第1380話 閑話 ――邪神と信者と悪党――
カイト達が数々の策を練って邪神との戦闘に備えていた一方その頃。邪神の信者達もまた、カイト達敢えて言えば善神の軍勢との戦いに備えていた。
そう、カイト達が見通していた通り、彼らは世界各地の地下に潜って時を待っていたのである。その上、世界各地に散った事で影響力はかつての比ではないほどに広がっている。
『……』
「やはり奴らは世界中に散って、我らの拠点を探そうと……い、いえ! まさか、その様な事は……」
地脈を通して響いてくる邪悪な想念に対して、その一帯における信者達の統率を行う謂わば神官に類する男が慌てて否定する。どうやら、彼らも独自のルートからカイト達が邪神の名を嗅ぎ付けた事を知っていたらしい。まぁ、漏らしたのも彼らだ。であれば、漏れたルートも必然として限られる。知らない方が不思議と言えるだろう。
で、今何を受けたのかというと、その邪神の名を漏らした信者の様に貴様も不甲斐ない姿を晒すのか、と邪神から叱責を受けたのである。
『……』
邪神は地脈を通して、ただ意思だけを信者へと伝えていく。まだ復活はしていない。していないが、この邪神はそもそもで地球出身だ。故に地脈の中では異物として半ば認識されているらしい。
実は休眠に陥っていても普通に――と言っても流石に最近まではあまりの消耗に無理だったが――信者達に指示を与えられたのである。そして更に、異物として認識されているからか意思を保っており、そこから復活も自分の意思で出来るのである。
「はい……はい……では、やはり……御身の軍門に下った神々と共にお目覚めになられる、と……」
『……』
神官の言葉に邪神は敢えて言えばそうだ、という同意の意思を返す。ここらは、カイトの見通した通りだった。と言ってもやはりそんな彼らでも邪神達が明確な指示を信者達に与えられているとは、と驚くばかりだった。
が、それはそうだ。なにせ今まで表面化している事件の大半が実は、彼らの意思で敢えて表面化させられているものでもあった。だから、カイト達は一件不規則に起きているだけと思われる事件がその実、邪神の意思によって起こされているものだと知る事が出来なかったのである。そんな邪神は今、一つの事を警戒していた。
「……やはり、彼の地を警戒なさいますか。はい……はい……いえ、彼らは自らの命を賭して、恥を雪いだ。無様を晒した彼らですが、性根は確かなものでしょう」
『……』
邪神は信者の言葉に、然りと敢えて明言する。神の神としての度量を見せた、という所だろう。これが誰で何を指しているかはわからないが、おそらく何らかの神命に失敗して、しかしその後その失態を取り返したのだと推測される。なのでその命を賭した行いに対して神が赦しを与えるのは当然といえば、当然の事だった。
「はい……はい……」
すでに彼らとしても準備期間は終わりつつある。後はもう数柱の神が目覚めれば、それで彼らの支度も終わりだ。今はその準備期間を使って、徹底的に敵を調べ上げる事にしていた。こちらもあちらもどちらも戦略的に動いていた。今度は、一息に相手を飲み込む。お互いにそのつもりだった。
というより、カイト陣営という当時存在していなかった存在を除けばお互いに戦力的に互角に近い。どちらかが総力戦を望んだ時点で、こちらも応じねば勝ち目がないのだ。今はもう向こうも往年の力を取り戻している。前の様に文明を各個撃破というのも難しい。逆にこちらが各個撃破されるからだ。
「わかりました。では、その様に。彼の地は……はい?」
邪神の指示に素直に従っていた神官であるが、邪神が述べたとある懸念に首を傾げる。彼は彼の地に我が仇敵の匂いがする、と言ったのだ。が、これは掴んでいる情報からすれば、神官にとってはにわかに信じがたい話だった。
「仇敵、ですか。ですが御身の仇敵は今……」
浮遊大陸に居るはずだ。神官は訝しげに問いかける。やはり邪神の敵となると、シャムロック達を中心としたエネシア大陸の神々だ。それは敵である彼らからしても常識で、地下に潜った信者達が常にその動きを報告している。
本来神々の動きは掴みにくいが、そこは曲がりなりにも彼らも神々の奉仕者という所だ。何か特殊な方法でも持ち合わせているのだろう。もしかしたら寝返った神々という者の中に、そういう事を可能としている者が居ても不思議はない。
「……はぁ……確かに、彼の地より現れし者たちは現在、御身がかつていらっしゃった地に居た何か別の神を味方に付けたとの事ですが……」
『……』
「……は。確かに御身の危惧は最も。かしこまりました。では、その通りに」
邪神の指示に対して、神官は恭しく腰を折る。彼らとしてもカイト達が手に入れたというべきか、仲間にした八咫烏については調べている。もちろん異世界の事なのでその詳細こそわからないものの、各国が密かに共有している情報や八咫烏が超強力なバフ効果を持つという話は把握している。
そこから洗脳は効かないだろう、というのは邪神達にすでに報告済みだ。そして洗脳を使いこなす彼らにとって、この洗脳が効かない力というのは驚異的と言える。勢力的には決して大規模なものではないが、要注意としてマークしていると言っても良かった。
「ふむ……エネシア大陸か……誰かあるか」
「はい、大司教様」
大司教。どうやらその地位に居るらしい神官の呼びかけに応じて、信者の一人が現れる。それに、大司教が指示を下す。
「マクダウェル領のシャギの後継には誰が座っていた?」
「は……確かドーリ司教が直々に統率する、と」
「おぉ、そういえばそうか。あの男なら、シャギの様な不備はあるまい」
大司教は自分も知る男であった事に喜色を浮かべる。まぁ、仕方がない事だったのかもしれない。やはりカイト達がどれだけ頑張ってもこればかりは信仰の自由の問題だ。カイトも信仰の自由は認めているし、まさか彼が踏み絵の様な事が出来るわけがない。
なのでどうしても、主義主張を隠して入り込まれればそれを制止する方法が無かった。その点、この狂信者の後継者は用心深い男だったのだろう。カイトも入り込まれていた事に気づけていなかった。
「では、通信機を起動せよ。神よりの神命が下った事を奴に伝える」
「はい」
大司教の指示に、信者が了解を示して早速行動に入る。彼らには旧文明の遺産が幾つかそのまま残されていた。その中には、かつての文明が使っていた高性能な通信機があったのである。それを使って、神の命令を他大陸にも伝えていたのであった。そうして、邪神の悪意は目覚めたばかりのシャルロットを迎え入れたエンテシア皇国マクダウェル領にまで、伝えられる事になるのだった。
さて、そんな邪神の信者達の動きであるが、それを見ていた者が居る。まぁ、敢えて言うまでもなく神出鬼没な<<死魔将>>達だった。彼らは地球にエネフィアに、と所狭しと暗躍している。
そして深さであれば彼らの方が遥かに深い所に居たわけだし、実は一時期彼らにも手を貸していた。邪神の信者達としても世界を混沌に貶めた彼らはある意味では同業者だ。手を結ぶ意味はあったのだろう。なので本拠地についても知っていたのである。
「おや、おや……」
流石に道化師は邪神の信者ではないので邪神の声は聞こえなかったものの、何を考えているかは理解出来た。かつて邪神の居た地。そして彼の地より来た神。それらをつなぎ合わせれば彼でなくても邪神達が警戒しているのがカイトだと理解出来る。そして出来たのなら、次に考えるべきはどうするかという所だ。
「さて……ここで古き盟約に従って彼らの事を黙るのが筋……」
道化師はどうするか考えながら、そう小さく呟いた。が、言葉に反してその顔に浮かぶ満面の笑みは一切そんな事を考えていない事を物語っていた。
「おそらく、今回の一件で勇者殿は本当に本気で戦ってくださる事でしょう」
地球、エネフィア問わずで常にカイトを見張ってきた彼らだ。それ故、カイトの秘技というべきかカイトの秘策についても幾つかの当たりをつけていた。
そしてだからこそ、彼らは今回の一件は非常に良い試金石になってくれると考えていた。邪神を相手にどこまで本気で戦うつもりなのか。それを彼らは知りたかったのだ。
「もし最上の方法で戦うのなら、それは願ってもない事だ。彼が力を……本気になればなるほど、彼の肉体の治癒は格段に早くなる。戦いたい……その願いが、彼の肉体を癒やす」
道化師は定期的にスパイから送らせているカイトの最後のコアの状態を思い出す。彼は彼が明言した通り、カイトというかカイトが移植されたコアの最後の一つの在り処を知っている。
が、こちらもまた明言した通り、手出しはしていない。自分達が手を出した事がわかると、カイトは本腰を入れてそちらに取り掛かる。それはそれで彼としても有り難くない。
なのでこれまた彼の言った通り、カイトの最後のコアを手にした者たちの中に潜んだスパイがこれをカイトとは無関係――あくまでも肉体的な、という意味で――と思わせている。敢えて放置している。もちろん、無碍に扱われると困るのでそうならない様に裏から手を回してもしているが、だ。
「ふふ……なら、この案件を活用しないわけにはいかないですよねぇ」
簡単に裏切る事を決めた道化師は実に楽しげだ。所詮彼らとの盟約なぞお互いの利益が合致したから結んだだけだ。そしてここでの彼らの利益はカイトの本気度を測る事。この情報を伝えてカイトがどれだけ本気で事に当たるかに応じて、この戦いの本気度が見えてくる。とはいえ、素直に伝えるのは彼らしくない。なら、どうするか。そんなものは決まっていた。
「さて……ああ、そう言えば。彼がマクスウェルに行くにはどうすれば良いか、と調べているという報告がありましたか。なら、それを使いましょう」
思い出したのは、宗矩の事だ。彼は少し前にマクスウェルへ行く方法を調べていた。何をするつもりか、というのもおおよそはわかっている。なので道化師は彼をメッセンジャーに仕立て上げようと思ったのだ。というわけで彼はそそくさと邪神の拠点を後にして早速七人衆が拠点とする施設へと向かうと、資料室で何かを調べている宗矩の所へと向かう事にした。
「ああ、宗矩さん。ここにいらっしゃいましたか」
「……クラウン殿か。如何された?」
「ええ……実は最近マクスウェルへ向かう方法を調べていらっしゃると伺いまして」
「……問題が?」
宗矩は僅かな警戒を道化師へと向ける。無理もない事だとは彼もわかっていたし、動きが伝えられていないとも思っていない。そして彼としてももし駄目と言われれば、残念だが諦める程度でしかない。が、道化師はそういうつもりで来たわけではない。
「ああ、いえいえ。それどころか私の側からも行って欲しい用事が出来まして。ですのでどうせなので言伝を、と」
「……然らば、お受けしよう」
宗矩にとって、この道化師の申し出は渡りに船だ。やはり彼独力では他大陸のそれも一番防備が厳しい時期のマクダウェル領に潜り込む事は難しい。バレない様にするのならなおさらだ。
が、色々と伝手がある彼らなら、人一人を潜り込ませるぐらいはわけがない。最も警備が厳しい時期だが、お祭りは同時に最も人で溢れかえる時期でもある。潜り込ませるのは容易なのだろう。そうして、宗矩へと道化師は情報を伝えていく。
「……良いのか?」
「ええ、構いません。どうせ彼らとて本番までに幾度かの襲撃があるだろう事は理解している。こちらの思惑が何か、というのさえ悟られなければ問題なぞありませんよ」
「……」
そういう事ではないと思うのだが。敢えて明後日の方向の答えを返した道化師に宗矩は若干呆れるも、つまりはどうでも良いから気にするなという事なのだろうと理解する。故に、返したのはこの言葉だ
「相わかった。では、言伝確かに承った」
「お願いしますね。では、こちらが路銀です。それで行き方ですが……」
宗矩の返答を受けて、道化師は彼へとマクスウェルへ向かう方法を教える事にする。そうして、宗矩は一路マクスウェルへと向かう事にするのだった。
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