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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第67章 神話の終わりと始まり編

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第1375話 次なる戦いへ

 カイト達が邪神エンデ・ニルの尖兵達との戦闘を終えて眠りについていた一方その頃。エネフィアのどこか誰も知らない所では数週間に渡る最後の調整を受けていた久秀が調整を終えた所だった。


「おー……すげぇな、心臓が動いてら」


 数週間前は微動だにしていなかった心臓が力強く鼓動しているのを自分の手で感じ、久秀がどこか安堵した様に頷いていた。やはり心臓が動いていないというのは生きている以上は違和感だ。

 常に人を食ったかの様な久秀でも流石に妙な嫌悪感というか、得も言われぬ不安感があったらしい。それがたった今、最後の調整を受けて動き出したのである。これで、正真正銘彼らは全員揃って生き返ったというわけだ。


「それだけではありません。肉体が完全に賦活した事を受けて、魂もその肉体に順応しています。今まで感じていただろう僅かな感覚のズレは完璧に無くなっているはずです」

「へー……おー……」


 久秀は研究者達の言葉を聞いて、試しにぐっと拳を握り込んでみる。するとたしかに、今まで感じていた違和感が無くなっている事に気が付いた。今までは敢えて言えば、自分で自分を意識して動かしている様な感じだったらしい。

 言ってしまえばロボットを遠隔操作で動かしている様な感じだったとの事である。歩くだけでも、それどころか呼吸するだけでも違和感が拭えなかった。それが今は自分の肉体の様に動いている。生前と一切変わらない、もしくは生前以上に調子が良かった。


「で、他はどうしてる?」


 久秀は研究者達から手渡された着物を羽織りながら、他の面子について問いかける。あの死の概念が身体に順応したのはほぼ同時だ。故にこの最後の調整もほぼ同時に開始されており、必然として終わったのもほぼ同時だと思われた。

 が、やはり流石はカイトの敵として道化師から選ばれた選りすぐりの傑物達という所なのだろう。そんな久秀の想定を遥かに超えた人物が居た。それも一人ではなく、複数人だ。


「一週間ほど前に石舟斎様が目覚められ、それからほぼ遅れず宗矩様が。その後二日ほど遅れて」

「あ、あいつらは相変わらずぶっ飛んでるねぇ……」


 石舟斎と宗矩が一週間以上も前に今の身体に魂を順応させていたと聞いて、さすがの久秀も呆れ返るしかなかった。ここまで差が出るのは研究者達としても想定外と言うしかなく、彼らもあまりの事態に驚き半分呆れ半分という所だった。

 なお、実際の所を言えば久秀も彼らの想定より数日早い。それより輪をかけて早い石舟斎達に研究者達がどれだけ驚いたのかは、それで察せられるだろう。


「あ、悪い悪い。で、あの二人以外に……まぁ、良いか。大体想像出来るし」


 話の途中で呆れ返った所為で他に誰が目覚めていたか聞きそびれた久秀であるが、別に聞かなくてもできそうな奴には心当たりがあったのでこの話題に興味を失くす。別に知らなくとも問題はないし、どうせ誰も隠してはいないだろう。知りたければ当人から聞けば良いだけの話だ。


「で、そのぶっ飛び親子は今はどこに?」

「……今の身体を試す、と試し斬りに出掛けられています」

「おぉおぉ、敵が居る人達は忙しいねぇ」


 研究者の今度は呆れ100%の言葉に久秀は楽しげに笑ってみせる。もちろん、試し斬りと言っても江戸時代の辻斬りの様に道行く人を通り魔的に襲うわけではない。

 そこらをほっつき歩いている強大な魔物を適当に切り捨てていくというわけだ。彼らがしたいのは刀の試し斬りではない。自分の実力を試したいだけだ。雑魚を相手に切り結ぶ必要なぞ無いのであった。

 というわけで、久秀は全員が目覚めるまでは暇な事もあって柳生親子の帰還を待つ事にする。その帰還だが久秀の予想に反して夕暮れ頃には帰ってきた。


「おろ……意外と早かったな。一度出たら数日は戻らないかと思ってたんだがね」

「おぉ、殿。これはお目覚めで」

「おう。これでも武将だ。身体は鍛えてる方でね……いや、この身体だとそういう話じゃないか。ま、武芸は嗜んでたし、おたくらとは違う方面で精神面の修行も積んでた。その分、順応も早かったってわけさ」


 頭を下げた石舟斎に対して、久秀は気軽に笑う。この目覚めが早かった理由だが、これについては久秀も石舟斎らも揃っておおよそ直感的に理解していた。それは今までにある。

 彼らはやはり戦国時代に生まれ、武芸を嗜んでいる。そして石舟斎と宗矩であれば神陰流として高度な領域で精神面も鍛えているし、久秀なら茶道という事で精神的な所作も心得ている。

 その精神的な修練は誰かに命ぜられるでもなく、今も行っていた。それが、この調整以前から肉体に魂を定着させる作用を果たしていたのであった。研究者達はその練度の高さを見誤っていたというわけであった。


「まぁ、儂もこれも信綱公からは口酸っぱく魔力の流れを読む事を教え込まれましてな。それの応用で精神鍛錬なぞをしていると必然、身体に順応しておったのでしょう」

「そうかい……で、戻ってきたって事は何かあったか? それとも腹減ったか?」

「ははは。実は腹が減りましてな。流石に魔物を捌いて食うのは儂らも不得意。料理が出来ぬとは申しませんが、せっかく万全になったというのに毒に中って、というのはいやさ情けない。せっかくのもう一度。少しは気を遣ってやらねばと」

「なるほど。そいつぁ、殊勝な心がけだ。俺も魔物を掻っ捌いて食うのはやめておこう」


 石舟斎の道理と言えば道理の言葉に久秀は楽しげに笑い、自分もそうする事を決める。やはり久秀は傾奇者でもある。ちょっと魔物を自分で狩って捌いてみよう、と思わなかった事は無いではない。

 せっかく並の魔物なら負けない肉体を手に入れたのだ。どうせなら前は出来なかった事をやってみようと思っていたが、食べる事に関しては慎む事にした様だ。と、そんな久秀は楽しげに宗矩を見た。


「で、気を遣ってやらねばという殊勝な親父に対して息子はどうなんだよ?」

「……これですか?」


 宗矩が示したのは、胸の帯に突き刺さった煙管だ。剣聖として現代に伝えられる柳生宗矩であるが、実はその性格の一端は中々にお茶目というか豪胆というか、少しやんちゃな所があったらしい。

 例えば、たくあん漬けで有名な沢庵和尚。この彼との会話で喫煙を諌められた事があった。その際、タバコから離れる様に助言を受けたわけであるが、彼はなんと煙管を長くしてタバコから離れた、とのたまったそうである。豪胆落語な父の様な豪快さこそなかったものの、彼は彼でお茶目な所があった様だ。そして同時に、そうまでしてタバコを吸いたい愛煙家でもあったらしい。今もまた、煙管を手放そうとしていなかった。


「別に毒ではありませぬ……単に匂いを楽しむだけの香草に過ぎません故」

「「……お?」」


 宗矩の言葉に久秀も石舟斎も揃って片眉を上げる。先に果心居士こと生駒も明言していたが、この煙管は特殊な改造を施して煙管の役目を果たさなくしている上に、刻みタバコも単なるエネフィアに由来する独自の香草になっている。それに気付いている様な発言だった。そして事実、気付いていた。


「……流石に馬を鹿という様な者でも、何度も吸っていれば嫌でも気付きます。ニコチン中毒も知識として与えられていますし」


 少し不貞腐れた様子で宗矩が父とその元主人に向けて単なる飾りだと明言する。それに、これは彼なりの考えもあった。


「私といえば煙草。煙管の一つも腰に刺さねば格好が付きませんかと」

「なんじゃぁ、もう吸っておらんかったのか」

「いえ、案外この香草の香を楽しむのは面白かったので、有り難く頂戴致しました」

「「あ、あららら……」」


 転んでもただでは起きなかった宗矩に久秀も石舟斎も思わずたたらを踏む。案外、彼は彼で今を満喫している様子だった。


「それに……折角得た天佑。生前積んだ徳故の天佑か、それとも奥底に眠っていた修羅が見せたまぼろしかは存じませぬが。修羅道に落ちたのならば尚更、煙草の所為で負けたとは思いたくはありません」


 剣の道を極めたいという想いが、彼を修羅道に叩き落としたのだ。だと言うのに、それ以外の要因で勝敗が分かれるというのは我慢できなかったらしい。

 やはりタバコを吸うと肺活量は低下する。そして戦士にとって肺活量は非常に重要だ。愛煙家として知られる宗矩が、蘇ってより一度もタバコを吸わない。それだけ彼も本気という事なのだろう。


「かかか。あいも変わらず……いや、もはや修羅さえ逃げ出す生真面目さよ。まぁ、そういう事なら儂は何も言うまいよ」

「は……」


 笑う石舟斎の言葉に宗矩が頭を下げる。そうして一頻り笑いあった柳生親子がその場を後にしようとした時、唐突に久秀が問いかけた。


「で、柳生の小倅。お前さん、いつ煙管に細工されてるって気付いたんだ?」

「……」


 どうということのない問いかけだった筈だ。にも関わらず、宗矩は僅かに沈黙を生む。そうして一拍ほど、ほとんど気にならない程度の間を空けた後、宗矩が口を開いた。


「目覚めて一ヶ月程で」

「嘘は、いけねぇなぁ。正直に言いなさいな」

「こ、この間です……調整の半月程前……」


 久秀の再度の確認に宗矩は顔を僅かに朱に染めつつ、正直な所を告白する。嘘ではやはり梟雄・久秀の方が数段上手だ。彼に嘘を吐こうとしたのが間違いだった。


「んなとこだろうと思ったぜ。ま、指摘されるより前だからよかったじゃねぇの」

「かかか!」


 楽しげに茶化す久秀に対して、意外と鈍臭い所のある息子の変わらない様子に石舟斎は大いに笑い声をあげる。そうして一頻り笑いあった後、久秀が問いかけた。


「で……これで全快なわけだが。お前さんらは、どうするよ」

「ふむ? 道化師殿から何か指示が?」

「まぁ、ちょいとな。巴ちゃんに出てもらう事になってる。後は、各自の好きにしなってよ」


 久秀は親子を待つ間に来ていた道化師から言われていた話を二人に語る。折角調整は終わったのだ。道化師としても彼らの実力を試す試金石という所なのだろう。が、敵はカイトなので手加減してくれるだろう巴を中心として、というわけだった。カイトの甘さを利用した策と言える。


「……さて……儂はどうするかのう」

「……」

「ん? どこへ行くつもりじゃ?」


 久秀の話を聞くなりゆっくりとだが歩き出した宗矩に、石舟斎が問いかける。それに、宗矩が手短に答えた。


「少々、思い付いたことが」

「お、参加かい?」

「その方向で構いません。が、私は私の好きに動きます。邪魔はしません」

「そうかい。じゃあ、好きにしなよ」


 背を向けて歩いていく宗矩の言葉に、久秀は笑って送り出す。おおよそ何をしようか、というのはわからない。わからないが、邪魔はしないと明言している以上、邪魔はしないのだろう。そうして歩き去った宗矩の背に、久秀が小さく呟いた。


「どうだかね」

「何をするかおわかりで?」

「さて……ま、面白い事は考えていそうではあったな」


 石舟斎の問いかけに久秀は少し楽しげに笑う。迂闊な事はしないだろう、というのはわかっている。わかっているが、何をしようとしているのかそのものについてはわからない。が、少しわかる事があった。


「……まぁ、邪魔にはならないか。どうにせよ、だしな」


 久秀が梟雄として笑う。宗矩の思惑はおおよそ理解していた。が、そうして一頻り荒々しい笑みを浮かべた後に苦笑いを浮かべて、石舟斎へと問いかけた。


「まぁ、なんだかんだ言いながら、お前さんならわかってるんだろう?」

「かかか……さて。でありますれば、儂は此度は不参加でお願い致す。前は儂がやらせて頂いた故、今度ぐらいは子に譲ってやらねば」

「さて……そうなると今回はあの兄さんが不参加、あの何考えてるかわからん奴は参加、と」


 久秀は柳生親子を待つ間に会った二人の参加の是非を口にする。基本、七人衆の統率は久秀が行う様に道化師から命ぜられていた。それはこの七人の中で唯一彼が知略に長けた存在だからだ。ほかは大抵一騎当千ではあるが、考えるより殴った方が楽という存在だ。

 唯一、生駒が考える方が得意な部類だが彼女は彼女で何を考えているかさっぱりだ。カイト側でありながら、こちら側に与している。が、その思惑を久秀は理解していたので、敢えて泳がせていた。それでも正しいかは彼にもわからない。時折、彼女は自身や信長でさえ呆気に取られる事をしでかすそうだ。

 それに今回の一件ではまだ彼女は目覚めていない。唯一彼女だけが研究者達の予想通りの目覚めになりそうだった。


「にしても、ほとほと面白い連中ばかりが集まったもんだ」


 最初から裏切る気満々の一人に、修羅道に落ちたが故に何も考えていないに等しい二人。それとは別に何を考えているか道化師にも久秀にもわからない奴が一人。何を考えているのやら、という意味では久秀も一緒だ。他も似たり寄ったりだ。

 道化師が集めた人員はほとほと呆れるほどに変わり者ばかりだった。何故こんな面子を、と疑問に思うばかりでさえある。ここら、道化師ならこの面子の理由や事情がわかっているのだろうが、久秀は教えられていない。


「かかか。それは確かに。で、殿」

「うん?」

「何を、お考えですか? 殿が唯々諾々と奴らの指示に従うなぞ、殿らしくない。寝首を掻くのが殿の本業。本業をせぬ殿なぞ殿ではありますまい」

「おいおい……人聞きの悪い。俺だって忠義者だぜ? 長慶殿を裏切った事無いしな。まぁ、御大将は三回ぐらい裏切ってるけど」


 笑って三好長慶の事を明言した久秀であるが、その後一転して笑いながら信長での事を語る。なお、更に言っておけばその前には三好三人衆も裏切っている。


「まぁ……しばらくは奴らに唯々諾々と従うさ。しばらくは、な」


 どうせ道化師とて自分が唯々諾々と従ったままでいない事ぐらいはわかっているだろう。久秀はそれを理解しつつも、利用し利用される関係をしばらくは続ける事を明言する。


「で……その時が来ればおたくらはどうするんだ?」

「ふむ……儂は楽しい方へ。あれはより戦いの激しい方を選びましょうな。まぁ、その時まで生きておれば、の話ですが。儂の本敵はあの弟弟子。あれは強敵かつ難敵。間違いなく、儂の生死をかけた戦いとなりましょう」

「そうかい……ま、もし生きてる間なら、後ろからばっさりとってのは旧縁の誼でやめてくれよー」


 石舟斎の言葉に満足気に頷いた久秀は、彼に背を向けるとそのまま茶化す様に手を振ってその場を後にする。これが何時になるかは、不明だ。石舟斎らの敗北が前かもしれないし、久秀が道化師達から抜けるのが先になるかもしれない。先に後者が起きれば、下手をすると石舟斎らが追手として仕向けられるだろう。それを見越しての言葉だった。

 そうして、何を考えているかわからない者の一人である久秀もまた、何かを考えながらどこかへと向かっていく事にするのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第1376話『戦いを終えて』

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