第1432話 校内視察
ルクセリオン教国からの依頼を受けて収穫祭への訪問予定のアユルの為の事前調査を行う事になっていたカイト。彼はその訪問の一端で行われる事になっていた神殿都市にある神学校の調査を行っていた。
とはいえ、これについても既に会場となるルクセリオ教礼拝堂とその相手を務める事になる生徒会役員、ルクセリオ教同好会に所属する生徒達の面談も終わり、後はカイトがこの書類をマクスウェルに一時帰還しているルーファウス達に送り届ければ終わりとなっていた。
「はい、ありがとうございました。これで必要な調査は終わりです」
カイトは一通り必要な調査を終わらせると、書類の束を入れた封筒にしっかりと封をする。これで後は帰って検閲を行わせ、その上でルーファウス達に渡すだけである。
実際、ここらの調査ならカイトではなく専門の調査官が行えと彼自身思わないでもないのであるが、どうしても人員の関係からカイトぐらいしか動けそうな者が居ないらしい。やはりアユルらにとって信頼の置ける相手が少ないというのが、悲しい所だろう。
「「「ありがとうございました」」」
終了を告げたカイトへ向けて、生徒達が頭を下げる。そうしてカイトは後の事をリアナへと任せると、アル、エフイルと共に院長室へと戻る事になった。
「はぁ……やっぱり慣れんな」
「ふふふ。何人の者が今の言葉をどこが、と言うでしょうね」
応接用の椅子に腰掛けたカイトへ向けてエフイルが笑う。そもそもで多才な彼であるが、やはりその多才さはここでも現れていた。彼はそもそも口が達者だし、何より頭も回る。故にかここでも普通に話せていて、使者としても十分に通用したようだ。
なお、これが幸か不幸かアユル達の判断についても妥当であると判断され、彼女らの見識について学生達から疑問が生まれる事はなかったらしい。
「慣れないものは慣れませんよ。元々が武闘派ですからね」
「ふふ……」
「あはは……ああ、そうだ。まぁ、また来るからさほど今である必要はないんですが……何か今早急に必要な手配はありますか?」
一頻り笑いあった後、カイトはついでなので何か必要な手配はないか、と聞いておく事にする。やはり神学校はカイトの領有する領土の中でも有数の学校と言える。何かと気にかけておく事にしていた様だ。それに、エフイルが僅かに記憶を思い出す。
「そうですね……ああ。どうせなら道中で礼拝堂を見ていって頂ければ。幾つか改修が必要な所も出ていますし……」
「わかりました。他には? 出来る事なら今の時期に手配を掛けておけば、収穫祭が終わって人が手隙になった頃合いに改修を入れられる。今の時期は色々と業者も忙しいですからね」
「ふむ……いえ、特には。風化もそう起きる事ではないですし……」
カイトの問いかけにエフイルは首を振ると、特に無い事を明言した。そしてカイトもそれなら、と一つ頷いて立ち上がった。
「そうですか。まぁ、何かがあったら言ってください。神学校も一応、統治者はオレですからね。それに院長の職を貴方に頼んだのはオレですから……何かがあれば必ず」
「ありがとうございます」
エフイルはカイトの厚意に謝意を示し、三人はそれを最後の挨拶としておく事にする。ここから彼は封筒を持ってマクスウェルにまで戻る必要があった。その後だって屋台の統括やら色々とあるのだ。
というわけで、あまり長居していられるわけでもないのである。なのでこれで仕事は終わりと相成ったので、カイトは立ち上がった。
「ああ、ヴァイスリッターさん。ここ最近妹さんとはお会い出来ていないのでしょう? リアナ先生には話を通しておきますから、ロディアさんと妹さんと一緒に、少し見学していってくださいな」
「あ……別にお気遣い頂かなくても……」
「アル。せっかくのご厚意だ。ありがたく受け取っておけ」
「カイトは単にいじりたいだけでしょ」
むすっ、とした様子でアルがそっぽを向く。まぁ、その趣きが無いわけではない。が、案内が欲しいのは欲しいし、何より現状彼が忙しい最大の要因はやはり冒険部の兼ね合いが大きいだろう。
そういう事でカイトも時には妹と時間を取らせるのも必要かと思ったのであった。というわけで、今度はリアナではなくロディアとルリアの二人がやってくる事となった。ロディアが一緒なのは名目上でも生徒会長は居なければダメだろう、というだけの話だ。
「ロディアさん、ルリアさん。お二人を少し校内のご案内をして差し上げてくださいな」
「はい、院長先生」
「え、あ、はい……」
素直に受け入れたロディアに対して、やはりルリアの方はおおよそ兄の関係だろうな、と考えたらしい。若干辟易した様な、嫌そうな顔をしていた。ここらはやはり彼女もまた年相応という所なのだろう。
とはいえ、家族は家族。気を回して貰ったのも事実といえば事実だし、別に兄妹仲が悪いという事も聞いてはいない。ということで、帰りの道中は二人の案内を受ける事となった。
「ここは風の大精霊様の礼拝堂です」
まぁ、基本的には帰りの道中で視て回れる所を軽く見て回るという所だ。敢えて言えばアユルが正門から入った際、道中で見る事になる所だけを見ていると言っても良かった。ある意味、これも警護として必要なことではあった。
「ふむ……ここはやはり風通しが良いな」
「風の大精霊様をお祀りする所ですから……どうしてもその様な形になるのだと」
やはりカイトは戦士であり、為政者であるという所なのだろう。彼が注目する点の多くはやはり、警護の上でどうすればやりやすいか、という所である。
「ここの死角は少し面倒だな……よし」
カイトはそう言うと、幾つもの内容を手帳に書き記していく。当たり前ではあるが、アユルの来訪の警備を行うのはやはり彼というかマクダウェル家となる。死角を見つけるとどうしても、そこの修正をしたくなってしまう様だ。と、そんな風な彼を見て、ルリアが思わずアルへと問いかけた。
「ねぇ、兄さん……」
「何?」
「彼……本当に何者?」
「何者、って……カイトはカイトだけど」
ルリアの疑問は正しいといえば正しいし、かといってアルの返答が正しい事も正しい。そもそも軍属かつルクスの子孫という事で教えられているわけであるが、同じ立場のリジェでさえ教えられたのはカイトと出会って随分経ってからの事になる。
それだってやはり仕事の兼ね合いといえば仕事の兼ね合いだ。彼の場合、バーンタインとの会話の中で出ただけで一応はまだ教えてはならない事になっていた。が、バーンタインその人が大丈夫だろうと許可した事と、それをカイトが認めた事で知ったというだけである。この場にカイトが居る以上、彼の許可もなくルリアにカイトの正体を教える事が出来るわけもなかった。
「……何か隠してる? 凛もギルドマスターについてなんかはぐらかしてたし」
「……」
勘が良いと溜息をつくのが良いのか、それともゆくの義理の姉となるだろう相手と仲がよい事を喜べば良いのか。アルは僅かに悩む事になる。が、さほどその必要もなかった。
「アル、次の所へ行くぞ……って、何かあったか?」
「あ、ううん。特にはないよ。じゃ、ルリアも行くよ」
「え、あ、うん」
別に何か必要があってここで話し込んでいるというわけでもない。というわけで、アルはこれ幸いとカイトに続いて、この話題を切り上げてまた次の礼拝堂へ向かい歩き出す事にするのだった。
そうして幾つかの礼拝堂を見て回っていたカイトとアル。彼らは基本的にはやはり気楽にすすめていたのであるが、どうしてもそうならない事態が起きる事となった。
「これは……」
「どうしました?」
礼拝堂に入ってすぐに設置されていた御神体とでも言うべき物を見て驚いた様子を浮かべたカイトに対して、ロディアが小首を傾げて訝しむ。
御神体は彫像というわけではなく、似ているといえば十字架に似ている。もちろん、似ているだけであって決して同じではない。例えば中央にキリスト像は無いし、色も白というわけではなかった。御神体というのだって単にそう見えるだけで、実際には十字架というのが正しいだろう。
「いや、ここは確かアニエス大陸にある旧文明の礼拝堂ということだったな?」
「はい。と言っても誰かがお参りする、というよりもここは学術的な調査の目的で作られている物ですが……」
「ふむ……」
カイトは中央に座する十字架をじっくりと観察する。これがどういう礼拝を受けていたのか、というのはこの学院の誰にもわからない。というより、それを調べる為のこの礼拝堂だ。この礼拝堂は礼拝堂というよりも、かつて存在していた宗教施設の復元を試みるというある種のジオラマだった。
神学校は確かに神学系の学校であるが、同時に大図書館の兼ね合いから世界各地の歴史を調べる歴史学にも強い。その歴史学科が使っている施設の一つとの事だった。礼拝堂ではないので意味はなかったが、カイトが個人的に興味を抱いて入らせて貰ったのである。
なのでこの様に世界各地で既に信仰が失われた宗教の史跡を復元したりする事も担っているらしく、今だと丁度旧文明の史跡を復元していたのだろう。
「何かあるの?」
「……というより、これはおそらく……」
「む? 何か用事かね」
十字架を観察しながら何かを考えるカイトに向けて、扉の方から声が掛けられた。それに、一同は扉の側を見ると、そこには神学系の制服とはまた別の制服を着た一人の男性が立っていた。年の頃は三十代半ば。学生ではないだろう。神学系の衣服ではないとなると、歴史系の学科なのだろう。
「イストリア先生」
「む? ああ、ロディア君も一緒か。そちらは……ヴァイスリッターさんにルリア君か。最後の一人は……申し訳ないが存じ上げないな」
イストリアというらしい教諭はどうやらアルまでは知っていたらしい。が、唯一見知らぬカイトを見て首を傾げていた。そしてもちろん、カイトもまた彼を知らなかった。というわけで、カイトは襟を正して頭を下げた。
「失礼しました。ギルド・冒険部所属のカイト・天音です。ルクセリオ教の枢機卿アユル様より依頼を受け、こちらのアルフォンス殿と共に事前調査という事で学院に来ていたのですが……その仕事が終わった後、学院長先生のご厚意で少々校内の見学をさせて頂いておりました」
「ああ、君が……」
どうやらカイトの事は見知っていなくても、カイト自身の功績や名前は知っていたらしい。まぁ、既に収穫祭における授与式については受賞者の名前が公表されており、そこで見知っていても不思議はなかった。そうして一頻り頷いていたイストリアであるが、気を取り直してカイトへと手を差し出した。
「っと、名乗られたからには名乗らんとな。イストリア・ヒューム。この学校で歴史学を教えている。専行はラエリアにある旧文明だ」
「ありがとうございます」
「うむ。それで、どうかしたかね。随分と熱心にあの十字架を見ていた様子だが……」
カイトと握手を交わしあったイストリアは一つ頷くと、改めてカイトへと十字架についてを問いかける。それに、カイトは一つ頷いた。
「あれはもしかして本物ですか?」
「うむ? 本物……ああ、本物だ。先日まではレプリカを置いて構図や配置を確認していたのだが……それが終わったので一度本物を置いてみようと考えてね。つい先程本物に差し替えて、今は丁度少しお手洗いにね」
カイトの言わんとする所を理解したイストリアはそう言って、ジオラマの隅を指さした。そこには確かにこの十字架と似た十字架――ただし簡易な木製――が乱雑に置かれており、差し替えられたというのは事実の様子だった。
「まぁ、レプリカを本物に差し替えたのにはもう一つ理由があって、実はこの十字架は外部からの持ち込みでね。今の時期ぐらいしか外からの物をこんな風にジオラマで展示出来ないから、この時期でね。丁度午後にあちらの王立……いや、今は帝国大学の教授が来られるんだ。それで、本物に差し替えたんだ」
「なるほど……それで、ここに」
カイトはなるほどと頷くと、改めて十字架を観察する。と、そんな彼へと思い出した様にイストリアが口を開いた。
「ああ、そうだ。これが見付かった遺跡は実は君達に関係がないわけではなくてね」
「そうなのですか?」
「君達がラエリア内紛で発見したあの遺跡……そこから新たに見付かった史跡の中に眠っていたらしい。ここは今、それに合わせているのだよ」
「そういえば……」
イストリアに言われて、カイトも周囲に少しばかり見覚えのある形跡がある事に気が付いた。今までは中央の十字架に目が向いていて気が付かなかったのだろう。
もしかしたら十字架が気になったのも、そこで目の端に入っていて気になったからかもしれなかった。と、そんな様子を見てイストリアがふと思う所があったらしい。
「ふむ……それで見ていたのはその為かね?」
「いえ、そうではなく。あの十字架の中央……何があるんですか?」
「ふむ? そういえばドゥニスも隠された何かあるかもしれない、と言っていたか……何かわかるのかね」
カイトの問いかけにイストリアが興味深げに問いかける。それに、カイトは当たり障りのない言い訳をしておいた。
「少し、ですが……妙な気配があそこにあるんです。あの中に何があるか。それを一度しっかり調べておく必要があるかもしれません」
「妙な気配か……」
やはりカイトは冒険者だ。そこらの感覚については学者達よりも優れている時はある。イストリアも気の所為と切り捨てる事はなく、真剣に聞いていた。
「ふむ……わかった。一度向こうの教授が来られたら調べておこう。ありがとう」
「いえ。では、ありがとうございました」
イストリアの明言にカイトは頭を下げる。別に今すぐ調べさせる必要はないし、報告が欲しければどうせ調査結果等は公爵家には上がる。ここの運営はマクダウェル家。そして施設も使っている以上、職務上報告の義務はあった。それを待てば良いだろう。そうして、カイトはこれについては一応記憶に留めておく事にしておいて、またロディア達に案内されつつ別の所へと向かう事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第433話『お仕事終了』




