第1418話 勇者圧勝
ティナが七体の『破戒の魔使い』の亜種の様な敵と交戦とも実験とも言える戦いを行っていた一方。その反対側のカイトはというと、こちらもこちらで敵を一処に集める事にしていた。とはいえ、彼が何かをやる必要はなかった。というのも、今回の敵の目的は神殿都市なぞではなくカイトだったからだ。無論、彼がそんな事を知る由もないが。
「うーん……これはオレ狙いだったか」
全部が一斉にこっちに向かってくれば、嫌でも猿でもわかる。なので流石のカイトもこれが己への襲撃だったのだと気が付いていた。が、だからなんなのだ。
所詮は雑魚。これが英雄を倒せようと、神々さえ恐れる敵であろうと、一つの神軍を相手にしてなお上回ると言われる戦闘力を持つカイトには関係がない。というわけで軽い感じの彼に対して、ユリィが告げる。
「かるーい感じで言ってるけどさ。結構きっつい相手だと思うよ、私は」
「かるーい感じで苦言を呈されましてもね。実際、かるーい敵だし」
「まぁ、そうなんだろうけどさー」
カイトの肩の上、ユリィは特に何かを思うわけでもないようだ。彼女も彼女で軽い感じだった。そんな二人なのであるが、こちらは七体纏めていっぺんに相手をする事になっていた。
無論、拘束もデバフも掛けていない。しかも敵はカイトが月の女神の神使だと理解しているわけだし、そもそも邪神の命令は街の襲撃ではなくカイトの調査だ。手加減してくれる筈もない。
その速度は複数であればアスラエルでさえ手に余ると言うほどなのも頷ける。例えば拳打の一撃は牽制でさえ音速を超えているし、蹴りに至ってはもはや斬撃と変わらない。
が、再度言う。だから、何なのだ。彼は勇者の代名詞と言われ、地球でもエネフィアでも数多の英雄達が一目置く勇者カイト。並の英雄を殺せようと、彼は倒せない。いや、傷つける事さえ叶わない。
「だってこの程度……フルパワーのアルトの一撃と比べれば吹けば飛ぶ、カルナの技に比べれば比べるのも烏滸がましい。遠距離攻撃の精度はアルジュナに比べれば見るまでもない。戦略や連携はスクルド達戦乙女達に比べればお粗末過ぎて涙さえ出る……それこそイシュタルが見ればこれが自分達の、曲がりなりにも自分をも苦戦させた奴の眷属なのかと呆れ果てる程だ。これで、苦戦しろと?」
その一撃が音速を超えようと、『破戒の魔使い』は英雄達ではない。スペックシートが英雄を殺せるほどに上がろうと、英雄達が数多の激戦と幾多の死闘をくぐり抜けて手に入れてきた経験と風格なぞ持ち合わせない。あの英雄達の放つ極まった気配に比べれば、『破戒の魔使い』は殺意も殺気もダダ漏れに等しい。
神陰流の基礎を使えば敵の行動の先読みなぞ造作もない。それどころか、やれと言われればティナから紅茶を受け取ってティーカップの紅茶をこぼさずに回避してみせるだろう。それが、英雄と単なる眷属の差。そしてこれが、英雄をも超えた男と『破戒の魔使い』の差だった。
「それさー、カイトだから言える事でさー。私じゃ無理だしー」
「ヴィヴィだってこいつらぐらいなら単独でやってみせるぞ?」
「ヴィは出さないでよ。あいつ、カイトと一緒に前線立つでしょー」
「まー、そりゃそうなんだけどな」
音速を超えた速度での七体からの連撃に対して、カイトもユリィも至って平然としていた。ユリィに至ってはカイトの腕を完全に信じているので、もはや呑気にだらけてさえいた。
「で、何時まで呑気に回避してるわけ?」
「別に何時まででも回避はしてられるけどな」
所詮は詰将棋と一緒だ。次の一手の更にその次の一手を見極めて、自分の最適解を導き出す。そして相手の戦略と戦術はカイトからしてみれば子供と一緒。気軽にしていようと、数手先まで読み切れている。いっそカイトにはどこか良い練習台を見付けた、とでも思っている節さえあった。
「でもまだ一体残ってるよ?」
「うーん、それもそうなんだよなー」
ユリィの言葉にカイトは周囲に漂うさらに強大な気配に注意を向ける。敢えて言えば敵はこれを尖兵としてこちらの戦力を減らして、その上で最大の戦力でこちらに強力な一撃を加えるつもりとでも言えば良いのだろう。エルネストの時と一緒だ。
こちらに連戦を強いて戦力を削いで、最後に一番強い敵を持ってくる。ある意味戦略としては正しい。が、同時にこれは敵にとって戦力の逐次投入となるデメリットも孕んでいる。が、使い捨てのコマを多数持つ邪神達にとっては、別にどうでも良いのだろう。そして、こちらの戦力を鑑みればカイトにとってもどうでも良かった。故に、この言葉だった。
「まぁ、せめて他の所の戦闘終了ぐらい待とうや。変に一気に来ても想像以上だったら怖いし」
「それもそだね」
連戦はさせられる方からすれば怖い事は怖い。が、何より怖いのはやはり敵が一挙に押し寄せてくる事だ。カイトが守るにあたって何が一番苦慮するかというと、敵の数が多い場合だ。数で来られればその分、こちらも広く守らねばならなくなってしまうからだ。
一箇所に守るべき者達を纏めた上で、一挙に敵を撃破するのが一番良かった。無論、その分こちらにもそれ相応の戦力が求められるが、それがカイト一人で十分となる時点で現状の方がずいぶんと良かった。
特に今回は敵が広く分布している。あまり増えすぎると増えすぎるで問題だった。というわけでしばらく二人は雑談もとい時間稼ぎを行う事にする。
「にしてもさ。舐めプすぎない?」
「いや、舐めプしないと駄目だろ」
「強すぎる、ってのも難点だねー」
二十八の手足から繰り出される攻撃を逐一回避するカイトであるが、カウンターを出来ないのは一撃で倒してしまうからだ。ちょっと彼が本気で戦えばこの程度の敵は一瞬で倒せてしまう。故に彼は刀も抜いていなかった。伊達に最強は名乗っていないらしい。と、そんな時間稼ぎであるが数分もすれば一通り他の所が敵を倒し終えていた。
「さて……じゃあ、オレも終わらせるか」
他が終わったのならこちらも終わらせて良いだろう。カイトはそう判断すると、回避で身を捻るに合わせて抜刀し、振るわれた拳打にカウンターで斬撃を叩き込んでその腕を斬り飛ばす。無論、放置すれば自然と復元するのが敵の利点であるが、別に問題はない。
この敵は言ってしまえば肉体が全て魔力で出来ているも一緒。しかも神々とは違い肉体そのものに内蔵などの道理が無いからか、魔力の流れは非常に見切りやすかった。つまり、神陰流を使うカイトからしてみればコアの在り処なぞ逐一確認するまでもない事だった。
「ほい、一匹」
抜き打ちの一撃から返す刀でまずは一体のコアを切り裂いて消滅させる。そうして一体を切り裂いて生まれた残骸の黒い霧を隠れ蓑に、また別の一体がアメフトのタックルよろしくカイトへと突進してきた。
「いや、それはわかり易すぎだろう」
「いらっしゃいませー」
が、その進路上にはすでにユリィが待機しており、その手には雷が宿っていた。そうして、次の瞬間。敵を飲み込む様に巨大な雷撃が発射され、コア諸共消し飛ばした。
「はい、二体目」
「いや、三体目」
「おろ?」
ユリィの言葉に応じたカイトであったが、その彼の持つ大鎌の先ではまた別の一体が串刺しにされていて消滅していた。タックルを隠れ蓑に更に敵が転移術でカイトの背後に回り込んでいたのだが、その転移の座標にカイトは大鎌を同時に顕現させてやったのである。転移術のもう一つの弱点、転移先の座標に攻撃が置かれていた場合防御も回避も出来ないという弱点を突いた攻撃だった。
「さて……じゃあ、残りもちゃっちゃと片付けちゃおっか」
「りょーかい」
雑魚は雑魚。そう言わんばかりのユリィの言葉に対して、カイトもまた気軽に応ずる。そこからは、この繰り返しだ。拳打に合わせてカウンターを叩き込み、転移に対しては先読みで攻撃を仕掛けて自滅させる。言ってしまえばそれだけだ。が、こんなものが出来るのはこの二人だからなのであって、並の英雄では出来る事ではなかった。
「はい、おしまい」
「な? 別に苦労しなかっただろう?」
「まぁね」
これで終わり、と手を叩くユリィはカイトの肩に座り、頷いた。これで戦闘終了だ。後は、最後の一体が来るのを待つだけだろう。そして全ての戦いが終わると同時に地響きが起こり、カイトの眼前に巨大な漆黒のモヤで覆われた人型が現れた。少し前にシャルロットが討伐したあの巨人である。
「おー……でっかいな、やっぱり」
「うーん……私、象と蟻のアリンコよりちっさそう」
「オレでも蟻になりそうにないなー」
まぁ、当然だったのだろう。シャルロットでさえ圧勝したのだ。カイト達であれば何をか言わんやである。このかつての文明であれば英雄達が束になって戦った相手であれ、二人にとっては苦戦するに値しない敵でしかない。と、そんな彼らの見ている前で黒いモヤが収束していき、二メートル程度の大きさにまで縮小する。
「ほう……中々に面白い事が出来るじゃねぇか」
モヤが収束して生まれた漆黒の人型に、カイトは僅かに牙を剥く。敢えて言えば凝縮された、とでも言えば良い。威圧感はそのままだが、明らかに力の質と格が異なっていた。
より濃密に、より洗練されていたのである。地脈の直上少しに潜っておよそ半月と少し。練り合わされ純度が高まった事で無駄なく戦える様な形態を取れる様になったのである。
「……速度は中々、と。姉貴がちょっとは楽しめるか、と言う程度か」
音を置き去りにした速度で肉薄してきた敵とつばぜり合いを行いながら、カイトはそう判断する。姉貴とはカイトが地球で師事する者の一人、イギリスの『影の国』の女王スカサハだ。
彼女の強さはカイトをしてティステニアを上回ると言わしめたほどの猛者で、もし彼女がエネフィアに居れば歴史が変わっただろうとさえ彼自身が断ずるほどであった。
あまりの強さにカイトが来るまでは敵無し、すなわち無敵に相応しい状態であった。その彼女が少しは楽しめる。つまり、相当な強さである事は間違いない。
「はぁ!」
カイトは武器を消す事でつばぜり合いを強制的に終わらせると、突進に似た状態で姿勢を崩した敵の土手っ腹にジャブを叩き込む。そうして僅かに浮き上がった所に、カイトも僅かに跳び上がって回し蹴りを叩き込んだ。
「おら……よっ!」
どんっ、という音の壁を突き破る音さえ聞こえてきそうなほどの加速で吹き飛ばされた敵はそのまま先程まで自身の居た場所の地面に叩きつけられ、自身の踏み込みにより破壊された地面を更に大きく抉る。そうして地面にめり込んだ敵に向けて、カイトは更に虚空を蹴って追撃を仕掛ける。
「はぁああああ!」
「おまけの連打!」
空中にて大上段に大剣を構えるカイトの肩で、ユリィが無数の雷撃を降り注がせる。牽制だ。そうして雷撃を降り注がせるユリィに牽制してもらったカイトは一気に加速して、敵へと斬りかかった。が、その瞬間敵は超高速で霧化して拘束から抜け出すと、そのままカイトの背後に回り込んでいた。
「っ」
流石に地面に強大な一撃を叩き込んだ衝撃を即座に受け流せるほど、カイトとで物理法則を無視出来るわけではない。が、彼には転移術がある。それ故、背後に回り込んだ敵の更に背後に転移術を使って回り込む。しかし、そんなカイトの背後に更に敵は転移術で回り込んでいた。
「中々に速いな」
「兆候は見切れてもコアは見切れそうにないねー」
「やろうとすれば、という所だが……」
ユリィの言葉にはカイトも僅かに同意したい所だった。別に苦もなく倒せるといえば苦もなく倒せる。が、転移術と霧化を連続されると面倒な相手といえば面倒な相手と言える。楽に倒せるのと面倒だというのは別物だとわかる良い相手だった。
「しゃーない。この千日手は面倒だ」
転移術と霧化の応酬を続けるカイトはこれが連続して面倒になる事を把握すると、即座に手を変える事にする。そうして敵が幾度目かとなる己の背後に回り込む兆候を見せたと同時に、カイトは己の全周囲に向けて無数の武器を創造する。
「一斉射! くらいやがれ!」
「全部持ってっても良いよー!」
敵が転移したと同時。カイトは問答無用に武器を射出する。如何に敵が凄い速度と持っていようと、このタイミングでの攻撃だ。しかも全周囲に向けて無数の攻撃だ。逃れようがない。
そうして無数の武器により貫かれ吹き飛ばされていく敵であるが、その身を貫く武器には鎖が巻き付いていた。直撃と同時に鎖を編み出しておいたのである。
「おらぁああああああ!」
武器に巻き付いた鎖を手にしたカイトは武器を今度はモリの返しの様にして抜けない様にすると、そのまま強引に背負投の様に地面に叩きつける。が、どうやら地面に直撃の瞬間に霧化して逃れたらしい。カイトの眼前に即座に移動していた。と、そんな彼の背の上には、ユリィが立っていた。
「いやぁ、それは見えすぎでしょう……荒べ風、飛べや氷塊! <<風雹弾>>、発射ぁ!」
敵の勢いに負けないほどの業風がユリィの手から吹き荒び、その中を無数のつららが飛んで敵を串刺しにしていく。そうしてそんな風の真下を、姿勢を低くして地面すれすれを駆け抜けるカイトが追撃した。
「おらっ!」
敵に肉薄すると同時。カイトは巨大なスレッジハンマーで敵を強引に上へと叩き上げる。そうして更にその勢いで自らも跳び上がると、更に虚空を蹴って追撃した。
「結局は雑魚なんだろう? さぁて……チート一発、逝ってみるか?」
にたぁ、とカイトが裂けた様な笑みを浮かべ、大鎌を振りかぶる。それはシャルロットの神器。問答無用に対象を殺すという死神の鎌。それで殺す物を、カイトは決めていた。
「さぁ……久しぶりに全力だ……命令だ、殺せ」
ごぅん、と闇が収束するかの様な圧力と共に、敵の身を死神の鎌が貫いた。が、何も起きない。そうして敵が大鎌から逃れカイトの背後を取ろうとした所で、異変に気が付いた。霧化が出来ないのだ。そう。カイトが殺したのは敵の霧化能力。死神の鎌を使ってカイトは能力を殺してみせたのである。
まぁ、殺したというより封じたが正しいのだがそれでも十分だろうし、相手を考えればすごい事だろう。そして転移術も流石にこの状況になると出来ない。兆候を見せた瞬間、カイトの力が迸ってやられるからだ。
「あっははははは!」
霧化が出来ない敵に向けて、カイトは問答無用に地面へと叩きつける。そうして打ち砕かれた岩盤を彼は更に、敵の身体を叩きつけて打ち砕いていく。流石にこの程度ではどうにかなる事はないが、目くらましにはなった。そうして砕かれた岩盤を目眩ましにして、ユリィがカイトが動きを止めた瞬間を狙い定めて魔術を展開した。
「ゼロ距離かつ極大の……<<豪雷砲>>!」
敵に手を当てた状態から、更にユリィは巨大な雷の砲撃を叩き込む。流石に障壁の内側からの攻撃だ。如何に堅牢な敵の表皮だろうと問答無用に打ち砕いていく。が、全てではなかった。
「うーん、後一押し足りない」
「ま、しょうがない……おらよ!」
四肢の大部分を破壊されるもまだ生きている敵をカイトは地面へと叩きつけ、そのまま大鎌で地面へと縫い付ける。
「何事にも相性があってな。その大鎌にも然り、だ」
地面に縫い付けた敵を見下ろす様に、カイトはゆっくりと浮かび上がっていく。そんな彼の周囲には無数の禍々しい槍が顕現していた。
「これは姉貴の持つ<<束ね棘の槍>>……まぁ、オレは卒業していないんで単なるコピーだが……何かと姉貴とつるんでると、そこそこ良い品は出来てな。ま、それはそれとして……その死神の鎌との相性は抜群だ」
カイトの語りに合わせて、だだだだだ、と真紅の血よりも濃い真紅の槍が敵の周囲の円周上に突き刺さっていく。そうしてそれらが力を高め合うかの様に共鳴が始まり、気付けば地面には真紅の魔法陣が刻み込まれていた。
「あばよ」
カイトが告げると同時。真紅の魔法陣が今までで一番の輝きを放ち、中心で敵を縫い付けていた大鎌と共鳴し死という概念そのものを溢れさせる。そうして、死という概念に飲み込まれて敵は完全に消滅を果たす事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1419話『星空の中で』




