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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第68章 四大祭・秋編

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第1381話 収穫祭へ向けて

 月の女神にして死の女神ムーンレイことシャルロットの目覚めから更に数日。カイトは公爵邸の一室にてのんびりとした一時を過ごしていた。とはいえ、のんびりもそうのんびりとはしていられない。というのも、やはりこれがあるからだ。


「えっと……一応神殿都市の神官には伝えたし……ああ、そう言えば今回はそれもあって神殿に来てくれ、と言われてたな……あちらに神々を迎える用のホテルの用意もしっかりさせておかないと……あ、ミリシャさんに頼んで清めのお香も……」


 カイトがしていたのは、シャルロットを迎え入れる為の準備だ。やはり神だ。今から行きます、と言ってすぐに入れるわけではない。更に言うと三百年も眠っていたわけだし、その前の数千年眷属にあずけていた冥界の事もある。無論、これについては適時指示は与えていたらしい。

 そこらの指示については今後は公爵邸から行う事にしていたが、冥界の眷属達もやはり彼女の帰還に合わせて浮遊大陸の大神殿に来ていた。わざわざこちらに来て指示を与えるのも馬鹿らしい。名残惜しいが、カイトが数日先んじて帰る事にしていたのである。


「お兄様」

「ん? どした」

「王都より使者が来られています」

「王都……ああ、あちらか。わかった。出迎える」


 クズハより王都とのみ言われて、カイトはそれがどこかを一瞬で理解する。基本彼女が王都と言う場合、それは決まってハイ・エルフの王都だ。そして時期を考えても使者が来る理由なぞわかりきった話だ。なのでカイトも特に疑問は抱かなかった。


「時期が時期、か」

「流石に……」


 特に感慨もないカイトに対して、クズハはまたおべんちゃらを使われるのか、とかなり辟易していた。彼女はエルフの女王。まだ若いが故に正式に即位していないだけで、本来の王位継承権は第一位だ。こればかりは仕方がなかったし、彼女があまりあちらに帰りたがらないのも無理はなかった。

 というわけで、カイトはクズハを連れて応接室へと向かう事にする。そこに居たのは、過日に映像越しで再会したハイ・エルフの男性エルドだ。横にはアマデウスまで一緒である。なお、もう一人少女が一緒だが、今は横に置いておく。


「やぁ、カイト殿。お久しぶり」

「やぁ、勇者殿。君の音色はいつも独特だね」

「……うわぁ……」


 よりにもよって、この二人か。ハイ・エルフの中でも特級に変わり者の二人が来た事にカイトは思わず頬を引き攣らせる。出来る事ならもっとまともな人選を、と願わないではなかった。というわけで、最後の一人――エレノア――はこの組み合わせに入れられた事に対して努めて何も思わない様にしていた。


「……え、えーっと……おそらくだが。アマデウスが使者のトップで、エルドは補佐で良い……よな?」


 何があっても不思議ではない組み合わせだ。それこそカイトとしてはエレノアこそが使者で、他二人が補佐だと言われても素直に信じそうだった。故の確認だった。


「そうだね。今回、私が使者を仰せつかった。エルドは補佐。エレノアは商家としての訓練の為、と考えてください」


 アマデウスはカイトの念の為の確認にはっきりと頷いた。どうやらまさかの判断は無かったらしい。無かったらしいがあり得るかもしれないのだから仕方がない。

 それに音楽さえ絡まなければ――但しなんでも音楽に絡めるが――アマデウスは非常に良識的な存在だ。弥生に普通に名前で呼ばせたり、とハイ・エルフには珍しく気さくな人物でもある。

 名家の当主でもあるので資格も十分だ。とはいえ、何も一か八かの賭けでこんな非常に厄介な人選をしたわけではない。もちろん、エルフ達の王――つまりはクズハの叔父――にも理由があった。


「にしても、何故アマデウスが? 芸術系の家だろう」

「ああ、それで。実は今回、少し土壇場ではあるが私が音楽隊の指揮者に任ぜられてね」

「アマデウスが直々に、か」


 己の問いかけを良い方向に勘違いしたアマデウスに対して、カイトがまた別の方向で驚きを露わにする。アマデウスが勘違いしたのは、カイトの言う通りだ。芸術系の家が使者をよく任されるエルドに代わって使者を命ぜられている。そこに疑問を感じたのだと思われたのだ。


「今年は君が居るからね。音楽隊もかなり気合を入れているよ」

「まぁ、それはそうか」


 カイトとしてもアマデウスの言葉は最もだと頷くしかなかった。アマデウスは少し土壇場というが、この土壇場はおよそ半年近くも前に決定されていた事だ。実際にはきちんとした準備も整っているだろう。なにせカイトが帰還したということは、大精霊達がこのお祭りに参加すると確定したも等しい。

 そして曲がりなりにも宗教的なお祭りだ。感謝を音楽として捧げるというのは、不思議でもなんでもない。ということでハイ・エルフの国からも音楽隊がやってきて音楽を捧げる事になっていたのである。

 例年その年の収穫祭が終われば演者達は次の年の収穫祭に向けての準備を行い、アマデウスもそれに向けて各所に指示を出している。が、今年はその半ばでカイトの帰還だ。事の重さを鑑みて、当主が直々に指揮を行う事になったとて不思議はなかった。


「で、ご当主様直々に、というわけか」

「そう言うことだね」


 ようやく納得した様子のカイトに、アマデウスが微笑みながらカップをソーサーに置いた。これなら彼が使者として選ばれたとしても不思議はない。

 アマデウスが大精霊に捧げる音楽の指揮を取るのだ。指揮者が主催者に挨拶を、というのは至極当然の話だった。と、そんな彼であるが、紅茶を飲んでそのまま少し目を閉じる。


「……あぁ、いつもとは違う音色がしているね。これは……ノクターン(夜想曲)の序曲にも近い音色だ。だがしかし……これはレクイエム(鎮魂歌)の調べにも近い。綺麗で雄大でしかし、物悲しさも滲んでいる」

「……まーた始まった……」


 何かを聞き取る様に始まったアマデウスの語りに、カイトが深い溜息を吐いた。ちょっと目を離すとすぐにこれだ。慣れてはいるが、慣れていても呆れるしかなかった。


「だが、何よりファンタスティック(幻想的)だ。エトランジェテ(不思議)な音色でもある。しかし、何より美しい。そう、これは美しい音色の始まりだ! そして勇者くん! 君の音色からはかつてはあったルグレ(哀悼)の音色が僅かに薄れ、その代わりに私が聞いた事のない……そう、オパ(歩くような速さで)の様に安らかな音色が滲んでいる! 君に何があったのかな!」

「こ、こいつは相変わらず物凄い聴覚をしてやがるな……」


 興奮が抑えきれない様子のアマデウスに対して、カイトはただただ頬を引き攣らせるしか出来なかった。まだシャルロットが帰還して数日だ。皇国でもシアを介したカイトの報告を受けた上層部ぐらいしか彼女の目覚めは把握していない。それ故、他国である彼が把握している道理はない。

 もちろん、何時までも隠すつもりはない。大々的な発表はこの収穫祭で行われる事になっていた。だのに、彼はただカイトと公爵邸の『音色』を聞いただけで彼女の目覚めに迫ろうとしていたのである。と、そんな興奮するアマデウスに対して、エルドが口を開いた。


「まぁまぁ、アマデウス。カイト殿も困ってるじゃないか。ひとまずは本題を先に済ませよう」

「おっと。そうだったね」


 エルドの指摘にアマデウスが正気を取り戻す。まぁ、実は。この二人の組み合わせだけはまともに機能する組み合わせでもあった。というのも、ど天然かつ空気を読まないエルドはアマデウスが興奮したとて自分のペースを崩さない。並の補佐役ならアマデウスの立場やそのアッパーぶりから対処出来なくとも、彼なら戻せるのである。

 しかもアマデウスとは年が近く家の格も近いおかげで個人的に懇意にしている相手でもある。この二人は組み合わせればなんとかなる、というのはハイ・エルフ達で囁かれる話だった。この二人を、ではなくこの二人は、なので如何にこの二人をハイ・エルフ達も扱いかねているかわかる一幕だった。なまじ才能が高いだけ、非常に厄介だった。


「と、いうわけさ。今回の演奏会はかなり気合を入れていてね。私としても少し早い内から準備に入りたい」

「もちろん、それならこちらも喜んで許可を出そう」


 正気を取り戻したアマデウスからの申し出にカイトははっきりと快諾する。なんの申し出があったかというと、いつもより少し早めに神殿都市に入って準備をしたい、と言われたのだ。

 今回はかなり気合が入っているので準備を入念に、というわけである。彼らの音楽には力がある。そこらを調整する為にも入念な準備が必要だった様だ。そうしてその快諾を受けて、アマデウス達は少しの雑談をして去っていった。彼らにも時間が無いのだろう。少し急いでいる様子があった。


「はぁ……相変わらずすげぇ聴覚してやがるな、アマデウスの奴は」

「まぁ……一切の疑念の余地なく音楽家を志すべし、と決定があったほどですから……」


 アマデウスが去った後。カイトのつぶやきにクズハも若干苦い顔で頷いた。アマデウスの聴覚。それはもちろん絶対音感などの事もあるが、同時にこの場合は魔術的な要素も含まれていた。

 音楽の絶対音感と同じ様に、極稀に世界の流れを音として聞ける者が居る。アマデウスはその聞ける者だった。しかもかなりの精度を誇るらしく、シャルロットが公爵邸に来る事も見抜いたのであった。


「ま、それで一時期当人も自分はあまりに神に愛されすぎている、とかなんとかいって絶望的になってたんだけどな」

「懐かしいですね。あの頃のアマデウスさんも楽しかった」

「あっはははは。あの頃もあの頃でハイテンションだったなー」


 二人は楽しげに三百年前のアマデウスを思い出す。やはり人とは変わっていく存在でもあるわけだ。それはあのハイテンションで三百年前から変わらないだろうと思われるアマデウスもそうだった。まぁ、テンションの高さは変わらないものの、昔は少し趣きが違ったようだ。と、そんな二人の所にフィーネがやってきた。


「姫様、ご主人様……皇国からの使者がいらっしゃっています」

「また、アポなしか。まぁ、冒険者と兼業してりゃアポを取れる身でもないしな……わかった。このまま応対する。そちらの方が楽だしな」


 フィーネの報告にカイトは諦めながら、使者を通す様に命ずる。そうして、今度は皇国の使者がやってきた。


「閣下。お久しぶりでございます」

「ああ……それで、どうされた? 何か陛下から使者が来る様な事は言われていなかったが……」

「ええ。今回は可能なら閣下にお伝えするように、と言う事でしたし、陛下が言われるほどの事でもありませんでしたので……」


 やはり必要となって使者を立てる場合もある。そういう時にはカイトも予定を調整して応対する事になっている。が、そう言う場合は大抵皇帝レオンハルトが何らかの理由で先にカイトに待機を命じる事がほとんどだ。今回はそれも無かった事を考えれば、そこまで重要視される案件ではなかったという事なのだろう。


「閣下の二つ名が決まりましたので、お伝えに参りました」

「二つ名か。そう言えば申請があった、とは聞いていたな」

「はい……閣下の二つ名は『異世界の勇者(アナザー・ブレイブ)』」

「おろ……『勇者の帰還リターン・トゥ・ブレイブ』じゃ無くなったのか」


 カイトは貴族達がもっぱら噂をしていた二つ名を口にして、意外感を感じていた。てっきりあちらになるものだと思っていたのだ。が、ここらでやはりユニオンの上層部も酔狂者だけではない事が顕れていた。


「流石にユニオン上層部も後々知っていただろうという二つ名はやめた模様です。それに閣下の場合、あまりに武勲を立ててしまわれている。安易にそういった事をしてしまうと、もしかすると、と疑念を深める者も多いでしょう」

「まぁ、確かに冒険者の中には勘が鋭い者も多いか。外しておくのは妥当な判断か」


 どうやら、最終的にはバルフレア達の判断が優先された様子だ。そしてそれ以外にも二つ名が更に与えられる事になった面子が居た様子である。


「他にもソラさんに二つ名が与えられる様子です。共に、収穫祭にて陛下より」

「……ソラもか。申請は?」

「はい。『木漏れ日の森』のエルフ達から申請が」

「ふむ……二つ名は?」

「こちらは『太陽の剣(サンライト)』と」

「妥当か。流石に神剣使いだのと厄介事も巻き起こす二つ名は避けるか」


 使者の言葉にカイトは数度頷いて、あの森のエルフ達の考えに同意する。あの後の話であるが、ソラはシルドア達に神剣を自分が使う事になった事等をきちんと伝えていた。その結果、エルネストの遺志を継いでいく事などを考えて、この二つ名が贈られる事になったようだ。

 彼らとしても太陽の神剣に纏わる名を与えようと思ったが、それではソラが変に気負う可能性を考えて敢えて太陽の名だけにした、との事である。


「わかった。そこらについてはこちらから伝えておこう」

「お願い致します。では、これにて」

「ああ。確かに、受け取った」


 足早に去っていった使者に、カイトは頷いてソラへの伝令を承る。そうして、カイトは更に数人の使者の対応をして、冒険部のギルドホームへと戻る事にするのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第1372話『収穫祭』

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