表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第70章 クッキング・フェスティバル編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1483/3932

第1453話 生命を賭して

 マクダウェル領で行われる四つの大祭。その一つの収穫祭の真っ只中で主催者であるカイトに届いてきた、クッキング・フェステイバルの審査委員の一人が参加を渋っているという噂。それをティナから聞いたカイトは主催者として、皇都で三ツ星レストランを経営しているというオーナーシェフからの話を聞く事にしていた。

 そうしてしばらく準備を待つ間、客を招くにあたり何か不手際をしていなかったか見直していたカイトとティナであるが、通信が繋がって彼との間で話をしていた。


「……」

「……」


 まぁ、結果から言えば。参加についてはやはり相手側が快諾してくれた。というより、やはり噂は噂というところだ。相手も来るつもり満々だった。それが事情を聞いてみれば、傍目に聞いた者たちが不参加もあり得るな、と言いだしてその結果が、というわけらしい。火の無い所に煙は立たないとは言うが、まさにそれだった。原因が無いではなかったらしい。

 というわけで本来ならば二人はそれで良かった良かった、となるわけなのであるが、そんな筈の二人は鳩が豆鉄砲を食ったような顔とも呆気にとられて物が言えない様な顔とでも言うべき奇妙な顔を晒していた。


「……ま、まぁ……良かったではないか。不参加の心配をせんで」

「……」


 半笑いのティナの言葉に、カイトは呆気にとられたままだ。それほどまでに凄い人物だったらしい。というわけで、少しだけ時は巻き戻る。それはまだ通信が始まる前の事だ。カイトとティナは皇都の料理人の来歴などを洗い出していた。


「こちらが、料理人の来歴になります」

「ああ、助かる……ふむ。ウォルドー・コブ。年齢153歳。性別、男。種族はハーフエルフ。父がエルフ、母は……まぁ、ここらは良いか。前歴は冒険者……妻はその当時の相棒か。それはそれは」

「珍しい来歴じゃのう。ふむ。引退も怪我などではないか。であれば、元々料理が好きで、というわけじゃろうが……冒険者でここまでの料理好きなぞ。余はお主程度しか知らんぞ」

「好きなわけじゃねぇですよ!?」


 椿から受け取った資料を精査していたカイトであるが、ティナの驚きの滲んだ言葉に声を荒げる。とはいえ、それほどに珍しい事は珍しい。確かに料理をする冒険者が居ないわけではないが、それが三ツ星になるほどに極めた料理人は数少ない。それも引退の理由も怪我などではなく、となれば尚更だ。と、そんなカイトをスルーして、ティナは更に資料を読み込む事にした。


「あぁ、照れ隠しはどうでも良い……ふむ。今から五十年ほど前に冒険者稼業から足を洗い、皇都でレストランをオープン。以降、妻と二人三脚で三十年掛けて皇都の一等地に店をオープン。三ツ星は十年ほど前に取得と……」


 天才や幸運に恵まれたアメリカン・ドリームの様な来歴ではないが、しっかりと地道にコツコツと積み上げてきた結果としての最高位の地位。彼の来歴にはそれが見て取れた。

 と、そんなティナの語りを聞きながら資料を己でも読み進めていたカイトであるが、ある所に至って思わず訝しみを得る事になってしまった。


「うん?」

「どうした?」

「いや、ほら……ウチのクッキング・フェスの審査委員って基本はボランティアだから報奨は出ないだろう? 交通費と宿泊費は出すが……それだけだ」

「まぁのう……それ故、ホテルは一流じゃし参加も希望者の中から審査を経た上での抽選という形にしておるんじゃったか」

「ああ……ほら、ここ」

「む?」


 ティナはカイトが指さした部分を見る。そこに書かれていたのは彼の来歴ではなく、その審査の際に審査した審査官からの報告だった。そこを、カイトが改めて読み上げる。


「彼は三ツ星に昇格した時から常にこの大会審査委員に応募し続け、今回自身が選ばれた事を知った時には思わず歓喜の涙を流していた、って。その前には都合さえ合えば参加者として何度も参加していた、とも」

「じゃのう……それで、参加を渋るという噂? 何故じゃ」


 基本的に参加は自由意志だし、この様子だとこの収穫祭のクッキング・フェステイバルへの参加は彼にとって特別な想いのあるものだったのだと考えられる。

 その彼が、参加を渋るという噂。普通に考えれば、想像出来なかった。と、そんな事をしているとあっという間に時間が経過して、気付けば向こうの通信の準備が整ったらしい。彼の理由については彼から聞く事にした二人は一度本来の姿に戻ると、一つ頷いて通信を開始した。


「「……へ?」」


 通信を開始したわけなのであるが、そこで見た光景に二人は思わず呆気にとられる。というのも、一人の金髪の男性がこれぞ土下座の見本というぐらい丁寧な土下座を披露していたからである。

 この通信の先に居るのだろう人物は常識的に考えれば、ウォルドーなる料理人の筈だ。であれば、彼がそのウォルドーなのだろう。とはいえ、万が一もある。なのでカイトは一応確認の為、彼へと問いかけてみる事にした。


「ウォルドー・コブさんで……お間違いありません……よね?」

『はい……この度はお騒がせしてまことに申し訳ありません』

「はぁ……」


 どうやら、画面の中で土下座する人物がウォルドーというのは間違いないらしい。というわけで、何がなんだかわからないもののとりあえずカイトは彼に頭を上げてもらう事にした。


「え、えーっと……とりあえず、頭をお上げください。そのままではお話もし難い」

『有難うございます』

「いえ……それで、その。その御様子では参加を渋っている、というわけではないのですね?」


 一応の確認として、カイトは念の為に確認を取っておく。そもそもこの確認をしたくて直に連絡を取ったのだ。流石にいくらあちらの事情かつ土壇場とはいえ、不参加ならここまで過度な謝罪をするとは思えない。なら、これは彼の言う通り騒がせた事に対する誠心誠意の詫びというわけなのだろう。

 というわけで、エルフの血を引いているからか整った顔を見ながら問いかけたカイトに、ウォルドーもはっきりと頷いた。


『はい。ぜひとも、参加させて頂きたく。既に出立の用意も整えております。一日も遅れず、参加致します』

「それは良かった。貴方は今回の……っと、失礼しました。私はクズハ様より確認を命ぜられたカイツ・アマタと申します。こちらは私の秘書です」

『あ、失礼しました。ウォルドー・コブです』


 カイトは公爵家に急ぎ用意させた偽名を名乗り、それを受けて慌ててウォルドーも自己紹介を行う。それを交わして、カイトは改めて話を続ける事にした。


「それでは、改めて。まずは参加を明言してくださりありがたい限りです。なにせ貴方は今回のフェスにおける主要審査委員の一人。貴方の不参加は当家としても些か痛い所でした」

『大変申し訳ありません……』


 カイトの苦言に近い言葉にウォルドーが恐縮して深々と頭を下げる。やはりどういう理由があれ騒がせた以上、公爵家としても苦言を呈しておく必要はある。とはいえ、この様子なら彼とてそれが本意でなかった事は明白だ。というわけで、改めてカイトは彼へと話を聞く事にした。


「それで……どうされたのですか? その御様子なら最初から不参加の意思なぞ無かった様に見受けられます。それが何故この様な事態に……もしや、何か特段のご事情があるのでしたら是非ともお聞かせください」


 カイトはこの時点で同業他社からの妨害工作もあり得ると考えていた。どの世界も客商売かつ上層部になればなるほど、競争は苛烈で時として陰湿な妨害があるものだ。その一環と考えたのだ。が、幸いな事にこれは穿ち過ぎ、という所だった。


『それが、その……不参加については言葉の綾と言いますか、その……お恥ずかしい話なのですが、これでは参加出来ない、という風な私の言葉を誰かが聞いて、それが広まったのだと』

「はぁ……」


 まぁ、そんな所だろう。妨害工作を考えていたカイトであったが、妥当な線としてはそう思っていた。なにせここまで恐縮していて、のっけからの土下座、更には長年に渡る申請だ。そこを鑑みれば彼が不参加を明言した、なぞ到底考えられない。ということで、彼は改めてその経緯を教えてくれた。


「何があったのですか?」

『実は、その……マクダウェル家の方に聞くのは釈迦に説法かと思うのですが、クッキング・フェステイバルの審査委員に選ばれた料理人は通例としてレシピを一つ公開する、というのはご存知ですよね?』

「はぁ……プロの料理人として、という話ですよね」

『はい。フェスの参加者は立場や本業として料理を営んでいる者もおりますが、基本は一般人という立ち位置。それに対してマクダウェル家が招いたプロの味を披露する、とされております』


 ウォルドーはカイトに対して改めて審査委員のもう一つの仕事を語る。これ故、カイトとしても彼の不参加は困る、という話だったのだ。

 確かに二週間程度あればプロの料理人が一つの料理を考案する事は出来るかもしれないだろうが、それでも急な話である事には変わりがない。相当な負担となることはわかろうものだ。というわけで、カイトはこの話をここで出してきた事から、これに関して何かの問題が出ているのだと理解した。


「まさか、それに何か問題が? まさかレシピが思い浮かばない、と?」

『いえ! まさかそんな! それについてはしっかりと準備出来ておりますとも!』

「はぁ……では、何が?」


 レシピの準備まで万端というのだ。であればもう何か問題となる事は無い。後は参加するだけ、と言っても過言ではない。というわけで、もう何があったか想像が出来ないカイトは改めてウォルドーに先を促す事にした。


『……その……ですね。実は私はこの審査委員になる事が長年の夢でして……このレシピについては長年……冒険者となる前から温めていた料理でした。自信作、と断言出来ます』

「それは良かった。では、それで良いのではないですか?」

『はい……妻にもそう言われていたのですが……』


 レシピの話に入った途端、ウォルドーが嘆かわしげな顔で方を落とす。そうして、彼はカイトへと一つ問いかけた。


『食材が一つ、どうしても手に入らないのです』

「食材ですか?」

『はい……つかぬ事をお伺い致しますが、料理で最も大切な物は何か、ご存知ですか?』

「料理に、ですか?」


 カイトは唐突なウォルドーの問いかけに困惑するも、ここでの問いかけに何らかの意味があると見て一度考えてみる事にする。

 とはいえ、これはやはり千差万別、料理人によって異なると言って良いだろう。なので彼は彼に合わせるべく、一度椿に用意してもらっていた資料を思い出してこの場の最適と思われる答えを導き出した。


「水……それと火。この二つでしょう。水は全ての基本となる。ありとあらゆる料理に使う事はもとより、食材の生育にも水は欠かせない。前の料理で染まった口を整えるにも使う。レストランとして、水は何より大切だ」

『ほう……』


 どうやら、カイトの答えは正解だったらしい。ウォルドーがカイトの答えに僅かに驚いた様な顔を浮かべていた。とはいえ、これは彼の店を調べていれば簡単に理解出来る事だ。

 彼の店で提供される水は彼が水源地から確保して提供している。彼が三ツ星になり皇都の一等地に店を構えるのに何十年も掛かったのは、この水源地の確保を優先したからだ。

 それを知っていれば彼が水をどれだけ重要視しているか簡単に理解出来ようものだった。とはいえ、火と答えたのはカイトのアレンジだ。が、これが尚更、ウォルドーがカイトに好感を持つに至らせた。


「火は……火というより温度というべきかもしれません。生で提供する以外、ありとあらゆる料理で火を使う。そして温度次第で食材の味は変わり、栄養も変わってくる。火を疎かにする料理人は料理人たり得ないでしょう」

『お見事です。その二つこそ、料理人が料理において最も心がけるべき二つだ』

「ありがとうございます……とはいえ、水は当家も自信があると考えていますし、確か貴方も確認された上での事だったのでは?」

『はい。これについてマクダウェル家に不満を言う事は一切ありません。それどころか、私の望みを完璧に叶えてくださった。下手をすると私が確保している以上の水を確保しているのでは、と密かに嫉妬したほどです』


 まぁ、流石は勇者カイトの家、と思えばそんな嫉妬も吹き飛んだのですけどもね。ウォルドーは若干笑いながらそう明言する。ということはつまり、彼が最も重要視する二つはきちんと準備出来ていると考えて良いのだろう。というわけで、カイトはならば何が問題なのか、と問いかける事にした。


「それでは何が?」

『その……ですね。天桜学園の屋台はご存知ですか?』

「それはまぁ」


 なにせ自分がやってる所だし。というわけでカイトはウォルドーの言葉に頷くと、それなら話が早い、とウォルドーも頷いた。


『魔物肉……それを提供している、と聞いて実は私も物珍しさもあり密かに伺わせていただきました。確かに私達プロからみれば完璧とは言い難いですが、あれはあれで味のある味わい。努力の形跡も見て取れた。まだまだ発展の余地がある良い品、と言って良いでしょう』

「はぁ……」


 百点満点ではないだろうが、プロの料理人からのお墨付きだ。これはこれで良い評価と言って良いのだろう、とカイトは安堵する。彼が来ていた事には驚きだったが、公爵家とて全ての来客を把握しているわけではない。不思議はない。が、そんなカイトに対してウォルドーは何故か唐突に嘆きを浮かべた。


『ですが……それを食べた夜の事です。私は夢で、かつての冒険者時代の事を思い出した。そこから、どうしても駄目なのです』

「駄目? 何がですか?」

『私は今まで、己がずっと温め続けたレシピに百点を下していました。が、あの魔物を思い出して、これでは駄目だと思ったのです』

「はぁ……」

『あの味を思い出してしまった。これでは駄目なのです! この祭りは大精霊様に捧げる祭り! そしてこのフェスの料理人の料理は誰もが認める最高の品でなければならないのです!』


 なんかいきなり語りだした。唐突に声を荒げたウォルドーに、カイトは思わずドン引きする。


『今の今まであれが百点だと思っていた……だが、あれに勝る肉はない! これでは駄目なのです! 私は料理人として、客に……大精霊様に料理を捧げるのに満点を下せない! そんな料理を捧げる様な事があって良いのだろうか! こんな事があって良いのだろうか! もしこれが大精霊様のお口に入る事があるのなら……私はそんな不出来な料理を提供してしまった事になる! そんな事があってはならないのに……』

「……え、えーっと……あの、ウォルドー殿……?」


 な、泣いてるよ。苦しみからか涙を流しながら自らの現状と嘆きを語るウォルドーに、カイトは先程以上にドン引きながら思わず問いかける。それに、彼もようやく気を取り直した。


『あ……し、失礼しました……その、そう考えると、どうしても百点を下せない料理でフェスに参加出来ない、という考えに至ってしまいまして……つい、言葉の綾でこんな料理では参加出来ないではないか、と……』


 それを、偶然通りかかった誰かが聞いてそれが噂になったのか。カイトは恥ずかしげに頭を下げるウォルドーの話を聞いて、おおよその事情を理解した。というわけで、落ち着いたウォルドーが話を続けた。


『いえ、無論本来はそれは手に入らないものとして代用品を考えていて、公開するレシピにもその代案を記しています。それこそ、言い始めれば水とて水の大精霊様が加護を下さった水が良い、火も火の大精霊様の力が宿った炉が欲しい、とどこまでも至ってしまいますからね。が、どうしても魔物の食材を提供している、と聞いてこれがなんとかして手に入らないのか、と……』

「な、なんというか……本当にすいませんでした……」

『?』


 完全に自分達の責任に近かった事を理解したカイトは思わず、ウォルドーに頭を下げる。無論この理由が彼にわかる事は無いが、兎にも角にも根本的な原因は彼らが魔物の食材を提供したから、という所なのだろう。というわけで、責任の一端が自分にある事を理解したカイトは物は試しと聞いてみる事にした。


「あの……もしよろしければ、その魔物について教えて頂けますか? 可能不可能かはわかりませんが、当家には有能な戦士も多い。もしかしたら、手に入るかもしれませんし……」

『本当ですか!?』

「い、いえ! 確実に可能、とは言いません! が、客の望みを可能な限り叶えよ、と言うのはクズハ様のご命令。伺わず断れば私が怒られますので……」

『ありがとうございます……私が詳細に調べたデータがありますので、そちらをお送りさせていただきます』

「は、はい……」


 カイトからの申し出を聞くや一気に身を乗り出したウォルドーに、映像越しにも関わらずカイトが思わず仰け反った。それほどに圧を感じたらしい。そうして、カイトはウォルドーから彼がどうしても手に入れたいという魔物についての情報を送ってもらい、合わせて彼の参加は確定として通達を出す事にするのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第1454話『幻の肉』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ