第1439話 救助
解析における事故により神殿都市神学校の内部に生まれた『迷宮』。カイトはそれに巻き込まれた神学校関係者を救助する為、『迷宮』への突入をしていた。そうして先遣隊と合流して更に下へと降りていった彼であるが、第二層にたどり着いて一度散開して敵を撒いた後、再度設定した合流ポイントにてティナ達と合流を果たしていた。
「ふぅ……なんとか、全員撒いた上で合流出来たか」
カイトはとりあえず合流した事を受けて、一端小休止を挟む。先にもソレイユとの話で言っていたが、ここが『迷宮』である以上はある程度の統一した規格を有している。なので次の昇降口についてもおおよその検討はついており、そちらについてはソレイユが屋上から確認してくれていた。
「ソレイユ。どうなってる?」
『んー……警戒態勢から見て、多分見付かったっぽい。後は向こうに行ってみて確認しかないよー』
「そうか。それなら仕方がないか。わかった、戻ってくれ」
『はーい』
魔糸を介して念話――糸電話と同じ要領でこれは可能らしい――の報告にカイトは一つ頷いた。流石にここから全部を確認するというのは難しい。なのでこれは仕方がない。というわけでソレイユについては戻ってもらう事にして、カイトはとりあえず次の計画を話し合う事にした。
「それで、次はどうする?」
「うむ……やはり見た所下に行かれるのが困ると考えてよかろう。警戒態勢を戻しておる」
「それか、下から出てくるのを恐れているか、ね」
ティナの言葉に続けてクオンがあり得る可能性を口にする。どうにせよ蜘蛛型ゴーレム達は上下の昇降口に来られるのを非常に嫌がっている様子だ。これの原因が何かはわからないものの、少なくとも内部への侵入者の捜索より優先する所を見ると確定だろう。
「ふむ……下、か。何があるかね」
「わからん。わからんが、何もないとは考えられまい。どうやらあの十字架は宗教的な遺物と考えるより、宗教的な遺物に偽装した戦略兵器等の類と考えた方が良かろうな。空間の連続性を飛び越えるだけの力を有する魔道具なぞ、宗教的な道具としてはあまりにオーバーテクノロジーじゃ」
「それが正しい結論か」
間違いなく、あの十字架が単なる宗教的な道具とは思えない。宗教的な道具が『迷宮』を生み出すなぞ聞いたことがないし、もし『迷宮』化したとてそれがあり得るとすればそこを宗教的な施設として使う為だ。
ここまで大規模な防備を施す必要なぞ皆無と言わざるを得ない。というより、流石に宗教的な施設において立ち入っただけで問答無用で攻撃する宗教なぞ世界各地を巡る彼らの誰も聞いたことがない。
そもそも邪教であればここまでの技術を持つのならカイトが知らない筈がないわけだし、まっとうな宗教ならそれこそ大問題になっている事だろう。こちらも知らない可能性が無いと判断するしかない。故にカイトもティナの発言には同意するしかなかった。そんな二人にクオンが肩を竦めた。
「それがわかったからとて、どうするわけにもいかないわよ。とりあえず今は進むしか無いわ」
「そりゃそうだ……で、どうするかね」
「どうするもこうするも今までと同じでしょ。移動して中に突入して、次へ向かう。それだけよ」
「か……良し。とりあえず行くか」
クオンのあっけらかんとした明言にカイトもまた同意すると、立ち上がる。やる事は最初から決まっている。このまま強行突破しかない。そうして彼らは再度同じ様に何度か突貫を繰り返して、要救助者を探して下へと移動していく事になるのだった。
さて、数度の下降の後。彼らは遂に最下層へとたどり着いていた。何故そこが最下層とわかったのか。それは明らかに構造が他の階層と違っていたからだ。
「……どうやら、ここが最下層らしいな!」
追撃してきた蜘蛛型ゴーレムを牽制しながら、カイトは背後を見る。そこの階層のみ、構造が他と違っていたのである。今までなら幾つもの町並みの様な構造物があるわけであるが、彼らが見る中心部には巨大な構造物が一つあり、その周囲に壁の様に幾つもの建物があったのである。
と、そんな光景を背に牽制をしていたわけであるが、下がりながら牽制していると蜘蛛型ゴーレムはこの階層まで入ってこない事に気が付いた。
「……まさか、入ってこないのか?」
「ふむ……そう言えば何時もはある出迎えも無いのう……」
カイトと同じ様に最下層にて牽制の攻撃を放っていたティナであるが、最下層と昇降口の境目となる場所からは決してこちらに来ようとしない蜘蛛型ゴーレムを見て、手を止めた。が、それにカイトはただ笑みしか浮かべられなかった。
「……嫌な予感しかしないな」
「それどころか、あからさますぎるからのう……っと、その前に。カイト、ほれ」
「ん?」
カイトはティナの指し示した方向を見る。そこには、幾つかの結界で覆われた建物があった。やはり現代かつ別大陸の建物だ。様式として完全に別物で、そう苦労する事なく見つけ出す事が出来た。
「アル」
「うん、あれは学生寮だね」
「そうか……良し。なんとか、無事か」
アルの明言にカイトは一つ頷く。結界が展開されているという事は、中に人が居るという事だ。まぁ、幸いな事にこの様子だと蜘蛛型ゴーレムに襲われる事もなかっただろう。が、何が起こるかわからないのが現状だ。結界を展開して引き篭もったのは正しい選択だろう。
「総員、警戒しながら移動する」
ティナの号令に合わせて、カイト達は周囲の警戒を行いながら結界の場所まで移動する。が、どうやら警戒は無意味だったようだ。特に何も起きる事なく、結界までたどり着いた。
「……さて。ここまで来たが、どうするかね」
「まぁ、順当な所とすれば……アル、リィル。お主らが中に入り、事情を説明して来い。余らは外で警戒しておこう」
「はい」
「了解です」
ティナの指示を受けて、彼女から結界を通り抜ける為の魔道具二つを借り受けたアルとリィルが中へと入っていく。中の生徒や教員達にしても見知った二人の方がすんなりと話が出来るだろう。その間に、残ったカイト達は周囲を確認して他に巻き込まれた建物の状況を確認する事にした。
「あれは……研究施設か。破損は……無いのう。遠隔操作による結界の状態の確認……」
ティナが見付けたのは十字架の検査を行った研究施設だ。彼女はそのサーバーの様な物にアクセスして状況を確認していた。
「ふむ……結界の作動状況に問題は無し。間違いなく空間の連続性は途絶……予備の結界……問題無し」
「何かヤバそうか?」
「ふ……む……そうじゃのう。やはり施設側の欠陥は見受けられん。やはり、どう考えても無理筋じゃ」
「そうか……」
ということは、何か不可思議な現象が起きたと見て間違いないのだろう。カイトはティナからの報告を受け、そう理解する。
「……」
この現象を引き起こせるのは、一つだけ。そしてそれについて、カイトは可能性が無いとは見ていない。ここはその可能性があるかも、しれなかった。
「ソレイユ。あの中央の施設……見れるか?」
「見れるよー?」
「まだ生きてるか?」
「うん」
カイトの問いかけにソレイユははっきりと頷いた。まぁ、さほどの距離はない。そして中央半径一キロは完全に空白地だ。必然として、はっきりと確認出来た。
「あれ、絶対ボス部屋だと思うよ?」
「そうじゃなければお笑いだな」
ここは最下層で、あからさまにボスが出ますよ、という雰囲気を醸し出しているのだ。おまけに蜘蛛型ゴーレムは立ち入らないとまで来た。これでボスでなければ何なのか、とカイトは言わざるを得なかった。
「何か気になる事でもあるのですか?」
「あー……うん。まぁ……多分、フルメンバーで挑まないとヤバイ気がするなぁ……」
アイナディスの問いかけにカイトは半分苦笑、半分心底嫌そうに笑いながら頷いた。嫌な予感が当たれば、最悪だ。が、当たるだろうとしか思えなくなってきた。と、そんな彼の顔にティナが問いかける。
「む? 何か心当たりがあるのか?」
「あー……うん。当たったら嫌だから口にしない。さすがに願掛けというかなんというか……言霊を信じておく事にする。あそこに行く前のブリーフィングで話す」
「ふむ……」
カイトの嫌な顔は本当に嫌な顔だ。であれば、彼にはこの中央にあるあの施設の想像が出来ているのだろう。それ故の顔だとティナには理解出来た。と、そんな事をしていると寮の先に消えたアルが一人で現れた。が、その顔にはどこか呆れというか、面倒なという様な表情が浮かんでいた。
「少佐、戻りました」
「うむ、事情と状況の説明は?」
「一通りは。中尉は引き続き説明中です」
「そうか」
どうやら一通りの説明は終わったらしい。であるのなら入っても大丈夫だろう。そうしてティナが結界の部分解除を行う傍ら、苦い顔のアルへと問いかける。
「……何かあったか?」
「はい。その件で一つご報告が……」
「ふむ。話せ」
「はい……ラエリアより来られた学者が、その……周囲が安全なのだから周辺を調査させろ、と」
「はぁ……」
まぁ、ここに立ち止まっていたのなら仕方がないだろう。ティナもそう思った。ここの遺跡はその筋の学者からすれば垂涎の的だ。安全が確保出来ていたのなら、是が非でも調査したい所だろう。
無論、安全と思うのはここに居るからだ。上は並の冒険者であれ引き返す様な危険地帯だったし、それに則って考えればここは更にヤバイ事だろう。間違いなく、調査に出て良いわけがなかった。というわけで、結界の部分解除が終わった事もあってティナは自らで対処する事を決めた。
「まぁ、良い。とりあえず余が説得しよう。ご苦労じゃった」
「ありがとうございます」
「では、総員。中に入れ。また、先遣隊は合わせてボス討伐に備えて防備を強化せよ」
「「「はっ」」」
ティナの指示を受けて、一同は結界の中へと入っていく。ここまでの所要時間は体感として半日程度。中で過ごした生徒達からすれば夜も近い頃だっただろう。が、不安からか集会場に近い形になっている玄関エリアには生徒達が集まっている様子だった。
「お兄ちゃん」
「ああ、ルリア。ただいま……姉さんは?」
「おかえりなさい……応接室にとりあえず学者先生を突っ込んでくるって。あのままだと外に出かねなかったから……」
「そっか……少佐。応接室までご案内します」
「うむ……では、それ以外の者は即座に手はずに入れ。何かがあれば、即座に報告をあげよ。ヴァイス殿。指揮を頼む」
ティナはアルからの報告を受けると、ヴァイスに指揮を預けて己はその学者とやらに会いに行く事にする。そうして、カイト達はひとまず応接室へと向かう事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1240話『嫌な予感の正体』




