第1444話 『お宝』
要救助者脱出の為、『守護者』の討伐に挑んでいたカイト達救助隊本隊。彼らはなんとか『守護者』の討伐に成功すると、ひとまずその場に腰を下ろしていた。
「なるほど……あれは無理ねー」
腰を下ろして早々、クオンが先の一戦を思い出して首を振る。確かに、一体なら勝てない相手ではないと思う。しかしそれでも真っ向勝負を挑みたいかと言われると、彼女も可能なら万全の態勢を整えて挑みたい所だった。
間違いなくあれはランクSの魔物を遥かに上回る存在だった。彼女でさえ、数十数百に取り囲まれれば死ぬ可能性は高いと認めねばならない領域だった。
「うむ……これが何十体と現れれば、間違いなく文明なぞあっという間に滅びよう」
クオンの言葉に応ずる様に、地面に着地したティナもまた今はっきりと、メイデア文明が滅んだ事が道理と思うしかなかった。あの『守護者』が何体現れたかはわからない。が、少なくとも複数体出現したのは事実だろう。
妥当な所としては数十体。崩壊に掛かった日数に応じては三桁もあり得た。とはいえ、何体でも結果は変わらない。あの領域の個体が数十体現れた時点で、あっという間に文明は崩壊させられた事だろう。
「にぃー……疲れたー……」
「だろうなぁ……」
のろのろと近付いてきたソレイユに、カイトは仕方がないと思った。彼女はあの短時間に無数の矢を連射した。無論、連射程度なら彼女の力量であれば特に難しくはない。そもそも精密射撃と連射が彼女の得意分野だ。
が、一撃一撃があの『守護者』に対して危険視される程でなければならなかった。間違いなく、一矢だけでもランクB程度の魔物なら軽く消し飛ぶ威力だろう。必然として、消耗する魔力は一矢一矢がとてつもない量だ。
それを、無数に射ったのだ。この場では誰よりも魔力を消耗したと言って良い。間違いなく、ラエリア内紛の時よりも消耗していた。疲れない方が不思議だった。と、そうしてもたれ掛かろうとしたソレイユであったが、近付いてカイトがボロボロである事に気が付いた。
「うわぁ……にぃ、ボロボロ……はい、回復薬」
「うるせ。ああするしかなかったんだよ……サンキュ」
実際、もう少しスマートに倒せればと思わないではない。そしてやろうとすれば出来ないでもない。が、難しかった。あれをスマートに倒すのなら技で倒すではなく力技になるからだ。
その場合はカイトとの一対一になるだろうし、そうなるとこの中央の建屋は戦闘の衝撃で簡単に崩壊するだろう。そして同じ様に近くにある要救助者達が立て籠もる寮がどうなるかは、考えるまでもなかった。間違いなく、最低でもこの階層ぐらいは更地になると考えてよかった。
「っ……しっみるー……」
カイトは受け取った回復薬を半分ほど口にして、残る半分を頭から被って傷口にぶっかける。これで、後少しもすれば傷は自然と癒えてくれるだろう。そうしてソレイユもまた回復薬を口にしつつ、カイトの股の間に腰掛けた。
「そう言えばにぃー」
「あー?」
「あれって一応ボスで、ここは一応『迷宮』だよね?」
「まぁ、そうなるわな」
ソレイユの問いかけにカイトは特に考えるでもなくはっきりと頷いた。一応、ここは形式上『迷宮』で、『守護者』はボスの扱いだった。
現にその結果として今まで閉ざされていた奥へ続く扉――入った時にはクリスタルが邪魔で気付かなかったらしい――が開いており、クリスタルのあった場所には脱出用の『転移門』が出現していた。と、そんな開いた扉を見つつ、ソレイユが問いかける。
「あの奥ってお宝あるのかな?」
「そういや……そうか。あるかもしれないのか」
ソレイユに指摘され、カイトもふと気が付いた。ここが曲がりなりにも『迷宮』である以上、ボス討伐後にはお宝が眠っていなければならない。これは『迷宮』の形式を取る以上は必然だった。
「ふむ……ティナ。奥はどうする?」
「ふむ……まぁ、もうボスも討伐したし、形式上『迷宮』である以上はこれ以降先に危険はあるまい。行って戻れば良いじゃろ」
どうせ脱出時にはここに来る事になるが、生徒達の前でお宝を回収して戻るというのは少しあさましい気がしないでもなかったのだろう。ティナはカイトの問いかけにそう言って立ち上がる。どうやら話は聞いていたらしい。そうして、そんな彼女に合わせて小休止を取っていた一同が立ち上がる。
「ふぅ……っととと」
「おんぶ」
「はいはい、お嬢様……さてと。こんな高難易度の『迷宮』だ。お宝には期待させて貰いましょ」
自らの背におぶさったソレイユを背負いながら、カイトは奥に向けて歩いていく。そんな彼だが、言葉に反して報酬にはさほどの期待を抱いていなかった。
ここは人造の『迷宮』だ。故に最後の宝物もまた、制作者達が設定している。ここが『守護者』を封印する為に作られた物だったとするのなら、大した物は無いだろうと思ったのである。そして、ある意味ではそれは正解だった。故にカイトは目にした『お宝』を前に、敢えて盛大に笑みを浮かべた。
「……わーお、すーんばらしいお宝だことで。凄すぎて涙出そう」
「にぃー。流石に皮肉言い過ぎー」
「とはいえなぁ……あの厄介なゴーレム達を突破して『守護者』退治の報酬があんなチンケなネックレスと少し分厚いぐらいの書物、更にはこぶし大の情報媒体だ、ってなりゃぁ……普通にそう言いたくもなるさ」
眼の前に浮かぶ三つの『お宝』を前に、カイトは心底嫌そうな顔だった。確かに旧文明の遺跡のネックレスだ。証明さえできれば非常に高値で買い取ってくれるだろう。が、それでも明らかに割に合わない話だった。そんな彼を、アイナディスが嗜めた。
「はぁ……そう言わない。今回の目的は要救助者の救出です。それが満足に果たされているのですから、こんなおまけでも良いと思おうじゃないですか」
「お前もおまけ言うとるがな」
「あ、あら」
カイトのツッコミにアイナディスは僅かに頬を赤くする。まぁ、そう言っても彼女の指摘は正しい。ここにカイト達が来た理由は要救助者達を救出する為だ。
『守護者』を討伐したのは非戦闘員である要救助者達を連れての最上階からの撤退が難しく、ボスを討伐した方が良いだろうという判断からだ。そして、要救助者については既に全員が無事に合流出来ている。
その時点で万々歳だ。なら、こんな『おまけ』でも手に入るだけマシというものだろう。そんな二人を見ながら、ティナは笑っていた。彼女としては十分だったからだ。
「ま、お主ら冒険者からすればそうかもしれんがの。余ら学者からすればこの書物と記録媒体は非常に良い宝物よ。特に『守護者』によって滅んだあの、メイデア文明の記録じゃ。余としては非常に興味深い」
「はいはい……なら興味深い方がさっさと入手しちゃってくださいな。どーせ、これはエンテシア皇国とラエリア帝国との間で共同管理になる。十字架はあちらの持ち物だが、解決したのはオレ達だからな」
「うむー」
カイトの言葉にティナはホクホク笑顔で記録媒体と書物を確保して、厳重に封印しておく事にする。手に入れたは良いが、何があるかはわからない。今回の一件もあった事だ。なので後でまた専門の施設で危険性の有無を確認して、調べるつもりだった。
と言っても、ここにあった事を考えればさほど危険はないだろうというのが彼女の見込みだ。危険物を『迷宮』の宝物としては使えないからだ。無論、メリットがデメリットを上回る品なら大丈夫なので、力ない者が読むだけで発狂しかねない強力な魔導書の可能性もある。が、どちらにせよ彼女なら大丈夫だろう。
「さて、これで記録媒体の保管も完了、と。これで失われても問題はない。書物については封印も完了。残るはお主らがおまけと言うたネックレスだけじゃな」
封印や万が一の廃棄の為の処置等の措置を施して、ティナは最後に残るネックレスへと手を伸ばす。そうしてそれが触れたと思った瞬間、どういうわけか彼女の手がすっぽ抜けた。
「……む?」
すかっ、すかっ、と何度やってもティナの手はネックレスを通り抜ける。
「……駄目じゃのう。何らかの条件付けがされておるようじゃ」
魔眼を起動して何が起きているかを把握したティナは、これがどうやら自分では取れない物と理解する。時としてこういう事は起こり得る。なので特に驚く事は無く、クオンが問いかけた。
「条件ってなんなの?」
「それはわからん。が、条件付けしておる以上、取れる者は取れるじゃろうし取れる者に危険性はあるまいな。で、今余がやって何も起きぬから、取れぬ者に何かが起きる事もなかろ。そしてこの状況じゃ。誰か一人は取れるじゃろ」
「それもそうね」
ティナの軽く丸投げした様な発言にクオンも同意すると、早速とばかりに手を差し伸べてみる。が、案の定というべきか、彼女も触れられない様子だった。
なお、これは不用心かもしれないが先に述べた様にあまりに危険――例えば生物兵器が仕込まれていた等――な物は『迷宮』に宝として認識されず、逆にトラップとして認識されて『迷宮』が成立しない。そして更にはこのネックレスの取得に特殊な条件まで設けている。
結果としてこれはこの『迷宮』において貴重な物だと判定しているという事で、ネックレスそのものにはトラップを仕掛けられないのである。
「……私も無理ですね」
「次、にぃー」
クオンに続けて手を伸ばしたアイナディスが無理だった事を受けて、ソレイユがカイトに先を促す。というわけでカイトはソレイユを背負ったまま歩いていき、手を伸ばした。すると、彼は触れられる様子だった。というわけで、ソレイユがカイトにおぶさったまま拍手をするという器用な芸当を披露した。
「大当たりー」
「どうやらオレが条件を満たしたらしいな」
「ふむ……男という所でしょうか?」
「流石にそれはあり得まい。大方、ラストアタックという所であろうな」
「でしょうね」
アイナディスは自身の推測――と言っても冗談らしかった――を否定してあり得る推測を述べたティナに同意すると、一つ頷いてカイトへと手を差し出した。
それに、カイトもまたネックレスを差し出す。が、ネックレスが彼女の手に落ちた所で、ばちんっ、と弾かれた様に上に吹き飛んでカイトの前に戻ってきた。それを見て、アイナディスが一つ頷いた。別に貸せとかくれとか言っているわけではなかった。単に条件について調べていただけである。
「どうやら、所有に関する条件も加わっているみたいですね」
「の、様子じゃのう。であればやはり取得条件と保有条件はこの『迷宮』のボスに最後の一撃を与えた者、という所じゃろうな。よくあるパターンじゃ。案外、良いお宝なのやもしれんぞ?」
今度はアイナディスの言葉に同意したティナは少し楽しげに笑いながらカイトへとそう告げる。案外、こういう特殊な条件のある魔道具には強力な力が備わっている事がある。もしかしたらそういう系統の魔道具の可能性はあった。
「そうかねぇ……持ってみた感じ、特に力のあるネックレスとは思わんが」
「起動に特殊な条件があるのやもしれん。ま、折角なので貰っておけ」
「後で説明が面倒になるんだがねぇ……」
やれやれ、とカイトはティナの言葉に肩を竦め嫌そうに顔を顰めながらも、手に入れたネックレスをポケットへと入れておく。後で調査するまで収納用の異空間の中に入れるつもりはなかった。
説明が面倒になる、というのはここで入手した物は全て皇国とラエリア帝国に報告する義務があるからだ。これがカイトしか保有出来ないのであれば、その理由や考えられる可能性等をしっかりと説明して証明せねばならないからであった。とはいえ、幸いなのはティナの言う通りこういう事がよくある事なので理解は得られやすい、という所だろう。
というわけで、一同はとりあえずこの『迷宮』のお宝らしい三つの遺物を手に入れて、この『迷宮』を脱出するべく寮へと戻る事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1445話『救出完了』




