第1429話 礼拝堂
収穫祭へのアユル来訪に合わせて行われる事になっていた彼女の神学校への表敬訪問。その準備の一端を担う事になっていたカイトとアルの二人は、彼女の来訪を受ける事になっていた神学校に準備の進捗の確認にやってきていた。
そんな彼らはカイトの古馴染みとなるハイ・エルフの元墓守の女性であり、神学校院長であり彼が直々に招聘した学士の一人であるエフイル、アルの妹の担任にしてルクセリオ教の指導教官となるリアナという二人と出会っていた。そうしてとりあえずの挨拶の後、二人はリアナに案内されて神学校敷地内にあるルクセリオ教の礼拝堂に案内されていた。
「ふむ……」
そんな礼拝堂に案内されて、カイトは少しだけ懐かしげな顔を浮かべていた。建屋の素材は木製。やはりカイト達の事があるので、一番古い建物の一つだった。様式としてはマクスウェルの教会と一緒だ。元々どちらにもルクスの影響があったのだから、当然といえば当然だろう。そこに更にカイトの手が加わっている為、地球のキリスト教系の礼拝堂にも近かった。
そしてそれは彼がかつてここに来た時の建屋と一緒だった。それ故にここには来た記憶があり、色々な思い入れがあったのである。そんな彼は礼拝堂の椅子の一つに手を当てて、懐かしげに目を細めていた。
「……」
懐かしいな。カイトはかつての記憶を呼び起こす。あの時から三百年。気付けば真新しかった椅子にも幾つもの傷が刻まれ、古ぼけた味が滲んでいた。惜しむらくはそれを今はまだ口にする事が出来ない事だろう。というわけで、そんな哀愁を僅かに漂わせた彼に、リアナが問いかけた。
「どうしました?」
「いえ、ずいぶんと古い椅子だな、と思っただけです」
「そうですね……この建物は三百年前当時からそのままという事ですので……その椅子も院長いわく、当時からあるものだと」
知っているさ。カイトはリアナの言葉を聞きながら、そう思うばかりだ。とはいえ、それを口にする事なくカイトはその代りとしてとりあえず進捗を聞いておく事にする。
「それで、進捗はどうなっていますか?」
「はい……まずは公爵家が手配してくださっていた礼拝堂の修繕ですが、それについては完了しています」
「ふむ……」
カイトはクズハ達から受け取っておいたチェックシートへと修繕箇所を確認してチェックを入れておく。これについてはカイトが手配していたし、きちんと動いていた事は報告を受けている。なので問題が起きる事はなかった。
「次に生徒ですが……こちらについては?」
「はい、聞いています。後で確認には行きます」
「わかりました。そちらについても後ほど紹介を……と言ってもその必要はないかもしれませんが」
リアナは僅かな苦笑を浮かべ、カイトへの仲介を明言しておく。その必要がないかもしれない、というのはアルが居るからだ。先にも言われていたが、神学校の生徒と教国の騎士学校の生徒の間で文通が行われている。そしてその中の一人のアルの妹が入っているという事が言われていた。
これはアルの実家がヴァイスリッターである事が理由だ。そして今回もその関係で、アルの妹が表敬訪問における生徒側の代表の一人に任命されていた。幸い生徒会の役員らしく、立場としても十分だ。更に言えばルクスの子孫として、教国側にとっても皇国側にとっても喧伝が容易だ。順当な人選だったというわけだろう。
「あはは……さて、それでその他進行については……」
「はい、それについては……」
カイトの問いかけを受けたリアナは引き続き質問に答えていく。基本的にここらは本来は彼がする事ではなく、彼が選んだ使者が行う事だ。なので彼は使者がする事を自分でしているだけに過ぎない。実は彼がしている事で報告の手間が省けているのは、幸か不幸かという所だろう。
「わかりました。では、これについてはその様に」
「はい。後はよろしくお願いします」
カイトは一通り書類に記述をし終えると、それを丸めて封をしておく。後はこれと生徒達の面談結果をマクダウェル家とアユル達に提出すれば、彼の今回の仕事は表向きは終わりだった。
「ふむ……にしても少し時間が余ってしまいましたか」
書類を丸めて封をしたカイトは一度時計を見てそう告げる。これは彼も意図した所ではなかったが、神学校の生徒会役員達の集合時間は後二十分程先だった。
神学校がそこそこ広い上に色々と記述せねばならない事柄等を考えて時間に余裕を設けていたのであるが、それ故に時間が余ってしまう事は最初から想定内だった。が、実際には彼の想定より少しだけ多く時間が余ってしまっていた。
彼自身が書類仕事に慣れてしまっていた上、この報告書を読むのがそもそもで自分――教国側にはマクダウェル家による検閲の後、校正が入って提出される――だという事で若干手を抜いてしまったのが原因だった。どうせ後で自分で書き直すのだから、今は必要な事だけを記せば良いだろうと考えたのである。
「流石に今はまだ早いのでどこかで時間を潰せれば良いのですが……どこかありますか?」
「そうですね……それでしたら、道中で他の礼拝堂でもご覧になられますか? ここから学舎に戻るまでに少し遠回りすると二つは見て回れるはずですし、時間的にもそれが限度だと思います」
「ああ、それは良いですね。アルもここ以外の礼拝堂は見たこと無いか?」
「そういえば……そうだね。やっぱり僕もルクセリオ教になるからここ以外の礼拝堂は立ち寄った事が無いなぁ……」
カイトの問いかけを受けたアルは少しだけ上を向いて己の記憶を手繰る。が、思い当たる節はなかった様だ。とはいえ、これは当然といえば当然の話だろう。
礼拝堂に赴く様な者はそもそも信心深い者だし、そうでない者が足繁く立ち寄るのなら何らかの理由があっての事だろう。前者の場合はそもそもそれなら自分の宗派の礼拝堂に立ち寄るのだから、他の礼拝堂に立ち入る事がそう多いとは思えなかった。
「じゃあ、案内をお願い出来ますか?」
「はい」
カイトの要請を受けたリアナはルクセリオ教の礼拝堂を後にすると、二人を伴って来た時とはまた別のルートで帰る事にする。ここらは仕事から外れる事であるが、あまり早すぎても生徒達の側の用意が出来ない事になる。これがまだ五分程度のズレなら仕方がないとも言えるが、二十分近くものズレは些か礼儀を損なう事だろう。そうして、二人はまず一つ目の礼拝堂へと通される事になった。
「ここは……珍しい。陽月教団の礼拝堂ですか?」
「ええ……よくおわかりになりましたね」
カイトの問いかけにリアナは僅かな驚きを露わにして頷いた。案内された礼拝堂は言ってしまえばシャムロック達の神話の礼拝堂だ。それぞれの神に応じて教団はあるが、それを統合した場合は陽月教団と言うらしい。と言ってもこれは俗称、もしくはあだ名とでも考えれば良い。
正式名称はまた別にあるらしいのだが、一般にはこちらで言われるのでカイトもそれに倣ったというわけである。由来は無論、太陽と月の神を最高神として祀るからだ。ここの場合特徴として太陽と月が同格として描かれている。それ故に、この呼び方をするとの事であった。と、そんなカイトに対して、アルは小首を傾げていた。
「? 何が珍しいの?」
「ああ。あの上のステンドグラス、わかるか?」
「うん……太陽と月……更に男神が描かれたステンドグラス?」
「ああ」
カイトはアルに礼拝堂の正面に設置されたステンドグラスを見せながら頷いた。これが誰をモデルとしているのか、というのは今更言う必要はないだろう。言うまでもなく、最高神シャムロックである。が、実はこれは普通の礼拝堂と違う構図だった。
「基本的に陽月教団の礼拝堂は朝の陽光を取り入れられる様に東側にステンドグラスを設置する。現にこのステンドグラスもまた、東側に設置されている」
「うん……それが珍しいの?」
「いや、そうじゃないさ。珍しいのはあのステンドグラスの構図……基本的に陽月教団は二人の最高神を祀り、そこに差異は設けない。だから設置するステンドグラスには必ず、女神ムーンレイの姿も描かれる事になる」
「? じゃあ、ここは稀に見る男神だけを祀っているという事?」
カイトの解説を聞けば、これはそのままとしか考えられない。が、そうではなかった。
「いや、違うさ。ちょっとこっちに来てみな?」
アルの疑問を受け、カイトは更に礼拝堂の奥へと進んでいく。そうして礼拝堂の中央付近にまでたどり着いた所で、彼は踵を返して入り口の少し上を指し示した。
「あれだ」
「あれは……あそこにもステンドグラスが……」
アルが見たのは自分達が入ってきた入り口の上方、外からではいまいちわかりにくい所にあったステンドグラスだ。こちらには構図としては同じものの、シャムロックの変わりに女神の姿が描かれていた。
「ああ。陽月教団では礼拝堂ではある種の生と死の循環を表していると言われている。だから、この礼拝堂に入った時には生誕を表す。そして太陽の下で生命を育み、そして出ていく時には死……月の女神の下を通って出ていくというわけだ。故に西には彼女のステンドグラスが嵌められる」
「? でもそれだと入ってきた時にも女神の下を通っているんじゃ……」
「それで、正しい。彼女の司る概念は月と死……そして再誕。彼女に見送られ現世へと還り、彼女に見送られ再びあの世へと還る。この礼拝堂に入る時は擬似的に外の自分から再誕した、というわけだ」
アルの疑問にカイトははっきりとこれが正しい事であると明言する。ここらはやはり流石は最高神の片割れから神使として任命された者という所だろう。並の宗教家や専門家だろうと思わず唸る程、正確な解説が出来ていた。
「へー……」
「す、すごいですね……並の宗教家でもそんな解説が出来るかどうか……」
感心した様に頷いたアルに対して、リアナはただただ驚きを浮かべていた。これに、カイトは恥ずかしげに頬を掻いた。
「いえ、少し縁があって陽月教団について調べただけですよ。それで、知っていただけです」
「はぁ……」
カイトの言葉は嘘ではない。彼は一応領主という立場――政教分離の考え――と彼自身が宗教が嫌いという事で無宗教者であるが、立場としては神使だ。そして宗教が嫌いであっても、別に疎んでいるわけではない。単に信じる者は救われると謳う者達を嫌っているだけだ。なので普通に調べていたのであった。
「ふむ……」
そんなカイトは照れ臭そうにしながらも、自分が知っていた当時よりも遥かに教義に則った構築がされていた礼拝堂に目を細める。やはり神使である以上、どうしても僅かな嬉しさを感じずには居られなかったのだろう。
「にしても、本当に珍しい。このステンドグラスは中々に新しい様子ですが、何時の物ですか?」
「そうですね……十数年前、と聞いています。その当時優れた生徒が一人居たらしく、偶然嵐でステンドグラスが破損した時、その様にすべきだと主張したと聞いています。すいません、院長なら覚えていらっしゃるのでしょうが……私も詳しくは」
「ああ、いえ。リアナさんはルクセリオ教。他の礼拝堂までご存知ではないでしょう」
リアナの返答にカイトは仕方がないと頷いた。なお、この生徒というのが、先の一件で洗脳されてしまったサシャであった。彼女は陽月教団として見れば幹部の娘。しかも彼女の場合はシャルロットを祀る月光教団の幹部だ。
それ故、こういった事についても古い書物を見て知っていたとの事であった。この時代から有名だったので狙われたのだろう、とはこの一件を調べて彼女の名を見付けたカイトの言葉であった。
「ああ、あまりここ一つに長居する必要もありませんね。次に行きましょう」
可能ならもう少し長く居て調べたいと思わないわけではないが、まだ一つ礼拝堂は存在している。そちらもできれば見ておきたいのがカイトの考えだ。そうして、二人は更に別の礼拝堂に案内されて、適度に時間を潰して学舎へと戻る事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1430話『神学校の生徒達』




