第1430話 神学校の生徒達
ルクセリオン教国教皇ユナルの娘にして枢機卿の一人であるアユルの神殿都市への来訪を受けて行われる事になっていた神殿都市にある神学校への表敬訪問。その事前準備の一端として調査を依頼されたカイトは神学校に妹が通うアルと共に神学校へと訪れ、依頼された内容の調査を行っていた。
そんな中、会場となる神学校構内にあるルクセリオ教礼拝堂の調査を終えたカイト達であったが、そこの調査を終えると空いた時間の時間調節の為、他の礼拝堂へと訪れていた。そこでのしばらくの時間調節を終えた彼らは神学校の校舎へと戻ると、再び院長室へと戻っていた。
「院長先生。監査、終わりました」
「はい……何か問題はありましたか?」
「いえ……清掃もきちんとされている様子でしたし、荷物等もきちんと片付けられている。問題は無いかと思われます」
エフイルの問いかけにカイトは問題が無い事を明言する。これで一通り監査は終わりだ。そしてそれが終われば、後は実際にアユルと会う事になる生徒達からアンケートを取って軽く調書を取ればカイトの仕事も終わりだった。
「そうですか……では、生徒会の役員達の所に参りましょう」
エフイルはカイトの応答に頷くと、そのまま立ち上がって案内を開始する。ここからは実際に生徒との顔合わせになるわけだし、カイトもアルも立場上は使者としてやって来ている。そしてどうやら彼女の仕事も一段落したらしい。なのでここからは彼女が仲介を、という事なのだろう。というわけで、二人は更にエフイルを加えて、今度は生徒会室へと向かう事になった。
「そう言えば……カイトさん。夏にあの方の墓参りに行ったという事でしたが、彼はお元気でしたか?」
「ああ、彼ですか……ええ。何時もおかわりなく、と言う所です」
「そうですか……そろそろ彼も引退かもしれません」
「そうなのですか?」
引退した後の墓守達のそれぞれについては各個人に任されているのが、ハイ・エルフに達の風習だ。才能等で合理的に仕事を割り振る彼らであるが、唯一墓守達だけはその仕事が終わった後の仕事を自由に選ぶ事が出来た。
それはまず第一に墓守という非常に重要な仕事を任された事もあるし、そこで彼らの役目が終わったからでもある。が、その任期については定まってはいない。何時始まり何時終わるのか。それは墓守達だけしか知らない事だった。故に唐突なエフイルの言葉にカイトも目を丸くしていた。
「ええ……なんとなく、ですが彼もそろそろ次の事をする時期なのやもしれません」
「はぁ……」
ここら、墓守達の感性はただでさえ独特なハイ・エルフ達の中でも更に独特だ。何か彼女らにしかわからない事があったのかもしれない。
とはいえ、彼が長と言われる様になって既に数百年の月日が経過しつつある。基本的に時の流れが無いに等しいあの地だが、確かに長いと言えば長い様な気がしないでもなかった。
「まぁ、それは良いのでしょう。兎にも角にも、とりあえずは生徒会に会わせましょう」
「お願いします」
そもそも言ってしまえば墓守の長の話なぞこの仕事においてはどうでも良い事だ。なのでエフイルにしても特に意味を持たせていなかったのだろう。というわけで少し歩いて校内を移動すると、すぐに生徒会室という看板のある部屋の前にたどり着いた。
「エフイルです。入りますよ」
『はい、どうぞ』
中から響いてきた女子生徒の返答を聞いて、エフイルが扉に手を掛けた。そうして中に入ると、そこには各種の制服を着た十人程度の生徒達が座って待っていた。
「院長先生。お待ちしておりました」
「ええ……ロディアさん。ヴァイスリッターさんは改めて紹介する必要は無いですね?」
「はい、先生」
エフイルの問いかけにおそらく生徒会長だと思われる水色の髪の少女がはっきり頷いた。何度かアルはこの神学校にやってきているという話だ。大半は私用らしいのだが、それでもやはり実家ぐるみで懇意にしている関係で何度か神学校に仕事として来ていた事がなかったではないらしい。
ヴァイスリッター家とバーンシュタット家は共にマクダウェル家において双璧を成す家であるが、基本は冒険者が根幹にあるバーンシュタット家は神学校に繋がりが薄い。なので基本はヴァイスリッター家が神学校からの話を受ける事になっているらしく、アルも魔導学園に在学中から何度か神学校には来ていたとの事であった。
「はい……それでこちらがカイト・天音さん。ルクセリオン教国のアユル様のご依頼を受け、お仕事に来られました」
「失礼します」
エフイルの紹介を受けたカイトが頭を下げる。と、そうして自己紹介が終わった所でカイトは早速仕事に取り掛かる事にした。
「まぁ、仕事に来たわけなんですが、皆さんにしていただく事は特にありません。していただく必要があるのはこの書類に一応の署名と、後は軽くアンケートにご協力頂き、調書を取らせていただくだけです」
カイトはそう言うと、持ってきていたカバンの中から人数分の紙の束を取り出した。取り出した紙は簡易の『強制宣誓文』だ。基本的な性質は以前カイトがラエリアの内戦で行った物と同じなのであるが、今回は物理的に署名を行う。更に特定の日のみ効力を発揮する物だった。
特定の日とはこの場合、改めて言うまでもない。アユルが来る日だ。内容はアユルに危害を加えない、という事だ。これについてはその場に同席する事になる予定のカイトもまた署名をしており、参加する以上は必ず必要なものだった。無論、同席する事になるエフイルもリアナもどちらも既に署名済みだ。
そしてこれについてはこの場に参列している全員が把握している。なので誰も拒む事もなく、自分達の名前を記入してカイトへと提出した。
「はい、ありがとうございます。これは後ほど公爵家よりアユル卿へと提出される事になります」
人数分の書類を確認したカイトは、一度集まった生徒達に対して礼を述べる。なお、集まっている生徒達は決して全員が生徒会役員というわけではない。半分程度は確かに生徒会役員であるが、残りの半分は神学校内でのルクセリオ教における生徒側のまとめ役という所だった。
「では、次に簡単なアンケートを取らせて頂きます」
カイトは『強制宣誓文』をカバンに入れつつ、入れ替わりにまた別の書類を取り出した。こちらは別に魔術的な道具というわけではなく、普通の書類だ。
彼の言う通り、アンケートである。まぁアンケートとは言ったが実際にはカイトがこのあとに調書を取る為に使う補助的な書類という所だろう。書類に関してはアユル達が作った物で、カイトに何を聞いて欲しいか、どういう風な形にしてほしいか、というのは依頼として告げられている。なので彼はそれに沿って問うべき事を問うだけだ。
「では、しばらくは書類への記載をお願いします。何かわからない事があれば、私も居ますので聞いてください」
アンケートの中身はあまり難しい物ではないし、そこまで凝った内容の物ではない。そもそも最初からこのアユルの来訪に際しては皇国の諜報部やマクダウェル家も動いている。なので問題はないと彼自身も理解している。
というわけで、しばらくは生徒達がアンケート書類に記入する間、カイトは生徒会室に用意されていた応接用の椅子にアル達と共に腰掛けて待つ事にする。
「にしても……ずいぶんと様になりましたね」
「んぐっ……あはは。お恥ずかしい限りです。それに、昔は仕方がなかった」
昔は勢いだけで進んでいた。こんな風に一見すると使者としても十分に通用するだろう応対を行えてはいなかった事も多かった。故に、エフイルの指摘にカイトは懐かしげに目を細めた。
「付け焼き刃を鍛錬ししっかりと己に一体化させれば、もうそれは付け焼き刃でもない。何年やってるのやら」
「ふふ……」
思えば剣を振るっているよりペンを走らせている事の方が多かった。カイトはそれを思い出して笑う。そしてそれに合わせてエフイルも笑い、しばらくの間懇談を行う事にするのだった。
さて、それからおよそ一時間程。カイトはアンケートを下に調書を取っていた。と言っても流石に生徒会室で全員の前で調書を取るわけにもいかない。なので別室を借りて、そこで一人一人呼び出して面談という形を取っていた。
「そうですか……わかりました」
問いかけている事は特に難しい事ではない。例えば部活動の事や、生徒会への立候補、もしくは他者による推薦であればその経緯等一見するとアユルには関係ない事だった。というわけで、一通りの調書の後、カイトが書類に記載を終えた所でロディア――生徒会長――が問いかけた。
「あの……天音さん?」
「なんですか?」
「これが必要な事、だったんですか? 見た所アユル様に関係があるとは思えない事もあった様な……」
「直接に関係はありませんよ」
別に隠す意味はない。ここらはアユル達からもそう言われている。とはいえ、これだけでは単に変態と変わらない。なので彼はその後もしっかりと続けた。
「これははっきり言ってしまえば私がこの面談に使う為の参考資料ですよ。一応、提出もしますが……基本は私が使うだろう、という事でしたからね。別に不思議に思われる事も無いでしょうが……これは正式な公人の来訪です。そしてこの場にはマスコミも同席する。なら、こういう細かな所は必要ではなくとも、必要なのですよ」
「必要でなくても必要……ですか?」
「ええ……そうですね。例えば貴方が人魚族である事をアユル様は当然、公爵家より聞いてご存知です。が、それ以外の事は知らない。例えば、こんな生徒会への加入に関わる事等は特に」
これは当然といえば当然だ。マクダウェル家が知っているのはあくまでも、ロディアの公的に知られている経歴だけだ。無論、調べようとすれば密かに調べる事も出来る。が、それをやる意味はない。
当人と話をするだけで解決する問題を敢えてわざわざ密偵を出して調べるのは、あまりに非効率的と言わねばならないからだ。なのでカイトが来て調べていたというわけであった。
「彼女が何を話題として選ぶのか。それを考える為にも、こういう情報が必要なのですよ。で、それを考えた時、この資料があればこの面談も楽に終わらせられるでしょう? なにせ私は本来は冒険者。こんな面倒な仕事は本当は好きではないですからね」
「あはは」
カイトの冗談めかした言葉にロディアが笑う。どうやら、緊張が解れてくれたらしい。カイトの目論見通りと言える。別にそんな決まりがあるわけではないが、やはり順当に考えれば生徒会長が一番最初に面談を行う事になっていた。彼女の反応如何で、次からの面談の雰囲気が変わってくると言っても過言ではない。
というわけで、なるべく彼女の緊張をほぐせる様にカイトも配慮していたのであった。そうしてしばらく再度また別の問いかけを行って、面談は終わりとなった。
「ああ、ありがとうございます。これで一通りの面談は終わりです。他に何か疑問等はありましたか?」
「いえ、ありがとうございました」
カイトの問いかけにロディアが首を振って頭を下げる。そうして彼女が去った後、カイトは最後に少しの調書への記載を行っておく。
「ふむ……水の大神殿の信徒、ローレライ王国出身者か。通例といえば通例か」
カイトはロディアという生徒会長についてそう判断しておく。やはりエルフ達が風の大精霊の信徒である様に、人魚族は基本的には水の大精霊の信徒だ。彼女もまたそうだった。
信心深い家系に生まれた彼女の両親は仕事の兼ね合いもありこちらに移住しており、その縁で彼女も神学校に入学していたとの事であった。この学校に入学したのは彼女自身の意思だそうである。そうして、カイトはそんな幾つかの情報を記載しながら、アルに頼んで次の生徒を呼んで貰う事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1431話『最後のヴァイスリッター』




