第1437話 先遣隊
神聖帝国ラエリアにおける内紛にてカイト達が見付けた遺跡に収められていた旧文明の何らかの道具。その解析の際に起きた事故によって生まれた『迷宮』へと足を踏み入れたカイト達は、先んじて潜入した先遣隊と合流するべく信号弾を打ち上げていた。
その後信号弾によって先遣隊の場所を確認する事には成功したものの、同時に『迷宮』内部にて動いていた旧文明の作り出した蜘蛛型ゴーレムとの交戦を余儀なくされる事となる。そうして旧文明のゴーレムとの戦いを終えた後、カイト達はほぼ無傷での鹵獲に成功した一体を観察することとなっていた。
「ふむ……六脚にして悪路を進める様にした、と考えてよかろうな」
「出力は中々に高かったが……こんなものが量産されていたのか……」
「うむ。それについてはびっくりと言うしかあるまい。おそらくエネシア大陸にあった旧文明より、ゴーレムの開発に関しては進んでおったと断言してよかろう」
機能を停止した蜘蛛型ゴーレムが本当に動かない事を確認して、ティナはホタルの突き刺した槍で出来た亀裂を活用して装甲を引っ剥がして中の魔導炉を露出させる。
「ふむ……魔導炉の技術ではどうじゃろうかのう……同程度と考えて良いかもしれんが……いや、ここまでの物が量産されておれば、必然余らも知る。であれば、これは入念にカスタマイズされた一品物。メイデアは確か魔導文明以外が優れておった筈じゃから……ふむ……ゴーレムの技術で帳尻が合う様になったのかもしれんのう……」
ティナは外装を取り払って見える各所を確認しながら、更には自分の持ち得る知識を活用して蜘蛛型ゴーレムからラエリアにあった旧文明の技術水準を確認する。これをする為に確保してもらったのだ。そして彼女の仕事はこれと言える。が、やはりそう長々と解析していられるわけではなかった。
「にぃー」
「どうした?」
「敵、いっぱい来るよ。全方向から。多分、ここ目指してる」
「仕方がないか」
戦ったのだ。であれば当然、敵側にもこちらの居場所がバレていると考えて良い。ここから先どれだけの長丁場になるかわからない以上、下手に体力も魔力も使うべきではないだろう。故にカイトはソレイユの報告を受けて、即座に行動に入る事にする。
「ティナ。そいつを持ち運べるか?」
「……可能じゃ。『迷宮』そのものには持ち出し禁止の術式が使われておるが、これ単体には持ち運びを禁ずる術式は使われておらん」
「良し。なら、一度ここから離脱だ。連戦は避けたいからな」
「うむ」
カイトの指摘にティナも同意すると、彼女は己の保有する幾つかの異空間の内の何も入っていない所へと蜘蛛型ゴーレムを隔離する。何が起きても大丈夫な様に、というわけである。
そうして手早く撤退の用意を整えた一同は静かにその場を離れ、屋上伝いに先遣隊が合図を送ったビルの屋上へと移動した。と、そこにたどり着いたわけであるが、そこには既に先んじて先遣隊の指揮官が待っていてくれていた。
「来たか、坊」
「老師」
一同を待っていてくれたのは、クオン率いる<<八天将>>の一人老雄ヴァイスだ。先遣隊の統率を彼に任せていたのである。ここが何かはわからない。故に最も生還の可能性が高い彼に任せたのだ。
なお、カイトとて武門の一人だ。クオンらの生涯の倍以上の月日を修行に費やし、一つの道を正真正銘極めた彼には敬意を払っている。なので基本的に彼を呼ぶ時は名前だと殿付けか、単に老師と呼ぶらしかった。それに対してヴァイスが『坊』と呼ぶのは、修行時代の名残りだ。<<天王>>への就任を受諾した折り、彼から一時戦略眼を学んでいたそうである。
「見た様じゃのう……ああいうのがここらには幾つも群れで蠢いておる」
「では、ここら一帯には……」
「うむ。あれに似た輩が何十と蠢いておる」
一同の耳には今もまだカイト達を探しているらしい蜘蛛型ゴーレムの出す様々な音が聞こえていた。どうやら知性としてもかなり高いらしく、物音を立てる事はあまりない。時にはこちらを誘い出す様な動きも見受けられ、中々に厄介な相手な様子だった。が、索敵能力はさほど高くはないらしい。逃げたカイト達を見付けられてはいなかった。戦闘能力に全振りした、という所だろう。
「……とりあえず中へ来ると良い。安全地帯ではないが、一時潜むには問題はない」
「はい」
カイトはヴァイスに案内されて、建物の中へと入っていく。その道中で聞けば、どうやら敵はこちらの存在を検知しない限りは建物を壊す事が無いらしい。なので基本は巡回する蜘蛛型ゴーレムの視界に入らない様に姿勢を低くするなり、瓦礫を隠れ蓑にして息を潜めればなんとかなるそうだ。そうして中に入り中腹より少し上の所で、先遣隊と合流する。
「少佐」
「うむ……現状を報告せよ」
「はっ」
ティナの要請を受けて、先遣隊の軍兵士が突入から今までに起きていた事を報告する。
「ふむ……わかった。では次の予定を立てる故、一時お主らは輪番で休憩を取りつつ周囲の警戒を行え。もしどこかで戦闘の音が聞こえれば、即座に報告せよ」
「「「はっ!」」」
報告を一通り聞いたティナはそれをカイト達にも伝達する為にも、一度兵士達を下がらせる。兵士達にしてもこの場に来ているのがクオンを筆頭にして腕利きの冒険者達だと知っていたので特段の疑問は無かった様だ。そうして兵士達が去った所で、全員で改めて情報を見直す事にした。
「さて……想定された事態の一つではあるが、時間が歪んでいるのう……」
「歪みの状況は?」
「ふむ……厄介な事に外との通信が行えんので詳しくはわからん。が、余らの突入までに掛かった時間を鑑みるに、さほどの差とは考えられまい。おそらく経過時間としては倍という所であろうな」
カイトの問いかけにティナはおおよその推測を提示する。既に瞬達が『夢幻洞』にて経験していたが、『迷宮』によっては時間経過がずれる場合はままあった。ここもその一つだという事なのだろう。
「ふむ……結界が保つのは後どれぐらいだ?」
「結界の稼働限界は三日。それを超えればアウトじゃ。と言っても、施設を絞りバッテリーを寮に持ち込めれば更に長引こう。まぁ、そもそもの規模を鑑みればそこまで大規模な『迷宮』にはならんとは思う。余らの突入までの経過時間を鑑みても、十分に問題はなかろう。あちらの経過時間としては、おそらく体感今は夜という所であろうな」
「そうか。であれば、確実に進んでいく事にしよう」
とりあえず急ぐ必要はないらしい。救助を待つ神学校の生徒や教師達とてまだ一日目であれば余裕はあるだろう。何より、幸か不幸か巻き込まれた面子の中には生徒会長のロディア、ルリアの生徒会役員の他、教師に学生寮の寮監も居るらしい。統率は取れていると見て良いだろう。
食料についても結界の稼働限界以上の非常食が各建物の最大収容人数分に常備されているとエフイルが明言――そもそもカイトの指示だが――している。そして巻き込まれた人数は最大収容人数の半分以下。食料についても問題はない。であれば、急いで失敗するより確実に行動するべきだと判断した。
「で、外部からの通信も不能と……ティナ。先程のゴーレムの解析を任せる。こちらは老師と共に今後のプランを立てる」
「うむ。そちらは任せる」
カイトの要請を受けたティナは早速とばかりに立ち上がると、空間を僅かに拡大して先程鹵獲した蜘蛛型ゴーレムを取り出した。どういう計画を立てようと、ここから先に進まねばならない事だけは確定だ。
なら、カイトに計画の立案を任せて自身は敵を知るべきだと判断したのである。そうして彼女が行動を開始した一方、カイトはヴァイスへと向き直った。
「敵を知り己を知れば百戦殆うからず、じゃのう」
「はい……老師。脱出ポイントの様な物は?」
「一応、あるにはあった。が……いまいち行くべきとは思えんので行ってはおらぬ」
「何かがあったのですか?」
苦い顔のヴァイスに対して、カイトはその先を促して問いかける。
「なーんとなく、なーんとなくなのじゃが……出そうと思うておらん。この『迷宮』は入る事そのものについては完全フリーじゃが……出る事については警戒しておる様な感がどうしても否めん」
「あちらに何が?」
「あの先に、脱出可能なポイントがあった。無論、入ってはおらんがな」
己の見る先を見たカイトに対して、ヴァイスは指し示す様に彼らの探索を諦めたゴーレム達の気配を読む。すると、カイトにも理解が出来た。
「……気配が……」
「うむ。侵入者が見つからぬとなると、自然あの様にあちら側……出口付近に移動する。巡回も基本、下層への昇降口から出口までのルートが分厚い。更に妙といえば妙な事に、この『迷宮』は人工にしては出口と入り口が分かれておる。入れぬではなく出さぬ事。それを主眼としていると考えるのが一番自然よ」
「ふむ……」
「爺さまがそう言うなら、それが正解なんでしょ」
どうなんだろう、と考えたカイトに対して、クオンがそう迷いなく明言する。ヴァイスは彼女が選んだ八人の猛者の一人だ。と言っても、だから信じない事があり得ないのではない。その腕を知ればこそ、彼女の返答には一切の迷いがないのだ。そしてこれにはカイトも頷くしかなかった。
「確かにな……老雄ヴァイスの観察眼。それを以って現状を見据えた答えだとするのなら、それが答えと考えるべきか」
おそらく自分達がここに残ったとて、得られる情報に差はないだろう。そもそも、彼に先遣隊を任せたのだって彼の観察眼を信じればこそだ。が、それにヴァイスが僅かに笑う。
「ははは。お嬢も坊も買い被りも過剰じゃて。贔屓の引き倒しとなろう」
「過剰? 本質と敵の動きを見抜く事に掛けては私以上と言われる貴方の眼が?」
あり得ないわね。クオンははっきりとそう明言する。彼女とて本質を見抜く眼は養われていて、おそらく並の冒険者なぞ比べ物にならない領域だろう。が、その鋭敏な眼を養わせたのは誰か。そう言われると、彼女は間違いなくこの老雄ヴァイスだと明言するだろう。
この飄々たる老人は武芸の腕もさることながら、何より敵の動きを観察し本質や微細な癖等を見抜く事が非常に長けた男だった。故に、現役時代――本人談――に付けられた二つ名は<<絶対生還者>>。どの様な未知の状況からでも必ず生還してのける、生きる事に長けた者だった。
「ふむ……老師。一応追加でアルとリィルの二人を連れてきていますが……先の撤退は避けた方が?」
「良いじゃろうて。おそらく、要救助者と共に出ようとすれば猛追撃を食らおう。この流れは各階層変わるまいよ」
「……」
何かがあるのだろう。カイトはヴァイスの言葉から、この『迷宮』が単なる『迷宮』ではない事を理解する。
「……わかりました。では、先遣隊は要救助者を救助後、その階層の寮にて待機。その後、我々が最下層へと突入しボスを撃破。正規ルートにて脱出を行います」
「それが、確実じゃろう」
どうやらヴァイスもカイトの意見に賛同らしい。それなら、カイトは問題ないと判断して想定されていたプランの内、プランBを採用する事とする。この妙な状況の原因については下に降りている間に自ずと知れる事になるだろう、という事も大きかった。
「ティナ。とりあえず方針は決まった。解析は?」
「うむ。解析は出来た。やはり機械系の技術が優れておるな。ゴーレム技術には長けておるが……うむ。レガドのゴーレム、この『迷宮』の技術の二つを比較し二つの文明の技術を比べると、この程度の出力であれば間違いなくレガドの魔導炉技術があればもう少しの小型化が出来よう」
「まぁ、そこらは妥当といえば妥当か」
「うむ。が、やはりこのゴーレムの技術水準から鑑みるに、この『迷宮』に使われておるゴーレムは文明でもかなり上位に位置しておると言って良いじゃろう。油断はするべきではないのう」
カイトの意見に同意したティナは更に己の所感を口にする。レガドの『迷宮』最下層に残されていたゴーレムはあの当時の文明でもかなり上位に位置する技術が使われていた事は、既にわかっている。
それと比較が可能な技術がここに使われているというのだ。であれば必然として、ここの『迷宮』もまた当時の技術においては最上位に位置していると考えて良いのだろう。油断するつもりはないが、やはり油断は出来ない様子だった。
「そうか……ティナ。一つ聞いておきたいが」
「うむ、無い」
「早いな!?」
己の問いかけの先を読んだティナが否定したのを受けて、カイトが思わずたたらを踏む。が、これにティナははっきりと明言した。
「無理は無理よ。レガドの様に『迷宮』の一部を研究施設に使ったのはあの規模だから出来る事。こんな移動可能なサイズにしてその上で研究施設を作る、なぞ流石に技術水準を考えても不可能じゃ。というより、どのぐらいの技術があれば出来るか、余も想像が出来ん」
「オーライ。なら結構だ」
ティナの返答は確かに道理だ。カイトとしてもそういう返答が返ってくるだろうとはわかっていた。彼が聞きたかったのは、ここが何かの秘匿された研究所か何かではないか、という所だ。
が、彼女の言う通り流石に技術的にできたとは思えなかったが、単に専門家から確証が欲しかっただけだ。というわけで対応を決めたカイト達は先遣隊と共に、要救助者達の救助の為に『迷宮』下層へと向かう事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1438話『下層へ』




