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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第68章 四大祭・秋編

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第1405話 珍客

 皇帝レオンハルトの来訪があった翌日。この日からは流石に天桜学園の経営する居酒屋も通常営業を開始していた。というわけで、カイトはまず改めて演説を行っていた。


「まず、昨日は全員お疲れ様。あの後、幾つかの話し合いを皇都の役人達と行ったが皇帝陛下はいたくお気に召してくださったとの事だ。マスコミからの評判も上々と言って過言ではないだろう」


 カイトの手には各社マスコミが撮影した昨日の内容の切り抜きがあった。どれも基本は皇帝レオンハルトが称賛した、という所だ。やはり皇帝レオンハルトが来たとなる以上、カイトでなくても評判は気になった。特に実際に中心となって料理を作っていた睦月が気にしていた様子で、カイトからの通達に安堵を浮かべていた。


「さて。そうなるとおそらく今日からは更に多くの貴族達がお忍びで来たり、多くの来客が見込まれる。居酒屋以外もそうなる事だろう。少しの間は忙しくなると思うが、それに合わせてシフトも構築している。一度確認しておく様に」

「「「はーい」」」


 元々皇帝レオンハルトが早かれ遅かれ来るというのはカイトも読んでいた。なので彼は予め内々にはシフトを構築する際に皇帝レオンハルトが来た後の予定も構築させていたのである。というわけで、これについてはシフト通りに動けよ、としか言う事がない。そうして朝礼後、生徒達が三々五々に散っていくのを見ながらカイトも仕事に取り掛かる事にする。


「良し。オレも仕事仕事、と……」

「御主人様。武蔵さまが来られております」

「先生が? わかった。お通ししてくれ」


 カイトは椿の報告に首を傾げながらも、武蔵を通す様に命ずる。そしてすぐに、武蔵がやってきた。


「おぉ、カイト。すまぬな……昨日はご苦労じゃったようじゃのう」

「はい、まぁ……それで、どうされました?」

「うむ……少々、一席借りれまいかとな」

「ああ、そう言えば仰ってましたね。では、本日の昼頃で?」

「うむ。ああ、昼を少し過ぎた頃で良い。そうじゃな。開店が十二時であるから、一時間後という所か。そこの屋台の端を三席設けてくれ」


 カイトの問いかけに頷いた武蔵は、居酒屋の屋台の隅っこ三席を指さした。確かに今日から来客は見込まれるが、そこに武蔵が居れば更に箔が付く。なので席を設ける事にはカイトも異論はない。だがこれに、カイトが首を傾げる。


「そちらの三席、ですか……?」

「うむ。詳しくは問うてくれるな。お主も可能なら相席せよ。ああ、昼時なので飯は食うでないぞ?」

「?」


 武蔵の言葉にカイトは更に首を傾げる。何故彼が小首をかしげたかというと、三席だと宮本一家の人数に合わないからだ。しかもその上、自分まで同席せよと言うのだ。いまいち意図が掴めなかった。とはいえ、師が同席しろと言うのだ。であれば、カイトに否やはない。


「……わかりました。手配致します」

「うむ、スマヌな。ちょいとどうしても、飯を食いたい相手がおる。少々、上客でのう。相手を考えれば、まともにもてなせるのがお主ぐらいしか頼めん」

「はぁ……」


 何がなんだかはわからないが、とりあえずこれで良いらしい。カイトの生返事に武蔵は一つ頷くとそのまま去っていった。


「何がなんだかはわからんが……先生の上客ねぇ……」


 まぁ、世界各地の武芸者とも知り合いの多い先生か。不思議はない。カイトはそう思う事にして、とりあえずは支度を行う事にするのだった。




 さて、そういうわけで朝一番の武蔵の来訪からおよそ五時間と少し。昼のラッシュを終えて少しした頃にカイトは武蔵の言い付けに従って屋台の端に三席設けていた。そしてその時間ぴったりに武蔵はやってきていた。が、その彼は客らしき人物とは一緒ではなく、一人だけだった。


「ということで席を設けさせて頂きましたが……その客というのはどちらに?」

「むぅ? ああ、客、のう……まだ来ぬようじゃ。が、必ず来る。ということで、しばし茶でも飲んで待て」

「はぁ……」


 とりあえず客とはここで合流する事にしていたらしい。なのでカイトは武蔵の言葉に従ってとりあえず客を待つ間、フリードリンクとして提供されている緑茶を口にする事にする。


「ふぅ……それで、先生。客とはどの様な方ですか?」

「うむ……儂の此度の興に乗れる御仁よ。まぁ、興と言うてもさほど面白みの無いことではあるが」

「はぁ……」


 どうやら、武蔵はなにかを企んでいるらしい。そして向こうもそれに合わせてなにかをしてくれているとの事だ。


「……」

「……」


 ただ茶だけを飲んで、師弟の間に沈黙が流れる。武蔵としても今はなにかを話したい様子ではなく、カイトはそれを読んで黙ったというわけだ。が、それから待てど暮らせど一向に客は来ない。なので三十分程度した頃に、カイトはふと問いかけた。


「……先生。本当に客は来るのですか? なにか事故に合われたとかは……」

「無いのう。うむ、有り得ぬ。あの御仁に限って事故に合うという事はありえまいな」


 カイトの問いかけに武蔵はくすくすと笑みを浮かべる。それに、カイトはただ頷くだけだ。


「はぁ……」


 そこそこ、腹は減っているのだが。やはり屋台があるという事で基本的には誰も彼もが朝食はかなり早い。カイトも同じ様に朝は早かった。と、そんな風に空腹に耐えていた頃の事だ。気配もなく、本当に自然と武蔵とカイトの間の席に一人の男が腰掛けた。そんな男に、カイトが絶句する。


「なっ……」

「……新免殿に呼ばれ、馳走になる」


 現れたのは、柳生宗矩。敵だった。が、彼は今日は戦うつもりは皆無なのか武器は帯びておらず、それどころか武器を帯同しない事を明言する為の封印の腕輪まで装備していた。


「おぉ、宗矩殿。久しいな」

「うむ……此度はお招き頂き感謝致す」

「い、いやいやいやいや! ちょっと待った!」


 平然と会話を始めた武蔵と宗矩に、カイトは大慌てで制止を掛ける。確かに宗矩が来ている事はカイトも把握していた。それをよもや武蔵が呼んだとは思いもしなかった。と、そんなカイトに武蔵が制止を掛けた。


「まぁ、まずは飯が先じゃ。よしんばお主がここで戦おうとて、飯を食わねば戦えも出来まい。腹が減っては戦は出来ぬ、と言うじゃろう」

「別に此度、戦いを行うつもりはない。俺とて粋と無粋は心得ている。祭りの最中に無粋は決してせん」


 カイトの疑問に対して、宗矩もはっきりとここでの戦闘は有り得ないと明言する。それに、カイトはもう一人の兄弟子の顔を立てる事にした。


「……わかりました。とりあえず、何に?」

「ははははは! これは面白い事を言うのう。ここに、宗矩殿がおられる。その時点で相場は決まろう……白米、たくあん。この二つに決まっておろう」

「……なるほどね」


 武蔵の言葉に、カイトは何故ここでなければ駄目だったのかを理解して頷いた。宗矩といえばやはり懇意にしていたのは沢庵和尚。その沢庵和尚といえば言うまでもなく、たくあん漬けだ。そしてこのたくあん漬けに関して、一つの逸話があった。それに則ったわけであった。


「……む。失礼した」


 白米が出来上がるのを待つ最中。宗矩の腹の虫が空腹を告げる。彼はここ数日、ずっと異国の料理のみを口にした。更には今日は朝から何も食べていない。

 江戸時代の武士としてかなりの早起きである彼だ。カイト以上の空腹であるのは間違いないだろう。そうして、沈黙の三人の前へと三つのお椀に入った白米とたくあん漬けが提供される。


「はい、おまちどうさまです」

「うむ、スマヌな」


 武蔵はお膳を整えてくれた睦月へと礼を述べると、三人は手を合わせて箸を手に取って少しだけ塩をまぶした白米とたくあんを一緒にかっ込んだ。そうしてそのまま、三人は無言で沢庵と白米を食べ続ける。空きっ腹にはこれだけでどんな美食より美味い飯だった。


「……うむ。沢庵和尚の言葉は至言であった」


 一杯の白米を心ゆくまで堪能した宗矩は朗らかな顔で満足気に頷いた。そうしてとりあえずの空腹を宥めた三人であるが、そこでようやくカイトが口を開いた。

 当たり前だが小腹は満たされたがこの程度では満腹どころか腹八分目にもなりはしない。武芸者である彼らだ。健啖家は健啖家。まだまだ食べられる。

 この程度では空腹が満たされただけだし、店に来て白米と沢庵だけというのはあまりに店側に失礼だろう。食事としてはここからが本番でさえあった。


「こんな所で三人揃って家光公になったわけですが……まぁ、飯を先にしますか」

「じゃのう」


 兎にも角にも飯を食いに来て血なまぐさい話をするわけにもいかないだろう。というわけで、三人は各々適当に食べたい物を食べる事にする。そうして追加注文を待つ間、宗矩が口を開いた。そんな彼が問うのは、最優の剣士であり剣神である師の事だ。


「……信綱公はご息災か?」

「ええ……自分の前に連れてこい。俺が沢庵和尚の代わりをする、と」

「そうか」


 変わらないな。宗矩は相変わらずの流祖の息災ぶりに少しだけ懐かしげに頷いた。性根の大切な部分は捨てても、培われてきた物は変わらない。故に、これが師に怒られるだろう事もわかっている。わかっているが、どうせ一度は失った命だ。二度目ぐらいは思う存分生きたいという願いは、ここにあった。


「……腕づくで、成し遂げてみせよ。こちらは一切加減は致さぬ。殺されても文句は言わぬが、殺されても文句は言わせぬ」

「承知しました。父君にも、そうお伝えを」

「そうしよう」


 カイトの承諾に宗矩は一つ頷いた。そうして、そんな彼は一通の手紙を懐より取り出した。それを差し出すのは、武蔵ではなくカイトの方だった。


「……自分に、ですか?」

「ああ。武蔵殿にはまだ別にある。が、そちらはまだ整わぬ故……中身はまた後日検めて貰えるとありがたい」

「……わかりました」


 カイトは宗矩の手紙の中身を読まずとも理解した。この場で読まない様に彼が言ったということは、これは血なまぐさい話だという事だ。というより、読む意味もない。なにせ表紙にでかでかと要件は書かれてあるからだ。なのでカイトは一切中身を検める事もなく懐の内側へとしまい込む。そうして、カイトは僅かに漂わせた戦意をまた、己の内側へと仕舞い込む。


「……? どうしました? あ、はい、これ。カイトさんの頼んだ(ひや)です」

「あ、おう。悪いな、助かった」

「いえ。あ、お料理はもう少し待ってくださいね。大根の煮物がもうすぐ出来上がりますから」

「かたじけない」


 睦月の言葉に宗矩が頭を下げる。どうやら彼は大根の煮物を頼んでいたらしい。と、その一方で武蔵の方は武蔵の方でカイトにあきれていた。


「お主……真っ昼間から飲むつもりか」

「いやぁ……如何な理由があっても、兎にも角にも宗矩殿が来られている。なら弟弟子としては、一献酌み交わすのが筋ではないでしょうか。飲めるでしょう? 信綱公より下戸とは伺っておりませんし。日本酒でなくて申し訳ないですがね」

「……一献、頂こう」


 くすり、と小さく笑った宗矩はカイトから回されたおちょこを手に取った。それに、カイトは酌をする。それを一口口にして、宗矩は小さく息を吐く。


「ほぅ……第六天の魔王より注がれた異世界の酒……うむ」


 中々に面白い。やんちゃ者でもあった宗矩は奇妙な縁にて集う今を思い、満足げに笑みを浮かべる。そうして、彼は返杯と徳利を手に取った。それに、カイトは小さく頭を下げる。この場での宗矩は兄弟子だ。兄弟子が手ずから酌をしてくれるという。有難く受け取るのが、筋だろう。


「……かたじけない」

「ああ……新免殿も」

「おぉ、これはかたじけない」


 やはりああは言ったものの、武蔵とて一人飲まないのは違うと思った様だ。どうせ今は祭りの真っ最中。昼間っから呑んだくれた所でうるさく言う物は誰も居ない。

 というより、同じ食卓を交わしたいというだけで宗矩を招いている。そして三人共良い年の大人だ。武芸者である以上、酒の一杯でも酌み交わすのがある種のマナーというものであった。


「……いやさ、どこまで変わられたか危惧したもんじゃが」

「我が剣技、変わらず春風の如し」

「かかかか! うむ。儂もまた、今は春風の如し」


 自分の言葉を遮った宗矩の言葉を聞いて、武蔵が快活に笑う。根っこはやはり変わらない。自分が聞き及び、そして見知った人物だ。それだからこそ、武蔵は敢えて覇気を身に纏う。


「宗矩殿。その弟子は御身の弟弟子であるが、同時に儂の弟子でもある。生半可な力には育ててはおらぬと明言致そう」

「少々、貴殿の弟子をお借り致す」


 武蔵の言葉に宗矩もまた、はっきりと明言する。が、それはここでの事ではない。今ではないのだ。それ故の、先の手紙でもある。


「うむ……この異なる世界の武芸。とくと賞味致されよ」

「……」


 カイトは交わされる兄弟子と師の言葉にただ笑みを浮かべる。手紙の内容なぞ読むまでもない。なにせ表にデカデカと果たし状と書かれていたのだ。

 武蔵の前にカイトと戦っておこうというだけだ。リハビリ、もしくは復帰戦。本番を前に肩慣らし、というわけである。それでカイトを選ぶあたり、相当な自信がある事は間違いなかった。


「先生。戦う前に終わっちまっても、文句は無いですよね?」

「かかか。やれるものなら、じゃのう。間違いなく宗矩殿は強いぞ」

「そんなの、おそらく先生以上にオレが知ってますよ」


 なにせ弟弟子だ。カイトは来るべき戦いをはっきりと理解する。そうして、そんな三人は奇妙な雰囲気のまま、敵味方でありながらも同じ食卓を囲む事になるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第1406話『兄弟子からの忠告』

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