第1421話 アルの妹
アルやリィル、更にはリジェが常々語っていた事であるが、彼らかつての英雄の子孫達の内次世代を担う者は全員で五人居ると言われている。
その内、現段階で軍や公爵家近辺の重役――正確には見習い――に就いているのは三人。アル以下彼の兄のルキウス、リィルの三人だ。で、そうではない二人についてであるが、この内片方となるリジェの現状は今更言う事もないだろう。彼は現在は魔導学園の生徒として、ウルカへ半留学という扱いでまだ就学中だ。
では、最後の一人。ルキウス・アル兄弟の妹はどこに居て何をしているのか、というとこちらもまた語られている通り、現在カイトが仕事で赴いていた神学校にて就学中であった。
というわけで、カイトの前にはその最後の一人。ルリアという少女が座っていた。が、そんな彼は既に仕事を半分程度放棄していた。
「へー。うっわー。やっべ、皆呼びてー。この子見たら、皆大爆笑しそうだなー」
「え、えっと……あの……」
アルと同じく銀色の髪を持ち赤い目をした困惑する美少女を見て、カイトは嬉しそうな顔で頷いていた。思わず、アルを初めて見た時の事を思い出したらしい。と、そんなカイトにアル――公爵家側の人員として面談に同席していた――が思わず笑いながら口を開いた。
「カイト。変態っぽいよ」
「あっはははは。悪い悪い。でもお前を初めて見た時の事思い出してさー」
「そう? まぁ、確かに兄妹だから似てるとは思うけど……」
「そういう事じゃないさ」
ルリアをじっくりと見ながら、カイトは楽しげにそう笑う。何故か。それは彼だからこそ、言える事だった。
「うん。やっぱり、長生きはしたいもんだな。いや、長く生きてると見えないものなのかもしれんだろうが」
アルがルクスに似ていた様に。彼の妹のルリアはルクスの妻のルシアに似ていた。しかも彼女の場合、隔世遺伝らしく髪色がアルとは逆にルクスの血を引いている様子だ。
アルとは真逆に金色の髪を持つルシアという、彼からすればある意味違和感を感じられる容姿だったのである。こういう味な出会いがあるからこそ、カイトは気分が良かった。
「長生きって……カイト、何歳だっけ」
「まだ三十路は行ってない」
アルの問いかけにカイトは曖昧にそうはぐらかす。正確な年齢は色々と不思議な経験をしているので定かではないが、それでも三十路には到達していないというのがカイトの言い分だった。と、そんな彼はそう冗談を言うと一転、気を取り直して真面目に仕事に取り掛かる事にした。
「おっと……失礼したな。まぁ、君も知っているだろうが色々とあって君のお兄さん……アルフォンスとは同僚の様な形で仕事をしている。正確には出向先のトップなんだが……同僚と思って貰って構わないよ。一応今日も正式な仕事として来ているわけだが……この通り、気を抜いて楽にしてもらえると助かる」
「あ、はい」
やはり実家に帰る度にカイトの事を聞く事はあるらしい。ルリアは少し緊張した様子であったが、そう言って微笑みかけたカイトを見て僅かな安堵を浮かべて僅かに込められていた肩の力を抜いた。
カイトからしてみれば、彼女もまた己の身内だ。そして家の事や彼自身の事を考えても、嫁に行ったとて婿を得たとて長い付き合いになる。気楽にしてもらえた方がありがたかった。
「さて……それでこれから面談を行うわけだが……魔導学園ではなくこちらを志したのは君の意思という事だったね?」
「はい」
カイトの問いかけにルリアははっきりと頷いた。これについてはカイトもまた知っている。マクダウェル公カイトとして彼女自身の父親から聞いた事があったし、それでなくともカイトが取ったアンケート用紙にもそう記されている。が、ここで一つ問いかけておくべき事があった。
「それで生徒会役員ではあるのだが、一方でルクセリオ教の同好会には参加していない。一時は入っていたと言う事だが……今はやめている。何か意図があっての事かな?」
カイトが疑問に思ったのは、ここだ。先程の生徒会室での集まりには彼女を含めた生徒会役員も居たが、同時にカイトが述べたこの同好会には参加していなかった。無論、彼女の実家のヴァイスリッター家はルクセリオ教だし、彼女もこの神学校ではその系列の制服を着用している。
そして別にこの同好会が嫌いというわけでもなく、顧問であるリアナを筆頭にして同好会メンバーとも親しくしているらしい。彼女が教国のルーファウス・アリス兄妹の妹と文通をしているのは皇国の依頼もあるが、同時にこの同好会からの依頼でもあった。
更にはカイトも伝え聞く範疇ではこの同好会に何か悪評がある、とは聞いていない。何か軋轢があって同好会と距離を取っている、というわけではない様子だった。
「えっと……実は医学系を進学希望なんです。兄から聞いた事があるかもしれませんが……」
「医学系……」
カイトは一度、自分の記憶を呼び起こす。勿論であるが、魔導学園にも医学系の学科は存在している。あそこは軍学校を併設しているので、衛生兵も育てているからだ。そして無論、カイトの主治医たるリーシャが居るので普通に医学系にも秀でている。が、秀でているのと特化しているのとはまた違う。
「確か神学校の方が魔術を含んだ医学系では進んでいるんだったか?」
「あ、うん。あっちは軍学校とかもあって政治学や普通の学問という意味でも優れているけど、こっちは元々が宗教系だからね。戦闘関係なく病理学やら疾病に関する授業とかもしてくれてる……はず」
カイトの問いかけを受けたアルはそれに一つ頷くと、魔導学園と神学校の違いを明言する。基本的にマクダウェル領での教育は政教分離の上、学問は学問という事で自身の意向を受けない様に彼自身が色々と手を施している。これは良い意味でもそうだし、悪い意味でもそうだ。
カイト自身、どうしても偉業と立場上英雄視されたり神格化されたりしやすい立場だ。そこを考えた時、下手に後世になり英雄視や絶対視されない様に自身の事をあくまでも歴史の一つとして語らせる事にしていた。それはどちらの学校も変わらない。なので基本的な学問と言う意味では、どちらの学校も差は生まれない筈になっている。
だが、そこからやはり学校毎での違いは現れる。例えば魔導学園はカイトが総合的な学問を鍛えるべく作った学校であり、神学校は神学系や宗教系、そこから派生して平等に誰かを救う為の学問を学ぶ学校であるという所だろう。どうしても根本として役に立つ方向が違うのであった。そしてそれを、ルリアもまた認め頷いた。
「はい……魔導学園で薬学の講習も受けていますけど……やっぱり衛生学や疾病に関する話だとこちらの方が遥かに詳しく解説をしてくれています」
「ふむ……」
カイトはルリアの言葉に再び僅かに思考を巡らせる。ここの差は簡単だ。先にカイト自身も言っていたが、この神殿都市には各地からの歴史が収められている。その中には確かに彼が先に言った通りの禁書や焚書になる筈だった書物もあるのであるが、同時に貴重な歴史書もあった。
そこを紐解いてこの神学校の教科書は作られて――寄贈する際にそれを了承の上で寄贈する事になっている――おり、各地で起きた疾病の歴史、それに対して行われた効果的な対策等が入念に記されていた。
「ということは、君は医師希望という事なのか?」
「はい……どうしても、兄達やお父様は軍人ですから……怪我をして帰ってくる事が多くて。お母様が時々不安そうにしているのを見て、なんとかしてあげられないかな、って……」
「……そうか」
これは立場上、そして世界として仕方がない事ではある。この世界には魔物が存在している。いや、それは本当は地球も変わらない。現にカイト自身知らなかっただけで、彼の幼馴染の一人は何も知らない者達の為に人知れず血を流してくれていた。
誰かが、平和を守る為に戦わねばならないという現実がこの世にはあるのだ。ただ、知っているか知らないかの差でしかない。そしてその為にアル達は血を流している。それは誇るべき事であり、誰かがしなければならない事だ。が、その影で血を流す彼らの為に苦しむ者が居る。
それを救おうとして、実際に動いているのが彼女だった。それ故、カイトは為政者の視点から、それを深く頷くしかなかった。これもまた、必要な『戦い』だからだ。
「いや、君の考えは正しい事だ。祈るだけでは何の解決にもならない。救いたいのなら、実際に動くしかないんだ。それがどういう形であれ……動かない者には救いは訪れない」
「……そうでしょうか」
「そうだと思うぞ、オレはな。信じる者は救われるわけじゃない。救われたつもりになるだけだ。本当に救いたいのなら、誰かが動いて救ってやる必要がある。神様は心を救ってくれても身体を救ってくれるわけじゃないからな」
これはあくまでもオレの持論だけどな。笑うカイトは戦争を生きた者として、祈るだけでは救われない者を沢山見てきた。だからこそ、そう語る。そうしてそれにルリアが何かを返す前に、カイトはアルへと視線を向けた。
「良い妹さんを持ったじゃないか」
「う、うるさいよ」
どうやらこの事を聞いたのはアルも初めてだったらしい。非常に照れ臭そうにそっぽを向いていた。そして語って、ルリア自身も兄がこの場に居た事を思い出したらしい。かなり恥ずかしそうに頬を染めていた。
やはりカイトは使者という事で来ている。緊張で問われたから素直に答えてしまっただけだった。まぁ、そこらを聞く為に彼らとて来ているのだ。恥ずかしかろうと正直な所を答えて貰う必要があった。
「あはは……それで、ルクセリオ教の同好会に入っていない理由は?」
「それは……特に意味のあっての事では。強いていえば、あの……笑わないで貰えますか?」
「うん?」
ルリアの恥ずかしげな様子にカイトが僅かに首を傾げる。どうやら差し迫った理由やどうしても語れない理由というわけでもないのだろう。そうして、おずおずと彼女が口を開いた。
「……その……生徒会に入って同好会にまで入ると……その……友達と遊びに行く時間が……」
「「……」」
顔を真っ赤に染めたルリアの発言に、カイトもアルも思わず呆気に取られた。そうしてしばらく二人して目を瞬かせた後、アルが心底呆れた様に口を開いた。
「ルリアさぁ……僕も学生時代は遊んでたから遊びに行くな、とは言わないけど……それ、お母さんが聞いたら怒るよ? 生徒会、毎日毎日あるわけでもないよね?」
「わかってるもん! だから言いたくなかったの!」
どうやらルリアの口調は今までは公的なものだから丁寧なものを心掛けていただけらしい。アルの問いかけに若干幼い様子が滲んだ口調で声を荒げていた。これが彼女の素という事なのだろう。
なお、何故母が怒る、なのかというと彼女もまたこの神学校の卒業生だかららしい。で、ルクセリオ教の同好会で会長を務めていた事もあるそうだ。
なのでルリアが神学校に行くと言った時、誰よりも喜んでくれたのが彼女だったらしい。そしてこの同好会を勧めたそうであるが、生徒会の入会と同時にやめていたのであった。それを今でも母は残念に――表向き娘の考えている事と何も言わないそうだが――思っているそうだ。
「というか、お兄ちゃんだって今でも休みデートしてるでしょ!」
「僕は今は彼女一筋だよ!?」
「でもこの間別の女の人と一緒に居たよね!? 具体的には一ヶ月前の金曜日の夜! 二人でバーに入ってった!」
「なんで知ってるの!? それとそれ、誤解だよ!? ちょ、カイト! 笑ってないであれ依頼人だって言ってよ!」
どうやら、会話はいつの間にか兄妹喧嘩になっていたらしい。カイトは楽しそうにそれを眺めているだけだった。というわけで、カイトは笑いながらではあるが、場の仕切り直しを図る事にした。
「あははは……うん。ありがとう。これで一通り、君に聞く必要のある事は終わりかな。君の場合、やはり家もあってアユル様が必ずお声掛けなさる事になっている。その心積もりだけはしておいてくれ」
「あ……はい。ありがとうございました……それと、兄をよろしくお願いします」
「ああ」
カイトの言葉にルリアは頭を下げ、更にアルの事を頼んでおく。そうして彼女が再び生徒会室へと戻っていき、残るのはカイトとアルの二人だけだ。
「あははは。うん、良い妹さんじゃないか。あ、後でフォローはこっちからしておいてやるから、安心しとけ」
「ほんと、お願いね……」
ぐったりした様子でアルはカイトを縋るような目で見て深い溜息を吐いた。彼とて冒険者として戦う以外の仕事を受ける事もある。この時はどうやらストーカー被害に悩まされる女性からの依頼で、彼氏役を受けたのがアルなのであった。そうして、そんなこんなで最後のヴァイスリッター家の一人との面談を終えて、カイトは次の面談に取り掛かる事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1422話『校内視察』




