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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第68章 四大祭・秋編

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第1402話 対策

 収穫祭が開始されておよそ一週間。おおよそどの屋台も今年の感覚が掴めて、軌道に乗り始めた頃だ。それを見越した皇帝レオンハルトが天桜学園の屋台に来る事になっていた。

 とはいえ、この来訪は彼一人だけではない。今回は正式な場なので、彼の正妃も一緒だった。というわけで、その日カイトは朝から備えて檄を飛ばしていた。


「まず、何度目かになるが改めて言っておく! 今日、皇帝陛下が皇妃殿下を伴って来られる! 間違っても、粗相はするな! 手洗いと道具の殺菌消毒は念入りにやれ! 公爵家の衛生管理局も朝一番で来る! 今日の責任者は綿密に打ち合わせを行う様に!」


 やはり皇帝の口に入るものだから、だろう。檄を飛ばすカイトの言葉には力が篭っており、聞いている生徒たち側にも真剣さがあった。


「更に、調理の最中には近衛兵団も来る! 料理に無関係な奴は一切近づくな! 相手は近衛! 殺されても文句は言えん!」


 一応、皇国とて法治国家だ。が、やはり貴族が居て、皇帝が居る。なので皇帝の近くで変な事をしていて殺されたとて、それは問題無しと判断される。日本とて総理大臣の周辺で疑わしい事をしていて捕まっても文句は言えないだろう。少し厳しいだけだ。特にこの世界には素手でも人を殺せる者が多い以上、これは仕方ないと言える。

 カイトとて万が一の場合には学園生だろうと斬り殺すだろう。彼とて皇国貴族。学生達と皇帝レオンハルトであれば後者が優先される。更に言えば、そうすれば学園への累が及ぶのを避ける事も出来る。

 自分達で殺せばその分、疑いの目は晴らしやすいのだ。間違いなく、彼が殺すと断じて良いだろう。そんな彼は一通り檄を飛ばすと、作業に取り掛かった生徒達を横目に自分も仕事に取り掛かる。


「さて……」


 カイトがまず確認するのは、今日居酒屋で仕事をする面子だ。これについては半分が同じで半分は外からの応援だ。当然だが、皇帝レオンハルトだ。

 カイトとしても万全を期して事に臨む事にしている。なので今回の来訪に際して調理人には各屋台の指南役を二人配置している。その人員の最後の見直しを行う予定だった。


「まずは睦月。居酒屋の総責任者……良し」


 カイトは皇帝レオンハルトに提供する料理の仕込みに取り掛かっている睦月を見て、一つ頷いた。もちろん、睦月に料理を頼んでいる理由はある。それは何よりも睦月を信用しているという点だ。

 味も重要だが、相手が相手である以上なにより重要視されるべきは彼の身の安全だ。なので屋台で動く面子の大半を彼自身が信用出来る面子にしている。万が一にも迂闊な事をしないように、というわけだ。


「給仕は……皐月。まぁ、あいつがミスする事は無いだろうな」


 なにせ以前に帝王フィリオの所で給仕をした事があるのだ。睦月と揃って問題は無いだろう、と太鼓判を押せた。そしてそれ故、学園側も異論は出なかった。

 一度やっているので二人なら安心だ、というわけだ。カイトとしても安心している。皇国側もカイトの身内だとわかっていれば、安心出来た。方々一番問題ない人選だった。


「警備責任者は……今回は先輩か……先輩。そちらはどうだ?」

『ああ、問題無い。翔にはすでに隠れさせている』

「まぁ、ウチの装備も装備しているし、ティナも居る。見つかり難いだろう。そのまま警戒を進めさせろ」

『わかった』


 カイトの指示を受けて、通信機の先の瞬が頷いた。こちらは朝礼前からすでに警備を始めていて、即座に応対出来る様にしていた。特に瞬とソラの実力は高い。この二人は近衛兵と比べても勝てる。

 瞬が広域を警戒して、ソラが防衛網を抜かれた場合に対処、それでも無理ならカイトが対処するというわけだ。万が一に不審者が強襲をしたとて、咄嗟に応対が可能になっていた。


「良し……後は、衛生管理だが……食材は奇を衒わず。手に入れられた『ロック鳥』の卵は使うとして……」


 カイトは幾つもの内容を確認しておく。最後の最後まで確認しておきたい事は山程ある。そして実際に動いている面子にそれをさせるわけにもいかない。なればこそ、こういう事は裏方に回るカイトの仕事と言えた。


「天音先輩! 衛生管理局の方、来られました!」

「わかった! 作業は続行! 応対に必要な人員以外は仕込みを続けろ!」

「「「はーい!」」」


 カイトの指示に、生徒達が動いていく。その一方、カイトは衛生管理局の役員の応対を睦月に任せて、更に自分は他の手配を行う事にする。


「天音、ヴィクトル商会の人来たぞ!」

「焼き鳥屋か唐揚げ屋の奴に対処させろ! 合わせてティナ呼んでおいてくれ! 終わり次第睦月、一年の神楽坂に報告! 即座に衛生局の担当と共に衛生面の確認をさせろ!」

「あいよ!」

「天音先輩! 皇国の職員の方来られました!」

「わかった! そちらはオレが対処する!」


 やはり事が事なので、どこもかしこも大忙しだ。カイトもそれ故に外から来る検査の職員達の応対に忙しかった。


「カイト殿」

「お待ちしてました……皇帝陛下のお加減は?」

「今日を非常に楽しみにしていらっしゃいました」


 カイトの問いかけに執事服の若い男性がそう言って問題ない事を明らかにする。まぁ、この祭りの最中の皇帝レオンハルトの警護は近衛兵団よりはるかに格上のカイト達マクダウェル公爵家の中心とした面々が行なっているし、少しでも体調不良が見えればミースとリーシャの二人の出番だ。問題が起こるとは考えにくかった。


「そうですか。それは良かった」

「それで、皆様のお支度の方はどうでしょうか?」

「ええ。陛下が来られる時には、全てが完璧に仕上がっている事をお約束致します。陛下にはただ、我々の料理に舌鼓を打って頂くだけで構いません」


 執事の問いかけにカイトは絶対の自信と余裕を答えとする。たしかに使う人材が学生だが、指揮するのは曲がりなりにも五公爵とも言われるマクダウェル公爵だ。賢帝と魔帝に育てられた者として、これを答えとするのが最適だった。それに、執事も微笑んで頷いた。


「そうですか。マクダウェル家の衛生管理局は我々も信頼する所。それも今回は閣下がお選びになられた人員だ。その面で心配する必要がないのはありがたい限りです」

「そう言っていただければ、当家としても有難い」


 マクダウェル家の衛生管理を信頼しているが故の言葉に、カイトが頭を下げる。衛生管理が厳密になったのは地球でも近現代に入ってからの事だ。現代と比べれば二十世紀初頭とて中世とさほど変わらないと言って良いだろう。

 そこから当時のエネフィアを考えてみれば、現代人であるカイトからしてみれば衛生管理はザルとしか言い様がなかった。しかも戦後すぐ。どう考えてもまともな衛生管理がされているとは思えない。

 なのでカイトが対策に乗り出して、衛生状況をなるべく現代の地球水準へと向上させたのである。エネフィアで世界初の公的な衛生局というのは、マクダウェル公爵家が作り上げたものだった。今でも世界中から研修に訪れるほどだった。信頼されていても不思議はなかった。


「いえ、世辞ではございません。閣下は間違いなく大戦を治めただけでなく、様々な面から当時の民の命を救っている。衛生、感染症予防……武勲以外でも枚挙に暇がないとはまさにこの事でしょう」

「あはは……別に大した事はしていませんよ。それに、領地の民草が苦しんでいて少しでもそれを和らげる事が出来るのであれば、それに尽力するのは領主として当然の事です。感染症予防はその結果、偶然これがそれに繋がったというだけの事です」


 若い執事の称賛に対して、カイトは改めて言外にこの程度は地球では普通の事だった、と語っておく。なお、感染症予防に繋がった、というのは事実だ。カイトが衛生管理に積極的に乗り出したのは、夏になって食中毒が蔓延したという報告を受けたからだ。

 その際に徹底的に衛生管理を行った結果、店以外でもうがい手洗いと殺菌消毒も徹底させる事になった。その結果として冬になって流行り病が流行る事が少なくなり、というわけだ。


「お話は耳にしております。賢帝陛下もさぞ驚かれた事でしょう」

「あはは。大慌てで駆け込んできたのを、今でも覚えていますよ」

「あの時は本当に驚いたからな。なにせ貴様の領地だけ流行り病の死傷者の桁が違う。何度洗い直しても桁が違う……今だから明かすが、父上は一度報告を間違ったか死者を隠しているのではないか、と本気で疑っていたぞ」


 どうやらその当時の会話になったからだろう。どうやら今日も今日とて勝手に出ていたらしいウィルが口を挟む。ここは天下の往来だ。普通に作業中以外の観光客達も歩いていて、彼が居ても誰も不思議には思わなかった。そんな彼の言葉に、カイトも懐かしげに笑った。


「あっははは。で、お前が大慌てで怒鳴り込んできたんだったな」

「当たり前だ。あの当時には本当に有り得ない数値だった。哺乳瓶等乳幼児に関わる物の殺菌消毒の厳命、アルコール消毒の普及を大急ぎで進めさせ……あの魔帝殿でさえ素っ頓狂な声を上げていたぐらいだ」


 やはり衛生管理がずさんな時代での感染症や流行病の死亡者というのは、為政者としては非常に悩ましい問題だったらしい。ウィルも同じく頭を悩ませていた。それが、カイトが夏に行った政策で桁が変わったのだ。思わず慌てて駆け込んだのも無理がなかった。


「まぁのう。あの当時は本当に驚いた。乳幼児の死亡率がどの程度か、と言うと当時およそ20%超。大戦の後すぐじゃから栄養が足りておらず、という要因があった事は認める。が、それでもお主の施策により感染症、流行病が減少し、結果として乳幼児の死亡率は二年後にはその半分、五年後にはその更に半分程度にまで低下する。現代ではもはや地球の先進国の平均値とさほど変わらぬ」

「「……居たのか」」


 唐突に口を挟んだティナに、カイトとウィルが目を瞬かせる。そんな二人に、ティナが頷いた。


「うむ。真面目な議論をしておったからな。とはいえ、これはお主が施策した、という事も大きい。誰も彼もがお主の言う事じゃから、と意図がわからぬでも素直に従った。それこそ、末端の民草でさえのう」

「そうだな……おそらく俺が主導していても、ここまで早急に効果は出なかっただろう。素直に、お前だからこそのこの結果だ」


 やはりウィルはカイトの帰還後も衛生管理の徹底を主導し、その顛末を見てきたからだろう。彼の時代で衛生状態が数世紀は進んだ。今ではそう評価されるほどに進んだのである。が、その発端は間違いなくカイトにこそあったのは、誰もが認める事だった。


「そんなもんかねぇ……っと、失礼した。というわけで衛生管理については万全を期している、と明言させて頂こう」

「い、いえ……」


 やはり皇帝直属の執事と言えど、英雄二人が平然と会話に加わってくればどう反応して良いかわからないらしい。曖昧な笑みを浮かべて頷いていた。


「と、とりあえず。では、陛下が楽しみにされておいでです。ご準備のほど、おまかせ致します」

「わかりました。陛下には是非とも腹を空かせてお待ち下さい、とお伝えください」

「わかりました。では、失礼致します」


 カイトの返答を受けて、若い執事が頭を下げてその場を後にする。その足がどこか足早だったのは、やはり彼も人の子だからという事なのだろう。


「さて……じゃあ、オレも作業に戻るとするかね。ティナ、フライヤーの整備は?」

「うむ。ちょうど終わった。終わったので報告に来た、という所じゃな」

「そうか。なら、睦月の確認が終わり次第、油と炭を入れてくれて大丈夫だと伝えてくれ」

「うむ。では、こちらも作業を続ける事にしよう」


 カイトの指示を受けて、ティナも再び作業へと戻っていく。そうして去っていく彼女の背を見ながら、カイトはウィルの方を向いた。


「で、お前どうすんの?」

「うん? どうする、とは?」

「いや、お前は何をしに来た」


 カイトの指摘はもっともと言えばもっともだ。そもそもウィルがここに居る理由がわからない。平然と会話に入ってきていたものの、彼はティナとは違い屋台の作業はしていない。


「ああ、そういえば忘れていた……よいしょっと」


 ウィルは少し気合を入れて、なにかを引っ張る動作をする。すると、どこからともなく数人の男達が飛んできた。彼らはウィルの魔糸でがんじがらめにされて捕らえられていた。


「俺の眼の前でスリなぞ働こうとした馬鹿者を捕まえた。ついでにルクスが痴漢行為を行おうとしていた馬鹿も捕らえた。各自看板を付けているのでわかりやすくしておいてやったぞ。ああ、スリの現行犯についてはすでに衛兵に引き渡した。これはこちらに報告に来るまでの道中で見付けた馬鹿どもと思え。被害者の連絡先も控えておいた」

「お、そりゃサンキュ。こっちから衛兵に言って確保してもらっておく」


 どうやら前の四大祭、夏の竜騎士レースでやんちゃしてしまった事を覚えていたのだろう。今度は揉め事を起こす事なく捕縛する事にしてくれていたらしい。

 どうせ魔術で確認すれば一発で犯罪をした事はわかるのだ。引き渡すだけで十分だろう。そうして、カイトはウィルの捕らえたという犯罪者達を衛兵に引き渡しつつ、皇帝レオンハルトの来訪に備えた最後の支度を行っていく事にするのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第1403話『皇帝来訪』

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