第1409話 お疲れ様
クズハの叔父にして現エルフ代行王、摂政のスーリオン。彼との会談は彼の方が空気を読んで、少々の邪神復活の話だけで仕事の話は終わる事となる。が、その後に始まった彼の趣味兼もう一つの仕事である大神殿の神官の話に入った途端、彼の話は留まる事を知らなかった。
そうしておよそ一時間程度カイトは延々とこの二百年ほどどういう改修を行ったか、と聞かされたわけなのであるがその頃合いでアラボアが口を挟んだ。
「陛下。お時間が……」
「うん? もうかね。まださほど時間は経過していないと思ったんだが……」
「はい。先ごろ使者の方が下に来られてご予定に変わりはないか、とご確認されていかれました」
「おや……ああ、本当だ。いやぁ、すまないね。どうにもやはり身内に会うと普段話せない話ができるので、楽しくなってしまう。こういう話ができるのは国では今はオーディオンの長ら極少数でね。楽しかったよ」
「いえ。私もぜひ今度案内して頂きたいものです」
「そうだな。その際には私が時間を空けるべきなのだろう。また連絡をくれたまえ。その頃にはおそらくこの邪神の一件も終わっているだろうしね」
カイトの申し出にスーリオンが笑顔で快諾する。そうして、彼らは次の相手が来る時間が近いと着替えに入るスーリオンにお暇して、その場を後にする事にした。
「……おつかれさまです、お兄様」
馬車にまで戻った後、カイトへとクズハが頭を下げる。その顔はやはり、引きつった笑顔を浮かべていた。
「あ、あははは……そうか。神殿の改修が終わったのか……」
あれを初めて見た時の事を、カイトは思い出していた。あれを初めて見たのはかつての戦乱で王都が陥落して大神殿が崩壊し、兄とその妻――つまりクズハの両親――の葬儀を執り行う為に急場だが大神殿の修繕を行った時だった。その時からすでにこの改修計画を建てていたらしい。
あの時はまだ彼は摂政に就任するとは決まっておらず、単なる大神官だった。それ故か今よりも更に暴走――勿論兄夫婦の菩提を弔いたいという気持ちがあっての事だ――していたのであった。これでもまだ時間が限られているので抑え気味だったらしい。
「……この一年。叔父上は口を開く度に終わった大神殿の改修に関する話ばかりでした。その前十年ほど、ずっとアマデウスが鐘の改修があーだこーだと言って文句を言ってばかりで一向に進まん、と……」
クズハが遠い目でこの一年の事を振り返る。会う度会う度に大神殿の話を聞かされていたのだ。それは耳にタコが出来るし、嫌にもなろう。
「それが終われば終わったで今度はあいつの言う事は正しかった。王でなければ伏して詫びたい所だ、と何度も何度も延々と……うふふ……」
「……なんというか……すまん。クズハ。とりあえずおいで」
「……ん、ごめん」
一人あの語りに耐えてきたのだろう。遠い目をして黄昏るクズハにカイトとアウラが謝罪する。と言っても、これは仕方がないといえば仕方がない。カイトが居た当時はまだスーリオンは摂政に就任してすぐ。こんな事を言える余裕は彼の側に皆無だった。
そしてアウラはアウラで彼女は家族とは言い難い。なのでこういう事を聞かせる相手とは考えていないのだろう。なので被害にあうのはもっぱらクズハだった、というわけであった。
「うぅ……もしやすると、叔父上からの結婚の圧力よりこの愚痴から解放されるのが私は一番うれしいかもしれません……」
「そ、そうか……」
疲れてるなー、とカイトは自らの膝の上に座り、胸に縋り付いて妙な笑いを浮かべるクズハを見ながら思う。とはいえ、確かにそうなのかもしれない。結婚云々については言ってしまえば王としての職責から来るものだ。叔父としてはできればカイトと結ばれて欲しいと思っている。なのでこちらも理論武装さえ出来ていればどうにでも対処できる。鉄面皮で受け流す事もできるだろう。
が、趣味だけはどうしようもない。趣味ゆえに理論武装が通じない。話についていけるかいけないか、の差でしかないのだ。もし話についていければ、その時点で同類だ。なので苦にも思わないだろう。愛想笑いを浮かべるしか出来ないのだ。
「そ、そうだ。これで終わりだから、久しぶりにオレがなにかおやつでも作ってやるよ。何か食べたい物はあるか?」
「……パフェ。パフェが食べたいです。果物たっぷりホワイトクリームたっぷりのパフェが食べたいです。ソフトクリームが乗っていれば尚良」
「良し。帰ってから作ろう」
カイトはフィーネを伺い見て彼女が即座に頷いたのを受けて、クズハのわがままに即座に応ずる。幸いな事に今は収穫祭で、各地から新鮮かつ高級な果物が山程揃っている。ソフトクリームを作る道具もある。問題なく作れるだろう。そうして、カイトはお疲れ気味なクズハを宥めながら、公爵家別邸へと帰還する事にするのだった。
さて、ホテルへの帰還後。カイトはクズハのご機嫌取りをティナに任せると、彼は一人公爵家が保有する別邸の台所にやってきていた。と言っても流石に人数が人数故に一人で全部をやると手間なので、横には椿が一緒だ。
「というわけで……悪いな」
「いえ……こういうパルフェを作るのはあまりない経験ですので、良い刺激になります」
「うん?」
「どうかされましたか?」
カイトが若干首を傾げたのを見て、椿が首をかしげる。何か変な事を言っただろうか、と思ったらいし。それに、カイトが問い返した。
「あ、ああ……パルフェ?」
「はい」
「ふむ……」
フランス語系か。そもそもパフェはフランスのパルフェが語源となっていて、それが紆余曲折を経て今の日本のパフェが出来上がっている。ということは、カイトには一つの推測が出来た。それを確認する為、カイトは一つ椿へと問いかける。
「椿。確かお前の言語は全て施設の育て親から教えられているんだったな?」
「はい……それが如何なさいました?」
「いや、その女性の出身地がわかるかと思ってな」
「はぁ……」
カイトの指摘に椿は生返事だ。とはいえ、これは仕方がないといえば仕方がない。これはティナから魔術の講釈を受けているカイトだから気付いた事だ。
「基本的にオレ達は会話をこのアクセサリに頼って行っているわけだが……この魔術も色々とあるんだ。その言語の翻訳で、出身地がわかったりする。もちろん、それがわかるだけの語彙の知識は必要だがな」
「つまり、御主人様には私の言葉が少し違って聞こえていると?」
「ああ。オレにはお前の言葉が……そうだな。フランス語という地球で言えばパフェの発祥の地の言葉に聞こえている。つまり、その女性はこちら側ではパフェを作った地に近い人物と考えられる」
ひょんな事から発覚した『組織』の手がかりに、カイトは僅かな真剣味を覗かせる。この『組織』についてカイトは一つの考察を行っていた。『組織』の裏、もしくはどこかに<<死魔将>>が居る。そう考えていた。
そしてこれに根拠はもちろん、ある。それは久秀達の事だ。彼らは身体に何らかの因子を与えられている。因子の操作。遺伝子工学にも似た分野だ。それを聞いた時カイトが思い出したのは、椿の事だ。彼女は人工的に幾つもの因子を付与され、使える様にされている。似ていたのだ。
「ま、後はサリアさんにでも調べて貰う事にしよう。そこらは彼女らの得意分野だからな」
「お役に立てれば幸いです」
もし椿を育てた女性の出身地がわかれば、そこに手がかりがある可能性はある。今まで謎だった『組織』のしっぽがつかめれば、もしかすると<<死魔将>>のしっぽを掴む事ができるかもしれない。重要な事だった。とはいえ、そもそもそんな事を話す為に厨房に立ったわけではない。
「さて、というわけで気を取り直してパフェを作る事にしよう。椿、果物のカットと冷凍は任せる。こちらは器を冷やしてアイスクリームやらの乳製品系を作る。クランベリーソースは……あるな。良し。じゃあ、そっちは任せる」
「かしこまりました」
カイトが作業に入った傍らで、椿が果物をカットしていく。今回はお姫様がお望みなのでホイップクリームなどをふんだんに使う。ホイップクリームは生クリームに比べて泡だての時間が長いし、人数が人数――当然だが他の面子の分も作る――なので量がたくさん必要だ。非常に手間だった。しかもハンドミキサー泡立て器なぞ無い。手作業である。
が、そこは剣と魔法の異世界である。魔術を使った身体強化を併用すれば泡立て器もかくや、という速度でかき混ぜられるので問題はない。というわけでカイトはこの作業を後回しにして、とりあえず素材を集める事にした。
「アイスクリームは問題無し。最高級のアイスクリームを使用して……あ、シリアルはどこだっけか?」
「シリアルなら二番目の棚に」
「おう、サンキュ……お、ドライフルーツ入りのもあるな。これでちょっと彩りでも加えておくか」
カイトはひとまず必要となる素材を集めていき、更に並行して器を冷蔵庫に入れて冷やしておく。別に魔術を使えば一瞬でできるが、必要もないのにする必要はないだろう。というわけでそこらの用意を整えて、カイトはホイップクリームの撹拌に取り掛かった。
「そういえば、御主人様」
「なんだー?」
「クズハ様は生クリームよりホイップクリームの方がお好きなのですか?」
「ああ。クズハはハイ・エルフだからな。基本は薄味やあっさりめの味を好む。後はベリー系の木の実も好むな。あ、生のプチトマトは嫌いだから、覚えてやっておいてくれ」
「かしこまりました」
やはり十数年も一緒に暮らしていたからだろう。桜達よりも遥かにクズハ達の方の食の好みをカイトは熟知していた。というわけで、そんな話をしているとあっという間にホイップクリームの撹拌が終わりを迎えた。
「良し。これ以上やると使えないな。これを後は……」
泡立ったホイップクリームに対して、カイトは氷属性の魔術を展開する。と言っても凍てつかせるわけではなく、低温状態にするだけだ。
室内に放置していれば溶けるのは目に見えているし、やはりパフェは冷たい食べ物だ。ホイップクリームも少し冷やしておくつもりだった。が、冷やし過ぎると硬くなるのでそこらは見極めが重要だ。
「ま、こんなもんでしょ……さて、後は……椿、ちょっとコンロの方を使う。作業は任せる」
「はい」
何を考えているのかはわからないが、カイトは黒白二色のチョコレートを持って鍋を取り出す。そうして二つの容器にそれぞれのチョコレートを入れて鍋で湯煎して溶かすと、それを小さな穴の空いた袋に流し込んだ。
「良し」
「……何をお考えなのですか?」
「ちょっと楽しいこと」
椿の問いかけにカイトは敢えて詳細を語らず、そのまま作業を続ける事にする。そうして、二人はそのまま更に人数分のパフェを作る事にするのだった。
カイトがパフェを作ってから数時間。三時のおやつにちょうどよい時間だ。その頃には人数分のパフェが出来上がっていた。出来上がっていたわけなのであるが、何故か揃ってダメージを受けていた。
「……お主。ちょいと収穫祭のクッキングフェスが近いからと凝りすぎではないか?」
「そか?」
ティナの指摘にカイトは少し嬉しそうに首を傾げる。さて彼が何をしたかというと、簡単に言えば全員分の名前をチョコレートで書いたのである。湯煎したのはその為だった。もちろん、筆記体である。しかも所々に金箔でデコレーションまでしていた。確かに、凝り過ぎである。
「美味しいです」
その一方で、カイトからの手料理を振る舞われてご機嫌なのはクズハだ。しかもしっかり自分の名前まであるのだ。上機嫌であった。
「それは良かった。ホワイトチョコを使ってネームプレートにしてみた。それもきちんと食べられるぞ」
「後で頂きます」
「「「……」」」
まぁ、それは凹みもするだろう。ネームプレートを作り、名前を入れ、金箔でデコレートだ。それを一応は一介の冒険者の男にされるのである。その妻となろうとする者としては料理の勉強を頑張ろう、と思わされるだけであった。そうして、そんな風にある意味何時も通り各方面に大打撃を与えたカイトの料理を食べながら、この日一日は公爵家一同でのんびりと過ごす事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1410話『祭りの最中の出会い』




