第1413話 賢者との出会い ――ソラ編――
少しだけ、話は横道に逸れる。ソラが出会った賢者ブロンザイトの弟子トリン。彼は師がカイトとの間で会談を得ていた一方でソラとの間で会合を果たしていたわけであるが、その後彼は自身と師が宿泊する宿屋にて合流していた。
「トリン……これからしばらく共に暮らす事に相手と相見えたわけであるが、どうであった?」
「あ、はい……少し予想外の人物でした。冒険者とお師匠様が言うのでもっと荒々しい人物だと思っていましたけど……予想以上に柔和な物腰の人でした」
トリンが得たのは、そんな感想だ。やはり三十年近くも旅をしていれば何度も冒険者に出会う。その中で得た印象から、冒険者とはカイトなどのごく一部を除けば荒々しかったり豪快な印象を受けたのがトリンの感想だ。が、ソラはそんな印象からはかけ離れていた。そんな彼に、ブロンザイトは楽しげに笑う。
「そうかそうか……どうだ? やっていけそうか?」
「……そうですね。彼なら、まだなんとか……」
やはりトリンとしても相手が自分の家族に近いブロンザイトが相手だからだろう。おどおどと言う印象は見えなかった。そんな彼はソラの事を思い出して、なんとかやっていけるだろうと思っていた。それを見て、ブロンザイトは頷いた。
「そうか……であれば儂はこの件を受けようと思うが、どうじゃろう」
「お師匠様の判断を僕は信じています。お師匠様がそう判断されたのなら、それが最善だと思います」
「そうか。では、カイト殿にこの話を受け入れる事を改めて申し出よう。それと共に、トリンの事も紹介しよう。お主もそれで良いな?」
「少し緊張します。相手はなにせあの、勇者カイト様なので……」
「ふぉふぉ……この縁が結ばれれば何度となく会う事になる相手じゃ。慣れておくのが、良いじゃろう」
「が、がんばります」
ブロンザイトの指南に、トリンは少し緊張しながらも頷いた。やはり彼もカイトの事は知っていたらしい。そもそも今回は勇者カイトとしてブロンザイトを招いている。知らないというのがおかしな話だろう。そうして、二人はソラとの会合に備える事にするのだった。
カイト達が対邪神の準備に勤しんで数日。一度カイト達と皇国上層部の間で連携の為の会合が開かれる事になっていた。これそのものは現状皇帝レオンハルトが滞在している事を考えれば不思議の無い事だ。なので誰も疑問に思う事はなく、大手を振って会談を行えていた。
「であれば、マクダウェル公よ。そちらの準備は整ったと?」
「ああ、もちろんだ。何時如何なる時に奴らが攻めてこようと、問題なく行動に入れる」
近衛兵団の高官からの問いかけにカイトははっきりと頷いた。いくらこの事件は全てマクダウェル家が主導して片を付けるとなっていると言っても、皇帝レオンハルトの身の安全の確保は彼らの仕事でもある。彼らも彼らで動いていた。
「町中での安全の確保についても余が請け負おう。こちらについてはすでにブロンザイト殿がご助力くださった」
「あの賢人がこの地にいらっしゃっているのか?」
「ああ……少々故あって、彼を招いていた。これは皇帝陛下もご存知だ。これについてはこの案件とは別の案件であったが……こちらに来られてご挨拶された際、彼の方から協力を申し出頂いた。なので有難く受け入れさせて頂いた」
やはり知る人ぞ知る賢者だろうと、近衛兵団の指揮官クラスになると知っていて当然と言えるらしい。神殿都市に来ていると聞いてにわかに興味を見せている者は少なくなかった。
そして彼の事を知っていればこそ、近衛兵団の指揮官達もより一層の安堵を見せた。カイト達に手抜かりはないと思っているが、そこに更に賢者が協力しているというのだ。武に優れた勇者と、知恵に優れた賢者。より盤石だと言うのは、誰からも納得出来た。
「そうか……であれば、問題は無いのだろう」
「うむ……それで、彼は今何処に?」
「接触はせんで良い。これは余の命だ」
ブロンザイトの居場所を聞いた近衛兵に対して、皇帝レオンハルトが制止を掛ける。確かに皇帝レオンハルトとて近衛兵達の思惑はわかる。何も彼らとて賢者をひと目見てみたいと言うだけで申し出たのではない。彼の身の安全を確保すべきだろう、という話もある。しかし、皇帝レオンハルトが制止の理由を明言した。
「隠者は滅多に人前に姿を現さぬからこその隠者。下手に騒ぎ立てては彼の心象を損ねる。それは避けたい」
「登用はお望みでは?」
「可能なら登用したい所であるが、今まで数多の王が訪ねてなお断ってきた賢者だ。そしてこのタイミングで我らに接触を図ってくれたのは間違いなく、我が皇国に対して良く思えばこそ。この縁を良しとして、今それ以上を望むは愚行であろう。彼の協力がこの案件において有益である事は間違いがない。この案件をマクダウェル家に任せるとしている以上、それに協力する彼の邪魔をする事は余の命に背く事でもあると心得よ」
皇帝レオンハルトはその場の全員に対して道理を説いて、同時に言外に彼の自由を認める事とする。下手に登用しようと勧誘を行うのは避ける様に、と言ったわけである。そうして、カイトが更に言葉を引き継いだ。
「ブロンザイト殿はこちらに適時向こうから接触されるばかりで、居場所は杳としてしれない。が、この街のどこかにはいらっしゃる事は確か。今は事が事だ。安易な接触は避けるべきだろう」
「ふむ……確かに下手に騒ぎ立て、彼の策を邪魔するわけにもいかぬか」
「確かに」
賢者らしいといえば賢者らしい。必要な時に必要な事をしてくれる。それで十分ではないのか、と問われれば誰もがそれで十分としか言い得ない。そうして、更に幾つかの話し合いが持たれて、その会合は終わりとなった。
「では、此度の会合はこれで終わりとする。マクダウェル公。しばし話がある故、貴公は残ってくれ」
「かしこまりました」
皇帝レオンハルトの閉会の合図の後、カイトは他の公爵以上の貴族達や近衛兵団の騎士達が去った後も残る事にする。とはいえ、実はこれはカイト側からの申し出で、敢えてバレない様に彼からの命令にしてもらったというだけであった。そうして残った彼に対して、皇帝レオンハルトは本題に入る前に、と少しの雑談を挟んだ。
「話は聞いた。ソラくんが旅に出るという事であったな」
「はい。それ故、今回はブロンザイト殿が来てくださったというわけです」
「うむ……が、俺はそれだけではないと見るが」
「やはり、陛下もそう思われましたか」
「賢者が本来はしないだろう行動を取ったというのだ。そこに何かの理由が無いと呑気に考えられるほど、俺とて愚者ではない」
当然といえば当然の事だったのだろう。皇帝レオンハルトとて何かがあると察していたようだ。カイトの言外の称賛に対してどこか呆れた様子さえ見せていた。
「それで、何があったというのだ」
「は……改めて、申し上げさせて頂きます。この事は何卒、厳重に口を閉ざす事をお約束ください」
「そうか……公がそこまで言うほどということか」
基本的にカイトは皇国への忠心が厚い人物だと知られている。そしてその認識は皇帝レオンハルトもまた持っていた。その彼が念を押すというのだ。相当に難しい問題を孕んでいたのだろうと皇帝レオンハルトも察した。
「はい……此度、私が陛下にお話をしたいのはそれに関係がある事でもあります」
「ふむ……聞こう。賢者が口外を望まず、そして公が密かに話をしたいと言うほどだ。よほどの事なのであろう」
皇帝レオンハルトは一つ頷くと、カイトへと話を促す。それに、カイトは先ごろブロンザイトから聞いた話をかいつまんで話していく。そうして語られた内容に、皇帝レオンハルトは思わず声を上げた。
「なんと!?」
「陛下。お声が大きくございます」
「……すまぬ。だが、なんと……その様な事があったとは……それで、公よ。ブロンザイト殿は何を望む」
「は……その件にて一つ、陛下に頼みがございます」
気を取り直した皇帝レオンハルトの申し出に対して、カイトは一つの頼みを依頼する。そしてそれを聞いて、皇帝レオンハルトは目を見開いて驚きを露わにした。その驚き様は下手をすれば先より大きかったかもしれない。
「なんと……それしか望まれなかったというのか」
「は……それで良い、と。私からも数々の申し出を行わせていただきましたが……ブロンザイト殿はただ、それで良いと」
「うぅむ……流石は賢者ブロンザイト。<<礼節を知る者>>と言われるだけの事はある……」
皇帝レオンハルトは一つ唸り、そして嘆息する。そこには先とは違い、掛け値なしの尊敬と畏敬の念が滲んでいた。そうして、そんな彼が出した答えは一つだった。
「良かろう。俺が直々にこの案件については許可を出そう。無論、皇国として支援も行おう。その程度、我が皇国であれば造作もない事よ。公よ。賢人の申し出通り、公も可能な限りそのお望みに沿う様に動いてくれ」
「はっ、有難うございます」
皇帝レオンハルトの許可を得て、カイトは深々と頭を下げる。皇帝としての打算もある。皇国としての利益もある。が、それでも皇帝レオンハルトとしてもカイトとしてもこの判断を良しとした。
そうして、カイトはこの重要な案件に皇帝レオンハルトからの許可を得ると、その案件を進めるべく動き出すのだった。
さて、そんな皇帝レオンハルトとの会談から明けて翌日。この日、カイト達の宿泊するホテルへと客が訪れた。
「天音ー。なんか一人の変な爺さんが来てるぞー」
「変な爺さん? どんな?」
「若いってか俺達より年下の子供連れた爺さん。なーんかしわがれてるってか……変な仙人とかそんなっぽいの」
「っ! バカ! そんな無礼な事を言うな!」
カイトは取り次いでくれたらしい生徒の話を聞いて、この相手が誰かを理解した。言うまでもなく、ブロンザイトだった。と、そんなカイトの様子に泡を食ったのは取り次いだ生徒だ。
「え、あ、どうした?」
「相手のご老人は掛け値なしの賢者だ! 間違っても無礼な事はしてないよな!?」
「え、あ、そりゃ……もちろんそうだけど……」
「良し、それなら良い。彼は間違いなく歴史に名を残した偉人だ。ああ、ソラを呼んでくれ。あいつの客に近くてな」
声を荒げたカイトの問いかけに困惑する生徒はギルドマスターを訪ねてきた変な老人だとしか思っていなかったが、老人を相手に無礼な事をするわけでもなかった。それにカイトは安堵しながらも大慌てで身だしなみを整えると、ホテルの玄関口に居るという彼を直々に出迎えに向かう事にする。
「ブロンザイト殿。失礼致しました……が、流石に同じ街に居ますので、来られるというのであれば一言お声掛けくだされば、こちらから出向きましたのに……」
「ほっほほほほ……なぁに、こうやって若い者が驚く様子を見るのは老人の数少ない楽しみの一つ。許してくだされ」
「はぁ……そういう事でしたら、良いのですが……」
気軽に笑うブロンザイトに対して、カイトは不承不承ながらも頷いて了承を示す。彼が楽しいのであれば、それで良いのだ。が、気を遣わせたのであればそれは彼の配慮不足だった。
「それで、こちらに来られたということは……ソラが目的で?」
「そう考えて頂いければ結構です」
「わかりました。とはいえ、流石にここでの立ち話は紹介の場としては不適切……応接室を用意してあります。どうか、そちらへ」
「かたじけない……これは儂の弟子。その紹介もそちらでさせて頂きましょう」
ブロンザイトはカイトの申し出を受け入れると、彼の案内を受けて応接室へと向かう事にする。そうして向かった先にはすでにソラが連絡を受けた待っていた。
やはり自分が弟子入りするかもしれない賢者が相手なので、緊張している様子だった。彼はブロンザイトが入ってくるなり、立ち上がって頭を下げた。
「お待ちしていました。この度はありがとうございます」
ソラは深々と頭を下げ、改めてブロンザイトの顔を見る。基本的には彼は老人で間違いない。それも物語に語られる賢者の様相で間違いない。裾が擦り切れたローブに、動きやすい軽装。深いシワの刻まれた顔。灰色の長い髪。想像する通りの賢者という所だった。そんな彼に、ブロンザイトが問いかけた。
「うむ……お主が、カイト殿が言われておったソラで間違いないな?」
「はい。天城 ソラ……こちら風に言えばソラ・天城です」
「そうかそうか……うむ。まずは腰掛けたまえ」
ソラの自己紹介を受けて、ブロンザイトがソラへと席を勧める。そしてソラが腰掛けた所で、ブロンザイトが横のトリンを紹介する。
「これは儂のまぁ、息子にしてお主の兄弟子という所であるか。名はトリンという」
「トリンです。以前お見え致しましたが……きちんと名乗るのは初めてですね。お見知りおきを」
「あ……有難うございます」
ソラはトリンの自己紹介に頭を下げる。やはり一度見知っていたからだろう。トリンも怯えはあまり見えなかった。あまり、なのでカイトの前という事もあって少しのおどおどさは見えたが、その程度であった。こうして、ソラは己が弟子入りする事になる賢者ブロンザイトと出会う事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1414話『賢者ブロンザイト』




