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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第68章 四大祭・秋編

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第1399話 ただのんびりと

 収穫祭にてシャルロットを出迎えた日。カイト達がラカムら月の奉仕者達との間で会合を得ていた頃の話だ。その街の光景を、宗矩はホテルの一室から見ていた。


「……」


 何時の世も祭りとなれば民草は活気に溢れるものだ。宗矩が思う事はそんな他愛もない事だ。彼は確かに修羅道に堕ちたが、培われた技は失われず、手にした性根は変わっていない。

 いや、性根なぞ元々変わっていなかった。彼は父や兄達の背を見て育った。周囲の柳生の里なぞ剣士達の集まりだ。ただ、お大名様という御大層な名が加わったが故に覆い隠され、本人にさえ見えなくなってしまっていただけだ。


「善き哉」


 そんな宗矩であるが、やはり江戸の民を知ればこそだろう。火事と喧嘩は江戸の華。活気あふれる江戸を言い表した言葉だ。この活気あふれる様子はどうしても江戸の事を思い出させた。それ故にか、彼の頬は気付かず、綻んでいた。が、そんな彼だからこそ、言伝を思い出してその顔が歪む。


「……無粋、か」


 火事と喧嘩は江戸の華。喧嘩が起きるのはいつだって祭りの最中だった。喧嘩出来るだけ民達に活気が溢れている証拠だ。宗矩はそう思い出せばこそ、あまりの無粋に密かに憤慨していた。


「此度ばかりは、柳生但馬守宗矩として戦わせて貰おう」


 宗矩はそう心に決める。但馬守の名は捨てた。そう自負する彼であるが、いたずらに民達に被害を与えたいとは思っていない。彼が望むのは優れた剣豪との戦い。弱い民草達に危害を加える事ではない。

 無論、仕事と自分の想いは別だとも弁えている。昔から何度となく、彼は仕事でどうしようもない状況に追い込まれた。諦める事は早々に学んでいる。故に道化師達に協力する限りは、民草達に被害が出るのは仕方がないと諦めている。


「……後数刻、後数日……」


 おそらく今生唯一但馬守として自ら戦う事を決めた宗矩であるが、その彼はまだ動くつもりは無かった。道化師からの情報によると、邪神の奉仕者達が事を起こすのはまだかなり先だ。

 故に道化師からも先にのんびりと祭りを楽しんで来ても良いと言われていた。これに宗矩はもっけの幸いと有難く休暇を得させて頂いていた。そもそもで道化師がそう言った裏ぐらい、彼には察せられていたからだ。早すぎれば、相手が察するかもしれない。そうなれば襲撃は起きないかもしれない。それは好まない。カイトの本気度を見定める為、襲撃は起きてもらいたい。それが、道化師の思惑だった。


「……ふぅ……」


 宗矩は煙管を吹かし、香りを嗅ぐ。ホテルで行われた持ち物検査――やはり貴族達が来ているのでこの時期だけは特例として行われるらしい――の時に煙草かと疑われるか不安ではあったものの、どうやらこういった香りを楽しむ為だけの物はこのエネフィアでは一般的らしい。故に少しの検査を受けただけで普通に持ち込めた。


「……」


 ぐぅ。宗矩の腹から、そんな音が鳴った。それは言うまでもなく腹の虫の音。空腹を告げる音だ。


「……後数日数刻……」


 何故そんな事をつぶやくのか。それは宗矩のみにしかわからない。わからないが、別に問題はない。


「……新免殿のお招きに候。応じ候」


 おそらく、武蔵は己が来ている事に気が付いている。なにせ時折自分を呼ぶように武蔵の気が届いているからだ。


「……ずいぶんと変わったものよ。俺も、貴殿も」


 但馬守を捨てた宗矩と、剣豪の振る舞いを捨てた武蔵。お互いにかつての日本であれば自らの根幹を成したであろう性根の最も重要な部分を捨てている。故に、変わっていても不思議はない。が、やはり変われば思う所もあった。


「……お互い、捨てた方が強くあれるかもしれん」


 ぷかぁ、と宗矩は煙を吐いた。これでニコチンや有害物質が無いという。というか、単なる水蒸気だ。笑うしかない。以前レインガルドでカイトが持っていたおもちゃの原理と同じらしい。

 煙草に見せかける際、生駒がこれを仕込んだのだ。それ故、見た目としては煙草そっくりだ。無論、愛煙家の彼から言わせてみれば見た目が一緒なだけで色々と違う、と一家言あるらしいが。


「……今しばらく、我らの死合はお預け。ここは祭り。無粋は致さぬ」


 宗矩は戦いたい、と願う己の性根をそう宥める。戦いたい。戦いたいが、こんな場で戦いたいわけではない。こんな所で無粋な戦いをするのはいくら修羅道に堕ちても自分のやりたい事とは違うとわかっている。だから、今回来たのは戦う為ではない。


「招待状は……書き上げている。新免殿。もう一人、お招き頂きたく」


 宗矩は武蔵と目的の人物にのみわかるように、武蔵の発する気に合わせて己の気を放つ。今回、用があるのは武蔵ではなかった。そうして、彼は後数日待つ為に少しの食べ物を口にする事にするのだった。




 さてそんな宗矩が気を放ったわけであるが、それを受け取ったのは武蔵ともう一人。言うまでもなく柳生親子の弟弟子。カイトその人である。彼はラカム達との会合――天桜学園の有力者の一人として街の有力者達との会合としていた――を終えると、初日を終えた屋台のお疲れ様会とでも言うべき打ち上げに参加していた。


「ん?」


 敵意は無い。無いが、見知らぬ気配ではない。それを感じて、カイトはふと振り向いた。


「これは……」

「どうした、天音」

「あ、いや、なんでもない」


 この気配は間違いなく柳生宗矩。カイトは一度の戦いで彼の気配を覚えていた。あれほど極められた剣士の気。それを忘れろ、というのは剣士でもある彼には無理難題だった。忘れようにも忘れられない。そんな独特な気だからだ。


「……」


 何をしに来たのだろうか。敵意も害意も無い宗矩の気配にカイトは内心で訝しむ。殺し合いを望むのでもなく、戦士としての戦いを望むのでもない。ただ本当に自分の来訪を伝える様に気を放っただけだ。まるでそれは主催者に来訪の挨拶を、とでも言わんが如くだった。


「ふむ……」


 何を考えているのだろうか。敵意も無い、かといってお互いの立場を考えれば来るはずもない相手だ。それが、この街に入り込んでいる。

 それも隠れるでもなく、はっきりと自分に挨拶をしたのだ。意図が掴めなかったのも無理もなかった。と、そんな考え事をしていると、どうやらカイトが頼んでいた焼き鳥が出来上がったらしい。眼の前に焼き立ての串が差し出された。


「おい、天音。出来たぞ」

「っと、悪い悪い。サンキュ……うん、美味い。やっぱ焼き鳥は炭火焼きに限るな」

「お前らが木材から取ってきてくれたからな」

「そりゃ、こっちも頑張った甲斐があるってもんだ」


 カイトはこの打ち上げに際しても料理をしてくれている生徒の感謝に対して、思いっきり焼き鳥を頬張る事で感謝を示す。この場で提供されていたのはやはり使えない肉が大半だ。しかしそれでも味が悪いわけではないし、彼らの頑張りがあった。カイトからすれば、それで十分に補える味だった。


「……ふぅ……っ!」

「あ!」

「甘いな! オレから食料を強奪するなぞ、百年早いわ!」

「良いじゃん良いじゃんよー! 一本ぐらい頂戴よー!」

「却下じゃ却下! 自分のあるだろ!」


 カイトは自分の皿に新たに乗せられた鶏皮――塩――を灯里の魔の手から死守すべく、魔糸を使って防衛網を構築する。やはり灯里が絡むといつもより子供っぽくなるらしい。とはいえ、それも灯里の所に追加の鶏皮が来た事で終わりを迎えた。


「ふふぃー……あー……やっぱり焼き鳥には日本酒が合うなー」

「だなー」


 二人並んで焼き鳥を貪って、おちょこの日本酒を呷る。別にいつもの光景といえばいつもの光景だ。なので特に問題もなく、というわけだ。と、そんなカイトであるが、少し笑いながら近くで椅子に腰掛けて同じようにお酒を飲んでいた人物へと問いかける。


「シャル……流石にそれは……合うのか?」

「……意外と合うわ。手持ちの赤で合うのは無かったけど」

「スパークリングか?」

「クレマンよ」


 カイトの問いかけにシャルロットがワイングラスを回す。基本、この焼き鳥屋ではワインは提供していない。客が依頼したり持ち込めば話が別だが、酒がメインではない以上日本酒で十分だと判断していた。

 なお、クレマンとはシャンパーニュ地方以外でシャンパンの製法で作られた発泡性ワインの事だ。シャンパンの名称をシャンパーニュ地方で作られた物以外が使うと違法なので、クレマンという名称が使われているのである。


「ふむ……にしても、赤じゃないワインを飲んでいるのは初めて見たな」

「別に飲まないわけじゃないわ」


 つんっ、と拗ねたようにシャルロットが口を尖らせる。どうやら、赤が好きなだけで別に白やスパークリングを飲めないわけではないらしい。と、その横には同じ様にワインを飲んでいた少女が居た。まぁ、言うまでもなくアリスである。そんな二人の様子を見て、灯里が僅かな戦慄を口にする。


「……やっばいわね。これ……食べてるのが焼き鳥じゃなければ物凄い絵になるわ」


 アリスは純粋な人間である筈だが、やはり愛らしい見た目とどこか雪の妖精を思わせる衣服を好んで着るので非常に幻想的な美少女だ。それに加えて、食事中に白は汚れるので駄目と黒のゴシック・ロリータ――復活後は普通に着るようになった――に着替えていたシャルロットだ。と、そんな絵を見て、灯里が声を挙げた。


「ユリィちゃーん!」

「はいさ! なにか呼んだー?」

「うんうん……ちょっとあの二人と並んでちょ?」

「うん、良いよ」

「「?」」


 とりあえず言われるがまま、ユリィはシャルロット、アリスの両名の食卓に座る。今の彼女はアリスが居るので小型化したままだ。というわけで、食卓に彼女が乗れば更に絵になった。幻想的な美少女二人にそれを更に引き立てる妖精だ。焼き鳥屋でなければ、非常に絵になる事だろう。


「おー……ヤバイな、これは」

「雪ほしいわね……カイト、なんとか出来ない?」

「出来るけど駄目だろ」

「じょ、冗談で言ってみただけなんだけど……あんた相変わらずぶっ飛びすぎね……」

「そこまで難しいわけじゃねぇよ」


 非常に絵になる光景に二人は感心しながらもそれを肴に酒を呷る。と、そんな灯里にシャルロットが首をかしげつつも、ユリィから差し出されたワインボトルからワインを注いでもらって飲んでいた。


「……何を考えているのかしら、彼女は……」

「さぁ……あ、このワインも美味しい……」

「味の違いのわかる子ね」


 自身から振る舞われるワインで利き酒を行うアリスに対して、シャルロットが上機嫌に一つ頷いた。彼女もワイン好きだ。通じ合うものがあったらしい。なお、アリスはシャルロットが女神である事を知らない。カイトがこちらに来て最初期に出会ったこちら側の冒険者だ、と嘯いたからだ。もちろん、冒険部にもそう言っているし、帰ってきたのでカイトが冒険部に招いたとした。勿論、嘘は言っていない。

 カイトがユリィを除けば冒険者として最初にパーティを組んだのは彼女だ。それまで乗り合いの如く短い狩りで組んだ相手は居たが、共に旅をしたのは彼女が最初だ。

 そして冒険者というのも間違いではない。ただ、出会いが一度目の旅路で正体が女神だというだけだ。と、そんなシャルロットが唐突になにかを思い出したかのようにユリィを見た。


「……あ」

「どしたの?」

「……オチビ。そう言えばすっかり忘れてたけど」


 じとー、とシャルロットがユリィを睨む。が、それにユリィは困惑を浮かべた。


「え? 何? 私まだ何もしてないよ?」

「したわね……ワインとトマトジュース入れ替えたでしょう。カイトがするとは思えないわ」

「……あ」


 思い出した。ユリィもシャルロットの指摘で自分が眠りに就く直前の彼女の水筒の中身を入れ替えていた事を思い出す。そんな彼女の顔に、アリスもこれが真実だと理解したらしい。彼女もジト目に変わった。


「ユリィさん……それは駄目ですよ」

「い、いやぁ……ちょっとお茶目なジョーク……じゃ駄目?」

「駄目に決まってるでしょう!」

「ごめんなさーい!」

「いいえ! せっかく起きたんだから、しっかりとお仕置きするわ!」


 唐突にシャルロットとユリィが追っかけっこを始める。なお、この二人なので周囲にぶつかる事はないし、そもそも空中戦だった。それに、カイトが嬉しそうに、かつ楽しげに笑顔を浮かべていた。が、そんな彼は唐突に慌てる事となった。


「おー……元気元気……って、シャル!」

「何!?」

「スカートスカート! お前、スカート履いてる!」

「きゃあ!」


 カイトの指摘でスカートを履いている事を思い出したシャルロットが急降下して、スカートの裾を押さえる。幸いカイトしか見ていなかったし、そのカイトに見られても問題はさほど無い。なので不幸中の幸いという所だった。

 それに、ユリィ――こちらはズボンだった――が空中のシャルロットの手が届かないエリアで冷や汗を拭った。が、その所為で彼女は自らの背後が輝いていた事に気づくのが、一瞬遅れてしまった。


「ふぅ……助かった……あれ?」

「助かると思うかしら……? 月よ。月光よ。我が意を受け、不届き者に天罰を」

「ぴぎゃぁあああああ! ごめんなさーい!」


 月光が光条となり、油断していたユリィを地面へと叩き落とす。そうして夜空にユリィの悲鳴が響き渡り、一日目の夜は更けていく事になるのだった。

 本年も一年ありがとうございました。来年もまた一年よろしくお願い致します。では、お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第1400話『満員御礼』

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