第1446話 ミッション・デブリーフィング
神学校に現れた『守護者』の封じられていた『迷宮』。この攻略に成功して要救助者の救出に成功したカイトは、その後後世に起きる可能性のある問題を懸念して『守護者』を封印していた封印装置を破壊して『迷宮』を脱出する。と、そうして脱出した彼が見たのは、神学校に展開された軍のテントと朝日だった。
「ふむ……朝日か。時乃」
『うむ。大体経過時間としては16時間と少しという所。朝の8時という所じゃな』
「そうか。助かる」
時乃の返答にカイトは一つ感謝を示すと、要救助者の保護を行う軍を横目にクズハ達の待つ飛空艇へと向かう事にする。今回、一応名目上はティナが総指揮官となっていたが実態は彼で間違いない。任務を達成したのなら、皇帝レオンハルトに報告する必要があった。と、歩き出そうとした所に時乃が声を掛けた。
『待て、主よ』
「ん?」
『『迷宮』が崩壊する。問題は起きんが……見届けた方が良かろう』
「ああ、なるほどね……」
既に中に入っていた人員は全員脱出したのだ。後に聞けばカイトが出た時点で闇の側に出現していたらしい『転移門』も消失したらしく、ごごごごご、という音と共にゆっくりとだが取り込まれていた建物等が隆起していた。
「ふむ……なんとか、元通りか。後で色々な検査員を動員しないとな……」
何が起きているかわからないのだ。様々な検査員を動員して、なるべく早目に施設を復旧する必要があった。祭りの最中だが、急ぐしかないだろう。そんな建物が戻っていく光景を見ながら、カイトは後始末を考える事にした。
「ああ、そういえばその間の寮生の居住区も考えないと。ホテルは……流石にこの時期に空きは無いか……いや、ウチが使っている所にはまだ空きがあるか。あの寮の寮生ぐらいなら、受け入れられるか」
今回巻き込まれた寮は神学校でもかなり由緒ある建物だった。まぁ、ルリアやロディアが巻き込まれていた事からも分かるだろう。なので規模としてはそこまで大きいわけでもなく、巻き込まれた寮に所属する寮生は全員で十五人らしい。この寮の寮生は全員女子だそうだ。
それでも巻き込まれた生徒が多かったのは、まず第一に校舎や通路を歩いていた生徒が巻き込まれた事があるし、それと同時に寮に遊びに来ていた生徒も居たからだ。比率としては女子生徒が多かった。
「良し。これで一通り建物は元通りになったか……ティナ。周囲の規制線はそのままに。既にやっているだろうが、クズハ達に命じて即座に各種の検査員達を入らせろ。また予後を確認する意味も含め、今週いっぱい該当の寮の寮生達はウチのホテルで受け入れる。体制はこちらで整えておこう」
『規制と検査のについての手配は既にやっておる。そして寮についても了解した。病院での検査の終了後、そちらに向かわせる様に手配しておこう』
「頼む」
カイトはヘッドセットを介してティナへの指示を終わらせると、改めて歩き出す事にする。既に取り込まれた建物の修復は終わっていた。
と、そうして歩き出した彼であったが、そんな彼が背を向けた事件の中心地となった研究施設から十字架が飛来した。それを彼は周囲のざわめきで理解して、訝しげに振り向いた。
「ん? うわっ!」
何か飛んでるぞ。そんな声に気付いて振り向いたカイトであるが、流石に自らに向けて一直線に十字架が飛来しては流石に身構えるしかなかった。そうして咄嗟の判断で斬り落とすべく刀を構えようとして、それが半透明になった十字架の幻影である事に気が付いた。
「……なんだ?」
半透明の十字架はカイトの眼の前で滞空すると、ゆっくりと彼へ向かっていく。が、彼はその移動の僅かなズレから、十字架が自らではなく彼が手に入れたネックレスへ向けて進んでいた事に気が付いた。
「これ……か?」
カイトが構えを解いて試しにネックレスを掲げてみると、案の定と言うべきか十字架はネックレス中央の魔石の中へと取り込まれる様に消えていった。
そうして何の変哲も無かったネックレスが鈍く光り輝くと、ネックレスはカイト好みの小ぶりな十字架のネックレスへと変化を遂げた。と、そんな変貌を遂げたネックレスを訝しげに眺めていた彼であったが、そこにティナより通信が入った。
『カイト。お主へと何かが飛来したと報告があったが……何があった』
「ん? あ、ああ。半透明のあの十字架と同じ十字架が飛来したんだが……手に入れたネックレスに取り込まれた。で、ネックレスが変化して十字架の形のネックレスになった」
『ふむ……それが、あれと』
「ああ」
ヘッドセットのカメラを通してティナに映像で資料を送り、カイトは一つ頷いた。何がなんだかはさっぱりわからないが、とりあえず起きた事はこれだけだ。そして起きたのもたった今。故に彼もまた困惑気味だった。そんな彼に、ティナが告げる。
『とりあえず、何も起きておらんな? 身体に異常は?』
「いや、何も無い。後でしっかり大精霊達にも問題無いか聞いておくよ」
『む……そうじゃな。今回の場合はリーシャらよりお主の場合はそちらが良かろう』
現状、ティナ自身さえ何がなんだかわからない事が多い状況だ。であればリーシャらも何をか言わんやである。であれば、大精霊達にこのネックレスの状況等を含めて問いかけるのが一番良かった。と、そんな返答を行ったカイトであるが、今の事を受けて追加でティナに指示を出した。
「ティナ。一応研究施設に安置されているだろう十字架については殊更念入りに調査させておいてくれ」
『うむ。そうしよう。とりあえずお主は大精霊様方に現状を確認してもらえ』
「あいよ」
カイトは僅かな不安を覗かせたティナの言葉に頷くと、一度軍が管理するテントの一つにあった椅子に腰掛けて時乃達高位の大精霊達に確認を取る事にした。
『空亜。このネックレスに何か問題は? 今回の一件、おおよそお前関連だろう?』
『無いよ。カイト自身への影響……は、まぁ起こり得ないけどそれを含めて起こらないかな』
『そうか。ありがとう』
空間を司る大精霊が影響は皆無と断言するのだ。であれば、この変貌を遂げたネックレスによるカイト自身への影響は一切起こり得ないのだろう。
「さて……変化したネックレスね……まぁ、この形ならオレ好みだから身につけても良いが……」
大精霊達にこの十字架が何か、と聞けば答えてくれはするだろう。が、カイトはそれをするつもりはない。あくまでも彼は人である事にこだわっているからだ。
人が成せる事は人で為すべき。そんな考えが根底にある為、今回の特殊な事態を除けばなるべくシステム側の知識は広めたくないし、なるべく人で考えるべきだと考えていた。
それについてはティナも同意し、深く追求する様には言わない。だから彼女もあくまでもカイトという大切な人に関わりのある部分だけを聞く様に言っていた。
「何の意味も無いとも、思えんな……」
であれば、これは何なのだろうか。カイトはそう思う。まず飛来した十字架の幻影がこの事件と無関係と思う方が可怪しいだろう。ということはやはりこのネックレスには何か特殊な力があると考えて良い。
「面倒、だな」
『守護者』を封じていた事と良い、空間の連続性を飛び越えて『迷宮』化した現象と良い。流石は文明がある意味では進化の果てに自滅する程だと言えるだろう。総合的な技術力であればエネフィア、地球の両文明を遥かに上回っていたと言っても過言ではない。
が、それ故にこそこのネックレスはカイトにも厄介な代物と言わざるを得なかった。間違いなく、現代の文明が抱えられる代物ではないだろう。扱いは厳重に管理しなければならなかった。カイトとしても可能なら国の管理下に置いておきたい所だ。
それでもどの国にとっても幸いだったのは、これを使うのが最悪でもカイトだという所だろう。大精霊達の担保がある。まだ、一介の冒険者に使われるよりは遥かにマシだった。
「まぁ、流石に資料の中にはこれについて書かれてはいるだろう……な」
苦い顔のカイトはそう呟く。間違いなくこれは説明書が無ければ何がなんだかさっぱりわからない物だ。現状先の『迷宮』化の事があるので迂闊に魔力を通すわけにもいかないし、検査をする事も難しい。とはいえ、そういう発想になるだろうというのはこのネックレスを作った者たちも分かるはずだ。なら、これと一緒に収められていた書物と記録媒体には必ず何かが残されているはずだった。そうして、彼はとりあえずそれを頼りにする事にして、ひとまずは皇帝レオンハルトへの報告に向かう事にするのだった。
というわけで、およそ一時間後。流石にこの時期なので皇帝レオンハルトと言えども即座に予定を空ける事は出来ず、予定の調整を行った結果、要救助者達が救出されて事態の解決が一般市民達に通達出来る準備も全て整った段階での報告となっていた。というわけで、通信が繋がると同時にカイトは跪いて頭を下げた。
「陛下。この度は祭りの最中にも関わらず、無用にお騒がせ致しました」
『うむ。とはいえ、公にも苦労を掛けたな。ラエリアのシャリク殿よりも、此度の一件について到着後詫びを告げたいと伝言が入っている』
「伺っております」
今回の事件は一応の所、ラエリアから持ち込まれた遺物の検査不足を補った結果、神殿都市で事件が起きた形だ。なので本来は持ち主たるラエリア側で調査はしておかねばならず、エンテシア皇国側は先方の調査不足によって迷惑を掛けられたという所であった。
というわけで、やはり迷惑を掛けた以上は筋としてシャリクが謝罪する必要があった、というわけだ。これについては事件が起きてそれが彼に伝わった時点で外交員を介して謝意が伝えられており、改めて彼が直々に謝罪をというに過ぎない。
そしてこれについては当然、皇国側にもマクダウェル家側にも伝えられている。なので改めて言われるまでもなかった。というわけで、軽くこの件について話をした二人であったが、すぐに皇帝レオンハルトが本題に入った。
『では、事態について詳細を報告せよ』
「はっ……まず、要救助者については全員無事に救出しております。現在は各種の検査を行うため、軍の管理する病院に検査入院をさせる手はずを整えております」
『そうか。全員の検査の終了にどれぐらいの時間が必要だ?』
「とりあえず簡易では明日の昼には終わらせる見込みです。詳細についてもよほど時間が掛かる物を除いては、週末までには終わらせましょう」
『そうか』
カイトからの報告に皇帝レオンハルトが一つ頷いた。ここらは会見において彼も把握しておかねばならない事だ。どうあれここまで大きな事件が起きている以上、彼もまた会見に同席する必要があった。
基本的に会見はクズハ達――規模が規模なので報道官ではなく彼女らが行う事になる――が行う事になるが、それでも最終的な安全を担保するのは彼だ。彼が最後に安全宣言を出して初めて、事件は既に収束したと言えるのである。というわけで、皇帝レオンハルトの質問にカイトが答えることしばらく。おおよその疑問に答えた所で皇帝レオンハルトは一つ頷いた。
『ふむ……それが、そのネックレスか』
「はい……これについては大精霊達より安全の担保は頂いております。が、それ以上の事は何も分かってはおりません」
『そうか。とりあえずの安全が担保されているのであれば、何よりか……』
やはり未知の魔道具らしき物だ。皇帝レオンハルトも今回の一件があり何かが起きるかもしれない、と懸念していたらしい。が、それについては大精霊の担保がある為、安全と判断した様だ。彼もまた胸をなで下ろしていた。
『うむ。これについてはラエリア側と改めて協議を行い、その手に入れた資料とやらを早急に調査させよう。公は立場上、我が国を離れられん。しかも今は状況が状況だ。何か厄介なトラブルを引き起こすより前に、対処させよう』
「ありがとうございます」
皇帝レオンハルトの言葉にカイトは頭を下げる。兎にも角にも早急にこのネックレスが何か調べる必要があった。となると、やはり調べるべきは手に入れた二つの資料だろう。なので皇帝レオンハルトもこれらを早急に調べさせる手はずを整える事にしてくれたようだ。そうして、カイトはひとまずネックレスについて厳重な管理を命ぜられ、後は資料の調査が終わるのを待つ事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1447話『敗北者の記録』




