第1455話 最高の冒険者達
冒険者ユニオン協会。それはエネフィアにある数多の冒険者ギルドを束ねる組織だ。その中でも最高と言われる八個のギルド。それを、冒険者達は畏敬の念を込めて八大ギルドと呼んでいた。
その長達の実力は唯一提携を結んでいるに近いが故に八大に数えられているブラックスミス達を除けば、全員がランクSに位置する実力者だ。それを、カイトは招いていた。
「ああ、よく来てくれた。一応は公爵なんだが……まぁ、ここでは冒険者として呼んでいる。なので固くなくて結構……っていうか、全員少しは真面目にやってくれません!?」
「「「へ?」」」
「本当に、申し訳ありません……」
カイトの言葉に今回集められた冒険者の二人を除く全員が首を傾げる。残る二人のウチ片方が騒がしくなかった理由も簡単で、ガッチガチに緊張していたからだ。なので実質一人しか真面目にやっていなかった。その一人。もうこれは敢えて言うまでもない。学芸会の風紀委員長。アイナディスである。
そして無論、謝ったのは彼女だ。この面子を揃えて統率なぞ取れるわけがない。それがわかっていた彼女はならば自分が統率せねば、と思い統率しようとしたわけであるが、学芸会と揶揄されるのだから無理だった、というわけであった。と、そんな彼女を尻目に、ソレイユが手を挙げる。
「で、何ー? あ、にぃにぃ女の子の所行っちゃって連絡つかなかったよー」
「あー……まぁ、しゃーねぇか。居なくても問題ないし」
「すいません、本当に……はぁ。目を離した一瞬で逃げられて……」
そもそも最悪はカイト一人でもなんとかなる話だ。隠蔽の為や興が乗った、というだけで人員を集めただけで、実際には来ていない面子も少なくない。
それこそひどいのだと酒をしこたま飲んで寝ていて前後不覚に陥っていた、というのも居る。カイトとしても呼ぶ際には別に来たければ来て良いし、興味なければ来なくて良いと言っている。フロドが居なくても問題は一切無かった。と、そんな風にどうでも良いと切ったカイトにクオンが問いかける。
「んー……この面子だと昨日の間の打ち上げ?」
「いや、違う違う。ちょっと延長戦」
「延長戦? 何かするつもり?」
「おう……ちょっと『冥界の森』に行こうかと思っててな」
「「「……」」」
気軽に言ったものだ。全員が一瞬で沈黙しながらも、カイトならば頷けると思っていた。というわけで、先程までとは一転打って変わって真剣な様子でクオンが問いかけた。
「あら……なぁに? 楽しい事でもあるの?」
「ちょっと今回クッキング・フェステイバルに招いたメインの審査委員がある魔物の肉が欲しいと言っていてな。この面子なら、狩猟可能だと判断した」
「ある魔物、ねぇ……」
カイトの説明を聞くクオンの顔は楽しげだ。あの『冥界の森』は彼女らにとって修行場だ。なので慣れているわけではあるが、同時に彼女らでさえあそこは油断すれば死ぬと思っている魔境でもある。そこに行こうというのだ。それもこの面子で、だ。相当な魔物を狩ろうとしている事が察せられた。
「『偉大なる獣』。この肉を料理に使いたい、と申し出た奴が居てな。ちょっと公爵家の余興としてこいつを出そうかと思ってる」
「バルっちが居たら確実に口笛吹きそうな話ね。ああ、居ないから私が吹いてあげるわ」
ふゅー、とクオンが口笛を鳴らす。椿は知らなかった『偉大なる獣』の名を知らない者はこの場には居なかった。それほど、有名な魔物だった。
「どうだ? ちょいと収穫祭の余興として、一匹狩って来るつもりなんだが……ちょいと一緒に行こうって馬鹿を募りたい。別に居ないなら居ないでも問題はないがな。が……楽しそうじゃねぇか」
「「「……」」」
全員、楽しそうでありながら冒険者特有の荒々しい笑みを見せる。何時もそんな表情のカリンはもとより、ソレイユもクオンも、それどころかアイゼンでさえ変わらない。この面子で狩りに出かける事なぞまず間違いなく滅多に出来る事ではない。どれほど楽しいか、わからない。素直にこの呼びかけに応じなかった、もしくは届かなかった連中には同情したいぐらいだった。
「ねぇ、にぃ! 一つ質問!」
「おう、なんだ」
「そいつのお肉、美味しい?」
「ああ、美味いな。それはオレが保証する。ステーキしか食った事はないが……ステーキは間違いなく美味だった。それが厳選された状態でプロが料理する事でどう変わるか。ぜひとも見てみたい、ってのが今回の事の発端だ」
「一参加!」
カイトの目論見というか事の発端を聞いて、ソレイユが即座に参加を決める。美味しい料理が食べられるというのだ。彼女としてもぜひとも参加したいというわけなのだろう。
「ふむ……確かに食にも興味はあるが。そろそろ腕が鉛そうでな。あれ以上に強い魔物とそろそろ戦いたい所だった」
「そうねぇ……美食家としても惹かれるものがあるわ」
「それに、天の王のお望みでもありますしね」
アイゼンに続いてクオン、アイシャの二人もどうやら同行を決めたらしい。クオンとしても美食家の側面から興味がある。さすがの彼女もあそこで魔物を狩って食べる事は滅多な事ではやらない。
それが奥地に近い一帯で出る魔物となれば尚更だ。自分に匹敵する美食家と見ているカイトが美味いという肉だ。食べてみたい、と興味が湧いたようだ。
「おっしゃ。アイナは?」
「お仕置きに残りたい所ですが……流石にあそこに行くのでしたら、同行しましょう。それにそっちの方がお仕置きになりそうです」
「おーっし。カリンは?」
「あー、こっちで待ってるわ。流石に暇になりそうだし」
「あいよ」
カイトは二人のギルドマスターから参加の是非を問いかけると、更に続けて呆気にとられていたバーンタインへと問いかける。
「で、オタクの所はどうする?」
「……え、あ、お、俺……ですかい?」
「以外に誰が居るんだよ」
「い、良いのか!?」
バーンタインが目を見開いた。この集団は間違いなく大戦期のエース達だ。そこに加われる事は、冒険者としてはある意味最高の夢でさえあった。
「そりゃ、それぐらいの力がありゃ、誘わない方がおかしいだろう。まぁ、破茶滅茶な道中が嫌だってのならそれで良いし、熟練としちゃ正解だ。こんな事をやろうとするのは間違いなく馬鹿だからな」
「……」
その馬鹿を笑いながら、そして楽しげに挑もうというのだ。その姿は間違いなく、冒険者の頂き。ランクEXという規格外の偉業を成し遂げて、冒険者達から神と崇められる男の姿だった。それ故にこそ、バーンタインはこの実際には三十近くも年下の男の言葉に素直に敬服した。
「あぁ、あんたは本当に勇者様だなぁ……喜んで、参加する」
「親父? 正気か? これだけの人員と突発で決まった様な状況であの魔境だぞ?」
「これに、これだけの面子の誘いに乗らなけりゃ、俺は今までの自分の冒険者人生に喧嘩を売っちまう」
バーンタインはオーグダインの問いかけにはっきりと断言する。そんな父の尋常ならざる覇気に、オーグダインは思わず呼吸を忘れた。そうしてそんな息子の一方で、バーンタインが問いかけた。
「教えてくれ。出発はいつだ?」
「明日の朝一番。ま、この面子ならちょっと行って帰ってくるだけだ。飯とかはこっちで用意してるが装備だけはしっかりな」
「わかった。急いで整えよう」
「カイトー。移動にウチの使った方が楽よー」
「お、良いのか?」
「これだけ揃ってるし大丈夫よ」
カイトの問いにクオンが頷く。クオンの飛空挺となると、それは『熾天の玉座』だ。常日頃は次元潜航艇という利点を活かして隠れているが、この面子が集まっているので動かして良いだろう、と判断されたのである。耐久度も攻撃力もバッチリだし、居住性も優れている。
「よし。じゃあ、明日の朝。飛空挺の前に集合で。じゃあかいさーん」
「「「はーい」」」
「にぃー。おやつ幾らまでー?」
「んー、匂いきつくないので日持ちするのにしとけば幾らでもー」
「ちょっとお小遣い稼ぎ行ってくるねー!」
カイトの許可を得ると、ソレイユはたたたー、と走り去った。
「ちょ、ちょっとソレイユ! 貴方私の渡した書類仕事は!?」
「帰ったらやりまーす!」
「そう言っていつもいつもやらないでしょう! っひゃあ! カリン!」
「なんでバレた!?」
「伊達に八大の長はやっていません!」
「……」
なるほど。これが学芸会の所以と、その風紀委員長の所以か。カイトが絡むだけで一気に纏まりがなくなる。バーンタインはそれを理解しつつ立ち上がり、明日からの冒険に備える事にするのだった。
さて、明けて翌日の朝。カイトの余興に乗った参加者達が一堂に会していた。その前にカイトは立っていた。
「はーい、皆さんおはよーございまーす」
「本日の添乗員のユリィちゃんでーす」
「んにゅ……ソレイユだよー……くー……」
朝なのでまずは挨拶から。これは家族だろうと他人だろうと基本だろう。と言う訳で一堂に会した冒険者達の前で挨拶したカイトであるが、ある意味彼が一番冒険者らしからぬ状態だった。
まぁ、それは言うまでもなく彼の背中に原因がある。そこには寝ぼけ眼のソレイユが背負われていた。
「はい。遠足前の子供よろしく昨夜興奮して寝付けなかった方も一名いらっしゃいますが、道中暇なので寝かしておいてあげましょう」
「ちなみに私も眠い」
良いのか、それで。カイトとユリィのお気楽極楽発言とソレイユの様子にバーンタインは思わず呆気にとられる。これから行くのはこの大陸最悪の魔境だ。にも関わらず、彼らには遠足と変わらないらしい。
が、彼らならそれもさもありなん、と自分でも思えてしまった。そして何より、興奮で寝付けなかったのは彼も一緒だ。
「おいおい……冗談じゃねぇのかよ」
カイトのお気楽な態度に負けない位お気楽な連中を見ながら、バーンタインは頰が緩むのを抑えられなかった。と言うのも、そこには自らが信望する英雄達まで揃っていたからだ。
「カイトー。バランさんが食料の積み込み終わったって」
「あいよー。悪いな、死人に鞭打つ様な感じで」
「いやぁ、流石に僕も食べてみたいしねー」
「艦内での指揮は任せろ」
カイトに準備の完了を告げたのは、これまた美食家として知られるウィルとルクスだ。ルクスはカイトとウィルが行くなら自分も行くか、と言うだけであった。ウィルはそんな美食があるのなら自分も連れて行け、と自分から参加を申し出た。それ故か、彼には妙なやる気が満ち溢れていた。
「おっしゃー。じゃー、とりあえずガイドはバランのおっさんで。んじゃ、行くかー」
「「「はーい」」」
カイトの軽い号令に従って、一同が軽い感じで歩き出す。その姿はどこからどうみても遠足だ。が、これから向かうのはこの大陸最大の魔境『冥界の森』。そして挑むのは間違いなくこの世界で頂点に位置する英雄達だ。そうして、収穫祭の余興となる哀れな魔物を探すこの世界最強の集団が出発したのだった。
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