第1383話 白亜の城
武蔵の来訪から更に数日。カイトは各種の手続きや手配を終えると、飛空艇に乗って移動していた。理由と目的地は敢えて言うまでもないだろう。理由は収穫祭に参加する為、行き先は神殿都市だ。そうして移動した彼を出迎えたのは、彼が在任中には完成する事がなかった白亜の城塞。通称『白亜の城』だ。
「……いっつも見て思うんだが……これを別の事に使えればなー……」
そんな純白の城塞を見ながら、カイトは深い溜息を吐いた。もちろん、彼だってわかっている。これが世界中の民達のカイトへの感謝の証の様な物だ、という事ぐらい。だがそれでもこの予算を別の事に使えればな、と思ってしまうのはやはりカイトの悲しい性なのだろう。
「総工費……幾らなんだろう」
自分が出したわけでもなければ、家としての自分が出したわけでもない。というより、建築計画が出来た時点で自分の所にはもう計画は半ば実行に移すだけという状況だった。
なにせ何を考えたのか立案段階でも建築資材の一部が世界各地から届けられており、この計画が発覚したのも間違ってマクダウェル家に荷物が届いたからだ。流石にこれにはカイトも思わず仰天して、何事かとウィルに確認を取ったほどだ。勿論、彼も大いに仰天していた。
「うーん……まぁ、しょうがないんだし、オレ何もしてないしなぁ……」
自分に関わりの深い都市にも関わらず、実際は何もしていない故に何も言えないカイトは一人そうごちる。
「まぁ、良いかなぁ……取り敢えず、神殿都市だし……先に役所行って、次は神官たちに御目通りして……」
そんな益体も無い事を考えていたカイトであるが、気を取り直してまずは到着してからの事を考える。基本到着した初日となる今日は冒険部のカイトとしては役所に行って申請書類の類を提出して、先に来ている面子と合流するだけだ。が、公爵としてのカイトではかなり忙しかった。
「えっと……まず月の神殿には……ああ、夜来てくれ、って言われてたな……あ、闇の大神殿もか。他は順次……えっと、今年の主催は……」
頭痛い。面倒ごとの数々にカイトの背中がそう物語っていた。そんな背に、ソラが声を掛ける。
「……な、なんかお疲れ……」
「あっはははは……マジ宗教関連は面倒しかない。あー……いっそ神殿一つに纏めてくれないかなー……」
「そ、そういや八個あるんだもんな……」
この神殿都市には大精霊の数だけ、大神殿がある。まず、カイトはそこへは絶対に行かねばならない。他にもシャムロックの出迎えに不備が無いか、などを確認する為にもそちらの神殿にも行かねばならないし、シャルロットの復活があるのでそちらも確定だ。前者は義弟でもあるわけだし、後者はそもそもカイトが唯一の神使である。サボれるわけがなかった。
「あっははは……こうなりゃお前も巻き込んでやるよ……お前、神剣持ちとしてシャムロック殿の神殿と風の大神殿に行けよ」
「なして?」
「神剣持ちが神殿すっぽかすわけにいくわけねーだろ……で、そこで半笑いの先輩。あんたは火と雷な」
「お、俺もか?」
唐突に水を向けられた瞬が思わずびっくりする。今までは他人事と笑っていられたが、それもここまでだった。というより実は冒険部の大半が神殿にお参りしなければならない状況だった。
「あたりめーだ。ウチの加護持ちは全員各加護に応じた大神殿へお参りは絶対だ。桜達にも入ってすぐにお参りを命じたぞ。あ、今日明日中な」
「「ふぁ!?」」
まさかの速攻に男二人は間抜けな声を上げる。これに、カイトは疲れた顔で状況を教えてやった。
「そんな顔するな。桜と瑞樹なんぞ大神官と神官長から直々に説法聞かされてるんだぞ。あー、めんどくせぇ……その調整にどれだけ手間取ってるか……」
「お、おう……」
やはり大神官と神官長だ。その予定に合わせるとなると、非常に面倒な事になっていたらしい。かといって向こうとしても彼らにとってはある種の現人神にも等しいカイトと同じ日本人だ。会っておくというのは非常に重要だった。
「まぁ、それについてはさておいて……まずは飯食ったり色々としておけ。今回は半分仕事、半分休暇みたいなものだしな。神殿都市を見て回るのも重要だ。もし会いたいというのなら、向こうからご指名が入るからな」
「お、おう……ああ、そうだ。カイト、そう言えば一つ聞いておきたかった事があるんだが……」
「ん? なんだ」
思い出した様に問いかける瞬に対して、カイトは先を促した。それに、瞬はある意味当たり前といえば当たり前の事を問いかける。
「<<暁>>のギルドホームの神殿都市支部はどこにあるんだ?」
「ああ、それか。ああ、そりゃそうか」
瞬はそもそも一時留学に近い形でウルカの<<暁>>に世話になっていた。そしてかなり長い期間だった。どうやらそこでバーンタインの娘であるピュリとも懇意にさせてもらったらしい。なので神殿都市に入ったのだから、挨拶の一つはしておこうという事だったのだろう。
「街の中心から少し離れた所に、でかい建物がある。そこが神殿都市支部だ。太陽の紋章が何時も通り掲げられているから、見ればすぐにわかる」
「ああ、それなら安心だ」
基本、冒険者ユニオンに所属するギルドが管理する建物にはそのギルドの旗が入り口の見える所に立てかけられている。この建物はそのギルドの縄張りだぞ、と示しているのだ。依頼者にしてもわかりやすいという効果もある。もちろん、冒険部のギルドホームにも旗は立てている。
更に著名かつ大きなギルド――例えば<<暁>>の様な――になると、街そのものの入り口にも旗が立てられている事もあった。この街は自分達も守っているぞ、と荒くれ者達を威圧しているのである。街の治安維持に協力を要請されるほど、その街から信頼を受けているという証でもあった。
ある意味、ユニオンにおけるギルドの最終到達点の一つと言っても良いだろう。なお、流石に神殿都市ではそういう事はない。そもそも主家に近いマクダウェル家が近くにあるし、火の大精霊を重んずる彼らが他の大精霊の神殿もあるここを縄張りとする様な事は出来ないからだ。
「と言っても、だ。今回は流石にオレも最初に挨拶には行かないと駄目でな。案内しよう」
「ああ、そうか。他ギルドの長が他の縄張りに入るからか」
「ああ。オレ達は格下。格下が格上の縄張りに入るのなら、先にお断りをしておく必要があるからな。基本、この時期になって神殿都市に来るギルドはギルドマスターが率いている。だからまずあそこにお目通りするのが、ある意味の習わしだ」
やはり八大ギルドだ。ユニオンと冒険者における格で言えば最上位に位置している。なので、というわけであった。というわけでカイトもそれについてはまず一番最初に向かう事にしているし、向こうもすでにカイトの正体は知っている。なので彼の来訪についてはバーンタイン指示の下、全ての予定を取り止めてでもピュリ直々に応対しろ、とされていた。伊達に大伯父と言われるわけではないというわけなのだろう。
「そうか……それなら大神殿より先か」
「ああ。大神殿へ向かうのは敢えて言えば神社へのお参りと一緒。私人としての趣きが強い。が、こっちは公人としての仕事だ。公人としての仕事を優先して、で良い。神殿にしても宗教系である以上、そこらにとやかく言う事もない」
「そうか……にしても、どんな所なんだ? その神殿は」
「神殿か……さて、どんな所と言われてもな。敢えて言えばパルテノン神殿に近い。流石に神社仏閣があっても不思議だろう」
瞬の問いかけを受けて、カイトは最後に自分が見た神殿を思い出す。いくらカイトの影響があるとはいえ、マクダウェル領も皇国も基本的な性質としては西洋風に近い。なので神殿もそれに合わせて西洋風、つまりはパルテノン神殿に近い形になっていた。
もちろん教会もあるにはあるが、そもそもとしてエネフィアには一神教が無いのだ。感性が近いからかそこに十字こそあるものの、そこにかつて磔にされた聖人の像なぞない。
「まぁ……厳かではあるか。後は自分で見た方が遥かに早いな」
「それもそうか」
カイトの言葉に瞬は頷くと、窓の外に視線を向ける。今回、カイト達は飛空艇で移動している。が、実はここでカイトが喋っている様に操縦しているのは彼らではない。
流石にこの時期に個人やギルドの保有する飛空艇で神殿都市に乗り入れるのははっきりと言えば邪魔だ。人の往来や貴族達の来訪を考えて飛空艇での渡航制限もされている。上層部は先に入る必要性があったので飛空艇で移動して、他の面子は後から馬車の集団で来る予定だった。
「あれが、『白亜の城』か……前に見た時は外からだったけど、これはすげぇな……」
見えてきた白亜の城壁を見ながら、ソラが思いっきり頬を引き攣らせる。白亜の城壁は常に磨かれ手入れされているのか純白と言っても過言ではなく、街もそれに合わせて白や赤、青をベースに設計されている。街そのものが一つの城と言っても過言ではなかった。通称、『白亜の城』という異名にも納得だった。
「まぁ、間違いなくこの世界で最大の宗教都市の一つだろう。それがオレの地にある事は不思議といえば、不思議なのかもしれんがな」
カイトは神妙な顔でそう告げる。オレの地にある事が不思議。それは言うまでもなく、彼の宗教嫌いという所だろう。彼は一方的に信仰を捧げる事を嫌う。それ故の宗教嫌いである。その彼の地に世界最大の宗教都市があるのは確かに、ある意味因果なものだろう。
まぁ、そんな事を言い始めれば、それこそ今では神の様に信仰にも近い扱いを受けるカイト自身もまた、因果なものと言えば因果なものだった。それ故の神妙な顔だったのだろう。
「さて。それは置いておいても。基本的にここいらは魔力の濃度がかなり高い。結界もかなり強固なものを使ってはいるが……いつも以上に良い調子で戦えるだろう」
「そんな事があるのか?」
「地脈に少し手を加えているからな。場の特性としてここらだといつもより少しばかり……そうだな。数値的には守り側に10%程度の割増があるという所か。土地柄としては攻めにくく守りやすい土地だな」
「そう言えば、地脈の集積地だったか」
カイトからの指摘に、瞬は少し前にそんな事を聞いていた事を思い出した。宗教的な都市といってもカイト達為政者からすれば地脈の集合地点にある重要拠点だ。ここをもし悪意ある敵に取られれば大規模な魔術を領内で展開可能にされてしまう。なので防備もしっかりと整えられていたのであった。
「ああ。だから、病院なんかも肉体的な面に限ればマクスウェルよりも遥かにこちらの方が優れている。魔力が豊富ならその分、肉体も回復しやすいからな。冒険者向きの土地といえば、土地だろう」
「おかしな話だな」
「それは確かに」
瞬のどこか楽しげな言葉に、カイトもまた楽しげに頷いた。宗教的な都市にも関わらず、最も相性の良いのが冒険者。確かに、妙な話ではある。と、そんなカイトは一転真面目な話に戻す事にした。
「ま、それとは別にここらは学問の街でもある。前にソラは確か一度衛星都市に行ったな?」
「ああ。前にエリスちゃんの依頼で、風の都だかなんだか言う所に」
「風都な。それはともかく。神学系の勉学であれば、ここらは本当に世界で一番進んでいるだろう。因果なものだが、ルクセリオ教の歴史についても事実に則った教育がされている。今では教国が黒歴史として封じている暗い歴史なんかも、な」
やはりカイトとイクスフォスという二人の異世界人の影響があるからだろう。実は皇国では統治者の都合の良い様に書き換えられた歴史を教える事はない。奴隷制度の復活などを鑑みて、カイト達の意向で政治色を排除する様に命じたのである。
なので勉強はあくまでも事実に則った形で話をしている。もちろん、それでもあまりに不都合が多すぎる場合には隠されるが、そもそもその場合には一般民衆さえ知らない事が多い。
なので、こういったルクセリオ教の暗い部分もしっかりと残されていたりするらしい。神学者達であれば亡命するならたとえ他大陸でも神殿都市へ、と言う様な者も多かったしカイトも受け入れていた。その結果、神殿都市の大図書館には統治者達が隠したい様な歴史も密かに蓄え続けられているそうである。
もちろん、外交的にも大揉めする筈だしよく揉めるのだが、神殿都市のバックに居るのがカイトで、そのバックに居るのが大精霊の所為で何も言えないのであった。
「はー……そう言えばアルの妹ちゃん、こっちに居るんじゃないっけ? 確か宗教学校の寮に入ってんだろ? この間の飲み会でアルがまたお小言言われるよー、とか嘆いてたし」
「ん? ああ、そう言えば居ると言っていたな。ああ、そう言えばなら先輩は会いに行くのか?」
「ん? 何故オレだ?」
ソラの問いかけを受けたカイトに問いかけられた瞬が首を傾げる。ここで自分が出る意味がわからなかったのだ。
「いや、あんた一応アルの義理の兄になって、結果的にその子の義理の兄に近い立場になるんだろ? 一応、身内の顔合わせで顔見せぐらいしとくのかね、と」
「は、早いぞ……いくらなんでもそれは気が早いだろう……」
「そうかね? まぁ、こんな世界だから結婚とかも早いっちゃ早いからそんな気がするだけかね」
呆れ返る瞬の言葉に、カイトは少し気が早かったか、と思い直す。そうして、真面目な話は一転再びそんな益体もない話へと切り替わり、そんな三人を乗せた飛空艇がゆっくりと降下していくのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1384話『神殿都市』




