第1449話 再始動
ラエリア内紛で見付かった十字架にまつわる事件がひとまずの収束から数日。シャリクが皇国に来訪し種々の検査が終わった翌日の事だ。カイトはその出迎えをクズハ達に任せると、マクスウェルに戻ってシャーナ達と合流していた。
公的には冒険部の『カイト・天音』という冒険者は神聖帝国ラエリア上層部より信任の厚い冒険者となっている。特にシャーナ、シャリクの兄妹からの信任が厚いというのが、公的な評価だ。そのシャーナが一応の公務に出る以上、彼がその側に就くのは後々――未来にラエリアで何かが起きた場合――を考えても良い判断とされていた。
「支度の方は如何でしょうか」
「大丈夫です」
カイトの問いかけにシャーナが頷いた。ひとまず、あの『迷宮』に関わる事件は全て収束している。予後の調査でも何も起きていない事はしっかりと確認されており、更には仕様書兼設計図となる資料が手に入っていた事でこれ以上何かが起きる事は無いだろう、と判断されていた。
なので収穫祭に関わる諸々の行事は大半がそのまま進む事になっており、彼女の収穫祭への来訪もまた予定通り行われる事になっていた。唯一予定が狂ったのはルリア達の検査があるので、アユルの来訪が数日ズレたぐらいだろう。結果としてシャーナ達の来訪が先になっていた。カイトはその道中における最側近としての護衛だった。
「そういえば……また何か巻き込まれたそうですね」
「ええ……メイデア文明の過去の遺産、という所でしょうか」
まぁ、最側近としての護衛とは言ったものの、そもそもこの護衛任務そのものがカイトが取り仕切っている。彼女らの護送を請け負うのは、その身請けを行っているカイト達マクダウェル家だ。
そしてカイトの立場上、単なる護送任務で全てを取り仕切るのは外聞が悪い。なのでこれについては軍に任せ、彼はただシャーナと共にゆっくりと飛空艇に揺られるだけが仕事だった。無論、それでも万が一には戦う。が、万が一だけだ。基本は関わらない。
「まぁ……ではそのネックレスが?」
「似合わないでしょう?」
「お似合いですよ」
少し冗談めかしたカイトの問いかけに、シャーナが楽しげに笑う。やはり基本的な話題はここら数日で起きた事や、収穫祭関連の話だった。
「ああ、そうだ。そういえばまたどこかへ出掛けましょうか」
「? どこか、ですか?」
「また気ままにぶらりと」
「カイト様」
小首を傾げたシャーナに冗談っぽく告げたカイトに対して、シェリアが制止しつつも紅茶を差し出す。無論、これは冗談だ。どちらも分かってやっている。
「あはは。冗談だ、冗談……とはいえ、色々と予定は入れさせて頂きました」
紅茶を飲みながら、カイトはこの後の予定についてを話す事にする。まぁ、当主にして婚約者が秘書や従者の様に予定を話しているのは可怪しい気もしないではないが、当人達がそれを楽しんでいるのだから横から何かを言うのは野暮というものだろう。そうして、しばらくの間カイトはシャーナとの話し合いを行う事になるのだった。
さて、カイトがシャーナ達と共にマクスウェルを発って数時間。神殿都市に到着した彼らはひとまず、公爵家別邸に入っていた。
「そうですか。では、お兄様も息災お変わりなく」
「その様子でした」
シャーナの問いかけを受けたクズハがシャリクの状況を報告する。現在、シャーナは公的には無位無官だ。無論、そう言っても彼女は一国の元女王だ。どの様な場でも敬意は払われる。が、公的な地位としては単なる私人でしかない事もまた事実だ。
なのでシャリクとの関係性としてはあくまでも彼の異母妹の一人に過ぎず、公人としてやってきているシャリクの立場上優先順位は幾分下がるのである。それに対してクズハ達は言うまでもなくホストだ。一番最初に会う事になった、というわけであった。
「では、明日は問題なさそうですね」
「ええ……それで、長旅という程ではありませんでしょうが……当家の飛空艇はどうでしたか?」
「ええ。良い乗り心地でした」
ひとまずシャーナはクズハとの会話を行う事となり、その一方でカイトはカイトで動く事になっていた。公的ではないものの、カイトこそが本来のホストだ。しかも数日前の一件にてカイトが中心となり事件を解決している。シャリクの立場上、皇帝レオンハルトと共に必ず会わねばならない相手だった。
「陛下。お久しぶりです……というのも不思議ですか」
「そうだな……」
カイトの社交辞令に対して、シャリクもまた微笑を浮かべて頷いた。一応公的には今日が再会の日――冒険部のカイトとしてシャリクに呼び出された形――になるのだが、実際には昨日も映像を介して会っている。まぁ、ここらは複雑な立場が入り乱れるカイト故の冗談の一つという所だろう。そうして少しの間軽い冗談を交わした二人は、適度に社交辞令を終わらせた所で本題に入る事にした。
「それで、早速で悪いが幾つか問いたい事がある」
「ええ」
シャリクの申し出にカイトは当然だろうと快諾し、しばらくの間先の事件においての疑問に答えていく事になる。と言っても当然だが、分かっている事はほとんど無い。なので問われたのはほとんど『迷宮』内部に関する話だった。今後を考えての事という所だろう。
「そうか……少なくともランクBクラスの冒険者が必要か」
「ええ……とはいえ、最下層にまでたどり着くだけでしたら、八大ギルドの支援さえあれば可能でしょう」
「ふむ……」
その程度であればさほど難しい『迷宮』ではないか。シャリクは元々軍の元帥だった為、己の保有する知識と照らし合わせてそう結論付ける。やはり難しいのは最下層の『守護者』討伐だ。こればかりは、ランクSでも並大抵の事ではない。
「ランクSクラスの冒険者複数を主力とした部隊を編成すべきか」
「それが、妥当かと。とはいえ、今回の依頼はエネフィア全体に関わる重大な案件と捉えます。それを鑑みて、ユニオン本部に協力を依頼すべきかと」
「……そうだな。そこについては本国へ帰還後、話をさせて貰おう」
とりあえず、これで重要な話については終わったと言って良いだろう。というわけで後は細々とした事を話すだけとなるのだが、ここでふと、シャリクがある疑問を呈した。
「ふむ……そういえばなのだが。そもそもあの十字架は祀られていたのだが……あれはどういった事なのだろうな」
「そういえば……そういう話で持ち込まれたのでしたか」
シャリクのふとした疑問を受けて、カイトもまたそういえば、と少しだけ首を傾げる。あの十字架が魔道具の類だというのは当然だが、二人だけでなく発見した者達も知らなかった。
無論、イストリアやドゥニス達も知らなかったし、想像もしていなかった。そしてその勘違いの原因はドゥニス曰く、宗教的な部屋に大事そうに設置されている為だと言われていた。なのでジオラマを作って当時の状況の再現も行っていたわけだ。カイトもそのジオラマの準備風景を見たが、確かに宗教系の要素がかなり含まれていた。
「ふむ……あの遺跡の設立時期を調べた方が良さそうか」
「それが良いかと思われます。もしかしたら、再興期にあれを見つけ出した何者かが旧文明の宗教的な道具と勘違いして置いた可能性は十分にあり得るでしょう。いや、場合によっては彼ら以外に残った僅かな文明が手に入れて、あそこを一時的な管理場所に置いただけの可能性もあるでしょう」
「ふむ……そんな所、かもしれんな」
旧文明と一言で言っても、やはり色々とある。基本的に旧文明と一言で表すわけだが、やはりゼロからのやり直しとなると色々な文明が興っては廃れ融合し、を繰り返して今に繋がっていた。
もしかしたらカイト達が見付けた遺跡は直接的には旧文明ではなく、旧文明崩壊から少しして生まれた文化の一つの可能性はあった。そこらは調査をしていけば、何時かは分かるかもしれないだろう。これについてはカイト達がやる事でもないし、やる必要がある事でもない。シャリクが行うだけであった。
「ああ、色々と情報をありがとう。シャーナにも明日を楽しみにしていると伝えてくれ」
「いえ。では、また明日」
「ああ」
やはりどちらも忙しい立場だ。なのでシャリクの言伝を受けて、カイトはその場を後にする。と言っても、そのまま公爵家別邸にも冒険部が活用しているホテルへも帰るわけにはいかない。
今度はまた別の仕事でルーファウスとエードラムの二人と合流する必要があった。というわけで彼が指定された喫茶店に行くと、そこでは二人がカイトを待ってくれていた。
「ああ、カイト殿。申し訳ない、急ぎで仕事を頼んでしまって……」
「いや、先の依頼の追加の様なものだ。そう気に病む必要もないさ」
「いや、それでも忙しいだろう。感謝する」
ルーファウスの謝罪とエードラムの感謝に対して、カイトは笑って首を振っただけだ。やはり事件が起きた以上、アユル達としても神学校の状況を調査する必要があると判断していた。その事前調査として、二人が来たという事であった。
カイトの場合は彼が言っていた通り、前の仕事の続きと言って良いだろう。明日来る予定の教国の調査隊――事態を受けて来る事になったらしい――が仕事をしやすくなる様に手助けをする仕事だった。先んじて現地に入っているので事前調査をしておけ、という指示だった。
「各所とのやり取りに協力するだけです。なので大丈夫ですよ。荷物持ちや道案内程度ですからね」
「そう言ってもらえると助かる。何分、今回は事件そのものが直前だったからな……」
苦笑交じりのエードラムに対して、カイトも僅かに苦笑する。二人――ルーファウスはそこまで考えていない――としても別に来訪ぐらい来年に延期でも良いかもしれないとは思わないでもない。が、片や仕事だし、片や依頼だ。否やはない。
どうやら教国からの指示で、状況に問題が無い事が確認されれば行く様に言われたそうだ。カイトの読みでは融和ムードを出しておけ、という所なのだろう。皇国側もそれを受けて、教国の調査隊を受け入れたとの事であった。
まぁ、実際の所としては日程が多少ズレた所でアユルの負担にはならない。負担が掛かるのは末端の者達だ。末端の負担が増えるよりも融和ムードの方が遥かに良いと判断されたのだろう。そうして、三人はひとまず神学校へ向かう事にする。
「ふむ……とりあえずこんな所か」
しばらくの後。ここには一度来ているルーファウスが軍の担当者と話し合っている間に、カイトはエードラムを各所へと案内していた。本来は神学校の教員が行うのが筋なのだが、まだ軍が入っているので迂闊に動けない。こればかりは仕方がないだろう。
なので色々と話し合った結果、カイトが選ばれたというわけだ。何かがもし万が一起きても対応が出来る、という判断だ。これは軍側の指名だったが、アユル達側もまだカイトなら良いだろう、と判断したのである。
「よし。とりあえず一通り見て回ったが……やはり大きいな。ここまで大きな学校は教国にもあるかどうか……」
「そんな大きいですか?」
「日本ではこの大きさが基本なのか?」
神学校の敷地の広さに驚きを得ていたエードラムは首を傾げていたカイトに更に驚いた様に問いかける。一方のカイトも特に考えていたわけではなかった。
「いえ、まさか。とはいえ、ウチ……天桜は幼稚園から大学院までの一貫校ですし、再開発を請け負った事もあってこの神学校並の広さがあるそうです」
「自分の学校なのに知らないのか?」
「高校からの外部入学なので……実は他の校舎にはほとんど立ち入った事が。同じ敷地にあるわけではないので」
そう言って笑うカイトであるが、ほとんどなので他の校舎にも立ち入った事はある。しかし基本は地球での裏の立場から大学が多く、後は同じ理由からそこに併設されている大学院ぐらいだ。なので中学校以下についてはどこにあるかは知っていても入った事は一度も無かった。それに、まだ理由があった。
「まぁ、それに私は基本マクスウェルに居ますし、異文化交流の一環で魔導学園には一時体験入学をしていた事が」
「ああ、なるほど……あそこは私も仕事で一度行ったが……確かに大きかったな」
エードラムは基本アユルの護衛であるが、それ故に魔導学園にも同行した事があったらしい。カイトが特に驚かなかった理由を聞いて納得した様だ。そうして、そんな事を話しながら二人はルーファウスと合流する事にする。
「ああ、エードラム卿」
「ああ、ルーファウス。そちらはどうだ?」
「はい。一通り確認事項は確認出来たかと。後は本国から来る調査員に任せるだけです」
「そうか。カイト、案内感謝する。後はこの資料については私が纏めておく。助かった。ルーファウス。お前はもう少し手を」
「はい」
「では自分はホテルに戻ります。何かがあれば、ルーファウスかアリスを通して連絡を」
これで仕事は終わりだ。なのでエードラムの改めての感謝にカイトは首を振る。そうして、カイトは二人と別れて一人ホテルへと帰還する事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1450話『来訪』




