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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第69話 収穫祭・中編

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第1450話 来訪

 『迷宮(ダンジョン)』化事件があった翌日。カイトはこの日は冒険部の統率ではなく、ラエリアと皇国からの依頼を受けて終日シャーナの警護に就く事になっていた。と言ってもこれはマクダウェル公カイトへの依頼ではない。冒険者カイト・天音に対する依頼だった。


「おはようございます、シャーナ様。お加減はいかがですか?」

「すごいですね、朝からこんな活気があるなんて……」


 今日は仕事の為ということで公的に昨夜から公爵邸に泊まっていたカイトの問いかけに、シャーナが驚いた様子で頷いた。昨日も到着した段階で驚いていた彼女であるが、朝からのこの熱気には只々驚かされた様子だった。


「ええ……でも、この時期はもっと早い時間帯から人は動いています。幸い今日は天候にも恵まれた。なので朝からこの様子なのでしょう」


 カイトはシャーナと同じく、窓の外を見る。朝から屋台で朝食を食べる者や、そんな者たちに食事を提供する屋台はもう動いていた。確かに朝9時オープンというのが通例なのであるが、厳密にルール化されているわけでもない。そこらはまちまちだ。

 現にカイト達が確認したお酒を提供する屋台なら深夜遅くまで営業していたし、結界のおかげで騒いでも住民の迷惑になる事はさほど無い。今から閉店という店もあるぐらいだった。


「そうですか……」

「どこかで食べますか?」

「あの子に怒られないのなら」


 シャーナはいたずらっぽく、まだ眠るシェリアとシェルクを見る。何故二人も一緒に寝ていたのか、という事については逐一言う必要もないだろう。そして彼女の言葉は言外の否定という所だったろう。とはいえ、それならとカイトは逆にいたずらっぽい笑みを浮かべた。


「なら、皆で食べに行きましょうか……二人共、シャーナ様は騙せてもオレは騙せないぞ?」

「「っ」」

「え?」


 びくんっ、と僅かだが二人の身体が強張った。シャーナに遠慮して二人は寝ている風を装っていただけであった。そうして困惑するシャーナの一方で、シェルクが起き上がって頭を下げた。とはいえ、その顔がどこか恥ずかしげだったのは、気の所為ではなかっただろう。


「おはようございます」

「ああ、おはよう。シェリアもおはよう」

「おはようございます」


 ひとまず、これで朝の挨拶は終了だろう。というわけで、カイトは軽く外に出られる服を着る。そんな彼を見ながら、シャーナが問いかける。こちらはこちらでシェリアとシェルクに着替えを手伝って貰っていた。外に出るという事で一般市民の着る服にした為、彼女だとわからない部分が多いのである。


「迷惑は掛りませんか?」

「大丈夫ですよ。基本、朝食については本邸と同じ様に聞きに来ますから」

「はぁ……」


 それなら大丈夫か。カイトの返答にシャーナが頷いた。朝食についてはカイトが言う通り、もう少しすれば別邸に居る従者達が聞きに来てくれる事になっている。今はまだそれが来る前だというに過ぎなかった。と、そんな事を話していると紅茶の乗った台車を押してユハラが現れた。


「はーい。スケコマシさんはお目覚めですかー?」

「起きとるわい。今日の茶葉は?」

「ちょっと昨日めずらしい茶葉が手に入ったので、そちらを。銘柄は……お当てください」


 カイトの問いかけにユハラは茶目っ気を見せつつ、アーリーモーニングティーの支度を始める。そうして少しすると、良い茶葉の香りが漂ってきた。と、その香りを嗅いで、シャーナが僅かに目を見開いた。


「これは……ラエリアのですか? 少し違う感もありますが……ラエリアで最も古い王室御用達(ロイヤル・ワラント)に似た匂いの紅茶がありました」

「はい、シャーナさん。あのお顔のおじいさんから持っていってくれ、と言われたそうですよ」

「ああ、爺さんからか」


 どうやらシャーナが一緒という事で今日はラエリア地方で生産されている茶葉を、という事だったのだろう。ユハラの解説にカイトもなるほど、と頷いていた。

 なお、お顔のおじいさんというのは『大地の賢人』の事だ。後にシャリクから聞けばカイトの来訪等を伝えた際、彼の地にある特殊な茶葉を持っていってくれと頼まれたそうである。

 彼の事だ。カイトも久しく飲んでいなかったし、大方シャーナと一緒に飲む事を見越しての事だろう。というわけで、カイトはそれをミルクティーで頂きながらさっと教えてくれた。


「で、これはその王室御用達(ロイヤル・ワラント)に選ばれているその銘柄の大本ですよ。ラエリアの初代陛下が苗木を聖地より持ち込み、陛下自らが育てられた最も由緒正しい茶園。その自生地で採取された茶葉でしょうね」

「これが……」


 カイトの説明を聞きながら、シャーナは驚いた様に目を見開いていた。その味は確かに洗練された味ではないが、より深い生命の伊吹の様なものが感じられた。

 王室御用達(ロイヤル・ワラント)に相応しいかと言われれば首を振るが、美味いか不味いかで言われれば間違いなく美味しいと言えるだろう。何より、シャーナには自らの血肉に馴染む妙な懐かしさの様な物があった。


「さて、起き抜けのお紅茶を楽しまれた所で。ご主人様。朝食はどうなさいますか?」

「そうだな。折角だから外で食べるか」

「かしこまりました。お気をつけて」

「え、そんな軽くて良いんですか?」


 カイトの言葉に軽く応じたユハラに対して、シャーナがびっくりした様に問いかける。しかしそれに、彼女は笑って頷いた。


「大丈夫ですよー。今の時間だとまだそこまで混み合うわけでもないですし。場所さえ選べば問題はありません。痴漢とかもご主人様居ればどうにでもなりますし。それに護衛は勿論、一緒に居ますしね」


 何時もの事であるが、カイトにはまずステラが常に一緒だ。外に出るに合わせて彼女も影の中に潜む事だろう。それに加えて、ストラが密偵も出す。そこにカイトが加わるのなら、問題が起きよう筈もなかった。


「ま、そういうことです。じゃあ、混み合う前に行きますか」


 楽しげに笑いながら、最後の一杯を飲み干したカイトが立ち上がる。そうして、彼はシャーナ達と共にこの時間だからこそ食べられるメニューを求めて屋台街へと繰り出すのだった。




 さて、それからおよそ二時間程。カイトはシャーナと共に再び公爵邸に戻ると、即座に着替えを行っていた。着用するのは礼服。これからシャリクに会いに行く予定だった。


「やっぱり慣れん……」


 カイトは一度だけ、首周りの着回しを確認する。当然であるが、手に入れたネックレスについては部屋に置いてきた。なので確認しているのはネクタイだ。やはり彼なのでネクタイは慣れないらしい。


「いや、それはどうでも良いか。とりあえずは仕事だ」


 やはり立場があるし、幸か不幸かこれからの光景はマスコミに撮影される事になっている。身だしなみはしっかりとしなければならなかった。

 とはいえ、幸いな事と言えば彼に望まれているのは敢えて言ってしまえばボディーガードやSPだ。マスコミとして欲しい絵は、日本からやってきた英雄が元女王となったシャーナを守っている姿だ。冒険者として護衛している、というわけである。

 それもはっきりと映り込むのではなく、よく見れば分かる様でさえあれば良い。真面目に仕事してますよ、というポーズが欲しいのだ。そうすれば後でマスコミ側が用意したコメンテーターが得意げや訳知り顔で、映像や写真にカイトが居る事を語ってくれる事だろう。

 なので彼が着用を求められたのはシャリクに会う為の礼服や略礼服ではなく、新しく動きやすく仕立てられたスーツ――これについてはラエリア側からも補助金が出た――だった。そうしてしっかりと着替えた彼は耳に装着したヘッドセット型通信機を起動した。


「よし……まったく……お久しぶりです、バリー中佐」

『ああ、久しぶりだ。何か含みのある言葉だな』

「あははは。まさか貴方が護衛の総隊長とはね。碌でもない事が起きそうで嫌だ、というだけですよ」

『あはははは。起きた後なので、無用の心配だろう』

「あっははは。私としても、この上でまた更に事件は御免こうむりたいですね」


 バリーの言葉に笑いながらも、カイトもまたしっかりと口に出しておく。どうやら彼は昇進したらしく、中佐となっていたらしい。異例の出世だという事だが、逆説的に言えばそれだけ向こうも多くの事件があったという事なのだろう。カイトも詳しくは知らないものの、この頃には中々にスリリングな事件も多かったとは随分後に公職に復帰したカイトへと彼が語っていた。


『ははは。君は何時も事件に巻き込まれてばかりだそうだな。今回も色々とあったとは聞いている』

「あはは。流石に今回はノータッチです……それで、状況は?」

『ああ。とりあえず、何事も無い。そちらの護送はどうなっている?』

「スーツに着替える前にシャーナ様にお会いして、体調等に問題が無い事をしっかりと確認しています。そちらに問題は無いかと」

『そうか。世話を掛けたな』

「いえ、これも仕事ですから」


 バリーの感謝に対して、カイトは少し笑いながら首を振ってそう告げるだけだ。そうして更に軽く打ち合わせを行った所で、カイトは通信を切った。


「よし……ラエリア側の護衛状況は問題無し、と……次は……」


 通信を切ったからとて、それでカイトの仕事が終わるわけではない。確かにシャリクの直々の護衛はバリーらが行う事になるが、それ以外の警戒についてはマクダウェル家の仕事だ。故に彼にはそちらの確認も残っていた。


「よし。ウチも問題はないな。研究施設の調査も終了。ハリボテは厄介だが……あまり騒ぎ立てたくないのも事実か。仕方がない」


 カイトは一つ頷くと、改めて今回の事件の中心地となった研究施設についてを確認しておく。こちらについてはティナとリルの二人が中心となって調査を終えており、確認出来た限りでは安全だと言われていた。神学校についてもこの頃には問題が無いと言われていたので、週明けには寮生も全員戻る事になっていた。


「さて、行くか」


 カイトは一つ頷くと、きちんとナイフを懐に忍ばせてと立ち上がる。今回の彼の仕事はボディーガード。武器は見せられない。なので彼が用意したのは肉厚の軍用ナイフと小型の魔銃だった。

 万が一には交戦が可能な程度、というわけである。そうして、カイトはシャーナと共にシャリクの待つホテルへと向かう事にする。そこから大神殿にお参りして、と色々とするのであった。


「兄上。お久しぶりです」

「ああ……うむ」


 おそらく、シャリクは帝王として何か言わねばと思ったのだろう。だが、やはり色々と思う所があったからか思わず口籠った様子だった。そうして、彼は少しだけ気恥ずかしい様子で息を吐いた。


「……身体に変わりはないか?」

「ええ。こちらでは皆、良くしてくれています」


 シャリクが出せた言葉はありきたりなものだった。仕方がないといえば、仕方がなかったのかもしれない。結局、シャーナには世話になりっぱなしだった。気の利いた礼でも言えればよかったのだが、あまりにも色々あり過ぎた所為で何も言えなかったのである。そんな兄に、シャーナは笑ってそう告げるだけだ。それ以外何か言うのは、あまりに無粋だろう。


「そうか……ひとまず、大神殿へ行こう。長く待たせるのは、大精霊様に無礼だからな」

「はい」


 少し恥ずかしげに微笑んだシャリクと共に、シャーナは歩き出す。その後ろにカイトは付き従い、その日一日はシャーナの護衛として過ごす事になるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第1451話『一つ終わって』

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