第1424話 皇国の中のルクセリオ
カイトが冒険部のカイトとしての活動を再開させた翌日。カイトは前日に引き受けた話を本格的に動かすと共に、この日もまた色々な活動を行う事にしていた。
「ふぁー……あ、焼き鳥屋。今日まとめ役、誰だー? あ、朝一でも全体でもどっちでも良いー」
今日も今日とてカイトは居酒屋の屋台で朝食を食べる事にしていた訳であるが、カイトはメニューを見ながらふと思い出して全体へと問いかける。それに、一人の男子生徒が手を挙げた。
「朝一は俺だが、何か用か?」
「ああ、お前か。昨日まとめ役やってた先輩から炭について話聞いててなー。手配しといた、って連絡だ」
「ああ、あれか。悪いな!」
どうやらカイトとは同級生だったらしい今日のまとめ役――営業時間とシフトからまとめ役は数人居る――が片手を半分位挙げて感謝を示す。どうやら、彼も聞いていたらしい。おかげで話が早くて助かった。と言う訳で、さっさと朝の伝達事項を伝えておく事にした。
「黒炭、取り敢えず一箱を特急で送ってもらった。今日の夕方には届く筈だ」
「おっけ。わかった。取り敢えず渋谷先輩にもそう言っとく。午後からは先輩がまとめるからな」
「ああ、それは頼む。で、ついでなんで更に追加で白炭と黒炭も発送してもらう。こっちは量が量だから、結構検査に時間が掛かるだろう。そこらを見込めば、届くのは早くても三日後だろう」
「……大丈夫だな。わかった。そっちが届いたらまた教えてくれ。力自慢駆り出して運ぶよ」
「わかった。またこっちから連絡を送らせる」
男子生徒の言葉にカイトは一つ頷いて伝達はこれで良しとしておく。なお、当然であるが特急で送らせる荷物も検査は入る。ただ一箱だけという事と中身が炭、申請も適切に行っているのでさほど時間が必要では無いと言うだけであった。
「良し……取り敢えずこれで朝一番に伝えておく事は全部かな。じゃ、飯食って今日も今日とて働く事にしますかね」
カイトは炭についての伝達を終わらせると、本格的にメニューを選ぶ事にする。そうして、この日もまた一日が始まる事になるのだった。
さて、それから数時間後。居酒屋が開店した頃だ。カイトの所に来客があった。と言っても見知らぬ人物では無い。が、同時に収穫祭関連での客でも無かった。そして勿論、アポ無しでも無い。と言うより、身内と言えば身内である。
「カイト殿。支度は大丈夫だろうか?」
「ああ、もう少し待ってくれ。丁度ヴィクトル商会から連絡が入るはずなんだが……少し遅れていてな。話の内容としてオレが……ああ、来た。すまん、少し待ってくれ」
ルーファウスの申し出にカイトは一つ断りを入れると、通信機を起動させる。昨日の睦月の申し出を受けて朝一番にサリアに連絡を入れたのだが、昼まで待ってくれと言われたのであった。そうして、彼女より少しの説明が行われる事となった。
『と言う訳ですわ。そちらより提供頂きました試作品の設計図をベースに、試作品を一台完成させた所との事ですわね。丁度稼働させてみようか、と言う所らしいですわ。と言っても流石にパウダーのレシピが無いので単に適当に使えそうな溶かしたバターを、と言うだけですが』
「そうか。と言う事は機材そのものは借りられるか?」
『そうですわね。どうせ使ってみると言う所ですし……テストはそちらで行えば良いでしょう。その後も収穫祭が終わるまでこちらも動けませんし、今はただ動く為に色々と下準備を進めていると言う所ですもの』
カイトの申し出にサリアは一つ頷いて快諾を示す。作ったのは設計図通りに作れば実際に作れるか確認する為だ。が、やはりこれは単なる試作品。そしてこの収穫祭の為に作った装置で量産性等まだまだ改善点はある。そう言った事を確認する為にも試作品を作っているのだ。動かしてみないとわからない事も多いと言う事で、是非とも動かせる口実が欲しかったと言う事だった。
「わかった。助かる」
『いえいえ。ダーリン達の売上が上がればそれに比例して我が社の利益も増加する。塵も積もれば山となる。フライドポテトに原価ちょびっとのパウダーでボロ儲け。良い商売ですわね』
「おい、人聞き悪いぞ」
確かにそうと言えばそうなのだが、と言いたくなるカイトであるが流石にこうもぶっちゃけられれば苦笑したくもなる。今回、パウダーを作る機材の費用は殆どタダだ。全部自作なのだから当然だ。
そして収穫祭では感謝を示す、と言う事でこの祭りに参加する屋台へ卸される食材はかなり格安で提供されている。なので人件費等を含んでも格安で提供出来る。お祭り価格というプレミア価格が無いのだ。と言うより、出来無いのである。
そして流石にパウダーを付けてちょっとの値上がり、では今後ヴィクトル商会の商売に多大な迷惑が掛かる。そこらを考えた結果、どうしてもパウダーを付けたフライドポテトの値段は高くなり利益率はかなり高いらしい。
『あらあら。事実ですわ。我が社が算出したパウダーの原価がどれぐらいか、日本円で言い表して差し上げましょうか? しかも特許料等無し、原材料は収穫祭特価、価格破壊を防ぐ為にそこそこの売値。ボロ儲けですわね』
「あのな……それでも収穫祭の利益の半分ぐらいは神殿に寄進する、ってのが暗黙の了解だろう。ウチの場合色々とロハで提供してもらったから半分以上は寄進するんだぞ」
『あらあら。欲のない事ですこと』
苦言を呈したカイトに対して、くすくすと楽しげにサリアは笑う。無論、彼女もそこはわかっていて言っているのでこれは単なる冗談だろう。
なにせヴィクトル商会の後援する屋台では、ヴィクトル商会に支払われる支払いの多く――当然だが人件費や多少の利益は得るが――を神殿に寄進する事で有名だ。間違いなく今年も天桜学園以上に寄進する事だろう。が、そのかわりこれが終わってもここで安くしてもらったし、とリピーターが来る。損して得取れ、の精神である。
「まぁ、良いわ……取り敢えず可能な限り早い内にウチの倉庫に運んでくれれば助かる。どーせあそこに入れるのは天桜でも許可を持っている奴か、ウチのバカ共だけだ。一台増えてた所で問題無い。表向き、機材は部外秘の厳重管理だからな」
『では、その様に。試作機は本社にありますので明後日には納品出来るかと』
「わかった」
カイトはサリアからの情報に一つ頷くと、通信機を停止させる。これでパウダーの増産についても目処が立った。ここらはカイトがサリアと繋がっていて、更にはその後を見据えて動いているからこそ出来た事だろう。と、そうして通話を終わらせたカイトの所に椿がお茶を差し出した。
「ふぅ……」
「お疲れ様です」
「ああ、悪い……二人共、待たせたな」
とりあえず紅茶を口にして一休み入れたカイトは、結果として待たせる事になってしまったルーファウスとアリスの二人に謝罪する。が、それにルーファウスは首を振った。
「いや、それでもう大丈夫なのか?」
「ああ。これで取り敢えず数日後には機材が届く事になる。後はまぁ、屋台の連中がやり方は知っているからな。それに任せれば大丈夫だ」
ルーファウスの問いかけにカイトは一つ頷くと、そのまま紅茶を飲み干して立ち上がる。当たり前だがルーファウス達とてカイト達がパウダーを自作している事は知っていた。なのでカイトはパウダー製造機の試作機を作る際の予備のパーツを使ってもう一台組み立てて貰う事にした、と言い訳しておいた。
「簡単なのか?」
「さてな。流石に実務の面はこっちは知らん。なにせこっちは裏方。全体の補佐だ。補佐しているやつが傍目から材料ブチ込んでるだけで簡単そうだ、なんて言っちゃ駄目だろう」
カイトは笑いながらルーファウスの問いかけに答えて歩き出す。一応万が一の場合に彼自身も作業出来る様にはなっているつもりだが、実際にやったのはその万が一に備えて練習した数回だけだ。実際に毎日の様にパウダーを作成している者たちには比べるべくもない。簡単と彼が言い切る訳にもいかないだろう。
「それもそうか……ああ、失礼した。アリス、行くぞ」
「はい」
カイトの返答に納得したルーファウスはアリスに頷くと、カイトの後ろを歩いていく。そうして、三人はルクセリオ教団の教会へと向かう事にするのだった。
さて、三人がホテルを出て暫く。街の北側にあるルクセリオ教会にやって来ていた。皇国におけるルクセリオ教の総本山は神殿都市にある。それ故、神殿は皇国でも有数の大きさだった。
様式としてはアユルが滞在している教会と同じで、あれを更に大きくしてそれ相応に荘厳にした感じで良い。様式としては地球のキリスト教の教会にも似ていた。
「ふむ……」
そんな教会の前に立ったルーファウスであるが、どこか不思議な感じで教会を眺めていた。一応場所の確認の為に下見はしていたが、やはり祭りの最中と言う事もありそんなじっくりと観察出来た訳では無い。道順を確認してこんな建物なのだ、と把握した程度だ。と、そんなルーファウスへとカイトが問いかける。
「何か気になる事があるか?」
「……あ、ああ。いや……そうだな。一言にルクセリオ教と言っても、国に応じて様々な違いが出るとは聞いていた。恥ずかしながら他国の教会を見るのは初めてで……何か感慨深いものがあった」
ルーファウスは己が知っていて、しかし己の知らない教会を見上げてそう告げる。それに、カイトも改めて己が知っていて己の知らない教会を見上げる。同じ様に彼も知っていて知らない訳だが、ルーファウスは他国故、カイトは立て直しがあったが故に知らないという差がある。
「そうか……何が違う?」
「ふむ……そうだな。こちらの方が質素な感じがする。総本山と言える教都だともう少し豪華なんだ。いや、それでも流石に趣味が悪いと言える様なものではないが……ステンドグラスや銀細工等が使われている。銀には退魔の力が宿ると言う。良かれ悪しかれ、どうしても豪勢になってしまったのだろう」
「なるほどな……」
プロテスタント系とカトリック系の違いに近いと言えるか。カイトはそう理解した。とは言え、これも無理は無いと思っていた。皇国のルクセリオ教の教えは古いものだ。それ故、それに端を発する教会もまた古い教えに沿ったものとなっており、地球におけるキリスト教の差と同じ様に質素な形となっていたのである。
「まぁ、それは良いだろう。取り敢えず中に入ろう」
「あ、ああ」
カイトの言葉を受けて、ルーファウスは気を取り直して教会の中へと入って行く。そうして入った中もやはり質素な感じでアユルが好む感じであった。と、そうして入った彼らを出迎えたのはルクセリオ教の司祭だ。彼はルーファウス達が来たのを聞くと即座に応接室に通してくれて、手を差し出した。
「ルーファウス卿、アリス卿。お待ちしておりました」
「あ、ああ」
「ありがとうございます」
やはり他国かつ冷戦状態だった皇国の教会だからだろう。ルーファウスとしてはどんな対応をされるのかわからなかったらしいのだが、公には破門を解かれて更には皇国の教会もルクセリオ教の一派として認められた。なので教会としても偉大なる騎士の親族として出迎えてくれたのであった。そうして二人と握手を交わした後、司祭はカイトへと頭を下げた。
「それとカイト様。この度はお越しいただきありがとうございます」
「いえ。こちらこそお招き頂き感謝します」
「いえ……それで枢機卿の件。お伺い致しました。こちらでの手配は滞りなく進んでおります」
司祭はカイトと僅かな挨拶を交わしあった後、即座に本題に入る。やはり収穫祭だ。大精霊達を祀る大神殿以外の神殿や教会も大忙しとなっている。それはここも変わらない為、単刀直入に話に入ったと言う訳だ。
なお、カイトが入っている理由は表向きは仲介だが、実態としては皇国兼マクダウェル家から教会側が何か不手際をしないかどうかの確認である。無論、それについては教会側には教えていない。と言う訳で、司祭はルーファウスへと問いかけた。
「準備の様子をご覧になられますか?」
「あ、ああ。お願いします」
「かしこまりました。では、こちらへ」
ルーファウスの仕事は数日後に来るアユルを迎える準備が整っているか確認する事だ。アリスはその補佐と言う所である。準備の状況をその目で確認するのも立派な仕事だった。と言う訳で、三人は司祭に案内されながら教会の準備についての査察を行う事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1425話『異世界を探して』




