第1378話 受け継いだから
アスラエルというシャムロックの神使。彼は最高神の神使であると同時に、シャムロック率いる神界の神使達を統率する立場でもあった。そんな彼はかつての己の部下であったエルネストの死とその後の顛末を聞く為、シャルロットの帰還を祝う席に出席していたカイトとソラの所へとやってきていた。そんな彼へと、ソラは自分が得た英雄との出会いを語っていた。
「……そうか」
エルネストの顛末を聞き終えた後。アスラエルは小さく感慨深げにそう呟いた。百数十年程度と彼らからすれば僅かな付き合いだが、それでも同じ神使として、友としての付き合いがあったのだろう。それ故か彼のつぶやきには万感の想いがあった。
「感謝する、若き戦士よ。よくぞ我が友の遺志を継いでくれた」
「い、いえ……自分が継いで良いのか、と今でも恐れ多いばかりです」
アスラエルからの感謝にソラはしきりに恐縮していた。彼はずっとそこが疑問だ。自分で良いのか、と。が、受け継いだからには、という意思はある。そして実のところ、そこをアスラエルは見込んでいた。
「そうか……であれば、それに足る男となれ。それが受け継いだ者の使命であり、義務でもある」
「……はい」
アスラエルから告げられた強い意思の籠もった言葉に、ソラもまたはっきりと頷いた。そしてであれば、とアスラエルが一つの申し出を行った。
「それで良い。であれば……一つ、頼まれて欲しい」
「あ、はい。なんですか?」
「うむ……神剣を手についてきてくれ。カイト殿も頼む」
「? わかりました」
「ああ、わかった」
アスラエルの促しを受けて、カイトとソラが立ち上がる。そうして案内された先は、神殿の横に隣接された修練場とでも言うべき場所だった。
やはり久方ぶりの集結という事で腕を競い合おうという者たちが少なくなかったのか、そこかしこで剣戟の音が鳴り響いていた。そこの中の空いている一つの中心に、アスラエルが立つ。
「ソラ殿……ここで一つ、我と戦って欲しい」
「へ? 俺がですか?」
「ああ……その神剣を受け継いだのだ。戦士達の長として、そしてかつての上司として、そして友として今の使い手の事を知っておきたい。が……何分我は不器用だ。この様な形でしか理解出来ぬ事、申し訳ない」
非常におおらかなシャムロックだからこそ、その筆頭神使たるアスラエルは生真面目かつ不器用な性格だった。口で語って分かり合う事が出来れば、と彼も思わないでもない。が、やはり彼は根っこが戦士だ。戦いの中で、刃と刃をぶつかり合わせる事でしか理解出来ないものがあると信じていた。
「やってやれ、ソラ。オレの時も彼はそう言った。変わらない方だよ、本当に」
「……わかった」
これはおそらく、神剣を受け継いだ自分の義務なのだろう。ソラは苦笑気味なカイトの言葉に背を押され、修練場の中へと入る。ソラの勝ち目はまず無い。だが、気負いもなかった。
勝ち目が無いのはカイトからしてもソラ自身からしてもそうだし、アスラエルからしてもそうだろう。が、勝つ事が重要なのではない。エルネストから受け継いだ自分を見せる事が重要だった。
「……頼む、相棒」
神剣を抜き放ち、ソラが深呼吸一つで心を落ち着ける。やはり神剣は格の違う武器だ。普通の剣として使うのならまだしも、神剣を神剣として使うのならまだソラでは力不足だ。それ故、これを使うのなら意識を集中する必要があった。
「……」
やはり戦いが始まったからだろう。アスラエルは静かな気配を纏い、ソラをしっかりと見据える。一瞬で勝ちを得る事なぞ彼には容易い。なにせ彼はあの絶望的な戦いを最後まで生き延びたのだ。
ソラと彼では同じ神剣使い――当たり前だが彼の持つ武器もまた神剣だ――であっても、歴然とした差がある。それこそ、天と地ほどの差よりも遥かに広い差だ。やろうとすれば、人差し指一本でも倒す事が出来る。が、倒す事に意味はない。ソラの性根を知りたいだけだ。
「ふぅ……」
静謐さを持つアスラエルに対して、ソラは盾を前に構える基本的な戦闘スタイルを取る。アスラエルの神剣は拵えとしてはソラの持つ神剣<<偉大なる太陽>>の様に太陽を思わせる意匠はない。
そのかわり、刀身は黄金色で陽光を思わせる煌めきがあった。拵えとして特徴的なのは鍔の上にかなり長めのカバーがあったぐらいだろう。
(間違いなく強い)
ソラは立ち振舞だけでなく、その静けさから彼我の差が歴然とはっきりと理解する。ただ立っているだけで相手が強い事がわかっただけ、彼も強くなったという事なのだろう。が、同時にアスラエルはそれがわかるほどの強者でもあるという事だ。油断するつもりは一切無いが、油断出来る相手ではない。
「……」
どうするか。ソラは正眼の構えの様に前に構え沈黙を保つアスラエルを見ながら、攻略方法を考える。彼の得意分野はカウンター。強者相手に安易に攻め込んで勝てる道理はない。そしてアスラエルはそれをソラの構えから理解していた。だから、彼は敢えて自分が切り込む事にした。
「っ!」
「目では、追えたか。が、静止の一瞬のみと見ゆる」
一瞬で自らの眼の前に居たアスラエルの剣戟に対して、ソラは咄嗟に盾を出して防ぐ事に成功する。動きは見えなかった。ただ、気付いたら目の前に居てアスラエルが振りかぶっていたので咄嗟に反応したというだけだ。アスラエルの言う通りである。
が、そんなソラが得たのは驚きだ。アスラエルの一撃は異常なまでに軽かった。彼ほどの戦士だ。であれば、もっと重い一撃が来るものだと思っていた。しかし、ソラはその驚きを飲み下す。穏やかな口調に反して、アスラエルはすでに次の攻撃を打ち込むべく構えを取っていたからだ。
「っ!」
今度の一撃は重い。ソラは唐突に満ちたアスラエルの気迫を肌で感じて、ぐっと足に力を入れる。そしてその覚悟の次の瞬間。アスラエルが地面さえ打ち砕かんほどに強烈な力を込めた一撃を放った。
それは真正面から、叩きつける様な一撃だ。並の武器ならそれだけでも砕け散りそうなほどの力だが、彼の使う武器は神剣。それほどの力であっても一切の過不足なく攻撃力へと変換してくれた。
「ぬぅん!」
「ぐぅ!?」
先程の軽い一撃に反して、この一撃はソラの全力を込めて防ぐのが精一杯だった。それでも踏みしめた足は衝撃で非常に痛かったし、盾を持つ腕は盾ごと両断されたのではないかと思えるほどに感覚が麻痺していた。
が、これは戦闘だ。実戦では手がもげようと足が折れようと死なない限り戦いは続く。それ故、ソラは負けない為にも、一切の痛みも痺れもない右手に握りしめた神剣を思いっきり突き出した。
「っ」
ソラがカウンターを決めようとしたのを見て、僅かにだがアスラエルの眉が動く。今の一撃はもちろん、これでも彼としては手加減した一撃だ。本来の彼の実力なら、本当に盾ごとソラを真っ二つにする事は容易い。そうなっていないのだから、手加減していて当然だ。
敢えて言えば今の二発の攻撃はソラの速度と防御力を見たに過ぎない。が、それ故にこそソラも防いで当然だし、堪えきれた事で十分並外れた才能を持っていると言い切れた。若干アスラエルは評価を上方修正したほどだ。そんな彼でも、ソラがカウンターをしてくる事までは見切れていなかった。
「ふむ」
僅かな驚きを飲み下し、アスラエルは一切の迷いなく僅かに後ろに地面を蹴ってソラの刺突を回避する。が、これはソラの読んだ通りだった。故に、彼は即座に神剣を引くと僅かに引いた足の痛みと左手の痺れを強引に飲み下し、次へと繋げる。
「む」
ソラの使おうとした武芸に気付いて、アスラエルが僅かに、しかし先程より遥かに大きな驚きを生んだ。それはソラの意図したものではなかったが、彼の動きを止める結果をもたらした。
これを使えるのか、という驚きと使えるのなら是非とも見てみたい、という二つの感情が彼の足を止めさせて、回避もカウンターも容易な筈の彼に防御を選択させたのだ。
「<<走追閃>>か」
小さく、アスラエルが呟いた。そしてその瞬間。彼の胴体を横断する様に空色の線が浮かび上がり、その緑色の線を一直線にソラが神剣で薙ぎ払った。
その速度はいつもの彼の斬撃の速度とは桁違いに速く、並の魔物なら反応も出来ずに斬り裂かれただろう事が容易に理解出来た。が、この武芸はアスラエルは知っている。だから、対処法も知っていた。
(だよなー!)
今の自分が打てるカウンターの中でも最速の一撃を放ったにも関わらず、簡単に防御されたソラは内心で笑うしかなかった。これはソラが開発した新技でも広く使われている冒険者達の武芸でもない。エルネストがソラに遺してくれたアーブル流剣術の一つだ。古いエルフ達が使っていた剣技なのだが、神話に属しエルネストの上司でもあるするアスラエルが知らないはずがなかった。
「まだ、練度が足りておらん。エルネストであれば、疾走と同時に切り裂いていたであろう」
エルネストの使った<<走追閃>>という剣技は謂わば斬撃を敢えて予告する事で自分の出せる限界以上の速度で剣戟を放つというものだった。サクリファイス系に属するデメリットがあるから強い技だ。
が、ソラの練度ではまだ予告してからワンテンポほど遅れての攻撃となっており、これを見知っていたアスラエルからしてみればあくびが出るほどに遅かったと言えた。
「そして……であれば、もう一段上も見せてしんぜよう」
「これはっ!」
ソラは自分の身体を無数に切り裂くように現れた黄色の線――この線の色は魔力に由来する――を見て、アスラエルが<<走追閃>>の上位技<<無塵連閃>>を使おうとしていると理解する。ソラ自身はまだ使った事はないし練度が低く使えないが、エルネストの遺してくれた知識の中に記されていたのだ。
それは幾重にも切り裂くことで塵さえ残さないという意味を持つ連撃だ。アスラエルの技術と性能であれば、それもかくやという連撃を即座に放てるだろう。が、そんな彼は手加減してくれていたからか、ソラの認識からワンテンポ遅れているしおよそ二十程度の斬撃になっていた。
「<<輝煌装>>!」
到底避けきれないし、盾で全部を防ごうなぞ不可能だ。それを理解したソラは即座に全身の鎧に魔力を通し、半透明の魔力の防護壁を展開する。
もはや回避は不可能と悟った場合に一切動けなくなるというデメリットと引き換えに、絶大な防御力を得る技だった。そして、その直後。十七の連撃が迸った。十七にしたのは、カイトが十七に縁のある存在だからだ。それに掛けたというわけである。
「ぐっ!」
「ふむ……」
咄嗟の判断は悪くない。アスラエルは自らの連撃を適切な行動で防いだソラに一つ頷いた。流石に手加減した状態ではアスラエルと言えどもソラの<<輝煌装>>を破る事は出来なかった。
というのも、この<<輝煌装>>は鎧の防御力と使用者の練度が乗算で計算されるからだ。鎧を含めて一切の動きが禁じられる代わりに、とてつもない防御力を得られるのである。
とはいえ、それは使用者は追撃も出来ないという意味でもある。そして逆にこれを見抜いて軽い一撃を使われた場合、相手は身動きの取れない使用者に対してどんな攻撃だって出来る。タイミングが重要で大きなデメリットも孕んだ技と言えた。
「……」
手加減をしていた以上、アスラエルにしてみれば反動はほとんど無いに等しい。このままソラが魔力切れを起こすのを待つ事も出来る。が、それは彼の思惑に反している。故に彼は一度ソラから距離を取った。
「はぁ……」
引いてくれた。ソラは己の魔力である種の自縄自縛気味に固まっていた身体を開放する。ソラとてこの<<輝煌装>>のデメリットは理解していたし、アスラエル相手にはデメリットが響くとも理解していた。が、あの状況でアスラエルの一撃から全身を守るにはこれしかなかった事も事実だし、彼の思惑から追撃はせずに引いてくれるだろうというのも想定していた。なんとか、思惑通りに事が進んだと思って良いのだろう。
「……ふむ。まぁ、筋は悪くはない」
距離を取ってソラを解放したアスラエルはそう、ソラの腕を評する。確かにエルネストと比べれば天と地ほどの差がある。同じ神剣使いと名乗るのは烏滸がましいとさえ言い切れた。が、それでも。まぁ、悪くはなかった。それ故、アスラエルは今までの総評を受けて最後の行動に入る事にした。
「……」
かちゃん。何かが嵌まる様な、落ちる様な音をソラは聞いた。そしてそれと同時にアスラエルは手にしていた神剣をソラがすると似たように騎士の様に前に構えてソラを見る。が、一切何も語らない。まるで察しろとでも言わんばかりだ。そして、ソラも理解した。
「……」
ソラもまた、神剣を同じ様に前に構える。しかしこちらは正眼の構えだ。彼我の差は歴然。やるなら手加減してくれているアスラエルであっても全力でなければ負ける。そう理解したが故、全身全霊で応ずる事にしたのだ。そしてソラは改めて、アスラエルの神剣を見る。気付けば彼の刀身と柄の接合部にあった長いカバーが展開していて、太陽を思わせる意匠が顕れていた。
「神剣<<偉大なる太陽>>」
「神剣<<暁の陽光>>」
「「我が意を受け、その力を解放せよ」」
二つの神剣から、太陽を思わせる輝きが迸る。そうして、同時に二人が大上段から太陽の一撃を解き放った。
「ふむ……使えるか」
「ぐっ! おぉおおおおお!」
あくまでも本気ではないアスラエルに対して、ソラが吼える。それに応じて、<<偉大なる太陽>>の輝きが更に増した。出せるすべてを出し切る。そんなつもりだった。そうして数秒に渡る太陽の輝き同士のぶつかり合いは、両者の攻撃の相殺という決着で終わりを迎えた。
「あ、あはははは……マジっすか……」
相殺したのではなく、相殺させられた。圧倒的なまでに手加減をされた結果、ソラの出力上昇に対してアスラエルも微細に出力を変化させていとも簡単に相殺してみせたのである。
これが、神使達の中でも戦士長と言われる男の実力だった。そんなアスラエルであるが、どうやらこれで満足したらしい。疲れ果てて神剣を杖にしてなんとか立っているソラに対して、彼は平然と神剣を鞘に収めていた。
「精進されよ、ソラ殿。エルネストは太陽の如き輝きに相応しい強さを得ていた。その後継に見合う強さを、手に入れられよ」
「……努力します」
「うむ」
ソラの返答に満足気に頷いたアスラエルはそのまま、身を翻してその場を後にする。そしてその直後。流石に限界が来たのかソラが地面に倒れ伏して、そのまま大の字で少しの間休む事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1379話『邪神の策略』




