第1408話 エルフ達の王
クズハミサ・エルアラン。マクダウェル領以下皇国での通称はクズハ。彼女の来歴はというと、前半生は激動の一生と言って良い。ハイ・エルフの国の王女にして第一王位継承者――エルフ達の国では純粋に生まれた順と才能で決められる――として生まれるも、生後間もなくハイ・エルフ達の国は陥落する。
王都の陥落を受けて父母と共に一度は避難するものの、避難先も襲撃を受けて父母は奮戦の末に死去。その際父母よりクズハを頼む、と言われたクルゴンにより外界のエルフ達の里の中でも信頼のおける一族に預けられる事になる。
その後、クルゴンは亡き主の遺児を守るべく自らが囮となり外界を放浪するも、数年を経てクルゴンが囮であると気付いた<<死魔将>>達が彼の交友関係を洗い出して、保護されていたエルフ達の里も襲撃される事になる。そこで出会ったのが、後に彼女の兄となるカイトと親友となるユリィだった。
「……」
「わー……」
あまりの幻想的な美しさに呆然となるカイトの肩の上で、思わずユリィが息を呑んだ。それほどまでにその時のクズハは美しい少女だった。意思には乏しいものの、それが尚更彼女の幻想的な美しさを際立たせる。そんな少女だった。そんな彼女は無感情な顔で二人へと問いかける。
「……貴方達は?」
「っと……悪いな。オレはカイト。カイト・フロイライン。フロイライン家に拾われた者で、今は皇都に戻るべく旅をしていたんだが……その道中でここの苦境を聞いた。お前は?」
「クズハミサ・フォレスティア・キングレア……」
「「……」」
延々と続くクズハの名乗りに、カイトとユリィは二人して呆気にとられる。すぐに終わるだろう、と思っても中々終わらなかったのだ。というわけで、ある程度まで語られた所でカイトが制止に入った。もちろん、これは失礼だというぐらいは流石の彼にもわかる。わかったが、そんな場合でも無かった。
「あ、あー……すまん。教えてくれている所を悪いんだが、流石にそんな場合じゃない。とりあえずハイ・エルフの国は確かエルアランだったな?」
「……」
こくん。クズハはカイトの問いかけに無言で頷いた。そんな場合じゃない。今はもう敵に襲撃されているのだ。そんな長ったらしい名乗りを聞いていられる状況ではなかった。というわけで、カイトはさっさと名前を短縮する事にした。
「クズハミサ・エルアラン。それで良いだろ……長いな。クズハで良いや。今日から、お前はクズハな」
「……」
数年ぶり。父母以来となる名前を呼んでくれた男の顔を、クズハは見る。そこに浮かんでいたのは、この百年に及んだ大戦で失われた太陽の様な笑みだった。そんな初めて見た笑みに、彼女は思わず頬を赤らめる。
「……」
「さて……まぁ、ここも安全じゃない。来いよ。取り敢えず安全な所へ行かないとな」
俯き無言となるクズハを抱きかかえ、カイトは後ろに迫る魔族の軍勢に相対する。そうして、彼女はカイト達と共に世界中を巡り、その最中にクルゴンらとも再会を果たすこととなる。
それから、三百年。幼心の憧憬は一人の女の子の恋へと昇華され、今では一人の女の愛になっていた。そしてそれと共にいつしか時としてカイトを尻に敷く程にまでなっていたクズハであるが、そんな彼女にも苦手なものがいくつかあった。
「この中がぐにゅ、としてプチって潰れる食感が嫌いなんです」
「クズハ様。収穫祭なのですから、いつまでも好き嫌いを仰らないで下さいまし」
「うぅー……」
まず一つ目。プチトマト。トマトは好きだし焼けばプチトマトも普通に食べられるが、生のプチトマトは嫌いらしい。
「あー、もう! あの二人を私への使者に選んだ馬鹿はどこのどいつですか! 厳罰です! 処罰ものです! どーせ、叔父様でしょうけど!」
「お、お疲れ様です……」
「もうやだぁ……お兄様ぁ……」
「あはは。流石の鉄面皮もあの二人には敵わんか」
二つ目。エルドとアマデウス。この二人が組み合わさった時は特に苦手だ。いや、カイトも苦手だし、この二人の組み合わせが得意な者はこの二人に負けず劣らずのかなりの変人だろう。カイトと暴走状態のティナぐらいしかクズハには思い浮かばない。
「いや、すまないね。あいつも悪い奴じゃないんだが……」
「……まぁ、ドワーフですし。エルフにもドワーフ嫌いな方は多いですし」
「なんだよねぇ」
三つ目。偏見なドワーフと偏見なエルフ。豪快さが売りのドワーフと繊細さが売りのエルフだ。基本的な相性が悪い。往年のオーアを思い出す事もあってドワーフは特に苦手だ。が、こちらはそういうものと受け入れているので鉄面皮で受け流す。
「はぁ……」
「クズハ様。そうため息を吐かれましても、会わねばならない事は変わりません」
「だから、ため息が止まらないのでしょう。幸い今年はお兄様を矢面に立たせれば良いのでまだマシですが……はぁ……」
そして四つ目。自身の叔父にして後見人。スーリオン。根っからのハイ・エルフである彼とカイトに色々な意味で染められているクズハは相性が悪い。というわけで、この日は朝からクズハは憂鬱だった。
「そう言うな。スーリオン殿にてとってクズハは亡き兄の遺児。心配なんだろう」
「それも、あるんでしょうが……」
カイトの言葉にクズハは口を尖らせる。確かにそうだとは思う。それもある事は事実だ。クズハの父とクズハの叔父、即ちスーリオンはハイ・エルフの中でもかなり年が近い。エレンとエレノアの姉妹より更に年が近かった。
スーリオンは早くから民達に望まれて即位した兄を尊敬していたし、年が近い兄弟だ。クズハの父も殊更目を掛けていて、兄弟の仲は良かったらしい。
クズハが生まれた時にはクズハの父より彼の方が心配になっていたほどである。それ故に、早くに父母を亡くしたクズハの事は殊更気にしていた。実子と同等には目をかけていただろう。
「そう年に何度もお会いできる訳ではないのだから、顔は見せて差し上げなさい」
「はぁーい」
やはり何だかんだ言ってもクズハも結局は女の子という事なのだろう。カイトの諭すような言葉にクズハは口を尖らせながらも頷いた。そして家族を大切にするカイトだ。如何に不満があろうと、そこはなんとか後でご褒美でもあげる事で我慢してもらう事にした。
「まぁ、今日はこの謁見さえ終われば仕事は終わりだ。久しぶりに皆でのんびりしよう」
「それは……楽しみです」
どうやら少しは前向きになってくれたか。カイトは少しだけ安堵しつつも、気が変わらない内にさっさと謁見を行う事にする。というわけでカイトはマクダウェル家の面々を連れて馬車に乗り込むと、そのまま十分ほど移動する事になる。そんな彼らがたどり着いたのは、クズハ達が宿泊するホテルとはまた別、エルフの兵隊が守備するホテルだった。
「?……! クズハミサ様!」
また客か。そう思った様子のエルフの兵士達であるが、馬車から降りてきたのがクズハだと見るや即座に平伏する。そんな彼らへと、クズハが命じた。
「叔父上に私が来たとご連絡を」
「はっ! 即座にお伝え致します!」
エルフの兵士の一人は即座に立ち上がるや、ホテルの中へと入っていく。その一方、一人の老紳士がクズハの前に進み出た。
「クズハミサ様。お久しぶりでございます」
「爺や。貴方も元気そうでなによりです」
「近年は妙に忙しく御座います。年老いている暇も御座いません」
「良いことでしょう」
爺や。そう呼ばれた老執事の言葉にクズハも笑みを零す。彼はクズハの父の代で執事長をしていた男性だ。幼少のクズハも懐いており、スーリオンが連れて来たのだろう。
「アラボア殿」
「これはカイト様。随分と久し振りです」
「ええ、前の時にはお会いできませんでしたし……貴方からすれば、本当に三百年ぶりという所ですか」
「それぐらいでしょう。私はスーリオン様と共に墓に参りましたので……」
アラボアは遠くを思い出すように頷いた。彼もまた、政治的な派閥としてはクズハ派に近い。が、立場上中立というところだ。
「使者に爺やを寄越して頂ければ、叔父上も良いのですが」
「何分、私にも後進の育成がありますので……申し訳ございません」
クズハの愚痴にそう述べたアラボアであるが、そんなわけがない。使者は基本クズハの叔父が選定している。とどのつまり、彼が行かせていないだけだ。主人を庇っての発言だと捉えて良いだろう。
「分かっています。爺やの腕前は他の誰よりも私こそが知っています。その爺やを後進の育成に、とされた叔父上の判断は全く正しいものでしょう」
「ありがとうございます」
クズハの言外の賞賛にアラボアが頭を下げる。というのも、実は彼ははっきりと言ってしまえばクズハ専属となるフィーネのお師匠様だった。その腕前が確かなのは考えるまでもないことであった。事実、カイトに対してさえ四角四面に応対する彼女でさえ彼の前では借りてきた猫の如くに縮こまる。
「さて……では皆様。あまり陛下をお待たせするわけにも参りません。どうぞ、こちらへ」
「お願いします」
歩き出したアラボアに案内されて、カイト達がホテルの中へと入っていく。と、そうして移動の最中に、顔なじみ二人と出会う事になった。
「うん? おぉ、これは皆様お揃いで」
「クルゴン殿か。そう言えばこちらに来るという話だったか」
そこに居たのは、クルゴンとアイナディスの二人だ。改めて言うまでもないことだが、二人共血統としては王族に連なる系譜だ。なのでこのホテルに宿泊しているというわけである。
更には二人共腕利きの戦士でもある。万が一に備えた護衛も兼ねられて、ハイ・エルフ達としても高位の家柄の出身者である二人の指揮なら文句はない。妥当といえば妥当だったのだろう。アイナディスに至ってはわざわざホテルを取る必要もないので、という所だ。持ちつ持たれつだ。
「ふむ……アラボア殿が居る所を見れば、スーリオン殿への挨拶という所か?」
「ええ。来られたわけですし、前の墓参りの時にはお会い出来ませんでしたし……」
「そう言えばそうであったな。む? あの時の少女らは?」
「彼女らは今回は……流石に初見の者を連れて行ってはスーリオン殿はともかく、周囲の者たちはあまり良い顔をされないでしょう」
一理あるな。クルゴンはカイトからの返答に僅かにため息を吐きつつも頷いた。基本クズハ派と言われる面々はここらかなり大目に見るのだが、逆にスーリオン派はそこらあまり良い顔はされない。一応は客として招いている以上、礼節としてあまり揉める要因となる事は避けるべきだろう。
「ああ、引き留めても悪いな。どうせ我らもこの期間中はここに滞在する。では、ここらで」
「はい」
カイトはクルゴンの言葉に頭を下げると、再び歩いていく。そうして案内されたのは、控室だ。確かにこの時間に来るとは言っているが、王様に会いに行っていきなり会えるわけでもないだろう。向こうだって準備の時間が必要だ。
「では、こちらでお待ち下さい。陛下のご準備が整いましたら、お呼びいたします」
「助かりました。爺や。では、またあとで」
「はい」
アラボアはクズハの言葉に柔和に微笑んで頭を下げると、そのまま部屋を後にする。彼は彼で幾つもの仕事を抱えている身だ。旧主の遺児が来たとて呑気に話しているわけにもいかなかった。と、そうして彼が去った後、カイトは一つ頷いた。
「相変わらずの腕前か」
「うむ……呼吸があまりに静かじゃし、足音が全くしなんだ。あそこまで極めるのにどれだけの時間が必要な事やら……」
カイトの言葉にティナがまた、同意する。実のところ、アラボアはかなりの腕前の戦士だった。いや、戦える執事というべきなのかもしれない。武器種としては拳。素手だ。それ故、身のこなしは非常に洗練されていて、足音一つカイト達にも聞こえさせなかったほどであった。
彼とクルゴンの二人がクズハの父の懐刀。内部の敵からアラボアが守り、外からの侵略をクルゴンが守る。それでエルアランは百年近くも持ちこたえたのであった。
同時にクルゴンと同じ様に今は一線を退いている、というわけだった。が、間違いなく今でもエルフ達の中でも有数の猛者と言っても間違いではないだろう。
「どこもかしこも猛者が大量に来ているな……」
カイトは僅かな血の猛りを感じ、舌舐めずりする。今現在のこの神殿都市には彼らを筆頭にしてクオンやら冒険者でもトップクラスの猛者達が集っている。戦士として心が踊ったのは仕方がない。そうして、そんな事を考えながらカイトはクズハの叔父との謁見までの時間を潰す事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1409話『エルフ代行王』




