりと思うなよ?」
「……」
その言葉を待っていたぞ。ウィルが無言で笑みを浮かべる。大抵、楽しい事を考えつくカイトだ。その彼が待てと言ったのである。この程度で終わるとは思わなかった。そうして、カイトが小ぶりの茶碗にローストビーフを乗っけた丼を差し出した。
「ローストビーフ丼だ」
「……にしては小ぶりすぎんか? これでは味は楽しめるだろうが……腹は満たされんだろう」
「まぁ、待て。こっちにはこれを……んで、こっちにはこれを……どっちでもお好きな方をどうぞ。上のはわさびと西洋わさびの二つだ」
カイトは隠し持っていたもう一つのローストビーフ丼を差し出すと、片方には醤油ベースのタレを掛け、もう片方には先程のデミグラスソースを更に改良した物を使って提供する。
「両方頂こう」
「だろうと思った。だから、小物の器にしたんだよ」
ある種こういうのも以心伝心というのだろう。ウィルが両方の丼を食べ比べるのを理解していた上で、小さめの丼にしたのであった。と、そんなカイトに更に後ろから声が掛けられた。
「にぃー!」
「なんじゃい!」
「鍋ぐつぐついってるー! いい匂いー!」
「おう、すぐ次の作る!」
ソレイユの指摘にカイトが大慌てで台所に戻っていく。煮込みハンバーグを作っていたらしい。
「ほいよ、次はハンバーグだ。ついでにハンバーガーも作るからちょっと待ってな」
「にぃ! チーズチーズ!」
「あいよ……こっちも肉汁が染み出してるから、美味いはずだ」
「わーい!」
カイトからハンバーグを受け取ったソレイユが嬉しそうに再び机へと戻っていく。その一方、カイトはティナが<<絶命呪文>>を使った事を受けてさらなるメニューの開発を行っていた。
「まぁ、食中毒の危険などから日本じゃ禁止されてしまった生レバーですが……いや、レバーは使わないんだけど」
カイトは再びブロック肉を見ながらそう呟いた。今回、向かった場所の関係からリーシャ達は連れてきていない。危険であるが、逆にここでは守れないからヒーラーは連れてこないのが一般的だ。危険だが、仕方がない。
そしてそうなると必然として、毒の危険がある内蔵は手を出さない様にしたのである。更にはここら一帯の魔物は未知の魔物が多い。毒が無いだろうとわかりやすい部位以外は食べないのであった。
というわけで、カイトは再度肉質を確認して切り出すと、ティナと同じく<<絶命呪文>>を使う。これで、原理的には生でも食べられる。
「うし……じゃあ、これを一口大にしまして……」
カイトは右手を銃の形にすると、その先端に火を生み出した。そうしてその指差しを切り出した肉へと向けると、火力を上げて表面だけを軽く炙る。
「ほいよ。お前だとあっさりめの方が良いだろう?」
「これは?」
「肉の炙りだ。脂は落ちてるだろうぜ」
「ああ、ありがとうございます。少し箸休めがほしかった所でした」
カイトが差し出した炙り肉にアイナディスが感謝を述べる。彼女はハイ・エルフ。種族的な好みとしてあまり脂身は好きではない。そこらはクズハと長年一緒なので良く知っていた。というわけで、何故かカイトはこの日は給仕係として一日の最後まで全員の胃を満たす事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1459話『冥界の森探検隊』




