第1377話 お披露目
カイトが各国に向けて邪神復活に向けた対策を続けていたある日。彼は再び浮遊大陸にある大神殿を訪れていた。理由なぞ改めて言う必要も無いだろう。勇者カイトではなく女神の神使カイトとして、この場に参列していたのだ。
『……随分、久しいな。あの最後の戦い以来か』
『……』
大神殿の入り口まで直々に出迎えたシャムロックの言葉に、シャルロットはゆっくりと頷いた。彼女はあの戦いから数千年もの月日を彷徨った。その十分の一程度しか経過していないシャムロックであるが、万感の想いがそこにはあった。そして応ずるシャルロットにもまた、万感の想いがあった。
『苦労を掛けた』
『いいえ、お兄様。そのかわり、お兄様が最も激闘を演じた。あれは、二人で決めた事です。お兄様が命を賭して奴を倒し、私がその後を守る、と』
『……そう、だったな。よく覚えていたな』
数千年前の最後の戦いの時に交わした最後の会話に、シャムロックは微笑んだ。邪神エンデ・ニルとの戦いは熾烈を極めた。単体であれば最強を誇るシャルロットと至高を誇るシャムロック。この二人が共闘して、ようやく勝てた。
が、やはり一筋縄ではいかなかった。次々と生み出される邪神の眷属に加えて、一方的に減らされた信仰。その影響は決して小さくない。それ故、シャムロックは最後に相打ち覚悟で邪神を倒し、最強であるシャルロットをその後の人類の為に残す事にしたのである。
その結果、最強であったシャルロットが残って数千年の月日を密かに人類の守護者としてさすらう事になったのであった。が、その辛さは察するにあまりあった。故に、兄としてつらい思いをさせた妹に告げる事はこの一言だった。
『ご苦労だった……そして、お帰り』
『……はい、お兄様。でもそのおかげで、私は彼らと出会えた。永久にも思える時の最後。良い夢を見ながら眠れました』
辛かった。苦しかった。寂しかった。幾星霜にも及ぶ月日を、シャルロットはたった一人で人類の為に戦い続けた。それは真実神様である彼女が孤独と戦いによって狂うほどの時間だった。だがその最後に出会えた出会いは、彼女にとって幸いなものだった。今ここで眠りたくないと思えるほどに、だ。
『……そうか』
幸いを得て眠れたのだ。シャムロックはカイトから聞いていた通りのシャルロットの言葉に、妹が良い出会いを得られたのだとただただカイトとユリィへの感謝を得た。あの月日の苦しさは彼にはわからない。わからないが、辛かっただろう事ぐらいはわかる。が、それを言うのは無粋だ。故に、彼は身を翻す。
『……来なさい。他の全員がもう揃っている』
『はい』
シャムロックに連れられて、シャルロットはカイトとユリィの二人を連れて大神殿の奥へと歩いていく。そこにはかつてカイトがソラを伴って来た時とは違い、無数の人で溢れていた。
月の女神。主神の片割れの帰還だ。これほどの慶事はない。故に各地に散っていた神々もまた、眷属や神使の中でも中心核となる『英雄』を連れて帰還していたのである。
『……』
多くの神々に迎えられ、シャルロットは神殿の通路を中心を歩いていく。当たり前だが、彼女は主神の片割れ。しかもただ一人、全ての人類の為に戦い続けた神だ。故にすべての神々さえ頭を垂れていた。
『……座りなさい』
『はい』
数千年もの間主を待ち続けたもう一つの玉座に、シャルロットが座る。その左右にカイトとユリィが並ぶ。カイトは神使。ユリィもなんだかんだあって一応は神使として扱われる事になったようだ。
『……皆、よく聞いてくれ。遂に、我が妹にして月を司りし女神が帰還した』
己の玉座へと腰掛けてシャムロックがゆっくりと、神々の王として語り始める。それは彼女の帰還を祝うものであると同時に、それがきっかけとなって邪神が目覚めるだろう事に対する注意喚起だ。
が、これは全員がもう理解していた。シャルロットを除く神々からしてみれば、あの神話の大戦とは自分達の生きた時間の何十分の一ほどでしかない時間しか経過していないのだ。故にこれは敢えて言えば、シャムロックが神々を引き締めるという程度の意味しかなかった。王としての職分とでも言えば良いだろう。そして重要なのは、そこではない。別にあった。
『……それ故に、今あらためて紹介しよう』
シャムロックは邪神復活に対する引き締めを一つ行うと、カイトへと頷きかける。それにカイトが一歩進み出て、顔を覆っていたフードを下ろした。
『改めて語る必要も無いだろう。知らぬという神の方が少ない……が、改めて紹介しよう。我が妹唯一の神使にして、その伴侶。エンテシア皇国公爵位カイト・マクダウェルにして、伝説の勇者。そして大精霊達の友だ』
『この場を借りまして、改めて神使として女神に奉仕する事を誓いましょう』
シャムロックの紹介を受けて、カイトが女神の神使として頭を下げる。今までカイトが神使というのは内々かつ自称に近い立場だった。が、シャルロットが目覚め、この場を借りてカイトを正式に神使として任命すると示す事にしたのである。そして、もう一つあった。
『それと、もう一つ。この土壇場であるが、もう一人紹介したい人物がいる。彼の友でもある人物だ』
「ソラくん」
「は、はい」
シャムロックの言葉――ソラにわかる様に人の言葉だ――を受けて、彼の玉座の真横に待機させられていたソラが進み出る。やはり神剣は力のある存在だ。神使でなくてもそれを与えた以上、神々にはきちんとお披露目を行う必要があった。
とはいえ、流石にソラを一人にするのはカイトもシャムロックも心もとない。なにせここに居るのは全員が神々か神々が認めた英雄だ。そこに少年一人というのは流石に無理も十分に承知だ。というわけで、カイトと一緒にしておくのが良いだろうと判断されたのであった。
「彼は『太陽の森』の英雄エルネストの遺志を継ぎ、神剣の一つ<<偉大なる太陽>>を受け継いだ」
やはりソラが居るからだろう。シャムロックはここで言語を人に通じるものへと変えて話を行う。と、そんなソラだが当然、ガッチガチに固まっていた。周囲に居るのはどこを見ても神様ばかりだ。
おまけにその横に居並ぶ人間も揃って英雄と言い得るだけの覇気を身に纏っている。これで緊張するな、と言う方が無理だ。なお、それはカイトもわかっているのでソラには喋るな、と言っておいた。そして今の現状を見て、ソラもカイトの指示をこの時ほど有難く思う事はなかった。
まぁ、そう言っても幸いな事に今回の主題はシャルロットの帰還だ。かなり畏まった場と言って良い。なのでソラはおまけ程度に過ぎず、英雄達も茶化したりソラに何かを問う事はなかった。とはいえ、何もしなくて良いわけではない。
「カイト……神器を」
「はい」
「ソラくん。君も神器を」
「は、はい」
やはり女神の神使として覚悟と自覚があるからかシャルロットの命令に一切の淀みも迷いもなく応じ己の魂に連結した大鎌を呼び出して掲げたカイトに対して、ソラは覚悟も何もあったものではない。神々からの値踏みする様な視線を受けて、緊張が更に高まっていた。
そもそもこれは受け継がされたに等しい。なんとか頑張っていこうという気負いこそあるものの、まだまだ空回りする事も多かった。故に彼の動作はかなりたどたどしく、英雄達の中には微笑ましいものを見るかの様な様子させあった。自分がここで紹介された時の事を思い出していたのだろう。
「……」
そんなソラの横。カイトは静かに己の神器へと魔力を通していく。すると、月光の様な淡い光が神器を包み込んだ。自身が神使である事を示す為、神器を活性化させたのである。
まぁ、そう言ってもこの場の神々も英雄達も大半が三百年前にシャムロックが一度集めた折りに見ている。なのでカイトについては特に心配も疑問も無かった。これは敢えて言えば神使のお披露目の儀式。必要なのでやっているだけで、彼らからしてみれば特に思う事もなかった。
(ま、マジで緊張する……た、頼むからここで見限ったとか言わないでくれよー……)
何ら問題もなく神器を活性化させたカイトに対して、ソラは緊張しながらも神器を前に構えて魔力を注ぐ。神器がここで敢えてちょっと冗談をしようと思ったかは定かではないが、少なくともソラの危惧に反して神器は魔力を得て神々しい金色の光を放ち始める。が、やはり慣れないからか、カイトの様な見せる程度ではなく本当に神々しいとしか言い得ない輝きだった。
「ふむ……」
「おぉ……確かにこの輝きは太陽の神剣……」
「が……やはり輝きが弱い。持ち手以上に神剣が疲弊しているな……」
神々は口々にソラの見せる神剣の輝きについてを口にする。彼らは英雄としてこの場に立ったエルネストの事を知っている。神々の見守る前でこの神剣を授けられてガチガチに緊張していた時の事も覚えている。その時と見比べて、やはり輝きは落ちている様子だった。と、そんな論評を受ける傍ら、儀式はこれで終わりだった。故にシャルロットが口を開く。
「もう良いわ。カイト、下がりなさい」
「はい、女神様」
「ソラくん。君ももう良い。仕舞いなさい」
「はい」
シャムロックの指示を受けて、ソラは真っ白になっていた手で少し四苦八苦しながらも神剣を鞘へと収める。そして更に彼の頷きを受けて、後ろへと下がった。そうしてカイトとソラのお披露目は終わり、再びシャムロックが神々の会議を行う事にするのだった。
さて、そんな神々の会議からしばらく。カイトはというと、前にソラを案内した己の待機場所に入っていた。今回正式に神使として認められた事でこの部屋は正式にカイトの物となったのだ。
まぁ、正確に言えばカイトの部屋ではなく月の女神の神使の部屋というわけなのだが、当面シャルロットはカイト以外の神使を任ずるつもりはない。なのでカイトの部屋でも間違いがないだろう。
「ふぅ……終わった終わった。やっぱり正式な神使になるとなると、ちょっと緊張するな」
「どこが!?」
至って平然としていたようにしか見えなかったカイトの姿を見ていたソラが思わず声を荒げる。どこからどう見ればカイトが緊張していた様に見えるのか。彼には一切信じられなかった。
「緊張はするさ。あそこで何かとちればシャルの風聞に差し障るからな。数千年ぶりの帰還だ。なら、最高の物にしてやりたかった」
「そ、そういう……」
自分とは緊張している点が全然違うかった。それを理解してソラが納得して頷いた。やはり自分の事で手一杯な自分とは格が違うと思い知らされた格好だった。
なお、そのシャルロットはというと、ユリィと一緒に自室へと入っている。当たり前だがここには彼女の自室もあって、およそ三百数十年ぶりの帰還だ。色々と調整したり、今後拠点を公爵邸にする為に荷物を選んだりしたいらしい。カイトが一緒ではないのは男だから、だ。ユリィが同行した最大の理由は彼女の荷物をまとめる手伝いという点も大きかった。
「にしても……何ここ。マジ豪華」
「そりゃ、一応主神の神使様のお部屋ですから」
ソラが周囲を見回しながら呟いた一言に対して、カイトがどこか冗談めかして頷いた。というのも、ここは本当に豪華な部屋だった。それこそベッドは天蓋付きのキングサイズの物があるし、床は総じて大理石でピカピカに磨かれている。もちろん、室温などは完全に調整されていて常春の状態だ。
その上に望めば――あくまでも当人が望めばという話――神官の中でも音楽を捧げる為に居る神官によって音楽を奏でてもらう事だって出来るらしい。もちろん、望めば女だって食事だって出て来る。今だってフルーツの盛り合わせが言われなくても常備されていた。カイトの好みに合わせて桃、ユリィの好みに合わせていちご、シャルロットの部屋にはもちろんぶどうが多めだ。
神使とは神の使い。外ではそれ相応の立ち振舞を求められるが、同時に内ではそんな王侯貴族だろうと滅多に受けられないだろう対応を受ける事が出来るのであった。と、そんな豪華な部屋にノックが響いた。
「うん?」
『カイト殿。失礼してよろしいか』
「ああ、アスラエル殿か……少し待ってくれ。鍵を開けよう」
どうやら、ノックの主はカイトの知り合いだったらしい。立ち上がって彼が直々に部屋へと招き入れる。そうして入ってきたのは、古めかしい防具を身に纏った一人の男性だ。腰には剣があるので、剣士なのだろう。
年の頃はおおよそ三十代半ば。戦士だからか、体格は筋肉質だ。かなり灰色に近い銀髪で落ち着きのある武人の様な男性だった。彼はカイトに勧められて部屋にあった椅子に腰掛けると、まずカイトへと称賛を述べた。
「カイト殿。先程は見事だった」
「いや、慣れ親しんだものを見せろと言われて見せただけだ。称賛には値しないさ」
「謙遜めされるな。神使となってああも見事な立ち振舞を出来るのは、カイト殿をおいてはそうはいるまい」
「神界の戦士長にそう言って貰えるのなら、幸いだ」
アスラエルの称賛にカイトは笑ってその称賛を受け入れる。そうして社交辞令を交わしあった後、カイトは本題に入った。
「で、どうされた? シャムロック殿がお呼びか?」
「いや、此度は我が独自の用事で参らせて頂いた」
「ふむ? 何かご用事か?」
「うむ……少し、話が聞きたいのだ」
アスラエルはそういうと、ソラへと視線を向ける。それで、カイトも内容を理解した。
「ああ、そういう……わかった。であれば、こちらは止めはしない。そちらはこの神界の神使達を統率する戦士長。貴方にしてみれば、当然の事だ。わざわざ許可を取られなくても問題は無い」
「いや、今は我と御身は同格と言える。そして彼は神使ではない。故に、一言言うのが筋であろう」
「あはは。相変わらず義理堅いお方だ……ソラ」
「お、おう……」
今の今まで話の成り行きを見守っていたソラであるが、カイトの招きを受けてカイトの座るソファへと腰掛ける。
「彼はアスラエル殿。シャムロック殿の神使の一人で……まぁ、わかりやすく言えばエルネスト殿の上司という所だ。同時にオレを除いたすべての神使の統率者でもある。神界の戦士長と言っても良いだろう」
「ああ、そういう……」
ここまで言われればソラだって何故自分が呼ばれたか理解出来た。アスラエルはエルネストの上司だという。自分の部下がどういう最期を得たのか知りたいと思っても無理はない。そしておそらく、彼以外の神使達もそう思っている事だろう。
が、あまり多人数で同格の神使の部屋に畏まった用事で訪れるのは憚られる。なので代表して彼が、というわけだった。そうして、ソラは改めてエルネストの最期を語り始める事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1378話『受け継いだから』




