第1448話 結果とこれから
『守護者』が封じられていた『迷宮』にて見付かった三つの遺物。その内の一つとなる情報記録端末に遺されていたのは、『迷宮』を作るにおいておそらく中心となっただろうダークエルフの男性による後の世の者に向けたメッセージだった。
そんな『敗北者』を名乗った男性のメッセージをひとまず聞き終えた時、誰もが僅かな沈黙を有したのは致し方がない事だっただろう。そうして誰もが今の話を飲み下すのに僅かな時間を有して、先んじて見ていた事で驚きはなかったティナが口を開いた。
「これが、旧文明二つの崩壊の真相という奴じゃろう」
「ネックレスが鍵というのは、あのルーザーとやらが言っていた事か?」
「うむ」
カイトの問いかけにティナははっきりと頷いた。あの映像の中でルーザーはカイトが手にしたネックレスが自分達の遺産を見つける鍵になると明言していた。そうして彼女はあの映像で言われていた資料を読んで得た情報を開示した。
「さて……ではあのネックレスの話に移ろう。あれについてであるが、やはり余らの想像した通り保有条件は最後の一撃を与えた者。必然それは『守護者』を討伐した者となる様に設定されておった」
「『守護者』討伐が条件……聞けば聞くほど、嫌になるわね」
「まぁ、あれらが戦った相手を考えれば妥当じゃろう」
クオンの心底嫌そうな発言にティナはしかし、道理と言って首を振る。あのクオンさえ嫌そうなのだ。間違いなく、生半可な事ではなかった。間違いなくどこかの国でなんとかなる話ではないだろう。冒険者の、それこそ彼女らクラスの猛者達を動員せねばどうにかなる話ではなかった。
「まぁ、それは良かろう。兎にも角にも、そのネックレスがあれば他の十字架で生まれた『迷宮』においても蜘蛛型ゴーレムによる妨害無く進めるとの事じゃ」
「それ故の認識票か」
「うむ。と言ってもその個人のみを除外するではなく、ネックレスを保有する者が入れば自動的にその指揮下に入る様になっておるとの事じゃ。コントロールキーでもあるわけじゃな」
「なるほどな……」
カイトは十字架に変貌を遂げたネックレスを見ながら、納得した様に頷いた。彼らが望んでいたのはあの『迷宮』を踏破できて、なおかつ『守護者』さえ討伐出来る者だ。
あの封印とていつまでも保つとは限らない。何時の日か封印が解けて、また同じ事を繰り返すかもしれない。なので彼らに出来た最大限の支援が出来る様にしつつも、『守護者』をも上回る戦士の到来を待っていたのだ。と、そんなカイトの一方で皇帝レオンハルトがティナへと問いかけた。
「魔帝殿。確か『守護者』は最大で150体現れ、しかし大半が討伐されたとの事であったな。それについて何かあったか?」
「うむ。残っていた書物の方にそれも記されていた……が、決して推奨は出来ん」
「ふむ」
「……魔導炉の臨界による爆発。それも異空間を強引に創り出してその中に複数の特大の魔導炉を作って、連鎖反応を引き起こしたそうじゃ。流石にこれほどの異変……『守護者』達が勢揃いしたとの事じゃ。総力戦じゃったじゃろうな」
「「「っ」」」
ティナの言葉を聞いて全員が絶句して、二の句が継げなくなる。が、裏返せばそれだけの事をしなければどうしようもなかったという事だった。いや、それだけやっても、どうにもならなかったとも言える。
「記録によれば、連鎖反応でおよそ70体を吹き飛ばしたとの事じゃな。その後、残る40体を軍による総力戦により討伐。残る40体の内、30体は当時の猛者達により討伐されたとの事じゃ。猛者達の大半はその戦闘で戦死したと考えてよかろう。残ったのもどれだけ居る事やら」
「それでも、10体は残ったのか……」
流石の皇帝レオンハルトでさえ、背筋が凍った様子だった。他の軍の高官や映像を介してこれを見るシャリク達は、もはや言うまでもないだろう。『守護者』とは、それほどの存在だった。
自分達を遥かに上回る文明がこれだけやって、それでやっと生命が生き延びられる程度の生存圏を確保するのが精一杯だった。それを、誰しもにはっきりと知らしめていた。
「うむ……余は改めて言おう。決して、『守護者』には触れてはならぬ。あれを敵に回せば現代文明なぞ跡形も残らぬぞ。いや、未来永劫勝つ事なぞ出来まい。決して、触れてはならぬ」
『しかと、胸に刻もう』
「ああ」
二つの大国の為政者達はティナの脅しにも近い言葉に、はっきりと賛同を示した。文明が滅んだという事実が既にあり、それでもなお勝てなかったという事実がある。彼らだって死にたくない。王者としての誇りもある。民を守らねばならないという使命感もある。
決して、『守護者』に触れようとは思わなかった。そしてティナもまた優れた研究者であろうといや、優れた研究者であればこそ、触れようとは決して思わなかった。
「うむ……さて、話を元に戻そう。ネックレスじゃが、基本は十字架の内部にあるゴーレム達に暴走した『守護者』の討伐を支援させる物と考えてよかろう」
『あれは一つだけなのか?』
「いや、違う。資料によると、十字架は20個を製造したとの事であった。最大値が分からぬ事と先には10と言ったが厳密には10残っておったわけではないからのう。無論、先のあの映像のセリフを鑑みれば、組織だった戦いが出来る組織はあの男の物だけではあるまい。その組織が倒した相手もおろう」
当たり前といえば当たり前の事ではあった。彼らは支援要請等を全て無視して、と言っていた。なので総力戦には義理程度の戦力を供出し、この研究に力を割いていたのだろう。
彼らは自分達がどれだけ頑張ってもクラス2の『守護者』にさえ勝てないと理解していた。故に、その後を考えて少しでも未来に繋ぐ為に行動していたのだろう。というわけで、シャリクの問いかけを受けたティナは更に続けた。
「そして今一つは確実に使われておるし、『守護者』がその後確認されておらぬ事を鑑みれば残った全てが彼らにより封ぜられたと考えてよかろう……とはいえ」
『とはいえ?』
「……おそらく、残っておる十字架全てに『守護者』が封じられておろう」
苦い顔で、ティナはシャリクの促しに対して推測を述べる。ここもまた、資料に書かれていた事らしい。
「先に映像で言われておったが、作戦の概要もまた資料に書かれていた。そこには、この十字架の製造に関わった全員が任務終了後……すなわち、こちら側に『守護者』が存在しないとなると死亡する魔術を使ったと書かれておった。無論、それを目的としたものではなくそれを対価に身体的なスペックを大幅に上げるものであるが……」
「「「……」」」
そこまでしたのか。ルーザーと呼ばれた男達のした最後の抵抗に、全員が何も言えなかった。それだけやってようやく、アニエス大陸は平穏を取り戻した。そうして、そんな事を語ったティナは更に続けた。
「研究者達の記憶さえ、一切合切を破棄したのじゃろう。いや、自分達をきっかけとして取り戻せる可能性さえ消したかったのだと思われる。『守護者』に関する研究の資料は全て破棄し、その上で使わなかった十字架は自壊する様になっているとの旨が、資料に書かれておった」
これは今の時代の者たちだからわからないのだろう。全員がティナの言葉から、そう察していた。本当にどれだけの恐怖を『守護者』に抱いていたのか。もはやそれが察せられない程に、彼らは『守護者』を恐怖していた。と、そんな言葉を聞いたカイトはふと、気になる事があった。
「ん? だが確か生存者が居れば墓に資料を残すと言っていなかったか?」
「うむ。が、これはあくまでも研究者達に限った話じゃ。何をどうしたか知らぬ者達は別にこの魔術を使う必要は無かったのだと思われる。無論、使った者もおるのじゃろうが……まぁ、全員ではあるまいな」
「なるほど」
ルーザー達が消したかったのは、旧文明において『守護者』に関わる部分だ。それさえ消せるのなら後は後世に現れるだろう力を持つ者の為に残す事にしたのだろう。であれば、その『守護者』に関わる事のなかった普通の兵士達等の中にはそんな彼らの意思を汲んで、生き残った者が居るかもしれなかった。そうして彼女の解説に納得したカイトは改めて、ネックレスを見た。
「ということは、今後はこれが鍵になるか」
「うむ……可能ならば、もし今後十字架が見つかれば専門の部隊を構築すべきじゃろう」
『ふむ……捜索部隊については、こちらで手配しよう。それについては我が国の内部に最も多いだろうし、それ以外についても我が国の保護国に多いだろう。複合的に考えた場合、それが妥当だと思われる』
ティナの提案にシャリクは同意して、まだ残っているかもしれない十字架の探索については請け負う事を明言する。やはりなんと言ってもアニエス大陸にあった文明だ。彼らが中心となるのが筋だった。とはいえ、流石にこの案件だ。幾ら何でも彼らだけでなんとかなるとは到底思えなかった。
『レオンハルト殿。申し訳ないが、事態が事態だ。可能であれば、勇者殿を突入の際だけで良いのでお貸し頂きたい。『守護者』に対しては並の冒険者でさえ相手にならないと判断した』
「受け入れよう。こちらとしても『守護者』が現れるという事件は可能な限り防ぎたい。それに、事の次第を考えればこちらにも無いとは限らない。合同部隊を設立すべきだと判断する。今度の我が大陸での会議にて、本件を議題に上げても?」
『感謝する。こちらもこちらの大陸での会議にて、そちらと同じく合同部隊設立を提案しよう』
皇帝レオンハルトもシャリクと同じく、この案件が単独の国で終わらせて良い問題ではないと判断した様だ。即座に了承を示した上で、更に先を話し合う。
やはりレインガルドがそうであった様に、エネシア大陸にもまたメイデア文明の遺跡は時折見付かっている。無論大陸の位置的な関係から基本はラグナ連邦に多いが、今回見付かった遺跡の様に無い可能性が無いわけではない。何かがあって慌てるより、先んじて対応をしておく方が良いだろう。というわけでそこに同意を得た上で、皇帝レオンハルトはカイトへと顔を向ける。
「マクダウェル公。公に度重なる負担を掛け申し訳ないが、受けてはくれまいか」
「お引き受け致しましょう。曲がりなりにも、シャリク陛下は私にとって義理の兄になる。その国との共同かつ旧文明の負の遺産に対処するという話であれば、後々にも大義として申し分ない事でしょう」
皇帝レオンハルトからの依頼にカイトは二つ返事で了承を示した。流石に彼としても『守護者』を相手に並の冒険者では相手にならない事は分かっている。
それどころか、誰よりも把握していたと言って良いだろう。封印装置の破壊については杞憂となってくれたのは良かったが、それでも万が一を防ぐのならやはり自分で何らかの措置をあわせて行いたい所だった。これは彼の思惑としても渡りに船の申し出だった。
「すまぬな……また、これについては追ってラエリアとの間で協議を行う。公にも適時意見を聞くだろうが、その際には協力を頼む」
「はい」
「うむ」
カイトの応諾に皇帝レオンハルトは一つ頷いた。と、そんな彼の所に執事の一人が耳打ちする。
「そうか。シャリク殿。申し訳ない。そろそろこちらの方の次の予定が差し迫った様だ。此度はこれにて」
『ああ……此度は世話になった』
「いや……では、また」
どうやら時間的にこれでお開きという所らしい。まぁ、映像を見たり資料の説明をしたりしていたのでかなりの時間が経過していたし、時期も時期だ。更に言えば、この場の全員が忙しい中を調整している。詳しい話は文官や外交官達が整えて、この場は全員が認識を共有する場という事で良かったのだろう。そうして、皇帝レオンハルトに時間が来た事を受けて会議は終わりとなるのだった。
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次回予告:第1449話『再始動』




