第1411話 賢者との出会い
少しだけ、時は遡る。収穫祭より少し前。ソラが賢者への弟子入りを決めた少し後の事だ。彼はカイトに連れられて、マクスウェルの公爵家本邸の奥にある大奥とでも言うべき所と本邸の狭間にやってきていた。そこに居たのは、黒白の双子だ。珠族の族長筋の娘、パールメリアとパールメルアの二人である。
「で、ロリコン」
「いきなりの罵倒やめーや!」
「ああ、失礼致しました。確かに貴方はロリコンではありませんわね。ロリもいける、というだけで」
「異常性癖」
「てめぇらな……後で覚えてやがれよ……」
会って早々飛び出した罵倒に、カイトがジト目で睨みつける。とはいえ、それに対して二人は特段なにかを思うわけではない様子だった。
「で? 結局なんのご用事ですか? この時間に男連れですのでいつものエロエロでは無いでしょうが」
「あたりめーだろうが……こいつが少し賢者を紹介して欲しい、という話でな。こいつは一度会っているはずだが……」
「ええ、ご挨拶はすでに。と言ってもあの時は一方的な名乗りに近かったわけで、決して名乗ったわけではありませんが」
パールメリアは改めてソラを見て、そう言えば居たな、と思い出す。結局あの時はどちらも名乗ったわけではない。もちろん、この時期なのでもう桜達は見知っているし普通に一緒に買物などもする仲であるが、逆にソラ達の事はあまり知らなかった。そういうのが居るとは聞いていても、顔と名前は一致していない。
「そうか……なら、一応紹介しておこう。オレの補佐をしているに近いソラだ。中学時代からの親友……と言っても良いんだろうな」
「えっと……ソラです」
「初々しい。この初々しさ。まさに少年という感じですね」
「初心」
どうやらカイトから改めて親友と明言されて顔を真っ赤に染めて照れかえるソラに、パールメリアもパールメルアも少しの嗜虐心を覗かせている様子だ。やはり自身でも親友だとは思っているソラとて、改めてはっきりと言われると恥ずかしかったらしい。
「あはは。流石にオレも三十路前でこれを言うのは恥ずかしいからな……と、まぁそれはさておいて、だ。こいつに賢者を紹介してやって欲しい」
「ふむん……ああ、とりあえず。私はメリア。こちらは姉のメルア。そうお呼びくださいまし」
「良いんですか?」
「まぁ、この男の親友というほどなのですから、結局は類友の馬鹿というわけなんでしょう。なら、別に構いません」
ソラの問いかけに対して、メリアはさほどどうでも良いのかあっけらかんと自分達の名を呼ばせる事に許可を下す。彼女らはやはりカイトに染まっている。更にはカイトとの関係からかなり高度な力を持っている。そこらで名前についてもかなりどうでも良かったのだろう。
「は、はぁ……」
「で、賢者ですね。もちろん、何人も居ますとも。あの美女の皮を着た金の亡者にも教えていない賢者が何人も……とはいえ、それらは必然として隠者が大半」
「基本は他言無用」
「そうですね。彼らはあまり表舞台には立ちたがらない。それを、紹介してくれ。そう言うからにはそれなりの理由が必要と見て間違いは?」
パールメリアは真剣な目でソラを見据える。その眼力はとても強く、ソラでさえ思わず気圧されるほどだった。が、ソラとてここで終わるわけにはいかない。というわけで、ソラはここ数週間で得た久秀との会合、自分の苦境などを語っていく。
「あら……」
案外この男は指揮官や指導者としてやっていけるのかも。パールメリアが思ったのはそんな事だ。何故そう思ったのかというと、彼一人で今まで回っていたからだ。今になって無理な体制だったと自覚しているが、指摘されるまで回っていたのだ。つまり、それだけの能力があるという事の証明でもあった。
「……ふむん。確かに、自分だけで無理となって賢者を頼ろうというのは正しい判断。そして求めるのなら最優を求めるのは当然の判断です。まぁ、そこはこの鬼畜の言葉に誑かされた形にも近いですが……」
「お前……今日の夜、マジで覚えとけよ。鬼畜鬼畜言うんならマジで泣きを見せてやる……」
「それで後日またこの幼気な私にロリコンと呼ばわせるのですね、わかります」
「予定調和。被虐嗜好。背徳に興奮……勃ってる?」
「お前らなぁ! 後、メルア! 女の子がそんな事言うな!」
ものの見事に冗談めかした様子で返した双子に対して、カイトが今日何度目かとなる声を荒げる。と、そうして何度目かのじゃれ合いが入り、そこそこでソラが口を挟んだ。
「え、えっと……それで、大丈夫か?」
「ああ、紹介ですね。はい、承りましょう。何より彼の助力にもなる。なら、断る道理がありません」
ソラの問いかけにパールメリアは特段の迷いもなく頷いた。結局最後の一押しになったのは、カイトの為になるからだ。なんだかんだ言いつつも、カイトの事が好きなのであった。
「まぁ、そう言ってもそうなると一度実家のお父様の方にお伺いを立てて、といろいろとする必要があります。なので今すぐに紹介を、と言っても出来ません。基本、私達は族長の娘という立場ですし……あくまでも仲介者に仲介する、という所なのはご理解くださいまし」
「ああ、それで十分だ」
パールメリアの言葉にソラが深々と頭を下げる。そうして、彼は二人に賢者へと仲介を頼んで、再び仕事へと戻っていく事にするのだった。
さて、時は進んで再び収穫祭。そこでカイトは一人の老人と会合を得ていた。と言っても相手はアポ無しだったが、どういうわけかしっかりカイトの予定が無い時間にやってきていた。
「おぉ、カイト殿。アポも無しに訪ねたにも関わらず、応対頂き感謝致します」
「ブロンザイト殿……いえ、こちらこそわざわざお越しいただいて感謝しています。まさか<<礼節を知る者>>ほどの方が動いてくださるとは……」
アポ無しに対して謝罪と感謝を述べた老人に対して、カイトはしきりに恐縮していた。実はカイトは大戦期に何度か彼と会っており、知っていたのである。なお、ブロンザイトというのは実は偽名だ。
もしくは彼に対して尊敬の念を示しての二つ名でも良い。彼のコアがブロンザイトだから、という所もある。本当の名は別にありカイトも知っているが、賢人を相手に本名で呼ぶのは恐れ多いと二つ名で彼も呼んでいた。
「いやいや……儂はただカイト殿から受けたご恩を返しに参った次第の事です。その節は我が同朋が世話になりました。結局、あの後は不幸にもお会いできる事がありませんでしたので……この場を借りて、改めて感謝を申し上げさせて頂きたい」
「いえ、頭をお上げください。あれは私の方こそ恩がある。おかげで彼女らを救えたわけですし、大戦の最中には何度か貴方の策に助けられている。そのご恩を返したまでの事です」
頭を下げて感謝を示したブロンザイトに対して、カイトは慌てて彼を助け起こす。助けられた恩を返して、それでここまで丁寧に礼をされては立つ瀬がない。そうしてそこらのかつての縁についてを語り合った後、カイトは改めて頭を下げた。
「まず……本当に今回はありがとうございます。ですが、良かったのですか? 頼んでおいてこういうのはなんですが、伝え聞いた所によるとちょうどお弟子さんを取られているとか。貴方は滅多な事で弟子を取られる方ではない。二人同時に弟子を取った、というのは私も聞いた事がありません」
「……まぁ、いろいろとありましてな……」
カイトの問いかけにブロンザイトは僅かに自嘲する様な苦笑する様な不思議な笑みを浮かべる。それに、カイトも彼がやはり何か特別な事情を抱えているのだと理解した。賢者がいつもと違う動きをするのだ。であれば、それには特別な理由があっての事と理解するぐらいは彼にだって出来る。
「それは貴方がこちらに来ていた事になにかご関係が?」
「……そうとも言えますし、そうとも言えますまい。可能性の一つとしてこれは想定していた、というだけに過ぎません」
「では、このタイミングに来られたのも?」
「ええ……ここにこのタイミングで来るのも、想定していた可能性の一つと」
おそらく本当なのだろう。カイトはブロンザイトの言葉が真実であると理解する。そうでなければ頼んですぐに近くに来ているという連絡を寄越せるはずがない。なぜ、どうしてと疑問は多い。多いが、これが事実と捉えるべきだと数多の賢者達との出会いを得ている彼にはわかっていた。
そうして、彼はしばらくの間老賢者との間で言葉を交わし、彼の思惑やどうしてここに来たのか、ソラをどうして受け入れようと思ったのか、このあとはどうする予定なのかと聞いていく事にする。
「……」
「と、言うわけです。それ故、我々はこちらに」
やはりソラに関わる事だからだろう。カイトの目は真剣そのもので、この話がどういう展開を生み出すのか、と無数の考察と推測を行っていた。そうして、しばらくの後。カイトが頭を下げた。
「……お願いします。これは必要な事なのでしょう。あいつにとっても、貴方にとっても」
「おぉ、ありがとうございます」
「ですが、再度お尋ねします。本当によろしいのですか? あいつはまぁ……頼み込んだ側が言うべきではありませんが、その馬鹿ではないですが、決して器用でもありません。オレに似て、どこか愚かな所がある少年です。ご負担にならねば良いのですが……」
「ご心配してくださいますか。ですが、心配ご無用。伊達に賢人なぞと言われてはおりませぬよ」
カイトの心配に対して、ブロンザイトは気軽に笑ってみせる。そうして、彼は改めてカイトへとはっきりと明言した。
「それに、カイト殿に似ているのなら尚更安心。是非とも、この縁を結ばせてくだされ」
「……わかりました。お願い致します。それで、ソラへは何時頃お会いになられますか?」
「そうですな……こういうのは第一印象が重要。師が弟子入りするに足ると見せる必要があります」
「まさか。もう彼は十分貴方が弟子入りするに足りると知っていますよ。私も、叶うなら弟子入りしたいほどだ」
なにせカイトが呼び寄せる前にブロンザイト達は来ていたとソラは聞いているのだ。あの時点で自分には想像も出来ない領域で策を張り巡らせているとも理解していた。故にカイトも思わず苦笑気味に肩を震わせていた。が、それにブロンザイトもまた笑みを浮かべる。
「いやはや。流石にあの賢者ヘルメス殿の子で、かの伝説の魔帝と麒麟児ウィスタリアスの教えを受けた者に儂が教えられる事なぞ殆どありますまい」
「それでも、やはり先の言葉で私はまだまだだと思い知らされた限りですよ。やはり賢者は賢者と言われるだけの事がある。いや、お恥ずかしい限りで私はどうしてか、物事を単純に考える趣きがある。根がどうしても、武張っていますから……ね」
「ははは」
カイトの冗談にブロンザイトは再度笑う。と、そうして一頻り冗談に笑いあった所で改めてカイトが問いかけた。
「にしても……どこでお聞きになられたのですか? この事は私も敵より聞いて知った事。皇国でもおそらくまだ貴族であれば公爵以上、軍であれば高級将校以上の者しか知らないでしょう」
「ふむ……単純な推測という所ですな。おそらくかの邪神……本当は正気を保っていたのではないか、と推測しております」
「我々もそう推測しております……それで?」
「はい……それで、おそらく御身の事を警戒しているのではと思ったのです。そして今この時、月の女神も目覚められた。であれば、こちらにどれだけの戦力が整っているか調べたいと思うのは当然の判断。威力偵察を行うのは軍事的に当然の判断でしょう。であれば、ここを狙う。ただ、それだけの事です」
「そうなのでしょう」
この襲撃を宗矩から聞いた時、カイトも皇帝レオンハルトら皇国上層部もおそらくこれが威力偵察だと即座に理解した。彼も同じ様に判断したというだけなのだろう。
「であれば、相当数の敵が来る。しかし、御身の事であれば必ず陛下にこう申し出たはずです。この一件、全て自分にお任せください、と」
「……恐れ入りました。正解です。では、それに協力してくださると?」
「はい……おそらく、彼もこの戦いには加わらざるを得ないのでしょう。どうせなのでちょうどよいデモンストレーションにさせて頂こうかと」
「わかりました。<<礼節を知る者>>殿のご助力、有難く受けさせて頂きましょう」
<<礼節を知る者>>は知る人ぞ知る賢人だ。その助力であればカイトとて拒絶はしないし出来ない。今後にも有益だというのだ。尚更、受け入れるべきだろう。そうして、カイトはソラに自らの実力を示すというブロンザイトの助力を得る事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
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