第1417話 魔王圧勝
アスラエルら今回の一戦における協力者達が各々の戦いを進めている時。カイトはそれを神殿都市の城壁の上から見ていた。
「勝ったな」
「ああ……って、ちゃうわい。まぁ、どう見ても勝ち確だけどさ」
ティナの呟きに答えたカイトであるが、そんな彼は彼女のジョークに付き合いながらも改めてこちらの布陣を確認する。見ればわかるどころか、考えなくてもわかるとしか言い得ないこちらの布陣だ。負けがあるはずがない。
「剣姫クオン」
まずは、一人目。クオンに苦戦なぞあろうはずがない。これから始まるという神話の戦いの再来に備えて、彼女はこれを本戦においてどの程度の本気度で戦うべきか見定める試金石にしていた。
今はまだ本気ではなく、敵がどの程度か見定める為に一方的に攻撃を受けていた。が、先にも言った通り、単に試金石として確かめているだけだ。確認が終わり次第、一撃で終わる事は確実だろう。彼女は、それほどの猛者だ。
「フロド、ソレイユ兄妹」
「なにー?」
「なんでもねぇよ」
ソレイユの問いかけにカイトは軽く流すだけだ。こちらはアイナディスに言われて――彼女は街を挟んで逆側に居る――の参戦だが、こちらもこちらで敵を一歩も近づけていない。それどころかもうすでに締めに入りつつある。
ソレイユが連撃でモヤを削り、よしんばモヤが硬質化しても今度はフロドによる強力な溜めの一撃だ。その後は当然、ソレイユによる連撃である。敵が霧化もできなくなるぐらいに摩耗するのに、そう時間は掛からなかった。
「アスラエル殿」
次いで、カイトはアスラエルを見る。こちらは敢えて言うまでもない。かつては何体も同時に戦い、一対一であれば負けない事がわかっている相手だ。危なげなく、敵の現状を確認しながら戦いを続けていた。
「ラカムにレイ」
こちらの二人は今回、シャルロットの奉仕者の一人として参戦していた。やはり二人はカイトの部隊の中でもトップクラスの戦士だけはあるのだろう。どちらもまだ本気になってはいないが、それでも危なげなく戦っていた。
「そして……」
「うむ。流石は余の四天王」
「あら……私はここにおりますが」
「構わぬよ。お主は余の側に控えるが常。攻め込まれる可能性もないこの現状で出る必要はあるまい」
ミレーユの言葉にティナはクスクスと楽しげに笑う。その彼女が見る前ではクラウディアとナシムの二人がそれぞれ一体ずつの敵と戦っていた。こちらは国を率いている関係で、どうしても邪神復活となれば直接的に戦う可能性も出て来る。
なので自分達でまずは敵情を理解しておいて、国の防衛に役立てる為に参戦していた。無論、これは表向きの理由で本音はティナが参戦しているので、で良い。
「さて……ティナ、残る半分は任せる。こちらも残る半分を消す」
「うむ……では、ぬかるでないぞ」
「あいよ」
ティナと頷きあうと、カイトはユリィを肩に乗せて神殿都市の城壁から飛び降りて、一同の戦う逆側へと転移術で転移する。逆側にも当然だが、敵は現れていた。こちらにも無論、敵は現れている。既に人員も配置済みだ。
その一方、ティナもまた残る敵を一掃する事にした。そもそも広域の守りであれば誰よりもティナがずば抜けている。彼女は魔術師。それも根っからの魔術師だ。広域に届く魔術だってお手の物である。彼女が中心として戦うのが一番良かった。
「さてと……総数は二十と少し。中には両手の指で足りる程……いや、まぁお付きに少しはおるかのう。ま、どうにせよこの程度であれば問題もなかろうな」
中ではすでにブロンザイトやカイトの協力者――武蔵やバーンタインら――が動いて、すでに敵を無力化している事だろう。であれば、ティナは一切問題が無いと判断していた。そんな彼女は前を見据えると、己の武器たる杖を取り出した。
「どういう料理の仕方でも出来るが……まぁ、とりあえずこの状態では広がりすぎておるのは面倒じゃな」
兎にも角にも守るのなら敵も味方も一塊にしてしまうのが一番楽。優れた軍略家でもあるティナはそう判断すると、早速敵を強制的に招集させる。
呼び寄せた数は七体。今先程彼女らが見ていた六体はクオンらとそれぞれ交戦中であり、更には街の逆側にも何体か居て、アイナディスを筆頭として協力者達が戦っている。そちらには今、更にカイトが向かった。
更にもう一体別に居るが、そちらは後で良いだろう。どうせ敵の目論見もわかっているし、最初からこの一体についてはカイトが片付ける事になっている。問題もない。
「うむ……何時見ても嫌な見た目じゃ」
特に思う事もなく、ティナは邪神の力に汚染されている敵を見る。見た目そのものは『破戒の魔使い』と同じだ。黒いモヤには目の様な気味の悪い模様が浮かんでいて、生理的嫌悪感をもたらしていた。
「とりあえずどうしようかのう」
このまま一気に跡形もなく片付けるのもありと言えばありだ。が、彼女からしてみれば今回の敵は初対戦とも言える。なので彼女もまた、他の面子に倣い適度に肩慣らしをしておく事にした。
「ミレーユ。一応拘束はしておるが、万が一にも脱出した場合にはお主が一撃でやっておけ」
「かしこまりました。お紅茶の用意をしておきましょう」
「まぁ、それでも良い」
どうせ万が一だ。そんな可能性はありえないとティナも思っている。なので銃後に備えてお茶でも用意しておいてくれても問題はない。それに万が一抜け出したとしても彼女であれば問題無いとティナも断言出来る。
というわけで、ティナは少しだけ首を鳴らすと適当に一体の拘束を解き放つ。それと、同時。敵は一直線にティナへと向かってきた。が、その拳がティナの身体を貫かんとした時、彼女の姿がかき消えた。
「残像じゃ……いや、転移術と幻術の複合じゃがのう」
やはり魔王と言われ、魔術であればカイトをして間違いなく一生掛かっても超えられないと断言させるティナの腕前はアスラエルとは格が違うらしい。アスラエルの転移術の兆候を見抜けていた敵はしかし、ティナの転移の兆候と幻術の展開を見抜けていなかった。
「ほれほれ、どうした? 余はここじゃ」
この敵の良い所といえばやはり自らの損害を気にしたり、疑問も無く戦えるという事だろう。故にティナが後ろに回り込んだ事を理解すると即座に転身して蹴りを繰り出す。その鋭さは並ではなく、その蹴りの一撃はまるで斬撃の様だった。無論、ティナには当たらないが。
「ふむ……剣や盾は使わんのかのう」
やはり基本は体術という所なのだろう。が、この身体性能で武器を使えれば強いと思うのだが。ティナは出来れば使えるか否かは確認したい所だと思う。
というわけで、彼女は敢えて敵に武器を与えてやる事にした。そうしてそんな彼女が繰り出したのは、カイトが最も得意とする武器の創造による敵への掃射だ。
「別に余が出来ぬわけではない……というか、カイトに教授したのは余じゃからのう」
降り注ぐ武器の雨を時に拳で、時に蹴りで、時に身を捻り対処する敵を見ながら、ティナはそうボヤく。やはり適性の問題でカイトの様に近接戦闘で使える武器は創れないが、この程度であれば造作もない事だった。
まぁ、それ故やはり攻撃力としてはカイトより数段落ちるが、それで問題はない。これが通用するのは雑魚が大半。強敵には牽制にしかならない。本来はカイトの様な馬鹿力で叩き込む意味はないのだ。
「ふむ……」
そんなティナであるが、口調に反して目は真剣そのものだ。時に身を捻り武器を打ち砕く敵であるが、彼女が創った武器は所詮その程度というわけでもある。はっきりと言ってしまえば敵が鹵獲出来る程度にしておいた、というわけだ。
「こちらの武器創造のコントロールは奪えぬか。まぁ、流石にそこまでなると相当高度な技術が必要ではあるが……ミレーユ!」
「なんでございましょう……お紅茶ならまだ準備が整っておりませんよ?」
「それは良い。何か使い捨ての剣でもないか」
「はぁ……それでしたら、これで。城下町の近くに捨てられていた物を回収して、廃棄しようとして忘れていたものですが……」
ミレーユはティナからの要請を受けて、どこかで手に入れたまま仕舞っていたらしい片手剣を取り出してティナへと差し出した。量産品で高価なものではないし、丁寧に使われていたわけでもないらしい。ボロボロというほどではないものの、使い捨てられた様な印象があった。
「うむ、これで良い」
ティナは一つ頷いて片手剣がまだ武器としての性能を保っている事を確認すると、それを武器の雨の中に混ぜる事にする。そうしてそれを放つのは、敵が確実にこの片手剣を手に取れるタイミングだ。
「ほれ、くれてやるぞ」
きちんと自分が使える武器をどうするか。ティナはしっかりと確認すべく魔眼を起動させる。そうして、彼女の観察している前で片手剣が武器の雨に混じって発射され、敵の手の届く所まで一直線に直進する。
「……ふむ」
ミレーユから提供された片手剣が敵の手の届く範囲に到着するや否や、敵は漆黒のモヤを伸ばして片手剣を鹵獲する。どうやらティナの魔力で編み出された武器はコントロール出来ないが故に鹵獲していないだけで、武器を使うだけの知性はあるという事なのだろう。そうして、彼女の見ている前で敵はその漆黒のモヤで武器を覆い尽くした。
(ふむ……あれであれば問題なく斬撃は放てような。切れ味は……十分か。斬撃も……しっかりと腰の座った斬撃。素体の技術か、それとも邪神による技術の供与か……それは流石にわからぬか。ふむ。片手剣もどちらかと言えば少し肥大化し、両手剣になっておるな。素体が得意とした得物と考えるべきなのやもしれん)
おそらく今回の襲撃を行っている敵は戦士が素体だろう。それ故、ティナは敵の技術についての判断はまだ行わない事にする。どうせまだまだ敵は居る。しっかりと実験体になってもらうだけだ。
と、少し考察しすぎていた、という所なのだろう。剣を手に入れた事で攻撃速度を増したらしい敵が転移術で消えた。が、別にだからなんなのだ、としか言えなかった。
「ふむ。なるほど、中々に面倒じゃとは見ていて思うておったが……別にさほど面倒というわけでもないか」
「お見事です、姫様」
「別に褒められるほどの事でもあるまい」
転移術で消えた敵だが、当然ティナにはその出現の兆候は見抜かれていた。が、それでも敵は問題無いと判断していた。アスラエルの時の様に、この僅かな一瞬でコアの場所なぞ理解出来ないと踏んだからだ。
が、それはあまりに彼女を侮り過ぎていた。彼女は魔王。カイトが来るまで最強と言われ、ティステニアを操った者たちさえ封印という判断を行ったほどだ。転移した直後にティナは敵を真正面に捉え、杖で敵の素体のコアを貫いていた。
「ふん」
他愛もない。ティナはそう言わんばかりに軽い感じで杖を振るい、突き刺さったコアの残骸を振り払う。そして、そのまま杖の頭を残る敵の残骸へと向けた。
「邪魔じゃ……ではな」
杖の頭を向けられると同時にコアの残骸を追走する様に吹き飛ばされた敵の残骸を見ながら、ティナは杖で地面をとんっ、と叩く。それを受けて、敵のコアと残骸の両方が光の中に消え去った。後には当然、何も残らない。
「さて……次の実験じゃな」
邪神の悪意に汚染された存在が武器を使える事はわかった。そしてそれが分かれば、また知りたい事も出来てくる。となると、いくつか必要な物もある。そしてそれについては、『実験』を開始した直後から準備を進めていた。
「さて……まぁ、さほど特異な武器は習得はしておるまい……クー」
『ご用意出来ておりますぞ』
「うむ」
ティナは少し離れた町に買いに走らせた使い魔三匹から、各種の武器を受け取る。用意させたのは戦士が主に使う片手剣、大剣、槍、斧、大斧、果ては杖などの基本的な物だけだ。
鉤爪などの変わり種は用意していない。あまり特殊な物は使わないだろう、という判断だ。もちろん、持ってきた物についてもどれもこれもが大量生産の量産品。粗悪な鉄製品や普通の木製で、与えた所で特段の問題にもならないものだ。
「さてと……」
「姫様、お紅茶の用意が出来てございます。小腹満たしにスコーンなども」
「うむ……うむ、お主のスコーンはイギリスのスコーンよりも遥かに美味い」
「ありがとうございます。材料にも拘っております」
「うむ……では、少し踊れ……ああ、ついでに魔術が他にも使えるのなら披露してみせよ」
ティナはミレーユによる給仕を受けながら、残る敵を順々に解放していく事にする。一方的なまでに命を蹂躙していくその姿はまさに、魔王そのものと言っても過言ではないだろう。
「さて……お主は何を選ぶ? 魔王の餞別じゃ、好みの物を受け取るが良い。何、数は人数分用意しておる。遠慮はするな」
紅茶を片手にスコーンを摘みながら、ティナは敵が武器を選べる様に武器の操作を行う事にする。片手間でも倒せる程度の相手だとはもう理解している。なら、片手間に倒すだけだ。
そうして、彼女は気付けば各々の討伐を終えたソレイユらやクラウディアらと共に、適当にカイトが残る全ての敵を始末するのを気ままなお茶会でもしながら待つ事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1418話『勇者圧倒』




