第1382話 収穫祭 ――数日前――
アマデウスをトップとしたハイ・エルフの国の使者と皇国の使者の来訪から更に明けて翌日。カイトはさすがのカイトもこの頃合いにまでなると大忙しで行動を起こしていた。というのも、この頃になると収穫祭開催の数日前。観光客でごった返す事を考えれば前々日には神殿都市に入らねばならず、準備が出来るのは本当に後僅かな時間だけだった。発注を考えれば正味で後一日二日という所だろう。が、それでもカイトはソラとの間で会談を得ていた。
「……マジで?」
「ああ。というわけで今回はお前も一緒に、という所だな。他にも先輩やらも授与される事にはなっている」
「まじかよ……」
冗談じゃないっぽい。ソラはカイトの言葉を聞いて、そう理解した。彼が何を聞いていたのかというと、言うまでもなく皇国の使者が持ってきた二つ名の授与の事だ。実は今までカイトがあまりに多忙だった事もあり、二つ名の授与が冒険部ではかなり滞っていた。
が、今回は収穫祭に参加するという事でカイトも丸々予定が空いている。いや、空いているというより公爵としての予定がみっちりと埋まっているので結果として冒険部のカイトとしての予定が空いているだけになるだけだが、それでも空いている事は空いている。なのでこれを期に一気に授与してしまおう、という判断だった。
「先輩とお前は特に以前のラエリアでの一件もあって、ラエリアからも申請が来ている。お前の場合は他にもマリーシア王国、『木漏れ日の森』からの授与要請を受けて、という事もあって今回の中心核の一つというわけだな」
「……そっか。意外と俺達もいろんな所で活動してたんだなー……」
思い直してみれば色々な国や地域に出かけていた事にソラも僅かに感慨を得ていた。そして彼が活躍した分、救われた者も居るのだ。
「わかった。じゃあ、お前と一緒に陛下から授与されりゃ良いんだな?」
「まぁな。なんだったら、一番のメインをお前に譲ろうか?」
「それはマジでやめて」
カイトからの指示を受け入れたソラであったが、更に続いた申し出に対しては即座に真顔で拒絶を示す。まぁ、流石に今回の一件というかカイト達が成した案件があまりに大きすぎた。
特にカイトの場合はそれこそ『ポートランド・エメリア』での一件からずっと与えるべきでは、と言われ続けていて今まで良いタイミングがなく放置され続けていた。敢えて言えば知る人ぞ知る英雄だったわけだ。
そこらを考えて、結果として皇帝レオンハルトが今までの一件も含めて授与する事になったのである。もちろん、皇国としては日本人の英雄というふうに喧伝できる。収穫祭の裏に潜む意図を鑑みても、悪い事ではなかった。
「あははは……とはいえ、今回はあの御前試合の時とは違い、俺達がメインだ。そこらはしっかりと、な。ま、やることは前のラエリア内紛の最後の時と大差無い。あれもオレが最後にやる。だからお前が何か特別な事をする必要はない」
「堂々と胸を張って受け取れ、ってだけなんだろ?」
「そういうこと」
ソラが把握していた彼の成すべきことを聞いて、カイトが笑って頷いた。兎にも角にもソラの場合は皇帝レオンハルトから二つ名と勲章を授与されるだけで良い。勲章、と言ったがこれは特別なものではない。
が、ラエリアが申請していて授けるのが皇国なのに皇国が何も与えないのはどうか、という事で以前の『ポートランド・エメリア』での一件と大陸間会議での冒険部の活躍を持ち出して、カイト以下上層部へと勲章を与える事にしたのであった。特に瞬の場合、あの時選択したファランクスが有効に活用されていた。多少無理はあるが、まだ悪くないだろうと判断されていた。
「にしても、二つ名かー……結局使ってないけどさ」
「あっははは。普通自分から何々の二つ名を与えられている、なんて言わないさ。二つ名は他者が畏怖して言う為の名。よほど自信過剰だったりナルシストじゃないと自分で名乗るなぞせんよ」
「あー……まぁ、そうだよなぁ……」
ソラとて貰った二つ名を自分からひけらかす事はしたいと思えない。流石にそれはあまりに子供っぽい上に、自分で言うのはあまりに格好が悪い様に思えた。
「ま、それでも一つの指標にはなる。知られていればいるほど、デカイ事をやった、ってわけだからな」
「お前が言うと説得力あるわー……」
「だな」
カイトは自分で言っていて、自分で納得する。彼の二つ名程、世界中で知られているものはないだろい。知名度であれば世界最高だ。勿論、偉業もまた世界最大だろう。
「さて。まぁ、それはおいておいても。取り敢えず、授与される事は伝えたぞ。当日は陛下の前だ。身嗜みはしっかりな」
「あっはははは……ウチにはもうおかん居るから……」
「お前もお疲れ」
若干の疲れた様子を見せたソラに、カイトが笑って慰めを送る。おかん、というのはナナミの事で間違い無いだろう。そうしてそんなソラを背に、カイトは次に向かうべき場所に向かう事にする。それはいうまでも無い。調理室だ。
「おーい、神楽坂ー! 下処理終わった奴冷凍終わったぞー!」
「あ、はーい! じゃあ、保冷剤ぶち込んでいっしょに持ってっちゃって下さーい!」
「神殿都市に入ってる奴から連絡ー! 野菜一日搬入遅れるってー! 産地直送選んだら向こう雨で一日遅れるそうだよー!」
「一日なら大丈夫ですし、それならオッケーです!」
やはり調理室は一番てんやわんやしている様子だった。睦月を中心として各種の手配を行なっている様子である。そんな睦月へと、カイトは近づいていく。
「忙しそうだな……」
「あ、カイトさん。ご用事ですか?」
「そちらの準備を確認したくてな。こちらも幾つか連絡が入っていたし」
「あ、はい。伺います。あ、これお願いします!」
「はーい!」
睦月は下処理をしていた鶏肉の下処理を他の料理人に任せると、自分はカイトと一緒に歩いて邪魔にならない所に移動する。
「さて。まず先んじて神殿都市に入っている弥生さんと皐月からの連絡だ。ひとまず、申請は許可が下りた。また後ほど、都市の衛生管理局から指導が来る」
「はい。じゃあ、それはこちらで」
「そうしてくれ。流石にこっちじゃ手に負えんからな」
カイトと睦月は公的な処理についてのいくつかを話し合う。やはりここら、どうしても謂わば食品衛生法などが絡んでくる。冒険部はマクスウェルから食堂の認可を受けているが、神殿都市では神殿都市で許可を得ねばならないのであった。その申請の手続きが終わった、というわけである。
「というわけで、衛生面の管理は厳重に。お酢とかでの殺菌はきちんとな」
「はい、大丈夫です。毎日の様にやってますから」
「それはそうだな……よし。じゃあ、そこらについてはお前に一任する。こっちは全体の統率もあるからな」
「はーい」
カイトの言葉に睦月は頷くと、そのまま調理場へと戻っていく。やはり客数が客数だ。相当下処理には時間を掛ける必要があった様だ。休んでいる暇なぞ無いのだろう。
「一応、きちんと全員で休み取る様になー!」
「あ、はーい! で、処理は……」
己の一応の注意喚起に睦月が声を上げるのを見て一つ頷くと、カイトはそれを背にまた移動を開始する。次に向かう先は執務室だ。こちらには瞬が居る筈だった。
「ああ、カイトか。天道達が向こうに着いたとの事だ」
「そうか。何か問題は?」
「いや、特には問題は起きていないらしい」
「そうか……で、先生。ウチの売りモン……じゃないですが、それそのままバリボリ食うのやめません?」
瞬の報告に頷いたカイトだが、そんな彼が次に見たのは何故か此処にいた武蔵だ。出て行くまでは居なかったにも関わらず、気付けばここにいて沢庵を貪っていたのである。
「うむ。馳走になっておる。悪くない味付けじゃのう」
「そりゃどうも……で、なんのご用事で?」
「いやぁ、ちょいと確かめたい事があってのう」
「はぁ……」
武蔵は困惑気味なカイトに対して一つ笑うと、剣呑な気を放つ。それはひりつく様な、としか言いようのない殺気だ。それ故にカイトも剣呑な様子を僅かに見せるかと思いきや、浮かべたのは僅かな驚きだ。
「……今更、それで何を?」
「まぁ、良いから聞かせい。どの程度ある」
「ご自分が一番わかっているかと」
「遠いか」
カイトの返答に武蔵は納得して、剣呑な雰囲気をしまい込む。それに、カイトがはっきりと述べた。
「全くもって先生らしくもない。勝てないことなぞ、貴方なら分かりきっているでしょう」
「かかか。うむ、やはり勝てぬか」
「っ」
カイトと武蔵のあまりに気負いのない言葉にギョッとなったのは、これを何事かと見守っていた瞬だ。この二人が勝つ負けると言うとなると、必然相手は一人だけ。柳生宗矩だろう。それにさも平然と勝てないと明言したのだ。驚くのも無理もない。
「あっははは。うむ、勝てぬぞ。おそらく新免武蔵が勝てるはせいぜい十兵衛ぐらいまでよ」
「でーしょうね。ああ、先輩。理解していないので言っておけば、今のは先生が……まぁ、あえて言えば生前出していた気迫だ。今はもっと洗練されている」
「昔なら、勝てなかったというわけですか?」
カイトからの言葉に、瞬は少し納得して問いかける。あれで生前というのは凄まじい限りだが、それなら勝てないと言うのも頷けた。今の方が遥かに強いからだ。
「うむ。昔の……うむ。新免武蔵は間違いなく柳生但馬守宗矩には勝てなんだであろう。そして新免武蔵は柳生宗矩には勝てまい。が、今の儂なら勝てよう」
瞬の問いかけに武蔵は憚ることなく勝てると断言する。それは心の底から断言していた。
「儂は、負けられぬよ。道を誤った宗矩殿になぞな」
轟々と、しかしどこか寂しげに武蔵が明言する。やはりかつては見知った者。その堕ちた姿とその背景を知ればこそ、嘆かわしいのだろう。
「で? それは良いんですが、何故今のが?」
「知りたかっただけじゃ。儂はそこまでの男であったかと。うむ。その程度の男であった。剣豪ではあれど、儂は剣聖ではなかったのう」
「分かりきった話でしたでしょうに」
「かかかか! それ故にこそ、よ!」
カイトの呆れた様な言葉に武蔵はただただ呵々大笑と笑う。そして、一転物凄い風格を身に纏った。それは思わず、瞬がその場から跳びはねた程だ。
「……どうじゃ」
「随分とまぁ……洗練されたものだ、と。風格を比べるなぞ烏滸がましい。ご自分でも分かるはずですよ」
「かかか……うむ」
平然とするカイトと相変わらず物凄い風格を纏う武蔵に対して、瞬は心底武蔵の本気が自分とも、それこそバーンタインとさえ比べ物にならない事を理解する。
間違いなく強者、いや剣豪。剣姫と呼ばれるクオンをして、くじ運に恵まれなければ負けると明言させる程の剣豪だった。
「我が剣技。至聖に届かせよう」
「まぁ、弟子が言うべきではないでしょうが……先生なら出来ますよ。相手が宗矩殿でも」
「うむ……さて。では確認も出来た所で」
「はぁ……」
本題はこれではなかったのか。一転今までの剣豪の風格を収めた武蔵の言葉に、カイトが生返事をする。それに、武蔵が問いかけた。
「塩と白米は無いか? いやさ沢庵貪ったは良いが、無性に白米が食いたくなってのう。握りが食いたい」
「食堂行って来い。ここは仕事場です」
「うーむ」
そんな事かよ。ジト目のカイトに言われて、武蔵が立ち上がる。沢庵をぽりぽりと貪っていたわけだが、ご飯が無性に恋しくなったらしい。カイトとしてもわからないではなかった。そして武蔵も頻繁にこちらに来ているので、頼めばご飯は出してくれる。
「はぁ……先輩。そこまで警戒しないでも大丈夫だぞ」
「……凄い気迫だった……まだ、震えが止まらない」
「当たり前だろう。あれが、宮本武蔵だ。日本最優の剣豪の一人。覚えておけ」
それは武者震いか、それとも畏れによるものか。どちらにせよ震えを隠せない瞬に向けて、カイトはそう告げる。そうして、瞬は図らずも武蔵の本気の一端を知る事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1383話『白亜の城』




