第1408話 エルフ代行王 ――第三の変人――
クズハミサ・エルアラン。またの名をクズハ・マクダウェル。ここで少し、彼女の来歴と現状をおさらいしておく。
彼女は伝説の勇者カイトの義妹にして、異世界へと帰還する彼より託されたマクダウェル公爵家を統率する少女だ。そんな彼女であるが、実際にはすでにエルフ達の国の王であった父が戦死している為、正式には女王でもあった。
が、当時の彼女は齢一桁前半という超長寿のハイ・エルフでなくとも幼児とされる年齢で、間違っても治世が出来る年齢ではない。なので必然として、摂政が立てられる事となった。なったわけなのだが、ここで一つ言及しておかねばならない事がある。
「……すっかり忘れていました。そ、そーいえば私も王冠持ってましたねぇ!」
「お前らな……笑い事かよ……」
冷や汗を流しながら大いに笑うクズハに対して、カイトが思わず肩を落としてため息を吐いた。そう。実は彼女、正式ではないものの即位式を行なっていた。あえて言えばフランスのジャンヌ・ダルクとその主人のシャルルの戴冠式を思い出せば良い。
国を奪還し、先王の遺児が帰って来たのだ。エルフ達は勇者を伴って帰還したクズハを見て、大いに沸き立った。ティナとウィルの二人はその機を逃すわけにはいかない、と形ばかりでも即位式を行い、戦意昂揚を行う事にしたのである。なので、王冠は持っていた。
「い、いやでもお姉様!? 流石に魔術で記憶を保持していてもそんな十年以上も前の事なんて思い出さなければ忘れますよねっ!」
「のう! そんなもん忘れるに決まっておるわな! 特にお主の場合は余らが勝手にやらせただけじゃからのう! しゃーないしゃーない! 余だって百年で忘れたぞ!」
あっはははは、とティナが声を大にして笑う。彼女も王冠を何処に仕舞ったか忘れた口だ。クズハの言葉には只々笑うしか出来ない。
「……はぁ。まぁ、良いんだけどさ」
確かにクズハが王冠を被った理由はカイト達が言ったから、で間違いない。さらに言えば当時の彼女の年齢から覚えているはずもないだろう。なのでカイトとしてもクズハの事は大目に見る事にしたようだ。
「まぁ、確かに身内の集まりにも近いか。オレがなんとかしよう。が……」
「はいはいはいはいはい! きちんと探しておきます!」
「はいは一回」
「はい、お兄様!」
カイトの指示にクズハは元気よく頷いた。何があったのかというと、クズハの身だしなみだ。元々清楚な服なので問題はないが、相手が相手なので流石にドレスを着る事にしていた。と、そのドレス姿を見てカイトがふと王冠はどうした、と問いかけたのだ。
で、全員が一度沈黙して、ようやくクズハの王冠の事を思い出したのであった。良くも悪くも地球にいてさほど時間が経過していなかったカイトだからの指摘だった。ティナさえ忘れていたのについては、なにか言える事はない。
「でも、カイト。どうにかするって、どうすんの? 現実論として今取りにいけないよね? 第一どこにあるかもわかんないし」
「まぁ、宝物庫にはあるんだろうが……今はこーする」
カイトはユリィの問いかけに魔力を編んで、クズハの王冠を模した物を創り出す。それはエルフ達お好みの魔法銀をベースとして緑色や青系統、ダイヤなどが散りばめられたティアラだった。特徴的なのは、中央の巨大なエメラルドだろう。エルフ達は宝石の中でエメラルドを最も好む。シルフィの眷属なればこそ、だった。
「はい、ではお姫様」
「ありがとうございます」
カイトの手ずから王冠を被らせてもらい、クズハが上機嫌に笑みを浮かべる。そんな姿に、ティナがふと思い出した。
「懐いのう……戴冠式でもお主がやったんじゃったか」
「大精霊の名代としてな。そもそもこの王冠もシルフィ達の作といえば作だし」
王冠の位置を調整しながら、カイトは頷いた。やはりエルフ達の国を解放した、というのはとても大きな出来事だった。エルフ達は時として詩人として世界を回る。なので特例として、カイトが戴冠の儀を執り行ったのであった。
シルフィ達が王冠をくれたのは当時既にカイトは全員の力を得ていて、自由自在に顕現させていたからだ。プレゼントというわけであった。
「良し。これで十分だろう」
「どうですか、お兄様。前と比べて。可愛らしくなりましたか?」
「可愛さは昔と変わらないさ。そのかわり、綺麗さはずっと増した。うん、今はもう可愛いだけの妹じゃないな。十分、綺麗だ」
「……ありがとございます」
どうやら、クズハとしては想定外の賞賛だったらしい。思わず顔を赤らめていた。そうしてそんな賞賛からしばらく、部屋の扉がノックされた。
「クズハミサ様。叔父上様のご支度が整って御座います」
「あ、はい。わかりました」
入ってきたアラボアにクズハが頷いた。どうやら、クズハの叔父の用意が整ったらしい。それを受けて、カイト達は彼の待つ広間へと向かう事にする。そうして案内された部屋には何人もの護衛と共に、一人の男性が腰掛けていた。
髪はクズハと同じ金色。男性だが、腰まであるかなり長い髪だ。もちろん、整えられているのでボサボサというわけではない。目鼻立ちはどこか、クズハに似ている。言うまでもない。クズハの叔父のスーリオンである。
「おぉ、クズハミサ。元気にしていたかね」
「はい、叔父上。叔父上もお元気そうでなによりです」
「うむ。お互い息災変わりない様で結構な事だ」
スーリオンは朗らかな顔で頷いた。前に会ったのはもう半年以上も前。カイトが帰還した時以来だ。カイトの帰還を報告する為、彼と共にエルフ達の国を訪れた時だった。
「それで……カイト殿。お久しぶりだ」
「ええ。色々とお互いに忙しく、お会い出来ず申し訳ありません」
「うむ……」
カイトの言葉にスーリオンもまた苦い顔で頷いた。やはりどちらもそもそも領主だし、カイトに至ってはその上で冒険者としても活動している。これで時間が作れるか、というとやはり難しいだろう。これは仕方がないとわかっていた事だ。
それ故、スーリオンの苦い顔は顔を見せなかった事に対する物ではない。ここしばらく話題となっていた邪神復活に関する事である。そしてそれは勿論、カイトもわかっていた。
「アイナより聞いた所によると、どうにも各地に遺る遺跡をお調べしているとの事でしたが……」
「ああ。やはりどうしても話が話だ。我が地でも調べざるをえなかった」
やはり彼らの地は『神葬の森』というぐらいだ。神様に何らかの由来がある可能性は非常に高い。が、ここで面倒なのは彼らの異世界の特異性だ。彼らの異世界は世界中に繋がっている。つまり、シャムロック達に関係があるとも限らないのだ。
もちろん、彼らも自分達に関係があるかは調べてくれている。が、やはり敵の事で、当時は世界中に繋がりがあったというのだ。どうしても確定した情報は出せなかった。敢えて他の文明に偽装されている可能性があるからだ。
「一応、結論としては無関係だろう、という事で結論を得た。が、これは言うまでもなくはっきりとした結論ではない。今の所推論として、という話だ」
「やはり、そうなりますか……」
結論を聞いたカイトもまた、苦い顔だ。やはりどうしても彼は彼の繋がりと拠点からこのエネシア大陸に最も伝手が多い。なので彼としてもはっきりとした所はわからない。
そして面倒な事がここでもう一つあった。それははっきりと言ってしまえば、他の文明が崩壊した要因だ。シャムロック達は邪神との戦いの過程で滅びたわけであるが、他は何らかの要因による自滅。もう一つは迂闊にも『守護者』を呼び出した事による半ば自滅だ。
この後者が、面倒だった。『守護者』は世界の守護者。大抵の相手ならば問答無用で滅ぼす事が可能だ。その大抵の相手の中には神々さえも含まれていて、この『守護者』に討伐された場合、特例を除いて神でさえ復活出来ないのだ。
つまり、『守護者』にやられたこの文明の神はほとんど生きていなかった。復活も無い。この文明の神々の情報は手に入れられないのだ。苦い顔なのも無理はなかった。
「うむ。それ故、しばらくはアイナディスには王都に滞在してもらう事にした」
「なるほど……かつての二の舞いは、というわけですか」
「うむ……兄の時は両看板が揃っている事と烈武帝殿がいらっしゃった事で彼女は外に出て転戦していた。それ故、彼女が遠方に出ている時に攻勢を掛けられてあの事態になった。その二の舞いだけは、避けるべきだ」
スーリオンははっきりとアイナディスが居ればなんとかなるだろう、と頷いた。そしてこれがあながち間違いではない。彼女は立場上当時も冒険者であったわけであるが、学芸会の風紀委員とさえあだ名される彼女だ。それ故、仁義という観点から積極的にティステニア達へと反抗していた勢力だった。
「わかりました。では、こちらもなるべく支援ができる様に」
「そうしてくれるとありがたい」
カイトの申し出にスーリオンは小さく数度頷いた。カイトがエルフの国を救う理由はどうとでもなる。そもそも彼からしてみれば義妹であるクズハの国を救うと同義だ。外交的にも大義名分が存在していた。と、そんな話をしてからスーリオンがはたと気付いた。
「……いや、そんな話をする為に来て貰ったのではないな。すまない。どうにも仕事が頭から抜けきらん」
「いえ……今はその状況ですから」
「すまん……いや、またこの話に戻っているな」
スーリオンは再度謝罪して、苦笑混じりに首を振る。やはり状況が状況だからだろう。彼の心労は絶える事はなさそうだった。そうして、彼は一度首を振って強引に真面目な話を頭から追い出した。
「うむ、切り替えよう。祭りの際には祭りの事を考えるのが一番だ。カイト殿。風の大精霊様はご健勝か?」
「あはは。彼女らが風邪を引いたりする事の方が有り得ないでしょう。基本、人と同じ事ができる彼女らですが……その彼女らが風邪になるとは考えられない」
「それもそうか。では、今年もまた?」
「ええ。先ごろはウチ……いえ、天桜の方の屋台に顔を見せていましたよ」
スーリオンとて三百年前からこの祭りには参加している。そして代行とはいえハイ・エルフの王様だ。シルフィがこの祭りに参加している事は把握していた。それでも一応眷属として彼女の状況を聞いておくのは当然の事だったのだろう。
「そうかね……ああ、そうだ。そう言えばすっかり忘れていたが、王都の大神殿の改修が終わってね。頃合いを見て一度ご覧頂きたいと思っている」
「わかりました。頃合いを見て伺いましょう」
スーリオンの言葉にカイトは承諾を示した。実はスーリオンはクズハの代行に就任するまで、風の大精霊を祀る神殿の大神官を行っていた。というより、今も一応は兼任だ。あくまでも彼が王位にあるのはクズハが幼少故の摂政という立場だ。
なので今でも本職となる大神殿関連の仕事――神殿の改修など――も率先して行っているそうだ。そうして、スーリオンが笑みを見せた。が、これでカイトも他全員がこの話が長くなる事を理解した。
「これでようやく第二次改修が終わってね。次の第三次改修に向けて今は設計図を作っている所だ。いや、これがなかなかに大作業でね。前からだから……およそ百年か。それほど掛かってしまったよ。次の改修作業を始めるのは百年後だろうが……今から良質なエメラルドを入手したり、風属性の魔石を入手したり、ともう始めなければならない事が多い。ああ、そうだ。そう言えば確か神殿で使ったエメラルドを使ったネックレスを一つ君の女性達の為に持ってきていたんだ。後で持っていかせよう。あ、それで大神殿なんだがね? 他にも……」
「「「あ、あははは……」」」
王様稼業よりも神殿に関する設計や意匠の図案化などの方がよっぽど楽しい。そう言って憚らないスーリオンの言葉は留まる事を知らなかった。
とはいえ、やはりこういう事を言ってくれるのは、彼がカイト達を身内と捉えるからこそなのだろう。クズハとしても王としての彼はあまり得意ではないが、叔父としての彼は好んでいる。というわけで、留まる事を知らなかった彼の言葉はまだ続いていた。
「それで今回の改修では少し我々の趣きとは違うが少々大きな鐘を取り付けてみてね。が、これがどうしてなかなか良い音色でね。リィン、と澄んだ音で目覚める朝はいつもよりも格別の味わいがある。オーディオンの長に音色の調律を頼んでみたのが良かったらしい。彼もこだわりのある男だ。私に忌憚なく物申せる彼は好ましい。あれの調律に五年も掛かってしまったが……その甲斐があったよ。何度言うんだ、この男はと思ったものだが……いや、彼の言う事が正しかった」
「は、はぁ……」
そう言えばスーリオンとアマデウスは仲が良い――二人共気付いていないだろうが――のだったか。カイトは彼の語りを聞きながら、それを思い出した。が、これにカイトは好き勝手に喋らせる事にして、聞き役に徹する事にする。
クズハも言っていたがカイトが矢面に立つだけでクズハのストレスは溜まらないし、王という職務から離れる事ができるのでスーリオンのストレスは解消される。後々を考えても諦めて付き合うしかない。
そうして、カイトはその後もじっくりと百年掛けて行われたという大神殿の改修に関する話を聞かされる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1409話『お疲れ様』




