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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第68章 四大祭・秋編

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第1391話 収穫祭前日

 八大ギルドの一つである<<森の小人フォレスト・スピリット>>ギルドマスターにしてクズハの又従姉妹でもあるアイナディス・エルアランの来訪があった翌日。そんな事があっても普通に朝は始まるし、作業は行われていた。

 が、流石に前日ともなると前夜祭がある関係で大掛かりな作業は出来ない。そしてそれがわかっていたのでカイト達もまた、作業は昨日の内に大半を終わらせていた。後残す所は料理の下処理などの直前でなければ出来ない事だった。


「睦月! こっちの鍋沸騰したぞ!」

「あ、はい! ルー入れて後は弱火で放置でお願いします!」

「おっけ! 誰かルー持ってきてくれ!」

「おう! 今、持ってく!」


 昨日より人の往来こそ激しくはないが、そこはある種の戦場と言っても過言ではなかった。というわけで今日は今日でカイトは睦月を手伝って料理の下処理を行い、例えば料理の出来ないソラであればカイトや由利、ナナミの指示を受けて必要な調味料を運んだりしていた。


「良し。これでとりあえず後は煮込むだけだが……焦げ付かないように注意はしておかないとな」


 カイトは大鍋で煮込まれるカレーをゆっくりとかき混ぜる。基本手間な上に匂いがキツいので意外な事に冒険部の遠征では飯盒炊さん御用達のカレーは作られないが、冒険部ではカレーはルーから自作している。これはそれを使っていた。と、そんな所に瞬が足早にやってきた。


「カイト! ピュリさんからの伝令が来てるぞ!」

「ああ! 大方あちらの親父さんが来たとか言う話だろう!」

「そうだ! バーンタインさんが来たらしい!」


 今回、バーンタインは<<炎武(えんぶ)>>の最終段階完成を祈願して前夜祭から後夜祭まで全てに参加する、とピュリが述べていた。そして今日は前日。彼ほどの冒険者であれば、大抵の状況は平然と突破出来る。すでに昼も近い事を考えれば、到着しても不思議はない。


「わかった! 挨拶には向かう! そちらも準備ができ次第、行けるようにしておいてくれ!」

「わかった!」


 兎にも角にも大鍋を引き継がない事にはカイトは動けない。そして外部との折衝がカイトの役目だ。必要な引き継ぎは可能にしている。というわけで、カイトは料理人の一人に大鍋を預けると出かける為に更に必要な手配を行う事にする。

 どうせ向こうも先に火の大神殿にお参りしたり、バーンタインが来たとあって挨拶に来るだろう配下のギルドの挨拶などがあってすぐには応対は出来ないだろう。そう急ぐ必要はなかった。


「ふぅ……とりあえずこれで問題はないかな……」


 指令所として使っている簡易テントの中の自席に置かれていたメモを見て、カイトはひとまず問題がないと安堵しておく。カイトも調理を手伝っていたが、同じ様に各所で明日からの開店に合わせて準備は大急ぎで整えられている。

 そして昨日の段階で足りない物などはわかっていてすでに買い足しているし、それでも必要になった細々とした物はソラら料理が出来ない面子が買い出しに出てくれている。特段大きな問題は起きていない。と、そんな彼の膝に今日も今日とてソレイユが飛び乗った。


「にぃー」

「ん? ああ、どうした?」

「ねぇねが寝てたから写真取ったー」

「そんな事かよ」


 どうやらソレイユは暇を利用して色々と遊んでいるらしい。彼女らは今回はルーファウスらと一緒で、基本何か重要な事を手伝って貰う事はない。筋が違うからだ。

 というわけで好きにしてもらっていたわけであるが、その暇を使って色々としていたらしい。というわけで、彼女の手にはアイナディスがうたた寝をしている姿が写った写真があった。


「うーむ。どこからどう見ても深窓の令嬢」

「可愛いでしょー」

「うむ」


 美男美女の多いハイ・エルフの中でも有数の美少女であるアイナディスが陽光に照らされながらうつらうつらと船を漕いでいる様子は、まさにお淑やかなお嬢様という感じだ。

 これで八大ギルドの長の一人、最も厳格かつ生真面目な少女には見えないだろう。と、そんな所に彼女のトレードマークでもある雷鳴が轟いた。


「ソレイユー!」

「あ、ねぇねだ」

「ちょっと、どこですか!? 写真消してください!」


 どうやら写真を撮られた事はアイナディスも知っていたらしい。ここからは見えないが、おそらく顔を真っ赤にしているだろう事が察せられた。と、そんな彼女もソレイユが来そうな所はわかっている。なのですぐにこちらにやってきた。


「おー、やっぱり顔真っ赤」

「ソレイユ! 写真は!?」

「おそいもーん! もうにぃに見せちゃったもんねー」

「っっっっっ!」


 いたずらっぽい顔で笑うソレイユに対して、アイナディスはやはり真っ赤だった顔を更に真っ赤に染める。やはり誰でもうっかりうたた寝している所を撮影されると恥ずかしいのだろう。というわけで、カイトの回りで写真を巡る追っかけっこが始まる事になる。


「それを渡しなさい!」

「やだー!」

「御主人様、お茶です」

「ああ、ありがとう。ふぅ……世は並べて事も無し、と……」


 自らの回りをくるくると回る二人の美少女に、カイトは椿から差し出されたお茶を飲みながらのんびりと一息吐いた。と、そんな所に瞬がやってきた。


「カイト。こちらの準備は……何があったんだ?」

「「……」」


 追っかけっこの挙げ句写真を巡って取っ組み合いをしていたソレイユとアイナディスが瞬に見られて僅かに沈黙する。が、それをカイトはスルーした。


「楽しい事。で、先輩。そちらはもう良いのか?」

「あ、ああ……」

「えへへー」

「……」


 何をしているんだろう。そんな瞬の視線を受けて楽しげなソレイユに対して、アイナディスはやはりはしゃいでいる所を見られたからか恥ずかしげだ。結局、彼女も根っこは普通の女の子に過ぎないらしい。


「バーンタイン殿の所へ行くが、アイナはどうする?」

「……同行させて頂きます。同じ八大の長ですし……」


 カイトの問いかけを受けたアイナディスは恥かしげであるが、やはりそこは生真面目な彼女の事だ。気を取り直して――なおかつコソコソと取り上げた写真を隠しながら――バーンタインへ挨拶に行く事にしたらしい。基本この収穫祭ではアイナディスとバーンタインはよく顔を合わせる相手の一人だ。なので挨拶に行くのが通例らしい。


「じゃあ、私もー」

「そうなさい」

「良し。じゃあ、行くか。椿、しばらく出る。後は任せる」

「お、おう……」

「かしこまりました」


 兎にも角にも大ギルドのギルドマスターが来たのだ。であれば何はともあれ格下のギルドのギルドマスターとしてはなるべく早めに行きたい所だろう。というわけでソレイユを背におぶって立ち上がったカイトに対して、瞬は良いのかな、と思いながらもそれに従う事にする。そうして<<暁>>の神殿都市支部に入ったカイト達であったが、やはり大親父が来たとなってそこはいつもより静かだった。


「ありゃ……八大のアイナディス?」

「<<雷鳴の姫騎士(らいめいのひめきし)>>……?」

「大親父が来たから挨拶か」


 ただでさえ静かだったギルドホームの中が更に静かになる。八大ギルドの長の一人。つまりはバーンタインと同格だ。その異名は鳴り響いていた。そんな静けさを生んだギルドホームの中を、一同は歩いていく。


「おぉう、こりゃぁ……すげぇ組み合わせだ。大戦期のエルフ達が見たら、感涙ものだ」


 たどり着いたギルドホームの執務室では、バーンタインが大慌てで駆け込んだギルドメンバーの情報に思わず笑うしかなかった。ここが一緒に来るか。そう思ったのだ。


「……おし。おめぇら全員、身嗜みは良いな」


 自分も襟足に折れが無いかなどを確認しながら、バーンタインは幹部や息子達に確認を促す。通信機や使い魔越しには会ったが、こうして直に会うのは初めてだ。それ故、彼にも緊張があった。


「失礼する」

「失礼します」


 バーンタインが身嗜みを整えるとほぼ同時に、カイト達が部屋に入ってきた。そうして扉が閉じられると同時に、カイトは往年の覇気を身に纏う。


「……想像は上回れたかい?」

「ああ……想像以上だ……」


 圧倒的。これこそが大戦期の猛者達を束ねた勇者。その覇気を目の当たりにして、バーンタインは思わず震えが止まらなかった。遠い。自分も遥か高みにいるはずなのに、先が見えない程に遠い。それを見せ付けられた格好だった。

 だが、それで良かった。なによりも彼こそが自分達の祖先が共に戦い、共に笑い、共に泣いた相手だと理解できた。


「そりゃぁ、良かった。はじめまして、というわけではないが改めて名乗っておこう。カイト。カイト・マクダウェルだ」

「あ、ありがとうございます。バーンタイン・バーンシュタットです」


 バーンタインはカイトから差し出された手を握りながら、自分が緊張している事を自覚していた。当たり前だ。ウルカ国民にとってカイトはまさに神にも等しい。

 彼が奴隷制度撤廃を断行したからこそ、今がある。そしてその果ての追放だ。彼らがどれだけ恩を感じているか、というと決して言葉では語り尽くせない程だ。緊張するな、というのが無理がある話だろう。


「……す、すいやせん。あんまりの事にどうにも……腰が抜けちまったみたいでさぁ」

「あはは……まぁ、オレも普通の人なんだがね……そういう妙な所は祖先譲りかもしれねぇなぁ」


 握手が交わされた後、へたれこむ様にして椅子に座ったバーンタインの言葉に、カイトは微笑んだ。やはり血の繋がりがあるからだろう。妙な所で似ていたと思ったのだ。


「すまん。誰か水頼まぁ。飲む方だぞ? タオルなんぞ持ってきたらはっ倒すぞ」

「へ、へい……」


 どうやら、本当に緊張していたらしい。バーンタインは水差しから水を飲むと一息吐いて緊張を落ち着ける。


「さて……まぁ、何かがあるってわけじゃないがね。単に挨拶にっていう外聞の為のものだ」

「へ、へい。有難い事です」


 カイトの言葉に対して、バーンタインはしきりに恐縮していた。仕方がないことではあった。


「で、わかってはいるだろうが、アイナも一緒だ。ちょっと色々とあってな。一緒に行動してる」

「お久しぶりです」

「へい。聞いてます……久しぶりだ」


 アイナディスの挨拶に、バーンタインもギルドマスターとして挨拶する。彼もアイナディスが来ている事は聞いていたし、昨日のフロドを巡る騒動は聞いている。特に不思議には思わなかった。


「まぁ、この時期だ。挨拶もひっきりなしに来るだろう。この期間中はオレも大精霊達の事もあって滞在している。身内同士、もし飲みたくなったら来てくれや。ウルカに渡った奴らがどんな事をしたのか。オレも聞きたいし、聞きたい奴は多い」

「ありがとうございます。是非、ご一緒させて頂きます」


 カイトは表向き中堅ギルドの長として来ている。故に長居はできない。なのでまたの機会を楽しみにする事にして、立ち上がる。その一方、バーンタインは頭が机に着くぐらいに深々と頭を下げていた。それにカイトは少し呆れるように笑い、その場を引き上げた。


「……親父。帰られたぞ」

「え、あ、お、おう……」


 オーグダインの言葉を聞いて、バーンタインはようやく下げていた頭を上げる。まぁ、わかった話だが。彼は一切自分が何を言っているかわかっていなかった。

 義務感や英雄にしてカイトの仲間の子孫として情けない姿は見せられないという見栄だけで応対していた。


「やべぇ……握手した所からの記憶が一切ねぇ……お、おい、お前ら! 俺ぁ何かヤベェことしてねぇよな!?」


 バーンタインは自分で自分が何か無様を晒したり、何か無礼を働かなかったか心配で慌てふためいていた。


「お、俺たちに聞かねぇでくれよ!」

「……」

「こ、こいつ立ったまま気絶してるぞ!」

「おい、水水!」


 カイトが去った後の執務室では、荒くれ者達が慌てふためく姿があった。そうして、小さくない傷跡を残しながらも、前夜祭に参加する冒険者の中でも大御所と呼ばれる者たちとの会合をカイトは終わらせたのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第1392話『前夜祭』

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