第1434話 侵食する事件
ルーファウス達を介して依頼されたアユルからの神学校における事前調査の依頼。これを終えたカイトは報告書をエードラムに提出すると彼女から依頼完了のサインを貰い、丁度良いのでマクスウェルにて残留組や少し後に来るシャリク達との会談に備えるシャーナ達との会合を行う事となる。そんな彼は半日程度をマクスウェルで過ごすと、とんぼ返りに神殿都市に戻り再び屋台の運営に精を出す事になっていた。
「そうか。二日何もなく、か」
とりあえず神殿都市の本部に帰還したカイトは桜からの報告に安堵と共に一つ頷いた。基本彼も天桜学園の屋台を中心として動いているわけであるが、やはり立場上どうしてもそれより優先される事がある。
その間の統率については桜やソラに任せる事にしている。そしてこれは天桜学園として動いている事。なので今回基本は桜が統率を行っていた。無論、彼女についてはこの収穫祭の期間は何かよほどが無い限りは依頼を受けさせる事の無い様に手配していた。
「はい……とりあえず唐揚げ屋と焼き鳥屋については問題がなく、今日の営業も終わっています」
「なら、安心か。流石にもう一週間以上が経過しているわけだしな」
桜の報告からカイトもようやく全ての屋台が軌道に乗り始めた事を実感として理解する。なお、一つ言及されていない睦月が中心となっている居酒屋であるが、これについてはまだ営業中なので言及されていないだけである。
「それにしても……どうしたんだ、その格好」
「似合います?」
「あはは。似合うな。だから尚の事独り占めしたくなる」
「きゃあ」
自らを抱き寄せたカイトに対して、桜が楽しげに笑う。そんな彼女は着物と割烹着を足して二で割った様な衣服を着ていて、元々が和風美人な彼女にはよく似合っていた。
「あ、ちょ、ちょっと……ど、どこ舐めてるんですか!」
「うなじ?」
「そ、それはそ、ひゃあ!」
どうやらカイトは少し興に乗ったらしい。髪を上げていたので覗いていた桜のうなじをペロペロと舐めていた。変態臭いが、素の彼なぞこんなものだ。
おまけに言えば今は彼女以外居ないので問題も起きないだろう。そうしてうなじを舐めたりキスしたりしてしばらく楽しんだ後、カイトは桜を抱きかかえたまま改めて本題に戻る事にした。
「ふぅ……で、どうした、その格好」
「あ、弥生さんが試作してみた、と言う事でしたので……着てみました。量産品なのでこれでも手間は省いている、そうですよ」
「なるほどな……そう言えば服変えようかなー、とか言ってたか。そこらは任せてたが……」
基本的に屋台で使っている制服は唐揚げ屋と焼き鳥屋が汗が入るのを防止する目的でタオルを鉢金の様に頭に巻いて、後は天桜学園の校章を入れた揃いの半袖のTシャツと黒のズボンだ。Tシャツについては色は幾つかあり、その中から選ぶ事にしている。
それに対して居酒屋の方は基本は男女共に頭に三角巾を巻いて上は自由で後はエプロン、スカートとズボンという出で立ちだ。悪くはないが、どこか日本風の居酒屋という印象は薄い。
なので衣服についてもどうにかすべき、という意見は出たが開店には間に合いそうになかった。更には揃いにTシャツを使えば良いだろうという意見があったのでそれを採用したのであるが、やはり何か違和感は感じられた。弥生もそうだったのだろう。確かにこちらの方が良い様に思えた。
「じゃあ、人数分が出来上がった感じか」
「一番安定しているのは居酒屋ですから……増員を掛ける必要がなかったのが大きかったらしいですね。料理人側についても和風の料理人用の服と割烹着で揃えられますし」
「ふむ……まぁ、それならそれで進めて良いだろう。元々動き回る事になる居酒屋だと半袖のTシャツは駄目だから、上を自由にしていたわけだしな。大半はエプロンで隠れるし」
半袖についてはオーダーメイドしたわけであるが、これが出来た理由はコストパフォマンスとして安上がりだという理由が強い。生地については防具でないのだから有り合わせの物で良いわけだし、入れるのも小さめの校章だけだ。大量発注を掛ける事で一個一個の費用は安く上がった。
が、半袖である理由はそもそもで火に当たる事になるからだ。先にカイトも見回りの折りに屋台の中に入ったが、やはり炭火で焼いている関係で屋台の中は非常に熱い。
一応外に熱気が漏れない様に屋台に魔術を掛けて対処しているが、それ故に内部には余計に熱が籠もっている。熱中症対策にも半袖でないと駄目だった。無論、それでも外は秋なので冷えるのを防止する為に上着も用意させている。問題は無い。が、逆にそれ故に居酒屋では半袖がダメだった。
「わかりました。じゃあ、それで進めておきますね。幸い数については順次出来上がるらしいので、来週の頭のシフトからはきちんと制服を整えられるだろう、って」
「そうか、わかった」
カイトは桜よりの報告に頷いて認可を下ろす。ここら、この制服が開店から間に合えばよかったのであるが、如何せん準備期間が短かった。半袖や三角巾等の用意もある以上、多少凝った割烹着等を人数分用意する事が出来なかった。が、こちらの方が良いとカイトも思えたし、また何かで使う機会もあるだろう。用意しておいて損はない。
「さてと……これで大分と波に乗り始めたな」
桜を膝に乗せながら、カイトは夜空を眺める。桜は恥ずかしげだがそこはそれ。恋人の特権とでも思ってもらう事にした。というわけで、彼はその日は桜とイチャつきながら、一日を終える事になるのだった。
さて、カイトがマクスウェルへ向かってから二日。今度はシャリクとシャーナの出迎えの為に色々と忙しくなっていた頃だ。その日、カイトは公爵邸別邸に控えながらも一つの報告を注視する事にしていた。
「ティナ。一応確認の為に聞いておくが、神学校の施設の防備はお前が帰還して高めたんだったな?」
「うむ。やはり色々とあるからのう。三百年で生まれておった綻びや改良できそうな点を見て、修繕をしておいた。なので十分な防御能力があると言ってよかろう」
「そうか。なら、問題は起きそうにないか」
カイトは時計を見ながら、ティナの明言に安堵を浮かべる。シャリクの来訪に合わせる形で神学校に移送された十字架の簡易解析が今日の午後行われる事になっており、その開始まで後しばらくだったのである。
「本当なら今やりたくはないんだが……今しかやれないんだから仕方がない。皇帝陛下にも距離を取る様には頼んだし……予定の変更等無理は言ったが、こればかりはなぁ……」
「やらん、というのも手じゃがのう……それはそれで悪手じゃからのう……」
カイトもティナも揃って苦い顔だ。ここらは見てしまった以上、気付いてしまった以上は仕方がないと言うしかない。危険かもしれない、とわかって放置するのは最悪の悪手と言うしかない。
もし万が一皇帝レオンハルトが近くに居る時に何かが起きるのが一番困る。しかもまだこれで彼しか現状居ないので良いが、ここにシャリクだのシャーナだの来れば余計面倒になる。
なら、喩えこれがパンドラの匣だとわかっていても今ここで開けて確認するしかなかった。というわけで、カイトは苦い顔ながらもまだマシな状況を口にする。
「幸いというべきか、今は各ギルドの大物達が居るから万が一に備えられるのが良い所といえば、良い所か」
「そうじゃのう……まぁ、流石に宗教的な遺物に何かが起きるとも思えん。確認もしいて言えば攻勢防御でない事を確認する程度の物じゃ。とりあえず、向こうに持ち帰るまで何かが起きなければ、余らは良いのじゃからのう」
「ま、そうだな……」
とりあえず確認して貰いたいのは設置するだけで何も起きないのか、という所だけだ。別に中に何が入っているのか、開けるにはどの様な手順を行えば良いのか、という事を確認するつもりは一切ない。
単に領内に気付かず危険物の可能性があるものが持ち込まれていたので、その危険性の確認をしろというだけである。藪をつついて蛇を出す必要は無いのだ。蛇が居るかどうか確認するだけで良い。
「ま、後は結果を待つか」
「そうじゃのう」
どうせ何も起きないだろう。二人はそう高を括りながら、しばらくの間事態の推移を見守る事にする。シフトについてはこの案件もあって今日の午後はオフにしており、待機で問題はなかった。
「ふむ……」
丁度今、万が一に備えた結界の展開準備が終了した頃か。カイトは皇帝レオンハルトの安全の確保の為という名目で入らせていた人員から上げられる報告を聞きながら、一つ頷いた。とりあえずここまで何かが起きたという事はなかった。
どうやら、封印や結界に反応して何かが起きるという事はない様だ。一安心という所だろう。これで、万が一には施設の中の人員丸ごと封印する事も出来る。皇帝レオンハルトの安全は確保された、と考えてよかっただろう。
「良し。ここまで安全であれば問題は起きまいな」
「か……」
防備は完全。異変が起きても中で抑え込める。後は十二分に注意しつつ、解析を行ってもらうだけだ。が、ここで。彼らの安堵は一気に覆される事となった。唐突にアラームが鳴り響いたのだ。
「なんだ!?」
「わからん! 唐突に信号がロストした! 有り得ん! 封印と結界の多重構造を内側から飲み込んだじゃと!? どんな術式を使えばそんな事が出来る! 次元にも空間にも連続性は無いんじゃぞ!? 擬似的に異空間となっておるのに、何故異空間の内側から実空間への干渉が出来る!」
唐突にロストした信号を見て、ティナが思わず仰天する。封印も結界もどちらも内部と外部を遮断する為のものだ。そして施設が用いていた両者はどちらもほぼ完璧に内部と外部とを途絶しており、空間に連続性は無い状況となっている。
この両者共に外部から展開しているものなので、内部からこじ開ける事は難しいと言わざるを得ない。少なくともカイト達クラスの腕利きぐらいしか出来ない。魔道具として引き起こすのなら、あのような小さな十字架では現在の技術では到底不可能と言わざるを得なかった。
なのに、ティナの解析によればどうやらその空間と次元の連続性を飛び越えてこちら側に干渉、封印も結界も取り込んだ上で何か異常が起きていたらしかった。
「詳しい講釈は良い……ティナ、使い魔は?」
「もうクーを向かわせておる……ふむ……これは……」
クーの視界を間借りして外部から状況を確認したティナの顔に、苦いものが浮かび上がる。どうやらあまり芳しくない状況らしかった。
「どうなっている?」
「……詳しい事はわからん。余もこの様な状況は初めてじゃ……が、見た限り、簡易の『迷宮』が出来上がっている……と言って良いのじゃろう」
「はぁ? あんな小さな物でこんな簡単に『迷宮』を作らせた? 次元と空間の連続性さえ無視してか? 巫山戯るのも大概にしろ、って話だぞ」
「うむ……余もそう言いたい。が、見える限りそうとしか言い得ん」
クーの視界を間借りするティナは改めて、神学校の敷地内に『迷宮』が出来上がっている事を明言する。それに、カイトは一度深呼吸をして落ち着いて状況を洗い直す事にした。
「影響範囲の拡大は?」
「それはもう終わっておるよ。幸か不幸かはわからんが、どうやら侵食は神学校敷地内で留まっておる。見える限り、これ以上の侵食は出来まいな」
「そうか……椿。皇帝陛下へ奏上して、神学校において実験の事故が発生したと報告しろ。隠す必要はない……が、パニックを防ぐ為に先の襲撃と同じく公表は一時控える様にすると合わせて報告しておいてくれ」
「かしこまりました。即座に手配を整えさせて頂きます」
「頼む」
カイトは椿に命じて皇帝レオンハルトへの連絡の用意を整えさせる一方、その時間で対処についてを早急に考える事にする。
「ティナ。対処にはどうするべきだ?」
「……まぁ、ありきたりな答えしか言えん。この異変は間違いなく内部のあの十字架を起点として発生しておる。であれば、それを何とかするしかあるまいな」
「中に入れ、という事か」
「そうとしか言えまい」
カイトの確認に対して、ティナははっきりと頷いた。兎にも角にもこの異変をあの御神体が引き起こしている事は確実だろう。であれば、あの中にある御神体を何とかする必要があった。となると、手は一つ。中に突入するしかない。しかも、状況が状況だ。かなり急ぐ必要があった。
「わかった。オレが向かう」
「余も同行しよう。大婆様に話を通して、リル殿と大婆様にも支援を求めるべきじゃろうな」
「それが、一番か……」
「御主人様。皇帝陛下がお話をお聞きになられるそうです」
「わかった……椿、アイナとバーンタインに対して現状に対する支援の要請を依頼する。可能ならクオンにも話を通せ。彼らとは陛下との話し合いの間に手はずを整えておいてくれ。更にはクズハ達も呼び戻して、馬鹿共も話を聞ける様にしておいてくれ」
「かしこまりました」
カイトは身だしなみを整える傍ら、椿に重ねて指示を飛ばす。そうして、彼は『迷宮』となった神学校の異変を解決する為、各所との連携を開始する事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1435話『未知なる迷宮へ』




