第1447話 敗北者の記録
神殿都市に出現したメイデア文明が創り出した人工の『迷宮』。この突破の際に報酬として旧文明の遺産となるネックレスを手に入れたカイトであったが、『迷宮』の崩壊の直後にどういうわけかどこからともなく半透明の十字架が飛来して、手に入れたネックレスが小さな十字架のネックレスへと変貌を遂げるという不可思議な現象に見舞われる。
これについては流石にカイトも大精霊達により安全の担保をしてもらったが、それ以外の事については何もわからないままだった。というわけで、皇帝レオンハルトの勅命によりカイトがそれを厳重に保管する事にして、後はティナ達研究者達によってネックレスと一緒に手に入れた資料の解析を待つ事になっていた。
そうして、事件の発生から三日。丁度収穫祭も折り返しとなる日の事だ。その日、関係者一同が会議室に集まっていた。やはりカイトに関わる事という事で事件は最優先に処理されて、調査や解析についても夜を徹して行われたのである。今日はその報告というわけであった。
『レオンハルト殿。この様な形での挨拶、失礼する』
「いや、シャリク殿。こちらこそ久方ぶりの再会がこの様な形となって残念だ」
やはり皇帝レオンハルトとシャリクやクズハらが一堂に会すると、色々とあらぬ噂が立ってしまう。なのでシャリクは皇国側で武装解除等の検査を受ける為に滞在している港町から映像を介しての参加となっており、簡易の謝罪も映像を介して行われていた。そうして少しの社交辞令の後、あまり長く話してはいられないと本題に入る事にした。
「では、会議を開始してくれ」
「うむ……さて、まず改めて状況を確認する。『迷宮』の最下層の宝物庫で見付かったのは三つ。情報記録端末と書物、更にはカイトの持つネックレス。この三つの内、ネックレスのみ保有に関しての特殊な条件があった。それはボスへのラストアタック。最終討伐者のみが保有出来るという条件じゃな」
皇帝レオンハルトの要請を受けたティナが本題に入る前に、改めて状況を洗い直す。まずは基礎知識を共有せねばならないだろう。そうしてそれが行われた後、今回起きた問題についての説明が入った。
「そうしてカイトの脱出後。どこからともなく半透明の十字架が該当のネックレスの下へと飛来。宝物庫に収められていたネックレスに取り込まれる様に消え、ネックレスは形状を変化させた」
ティナはそこで一度宝物庫で手に入れた時のネックレスと現在のネックレスの形を写した二枚の映像をプロジェクターに展示させる。
なお、このどこからともなくというのは調査の結果、十字架が設置された研究施設だと判明している。更に具体的に言えば、解析の為の装置に設置されていた十字架から剥離する様に現れたとの事であった。
なので現物はまた別にあるらしい。が、流石に同じ轍を踏む事は嫌なので、この十字架については現在も検査に掛けてはいない。最低でも収穫祭終了後、人気のない場所に専用の状況を整えた上で検査を行う事にするという事が皇国上層部とラエリア上層部の間で合意を得ていた。
「それを受けて、余率いる『無冠の部隊』技術班によって手に入れた資料の調査を実行。結論から言えば、このネックレスについて何か知るに至った。そして危険性が無いと断じて良かろう」
「そうか……」
ティナの明言にカイトが僅かな安堵を滲ませる。幾ら彼だって何かわからない時限爆弾じみた物を何も分からずに保有していたくはない。大精霊達を信じていないわけではないが、論理的に安全が担保されればより安心出来た。というわけで、一息ついた彼がティナへと問いかける。
「じゃあ、これはなんなんだ?」
「うむ……ある種の認識票と召喚装置、鍵を合わせた物と考えて良い。中におった蜘蛛型のゴーレムは覚えておるか?」
「ああ」
「魔道具としてはあれを、外で呼び出す為の物と考えれば良い。幻影がネックレスに取り込まれたのは十字架……正確にはあの『迷宮』の中におった蜘蛛型ゴーレムの保有者として登録される為とでも考えよ」
「ふむ……それが本当の報酬という所か?」
「まぁ……ある種はそう言えよう」
ある種はそう言える。そう告げたティナであったが、そう告げる彼女の顔は苦かった。おそらく、それでは終わらないのだろう。というわけで、彼女は更に続けた。
「さて……これについて詳しく説明する前に、情報記録端末を見せた方が早い。まずは、あちらに記録されていた記録を見てもらおう」
ティナはそう言うと、プロジェクターを操って情報記録端末に残されていたという映像を投影させる。そうして映ったのは、白衣を着たダークエルフの男性だ。周囲には本棚や資料が見受けられていて詳細はわからないものの、おそらく研究室にあるこの男性の個室という所なのだろう。
『……私は……私はルーザーとでも名乗ろうか』
ダークエルフの男性は疲れた様に、そう己の名を口にする。その顔には疲れと共に諦観やとんでもない疲労感が滲んでおり、何らかの戦い、それこそ負けてはならないはずの戦いに敗北した者特有の気配があった。おそらく、この名前もそれを受けて自嘲気味にそう名乗っただけなのだろう。本来の名では無いと思われた。そんな彼は疲れた顔のまま、ゆっくりと語り始めた。
『まず、何時かこれを見る者達よ。どうか、我らの事を哀れと思ってくれるな。私もまた、咎人の一人。『守護者』関連研究を行っていた者の一人だ。それでいて、過去の栄光にみっともなくも縋る者でもある。言い繕える事は何もない。愚か者であると断じよう』
自嘲気味に、ルーザーはそう明言する。その顔にはもはや、自分自身に対する怒りさえ失われていた。あるのはただ、愚かなかつての自分に対する嘲りのみ。嘆きも怒りも全てを超越して、ただ諦めのみがそこにはあった。
『これを見ている君達が何時の者なのかは、私にはわからない。が、おそらく我々の敗北から最低でも数百年の月日が経過している事だろう。君達が見付けた十字架は、ある一定程度の解析技術に反応する様に設定してある』
「これ故、おそらく似た物が見付かっておっても今まで事件が起きていなかったのだと思われる」
ルーザーの映像を一時停止して、ティナが今回の事件の根本的な原因を明言する。この言葉が正しいのであれば、これは事実という所なのだろう。そうして一時停止した彼女は語るべき事を語った、と再度映像を動かした。
『……何故、こんな事をしたのか。おそらく君達はもはや歴史としても知らないかもしれない。それを懸念して、私はこれを残した。我々の時代……我が国には冷戦状態のある国があった。国の名前なぞどうでも良いだろう。もはや、どちらも滅んだ』
「これについては、書物の方に情報として記されていた。おそらくここでは彼の意思として意図的に伏せられたという所じゃろう」
ルーザーの言葉を遮って、ティナが補足を入れる。なお、そういう事なのでルーザーは意図的にこの映像の中では二つの旧文明で生まれていた国の名前は言わなかったらしい。
『その国との競い合い……良い意味ではなく、悪い意味での競い合いだ。その中で、我が国の諜報員はかの国が異世界からの召喚実験を開始したという報告を受けた。それに触発され、我が国も召喚に関する研究を行ったが……上手くは行かなかった。これそのものは良かったのだろう。だが結果、焦った上層部は事もあろうに『守護者』を兵器として活用するという狂気の沙汰を考えた……私は、その研究者の一人だった』
もともと言われていた事ではある。現代ではメイデア文明とルーミア文明と呼ばれる二つの文明の崩壊はかなり密接な関係があった、と。それがこれだったのだろう。そしてその研究者の一人に、ルーザーが居たという事であった。そうして、自嘲する彼は更に続ける。
『そんな研究が十年も続いた頃だろうか。かの国の召喚実験が本格化し、遂に本試験が行われる事となったと聞いた。そこで上層部はとある巨大な飛空艇の中にあるという研究所にスパイを送り込み、実験の妨害を行った。その研究所の詳細は私も知らない。秘匿性の高い任務で、私も知らされる立場ではなかった。ただ、生き残った者からそう聞いただけだ』
『「「っ!?」」』
ルーザーの告白には流石に誰もが驚きを隠せなかった。邪神エンデ・ニルの召喚の遠因がここにあったというのだ。旧文明崩壊の全ての原因がここにあったと言ってよかった。
そしてこれには会議に参加していたレガドもまた驚きを隠せなかった様子だった。とはいえ、ここはそんな驚愕の事実についてを議論する場ではない。なので、ティナはスルーして先に進めさせる。
『妨害の結果だが……幸か不幸か、成功してしまったのだと思われる。スパイは事故に巻き込まれて死んだので、答えはわからない。とはいえその結果、かの国での召喚実験は失敗。異世界から狂った神が呼び出される事となった……召喚される前から狂っていたかは、わからんがね。とはいえその祟り神により、彼の国では情報網が完全に崩壊される事となった。そして我が国もまた、別のスパイを介してもたらされた邪神の影響により、情報網の大半を破壊される事になった。ここから先は、私も詳しくは知らない。先にも言ったが、情報網が破壊された事で詳しく知る事が出来なかったからだ。なので私の推測が入る事は、許して欲しい』
ルーザーは一通り背景を語った後、改めてこれが推測でしか無い事についてを謝罪する。そうして謝罪した彼が語った内容は、概ねカイトらが知る通りだ。暴走したか焦った一部が『守護者』を呼び出したそうだ。
そうして『守護者』が現れて邪神の影響下にあった者たちを目論見通りに駆逐してくれたらしい。無論、その後に待っていたのは自滅の未来だけだったが。とはいえどうやらその召喚に関わった者たちの生き残りが居たらしく、カイトらが知るよりもルーザーは詳しく知っていた。
『呼び出された『守護者』の数は一応、記録された限りでは145体。無論、記録装置もすぐに破壊されたのでこれで全部ではない可能性は高い。が、その後すぐに召喚装置も破壊されたとの事で、さほどの誤差は無いだろう。私もマックス150体と推測している』
ルーザーはその生存者から伝えられた召喚された『守護者』の数を明言する。そうしてそこらの細かな情報が彼によって教えられ、更には文明の崩壊への流れとなった。
『ああ、安心してくれ。これについては、大半を我々で始末をつけた。おかげで、軍の兵力の九割は喪失。しかも全ては倒せなかったというおそまつな結果だがね。残る兵力にしても、魔物との戦いや残った『守護者』との戦いで壊滅状態。組織だった戦いが出来るのは、我々と後片手の指で事足りるぐらいだろう。その我々とて、数々の支援要請を無視して力を蓄えた結果だ。そして今、我々もその見捨てた者の務めを果たしに行く。君達がもしこれを見て、我々の事を知らないのであれば……おそらく私達で全て対処出来たのだろう』
苦笑気味に、ルーザーはなんとかなってくれていてくれ、という望みを託す様にそう述べる。確かに『守護者』は全て封印されたか撃破されている。しかしそれはあくまでも、彼らにとってまだ未来の出来事だ。この時の彼が知る由もないだろう。そうして、彼は再び自嘲気味に語り始めた。
『……我々は愚かだったのだ、と言うしかない。『守護者』を操れるなぞ誰が考えたのか……どだい、無理な話だった。人類には触れてはならない物がある。その一つに、我らは触れてしまった。だから、これは全て我らの自業自得だ。哀れに思う必要はない。そして幸いな事に『守護者』も本質が完全に失われたわけではないらしい。文明を捨て去り、旧来の畑を耕し畜産を育てて生きる者達には、攻撃を仕掛ける事は無いとわかった』
どうやらこれが文明が崩壊しても、人々が生き残った理由らしい。そして同時に、彼が危惧していた事でもあったのだろう。この時、おそらく彼とは別に文明を捨て去った者たちは記録やかつての栄光の記憶も一緒に捨て去ったのだ。それを、彼も予想していた。
無論、そうしなければ死んでいただろう。彼らとて大半は被害者。非難される謂れはない。そして彼らからすればもはや取り戻せない過去の栄華なぞ思い出したくもない過去だろう。そうして、彼はゆっくりとしかし今度は僅かな希望を、まさに最後の希望を絞り出す様な顔で語りだす。
『……我々はこれから、君達が見付けただろう十字架を持って最後の反攻作戦に臨む。十分な数を用意した。誰も、生きて帰る事は無いだろう。喩え刺し違えてでも、封じてみせるつもりだ。この作戦や十字架の詳細については、一緒に設置した資料に記した。そちらを見てくれ。が……予め言っておく。『守護者』を封印していた……もし可能だったのなら、という話だが。その封印装置についてはもし僅かでも分解が確認されたり、解析の影響が確認されれば即座に自壊するプログラムを仕掛けている。申し訳ないが、あれを世の中に出されるわけにはいかない。『守護者』を操ろう、封じようなぞ考えてはならない。あれは、触れてはならないものだ』
ルーザーはここで初めて、はっきりと明確な、そして強い意思を滲ませて断言する。そしてその根底にあるのは間違いなく、掛け値なしの畏怖と恐怖であった。
『……そして我々の使った研究施設だが、避難してきたかの国の技術者の力を借りて一部施設や資料については時の歪んだ封印を施せる様にしている。もし見つける事が出来たのなら、そのネックレスが力になってくれるはずだ。あれは鍵でもある。そして、申し訳ない。この資料が奴らの情報となる可能性を鑑みて、詳細な場所についてはここには記せない。もし我らの誰かが生存出来た場合、ある場所に墓を設けてそこに研究所の場所を記した情報を隠す手はずになっている。そのネックレスを使えば、発見が可能な筈だ。使ってくれ』
「これについてはやはり彼の言った通り、別途の資料にも一切の記載は無かった。無論、墓の場所についても何もない。が、必ず分かる様にはしているものと推測される。両国には早急に調べる事を技術班からは推奨しよう」
ルーザーの告げた『遺産』について、ティナはオブザーバーの立場から意見を追加しておく。そうして補足を入れてから、彼女はこれが最後だ、と明言して映像を再開した。
『……最後に。これは私一個人のメッセージだ。改めて、言おう。私は『ルーザー』。愚か者達の一人だ。これを見る後世の者達よ。どうか、この言葉を心に刻んで欲しい。愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶという。どうか、我々の破滅の歴史を糧にして欲しい。そして願わくば、君達は我々と同じ轍を踏む事の無い様に』
祈る様に、託す様に。ルーザーを名乗った男は最後のメッセージを吹き込んで、手を伸ばす。そうして、映像は完全に途切れる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1448話『結果とこれから』




