第1401話 面倒な上客
カイト達の想定を遥かに上回る盛況を見せた唐揚げ屋の増援の手配をしつつ、慌ただしい感じで始まった収穫祭二日目。この日もこの日で朝の唐揚げ屋の一見から見て大忙しが予想された天桜学園関係者一同であるが、その予想は間違いではなかった。
というわけでカイトはお祭りにも関わらずデートするわけではなく、上層部総出で各所の増援の手配や商家とのやり取り、それとの連携にひた走っていた。というわけで、カイトはフライヤーの手配の為にも現状を聞くべく唐揚げ屋を訪れていた。
「これは……凄いな……」
「おう、天音! 来てくれて悪いな! で、悪いついでに悪いが、ちょっと手が空かないんで、休んでる奴から話きいてくれ! はい、焦がしバター! あ、はーい! 次ちょっとまってねー!」
「ああ、わかった! とりあえずそっちも頑張ってくれ!」
あまりの大盛況ぶりに呆気にとられた――聞いていても想像以上だったらしい――カイトに対して、屋台を取り仕切る上級生が接客しながら下級生へと応対を任せる。それほどに忙しいというわけなのだろう。というわけで、カイトは休憩中の下級生から進捗を聞く事にした。
「天音先輩! お疲れ様です!」
「ああ、おつかれ……悪いな、休憩スペースが少し狭くなって」
「いえ、これでも休めますからね」
休憩スペースの中で休んでいた下級生がカイトへと頭を下げる。休憩スペースは揚げ物の熱気が届かない様に魔術で特殊な結界を展開している。なのでここは涼しかった。熱中症対策の一環、というわけだ。
とはいえ、やはりフライヤーを増設するにあたってスペースが必要だ。なので休憩スペースを一部削ってしまっていて、かなり手狭になっていた。なんとかはしたいが、スペースは有限だ。どうにか出来るわけでもなかったので我慢してもらうしかなかった。
「そうか。人手は足りてるか?」
「うっす! フライヤー来たおかげでなんとかなってます!」
「なら、安心か」
フライヤーを増設した事で一度に揚げられる数は増えた。増設の為に一時回転効率は低下したものの、これからの事を考えれば先行投資として十分だろう。
「あ、そうだ。天音先輩。魔術師の人達には先輩の判断で帰ってもらいました」
「そうか。先輩の判断なら、問題はないだろう」
下級生からの報告にカイトは逐一判断を下していく。フライヤーが届いたのなら魔術師は必要ない。そもそも料理に人力はあまり使えない。特に揚げ物だ。食中毒を避ける為にも、生焼けだけは避けたい所だ。そこを考えれば、フライヤーの方が良かった。
「良し。有難う。後でアイスキャンディーでも届けさせる。しばらくはそれで持ちこたえてくれ」
「「「ありがとうございます!」」」
あまり休憩室で長々と話しているわけにもいかない。故にカイトは手短に報告を受けると、そう言って立ち上がる。そうして、彼は生徒達の感謝を背にその手配に取り掛かるべく再び別の所へと移動する事にするのだった。
さて、移動したカイトが向かった所は、自分が宿泊するホテルの一室だ。ここの大広間の一つをこの期間中貸し切りにしてもらって、天桜学園関係者の本部にしていたのである。
そこには常にカイトの為に椿が控えてくれているので、カイトは彼女と共に今の所で得られている問題に対処すべく各所との連絡を取るつもりだった。
「おかえりなさいませ、御主人様」
「ああ、ただいま。まぁ、ほぼ誰も居ないか」
やはりまだ二日目だ。各所で問題はひっきりなしに起きている。そして休憩は輪番制だ。なので今の時期はまだ誰かが常駐出来ているわけではなかった。誰かが常駐出来る様になるのは、早くとも一週間経過した頃ぐらいからだろう。
「椿。何か連絡は?」
「はい。クズハ様から幾人かの貴族が天桜学園の屋台へ向かいたい、と連絡が入っているとのご連絡が」
「まぁ、来るか。希望の店舗のリストアップは?」
「すでに出来ております」
やはり流石は椿という所なのだろう。カイトの求めを受けて即座に貴族達の名前と称号、領地などを含めた数枚のリストが提出される。
「ふむ……」
リストを見て、カイトは一つ小さく頷いた。想定通りといえば想定通り。やはり食べ歩きは貴族達にはウケが良くない。なので大半は居酒屋だった。
「日程は……調整されているな。なら、問題ない。このまま進めさせてくれ。睦月にも連絡を入れろ」
「かしこまりました」
大方クズハが調整してくれていたのだろう。カイトは希望日時の様子を見て、そう判断する。そのおかげで基本はこのまま進めて大丈夫そうだった。が、それは敢えて言えば常識的な、このリストにある貴族についてだ。この一枚目のリスト以外に纏められた貴族についての対処が面倒だった。
「にしても……面倒な事を言う奴はやはり多いな……」
来るよな。来ないはずがないよな。そう思いながらカイトは一つ、ため息を吐いた。まぁ、このリスト外のリストに纏められた貴族は敢えて言えば、傲慢な貴族達と考えれば良い。先のリストに乗っていたのは逆に常識的な貴族達だ。
店側に配慮してきちんと来訪の時間を告げ、可能ならその時間は貸し切りに出来ないか、警備の関係で少々大人数で押しかけるが大丈夫か、などこちら側にお伺いを立ててくれている。即座に手配が終わったのも当然だろう。なにせ向こうが配慮してくれているからだ。こちらも配慮を見せるのが筋だろう。少し修正が必要でも基本は向こうも人を寄越してくれるのでそれと多少打ち合わせすればなんとでもなる。
「ふむ……」
カイトは別途纏められていたリストを見ながら、どうするか考える。多いのは作りに来い、作ってもってこい、だ。宅配サービスはしていないのだが、その程度は出来る――というよりして当然――だろう、と勘違いしている貴族はそこそこ多かった。が、出来る時期と状況ではないぐらいは、常識的に考えればわかるだろう。
「椿、その作業が終わったらクズハに確認を取ってこのリストの中から馬鹿でない貴族を見繕ってくれ。それで問題ない」
「かしこまりました」
カイトから別途分けられていたリストの貴族の中の一部を更に抽出したリストを受け取って、椿が早速手配に入る。カイトが別途分けた貴族はわかりやすく言えば作ってもってこい、という宅配サービスを望んだ貴族だ。その中から更に馬鹿な貴族を抽出してもらい、賢い貴族についての対処は考えていた。
「さて……まぁ、馬鹿じゃない奴についてはなんとかなるか」
敢えて言うまでもない話であるが、自身もまた貴族であるカイトはこういった面倒な客が来る事は理解していた。なので宅配サービスはしていない、と言いつつもきちんと対応出来る様に準備は怠っていなかった。
例えば料理をできたてのまま保管しておく容器はヴィクトル商会に頼んで仕入れていたし、持ち運びに必要な謂わば籠の様な物も手配している。が、持っていくと持っていくで色々と面倒になるし、おおっぴらにすると我も我もと言い始めるからしていないだけだ。と、そうして更に別の手配を考えていると、椿がクズハとのやり取りを終えてリストを提出してくれた。
「御主人様。こちらが馬鹿ではないとされた貴族達です」
「うっし……じゃあ、彼らについては彼らの手勢に持っていってもらおう。向こうから人が来る。それに対応可能な上級生のリストを屋台側に出させてくれ。ああ、急ぐ必要はない。どうせ今日じゃないからな。今日の閉店後にでも言って、明後日の開店前にでもリストは出させれば良い」
「かしこまりました」
カイトの指示を受けて、椿が再び手配に入る。向こうから人が来る。カイトは馬鹿ではない貴族達には少し策を打って向こうから人を出させる事にしたのだ。
と言っても言う事は簡単だ。やはり貴族様に作るので毒などを入れていない事をしっかりと確認して欲しい、と言うだけだ。そう言われては向こうも確かに、と頷くしかない。
エネフィアでは今でも毒見役はしっかりと存在しているし、貴族によっては何名も常駐させている。この街にも連れてきている事だろう。安全の確保を、と言われては否定できないのだ。
そして持ち運びの際に暗殺者などに毒を入れられない様にしてほしい、とでも言っておけば向こうが持っていってくれるというわけだ。使者が持ち帰るのは自由だ。なので特別な容器に入れて持ち帰ってもらおう、というだけである。
「さてと……この祭りのありがたい所は馬鹿な貴族でもある程度の礼節は守る、という所だな……」
アポ無しが無い。それがどれほどありがたいかカイトはよく知っている。やはり貴族達で一番面倒な対応は、と言われると唐突にやってきて威張り散らした挙げ句、店を占有しようとする事だろう。
そして残念な事であり当然なのかもしれないが、貴族という存在が居る以上はそんな貴族もこのエネフィアに存在している。が、その様な貴族とてこの祭りでだけはそんな事をしない。一度やらかして痛い目を見た貴族が居たからだ。一度痛い目を見れば、誰だってやらないのである。
「一度、僕を怒らせてるからねー」
「おーう。まいどありー、ってもオレの金か」
唐揚げ屋で買ったらしい唐揚げを片手に顕現したシルフィに対してカイトが笑う。まぁ、そういう事らしい。
「確か百五十年ほど前にお前お気に入りの屋台でそれやらかしたんだっけか」
「というか、僕ら全員で集まってる所でやらかしてくれてるんだよねー……あそこの白餅も美味しかったなー。カイトにも食べさせたかったなー。最後、引退する時には皆で来たなー」
カイトの膝の上で一口大の唐揚げを爪楊枝で食べながら、シルフィは頷いた。どうにもシルフィが見付けた屋台で大精霊全員が集まって食べていたらしいのだが、そこで一悶着起きたらしい。で、見るに見かねて彼女が、というわけだそうだ。
「そりゃ、残念……まー、流石にお前らに言われちゃ、どんな馬鹿でも黙るわな」
「あははは。ちょっとウザかったからこの祭りは誰に感謝するものなのかな? 君かな? 僕達かな? って聞いたら黙っちゃった」
「そりゃそうだ。道理過ぎる」
まさかその貴族とて大精霊が本当に祭りに参加していて、しかもその店に居るとは思ってもいなかっただろう。仕方がないといえば仕方がない。なにせ店主さえ、彼女の正体が大精霊と知った時は本当に卒倒したからだ。
が、エネフィアでは彼女らを怒らせる事は仕方ないで許される事ではない。如何な理由があれ大精霊を怒らせた、というのはそれだけで貴族からの罷免が普通にあり得る。最悪は死罪だ。
そしてこの言葉は、誰がどう聞いても彼女らを怒らせているとわかる。それ以降、貴族達はどこに大精霊が居るかわからないのでこんな無茶はしなくなったらしい。そのかわり、宅配を頼む貴族が増えたのは仕方がない事だろう。
「で、シルフィ。ウチの料理はどうだ?」
「うん、美味しいよ。頑張ってる味がする」
「そりゃ、良かった。あいつらも頑張った甲斐がある……んだが、流石にこの距離で唐揚げの匂いさせられると腹が減るな……」
「はい、あーん」
「あぐっ……うん、美味い。サンキュ」
シルフィから差し出された唐揚げを一つ食べて、カイトは再び書類に向き直る。何時までもいちゃついてはいられない。まだまだやる事は沢山ある。忙しいのは今だけだろうが、その今を乗り切らねばならないのだ。そうして腹が膨れたからか、頭が回ったらしい。カイトは馬鹿な貴族の対処も決めた。
「良し。馬鹿についても道理説いて取りに来る様に仕向けよう。流石にウチの店で宅配やってたらパンクするしな。人が足りん」
「それで良いんじゃない?」
「おっしゃ。大精霊からのお墨付き出た……で、更に面倒な奴らに対する対処を考えないとな……」
今まで考えていたのはもってこいと言っていた奴らだ。それに対して次の奴らは、自分達の眼の前で作れという奴らだ。これが一番厄介だ。最悪は貴族の権力を笠に着てそのまま強引にやり方を買い取ろうとしたり、果ては人員を召し抱えようとする馬鹿もいる。色々と考える必要があった。とはいえ、今回はそれだけではなく、どちらかというとカイト達の屋台の特異性もあっての事も多かった。
「ふむ……なるほど。じゃあ、他にも……ああ、こっちもか……ふむ……」
確かに、そうだろうな。作りに来い、と言った貴族達の中の一部の意見を見て、カイトはこれは鑑みて良いな、と頷いた。というのも、やはり貴族達だ。馬鹿やわがままな貴族だけでなく、立ち食いや手で持って食べる事をはしたないと思う者は少なくない。お上品な貴族、というわけだ。
そんな者たちとてカイト達が提供する唐揚げや焼き鳥は食べたいらしい。そこらを考えた結果、自分達の所で作ってくれ、というわけであった。
「良し。椿。クズハとアウラに頼んで国か地域毎に作りに来てくれ、という貴族を纏められないか根回しをしてみてくれ。会食という形で提供するなら可能だ、と」
「わかりました。調整してみます」
椿の返答を聞きながら、カイトは自分でも道具の調達や食材などをどうするか、と考える。これはわがままというより、客側の事情だろう。なのでカイトとしてもなるべく考慮するつもりだった。そうして、カイトはその後も寄せられる貴族達からの注文に対処していく事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1402話『収穫祭』




