第1400話 満員御礼
あけましておめでとうございます。本年も一年よろしくお願い致します。
月の女神シャルロットの降臨や魔王クラウディアの来訪など様々な事がありつつも開始されたマクダウェル領四大祭の一つ、収穫祭。それは一日目をシャルロットのお仕置きによるユリィの悲鳴で終わらせると、二日目に突入していた。
「はーい! ありがとうございまーす!」
「タレ一丁、塩二つ!」
「タレ一丁塩二つ!」
今日も今日とて焼き鳥屋は満員御礼の様子で、物珍しさに釣られてやってきた客達でごった返していた。その一方、更に満員御礼を超えていたのはやはり唐揚げ屋だ。こちらはもはやてんやわんやの状況だった。
「すいません! ちょっと待って貰えますか!」
「今唐揚げ屋は三十分待ちでーす!」
やはりエネフィアには無いパウダーで味を変える形式だからだろう。ただでさえ日本という物珍しさもあるというのに、そこに来てこの独自色だ。満員御礼を超えて行列が朝から出来上がっていた。どうやら昨日の時点で噂が広まって、二日目にも関わらず朝から開店待ちの行列が出来ていたほどであった。
「ちょ、おい! 誰か会頭か天音に連絡入れろ! ぜんっぜん間に合わねぇよ!」
「おい、一年坊の中で足速い奴! 今すぐ天音の所走れ! 通信機で取り次いで貰う暇もねぇぞ!」
「自分行きます!」
「頼む! 他何人か一緒に行け! ホテルに居なけりゃ探す必要もあるからな!」
「急げよー! あ、梅味出来ましたー! こっち醤油ねー!」
「「「うっす!」」」
満員御礼も想定してはいたものの、やはり開店前からの行列は想定外だった。なので屋台を取り仕切る上級生達が大慌てで下級生達を走らせる事にした様だ。
嬉しい誤算ではあるが、それを安々と逃す道理はない。これを活かすべく動く必要があった。と、そのカイトはというと、こちらは開店前の居酒屋にて朝食を食べていた。今日は朝が遅いらしい。いや、正確には昨日遅かった――打ち上げの後にも会合があった――ので朝が遅いというわけだ。
「ふぃー……美味い。皐月、お前やっぱ料理も美味いよなー」
「お姉ちゃんとか睦月の料理を手伝ってると自然とねー。お母さんもお父さんも朝一番で出かける事多いし。そうなると、三人で作るのよ」
「うん……お前の味噌汁なら毎日でも飲みたいわ……ふぅ……」
「作ってあげよっか?」
どこのバカップルだ。聞いている周囲の全ての者たちがそう思うほどのバカップルな会話が繰り広げられていた。基本、居酒屋の屋台の午前は天桜の生徒や冒険部の関係者達の為に解放されている。
やはり祭りで遅くまで起きている者は少なくない。そしてホテルのモーニングとてずっと出してくれるわけではない。せっかくなので朝食は自分達で用意する事も選択肢に入れていた。更には居酒屋だ。朝から開ける意味もないが、料理の仕込みは必要だ。睦月は現に仕込みの真っ最中だ。それも含めて、であった。なので作ってもらえないでも文句は言わない、自分で作れるのなら邪魔にならない程度で作っても良いという程度であった。
「……カイト。流石に皐月口説いてどうするのよ」
「どうするって……あー……確かに口説いてるなー」
「あー……口説かれてるわねー。そして了承までしちゃってるわねー」
魅衣の指摘にカイトも自分で自分が皐月を口説いていた事に気付いたらしい。その一方で皐月も口説かれていた事に気が付いていた。なんだったらプロポーズでも良い。
「いや、でもこいつの朝の味噌汁マジで美味いんだよ……ふぅ……飲み疲れた胃に朝餉の味噌汁は良いな……」
「まぁ、あれだけ飲めばねー」
「なー……」
「いや、皐月だから今更何も私らも言わないけどさ……」
のんびりとした朝を過ごすカイトと皐月に、魅衣はただただ呆れてため息を吐いた。皐月だから許されているものの、とは言ったが皐月なので問題は問題だ。特に最近の皐月には女疑惑が出ている。魅衣達でさえ本当に関係を持っているのでは、と疑いたくなる時が時々あった。
「で、魅衣。お前こそそこで突っ立ってないで食べれば?」
「あっと、それもそうね。じゃ、失礼して」
カイトの指摘を受けて、魅衣が一緒のテーブルに腰掛ける。基本、このお祭りの期間中は各自で好きに食べる様に、とカイト達は話し合って決めている。流石にこのお祭りの規模だ。とてもではないが纏まって行動していては全ての屋台なぞ回りきれない。各自で食べたいものを食べる為にも、バラけるしかなかった。
なので今日は魅衣は自分達の所で食べる事にした、という所だった。桜達であればホテルで食べていたし、ティナであればクラウディアと一緒に姿を偽って魔族達が提供している屋台に向かっている。カイトにしても今日は偶然朝に皐月が朝食を作る――神楽坂三姉妹は基本輪番制――というのでここで食べているだけだ。
「……いつも思うけどさ」
「何?」
「お前……食べ方むちゃくちゃ綺麗だよな」
「……悪い?」
カイトの指摘に魅衣が恥ずかしげかつ僅かに不満げに問いかける。ここら、一時不良だった彼女からは想像出来ないかもしれないが食べ方が非常に綺麗だった。なんというか、所作がはっきりとしているのだ。同じ上流階級でも桜にも匹敵する綺麗さだった。
「いや、羨ましいとは思うがな。一応、これでも立場上綺麗に食べる事は心掛けているが……どこまでやら、という所だ」
魅衣の食べ方を観察しながら、カイトはこれまた皐月作の卵焼きを食べる。それに、皐月は由利作のサンマの塩焼きを食べながら頷いた。その姿がどこか嬉しそうなのは、気の所為ではなかっただろう。
「まぁ、これでもお嬢様ですし。それに……一応舞とかやってるとさ。そういう動作一つにも気を遣うのよ。艷とか色々あるし。やっぱりいつもの所作が出ちゃうのよね」
「そこら、やっぱりオレは一般階級だわな……」
魅衣の言葉を聞いて、カイトはやはり自分が野戦育ちの粗野な男なのだな、とどこか諦観を滲ませる。確かに彼はウィルやティナの調教によって貴族としては一流の所作を身に着けている。
が、それは後天的に身に着けたもので、彼本来の所作ではない。魅衣の根本がお嬢様である様に、カイトの根本も変わらないのだ。やはり気を抜けばお上品ではなかった。そんな朝の他愛もない会話をしている所に、唐揚げ屋の生徒達が駆け込んでくる。
「居た! 天音先輩!」
「うん? お前らは確か……」
「うっす! 唐揚げ屋の従業員やってます!」
カイトを見つけるや否や、下級生達が大慌てで頭を下げる。急いでいてもやはりそこは運動部の下級生。上級生への礼儀は守るのだろう。そんな彼らから、カイトは唐揚げ屋の大盛況ぶりを聞かされる事になる。
「お、おう、マジか」
どうやら、ここまでの盛況はカイトも想定外だったらしい。思わず目を瞬かせて唖然となっていた。おそらく物珍しさに多くの者たちが来るだろうというのは想定していた。
が、それにしたって想定以上だった。ここら、やはりどうしても付き纏うのは彼が自分を軽視しているという所と、自分を一般民衆と同じ様に扱う様に命じている所だろう。自己評価が正しく出来ていないというより、成した事が凄すぎるのだ。世界各地から人が来ている以上、こうなるのは当然だった。
「というわけで、先輩方が急いで天音先輩に対処を請え、と……」
「そうか……わかった。こちらで動こう。人は?」
「人もそうですけど、何より機材が足りてなくて……フライヤーが更に追加で幾つか欲しいですね」
「わかった。即座に動いてもらおう。お前らは一度戻って、店を回す事を優先しろ。追って、オレが指示と増援を掛ける」
「「「はい」」」
カイトの指示を受けて、下級生達が急ぎ足で屋台へと戻っていく。それを見送って、カイトは早速どうするか考える事にした。ここまでは想定外だったが、これを逃す手はない。機材については宛があるが、当座の危機を乗り切る為の方法を考える必要があった。
「さて、機材はヴィクトル商会に頼むとして……とりあえず今をどうするかね……皐月、魅衣。何かアイデアあるか?」
「うーん……とりあえずの対処なら、思い浮かぶけど?」
「うん?」
皐月の返答にカイトは興味深げに先を促す。それに、皐月が魅衣を見た。
「ほら、私ら時々組んで依頼に動くんだけどさ」
「あー、あれ?」
「あれ?」
皐月の言葉に理解した魅衣に対して、カイトは訝しげだ。魅衣と皐月も同じ中学校で顔見知りだ。なので仲は良い。そこから時々一緒に組んで行動しているのはカイトも知っていた。そこでの話なのだろう。
「ほら、基本持ち運び式のコンロって使える鍋の大きさ決まってんじゃん。でも時々それ以外の料理したい、って旅先で睦月が言ってさ。何かないか、って考えた事あるのよ」
「ふむ……」
「で、そんな時に考案したのが……もう自分で鍋温めれば? ってこと」
「……あー……そりゃ確かに。オレも装備全ロスとかした時やったな……」
思えば冒険者としては当然の対処だった。カイトは皐月の言葉である意味当然といえば当然の事を思い出す。鍋などの調理器具を失った時、冒険者がどうするか。あるものでなんとかするしかない。
が、何もかもを失っている以上、何も無い。だからどうするか、という質問だ。とはいえ、実は冒険者にはこれは難しい質問ではなかった。肉を焼くぐらいなら大きめの石さえあればそれで事足りるのだ。なので彼らは火属性の魔術で石を熱して、肉を焼くのである。それを応用した、という事なのだろう。
「良し。それ採用。運動部連には基本、冒険部兼任の奴も多い。最下級の火属性の魔術ぐらいなら使える……おし。じゃあ、行動開始するかな」
どうするかの対処を決めたカイトは、早速とばかりに各所への連絡を入れ始める。必要な物は揚げ物用の鍋と、温度を調節する為の温度計だ。こちらについては今回料理という事で学園の調理室や家庭科室にあった物を持ってきていて、荷物の中に含まれている。それを使えば良い。繊細な微調整は難しい所だが、そこは魔術師系の生徒を回してしばらく回してもらうしかないだろう。
「良し。これで当座は保つ……かな」
一通りの指示を出し終えたカイトはそこで一度、時計を見る。何故彼がヴィクトル商会への連絡を後回しにしたのか。それは単純に言って営業時間の問題だった。営業時間外に電話をして取り次いでもらえるわけがない。なので開店までの時間で先に当座の危機をしのげる様にしてしまおう、と判断していたのである。
「うん。良い時間だな……さて」
カイトはスマホ型の通信機を取り出して、冒険部の長として使っているヴィクトル商会の窓口へと連絡を入れる事にする。やはり冒険部はお得意様だ。なので数コールで繋がった。が、出た相手は彼の想定外の人物だった。
『はい、こちらいつも皆様のお側にヴィクトル商会。ダーリン専属窓口の貴方のサリアですわ。ご注文、有難うございます。ご注文はフライヤーですわね?』
「……」
あれ、間違えたかな。カイトは応じたサリアの声を聞いて、思わずスマホ型魔道具の画面を二度も観察する。が、やはり通信先は間違っていない。しっかりと窓口への番号になっていた。つまりこうなる事を完全に見通した上で、カイトからの連絡は自動的に彼女に繋がる様にされていたのだろう。
「怖いな!?」
『いえいえ。ダーリンを見ずとも、昨夜の時点でのダーリン達の屋台の噂などを聞いていればこれは必然。すでに見積書や発注書なども完璧ですわ。後は私のゴーサイン一つで、ダーリンの下へレンタルフライヤーがお届けされる事になっていますわね』
皆まで言うな、どころかもう発注まで終わらせている様子のサリアに対してカイトは思わず戦慄する。どうやらここまで完璧に見通していたのだろう。相変わらず情報を制する者は恐ろしい限りであった。
とはいえ、だからこそ彼女は非常に嬉しそうな笑顔だった。そしてカイトにしても手はずが終わっているならありがたい。今は一刻を争う状況だ。有難く受ける事にさせて貰った。
「お、おう……じゃあ、フライヤーお届けで……」
『毎度あり、ですわ。ああ、食材の追加発注も随時受けておりますので、忌憚なくお申し付けくださいな』
サリアが上機嫌な理由はこれだった。カイト達の所が満員御礼。それも彼の予想を超えて――ここまでなのは彼女の予想も超えていたが――の満員御礼だ。つまり、更に食料の追加発注が来ると見て間違いない。そして売れれば売れるほど、仕入れがある。ヴィクトル商会の儲けとなるわけであった。
「……」
「どったの?」
「サリアさんの恐ろしさを思い出した」
目をぱちくりさせながら注文を終わらせたカイトであるが、やはり商売にかけてはサリアには勝てない様だ。素直に感服していた。そうして、そんな様子で慌ただしく収穫祭も二日目がスタートする事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1401話『面倒な上客』




