第1370話 彼らの戦いを
三百年の時を経てついに目覚めた月の女神・シャルロット。彼女を出迎えたカイトは彼女と共に出ると、そこにはユリィが海の様な漆黒の軍勢を前に一切の気負いなく立っていた。
「……おはよう、オチビ」
「……ん、おはよう。というには遅い気もするね」
「そうね」
どちらも何時も通りで、それでいて万感の想いが籠もった言葉を交わし合う。が、再会の言葉は短かった。敵を前にしてのんびりと立っていられるような状況ではない。それ故、ただ前だけを見るカイトがふと口を開く。
「……なぁ、シャル。一つ聞きたかった」
「なぁに?」
「オレ、神使名乗って良いのか?」
「ええ……貴方は私の使い。月の女神の伴侶にして、死を司る王……生と死を司る境界線の王」
カイトの問いかけにシャルロットははっきりとカイトが神の使い、神使である事を認め頷いた。それに、カイトはわずかに口角を上げる。であるのなら、この場ではするべき姿があった。
「ねぇ、シャルー。私はー?」
「貴方は……私の友人よ? ただ、それだけ。だから、貴方は神使じゃない……でも、月の導きが貴方にはある」
「そっか……じゃあ」
「ああ」
カイトとユリィは頷きあう。なら、選択は一つだ。そうしてカイトは漆黒のローブを身に纏い、ユリィは真紅のローブを身に纏う。月の女神が数千年ぶり――三百年ではないのは公に出る事が無かった為――に表舞台に姿を現すというのだ。その横にお供の一人も居ないのは、頂けない。
「「……」」
「……そう。ふさわしき装いをするのなら、私もそれに応えましょう」
神使として、友として月の女神の信徒の姿を取った二人にシャルロットもまた応ずる事にする。そうして、彼女が身にまとっていた衣が変わる。それは先と同じゴシック・ロリータであるが、黒と赤を基調とした衣装だった。数千年前。彼女が女神として健在だった頃の衣装だった。
「さぁ……我が下僕。貴方が私の嘆きを振り払えると、もう二度と何も失わせないのだと示して頂戴」
「はい、女神様」
シャルロットの命令に、楽しげにカイトは深々と頭を垂れる。そうして、カイトが消えた。が、敵の眼前には居ない。彼は山の上空数百メートルの所に浮かんでいた。
「悪いな……今のオレはおそらく、この数年で一番絶好調だ」
強くなった事を示せ。愛する女が、自らが奉ずる神がそう命じたのだ。であれば、それを見せねばならない。故にカイトは黒いモヤに侵食された『ロック鳥』の群れを見ながら、荒々しい笑みを浮かべていた。先程数分掛けた。が、今は一分も掛けるつもりはなかった。
「全力だ……オレの、勇者カイトの全力を見せてやろう」
カイトが右手を掲げ、どこかへと繋がる奇妙な魔法陣を生み出した。それは周囲数キロをすっぽりと覆い尽くすほど巨大な門だった。
「残念だったな……お前らに生存の可能性は一切無い」
カイトは恐怖さえ抱けない魔物の軍勢に対して、一切の慈悲無く告げる。そして高まる彼の魔力に合わせたかの様に、何かが門から飛来する。
それは、武器だ。古今東西、ありとあらゆる世界問わず英雄と呼ばれた者たちが使った武器だった。それが、カイトという超絶出力と絶技へと至ったの使い手の力を受けて真価を発揮しながら飛来していた。
どんな軍勢だろうと、どんな巨大な魔物だろうと受けきれないほどの規模の英雄の武器の雨。それがもたらすのは、超絶の破壊だ。
「さぁ、数多の悪鬼羅刹を葬り去ってきた勇者達の相棒達よ! 今ここに顕現し、我が敵を葬り去れ!」
カイトの号令と共に、門から無数の武器の雨がこの世へと飛来する。この規模でやるのはカイトも初めてで、今回は加減をしていない。周囲への影響は大精霊達に抑えてもらった。
思う存分、今度こそシャルロットがなんの心配もなく己と歩める様に全力を尽くすつもりだった。そうして、黒い海は武器の大河によって一瞬で洗い流された。
「……はっ……この程度かよ」
おそらく、シャルロットと共に歩んだ日々のカイトであれば苦戦しただろう魔物達だ。それが、一瞬ですべて消し飛んだ。が、これでなおまだ本気ではない。お楽しみはこの後に待っている。
もちろん、それはおそらくどこかに居るのだろう邪神の残滓ではない。シャルロットとのイチャイチャだ。久しぶりに抑えが効いていない。
そしてこの再会を理解している少女らはシャルロットに遠慮して、今日この日だけは立ち入らないと決めていた。であれば、カイトはその少女らの心意気を有難く頂戴するだけだ。そのために体力は存分に温存しておかねばならなかった。
「さぁ、女神様……どうでしょうか?」
「ええ……強くなったわ」
跪いて問いかけるカイトに、シャルロットが頷いた。わかってはいたことだ。が、それで良い。ここまで強くなったのであれば、もう二度と二人を別つものはない。
「じゃあ、行きましょう。このくだらない茶番劇を終わらせに」
シャルロットがふわりと浮かび上がる。向かう先はもちろん、この異変の原因だ。それを片付けない事にはこの異変は終わらない。そして彼女はかつて邪神と戦った女神。その邪神の残滓というのだ。
座視する道理はどこにもない。そうして、かつてカイトはかつての旅路において最初期の三人でティナ達の待つ山へと帰還する事にするのだった。
さて、カイト達が月の女神の寝室を飛び立った一方その頃。残った野営地では壮絶な、というのとは些か違う激戦が繰り広げられていた。
何故些か違うのか。それは簡単に言えば残った面子が残った面子だからだ。ソラを除けばカイト陣営でもトップクラスの実力者ばかりが野営地には残っていた。となると当然、苦戦なぞあり得るはずがなかった。
「にぃにぃー! あのでかいのやっといてー!」
「うーん!」
ソレイユの申し出にフロドが軽い感じでものすごい威力が蓄積された矢を放ち、上空を飛んで本来ならば大破壊を巻き起こしたであろう『ロック鳥』の成体を撃墜していた。
と、まぁそんな感じでこちらでは周囲を完全に黒いモヤに包まれた魔物の海に包囲されていながらも、非常に軽い感じで討伐が進んでいた。とはいえ、彼女らも彼女らで若干本気にはなっていた。勿論それは敵が強いからではなく数が多いから、という一言に尽きるのであるがだ。
「……」
久しぶりに剣姫モードになったクオンが周囲の有象無象を睨み付ける。別にこの程度の個体がどれだけ強化されようと、実力だけであればエネフィアでも最強クラスに位置している彼女にとっては雑魚にすぎない。
「さぁ……舞い散りなさい」
抜く動作さえ見せず、クオンが次元を切り裂いた。それはいつぞやの如くに周囲の敵を飲み込んでいき、どことも知れぬ空間へと弾き飛ばす。
「……お、俺の苦労って一体……」
そんな圧倒的な様子を見ながら、ソラは思わず頬を引きつらせていた。確かに彼女らにとっては雑魚かもしれないが、ソラからすれば格上ばかりだ。
それでも勝てるのは、シャムロックから下賜された神剣を使っているからだ。もちろん、それでもかなり苦戦する相手は多い。例えば『ロック鳥』なら幼体でも相手にするのはかなり厳しい。
素体がランクC程度でも、やはり邪神の復活が近いからか以前に比べておおよそ二ランク程度は引き上げられている。奥地に居る個体によってはランクSにも届き得る。神剣の加護が無ければまず死んでいただろう。そのバフを神剣は無効化してくれていたのである。
「ふんっ……ここにおる者たちは総じて神話の大戦に加わったとて遜色ない……いや、加わってなお上回る様な傑物達よ。こうなるのが道理。まぁ、これでもここまで埋め尽くすのじゃから、そこそこ厄介は厄介と認めてやろうかのう」
そんなソラに対して、ティナは無数の光球を浮かべながら道理を説く。彼女でさえ厄介と認めるのだ。かつての旧文明が手こずったのも無理はなかった。と、そんな二人の前に黒いモヤに覆われた人型が現れた。
「あれは……」
「ふむ……あれはおそらく哀れにも奥地へ入っており、そこで感染してしまった者たちであろうな」
「呑気に言ってる場合かよ! なんとか出来ないのか!? 確か遺跡でなんか魔導具手に入れてただろ!?」
「ふむ……」
こちらを補足するなり即座に戦闘行動に入った敵と交戦するソラの問いかけに、ティナは少しだけ考える。確かに湖底の遺跡で彼女達は洗脳除去装置とでも言うべき物を見付けている。そして現在大急ぎで解析して改良を加え、量産まで持っていける様にしている。
なのですでに原理の一部は解析済みで、今の彼女なら単独でもある程度の範囲なら洗脳を受けた者を解放してやれる。が、それでも首を振るしかなかった。
「無理じゃな。あれはそう便利なものではなかった」
「どしてさ!?」
「あれは、洗脳解除装置じゃ。これは洗脳ではなく感染。邪神の悪意に感染しておる。今の余らではまだ解けまい。いや、それ以前に感染を解けるかどうかも微妙じゃ」
ティナは自らに襲い掛かる元冒険者に向けて無数の光球を生み出しながら、あの魔導具の性質を説明する。ソラは必死になる相手だが、ティナにとってはおそらく邪神でさえ雑魚と見做せる。であれば、この程度。雑談しながらでも倒せるだろう。
「故に……酷な話ではあるが、今は殺してやるしかあるまい」
無慈悲に。冷酷に。ティナは杖を振るって無数の光球を一斉に敵に向けて投げつける。ここから先に向かわせるわけにはいかないし、助ける手段は今はない。そもそも助けられるかも不明だ。
よしんば捕らえたとてなんの対処も無しでは何時かはソラが『木漏れ日の森』で戦った巨人になってしまうかもしれない。捕らえて何時か治せる、と希望を持つわけにもいかなかった。
「そっか……じゃあ、わかった」
どこか諭す様に告げたティナに対して、ソラもまた覚悟を決める。救えないのなら、仕方がない。彼の後ろには守るべき仲間が、愛する人達が居る。あれを追われるわけにはいかない。彼らを助けようとしてあちらに被害が出れば、その時後悔するのはソラ自身だ。それを、彼もわかっていた。
「……すんません。そのかわり、一撃で決めます」
だがやはり居た堪れない気持ちになるのは仕方がない。それ故にソラは真剣な気持ちで黙祷して一度謝罪をし、決意を述べる。
苦しませるつもりはない。ただ一撃で、確実に仕留める。そんな彼の意思を受けたからか、神剣もまた輝きを一気に増した。その輝きは敵を一時的に押し留め、一方的なソラの攻撃を可能とした。
「……頼む、相棒。一撃で決めてやろう」
騎士の様に、ソラは神剣を前に掲げる。そうして一度目を閉じて、神剣に宿るという意思へと己の決意を述べる。それを受けて、神剣もまた己の一撃を放つ事をソラへと許可した。
「<<偉大なる太陽>>!」
ソラの口決と共に、神剣から太陽を思わせる極光が放たれる。それは元冒険者の集団を周囲の敵ごとごっそりと飲み込むと、跡形もなく蒸発させた。と、そうして神剣の最大の一撃を放ったソラへとティナが回復薬を投げ渡す。
「ほれ」
「……サンキュ」
遥か彼方まで崩れた包囲網の一角を背に、ソラはティナから受け取った回復薬を一気飲みする。と、そんな彼に、後ろから声が掛けられた。
「ソラ! 無事!?」
「っ! アル!? どうしたんっすか、こんな所に! って、皆も!?」
後ろに居たのは、アルら撤退した筈の冒険部の面々だ。それもほぼほぼ腕利きと言って良い面子ばかりだ。もちろん、由利も一緒だ。が、その中には遠征隊に含まれていない筈の面子が居た。と、そこに飛来したのは、冒険部の守り神八咫烏だ。
『あちらに邪神が加護を与えるというのであれば、こちらには我が加護を与えよう』
「へ? あれ? でも確か弥生さんは……」
「居るわ」
八咫烏が居るという事は即ち、そこには<<布都御魂剣>>の持ち主である弥生が居るということだ。そして案の定、隊列には弥生が加わっていた。そうして、彼女が事情を教えてくれた。
「ちょっと、ね。実は少し前から少し離れた所の飛空艇で待機していたのよ。で、アルくん達の撤退を見てそっちを回収させて貰って私達はこっちに、というわけ」
『乙女のあれこれ、だそうだ。我も詳しくは知らん』
特段興味もないのか、八咫烏は特に気にした風もなくそう語る。まぁ、そういう事だそうだ。今回の遠征でカイトが女神を目覚めさせる事は全員が知っている。
が、あまり放置しておくと時間がある限りでいちゃつきかねないのがカイトの悪い所だ。自分が相手なら少女らもそれで良いが、自分が相手でないのなら適度な所で止める必要があった。
なので全員が少し遠くに飛空艇で来ていた、というわけである。もちろん、アウラもクズハも一緒に来ていた。ただこの場には居ないというだけだ。と、それでもまだ解せない者は居た。瞬や藤堂ら冒険部の腕利き達だ。
「先輩は?」
「俺は偶然近くに狩りに来ていた。で、そこで『エンテシア砦』からの非常事態を聞いて、というわけだ」
これは全くの偶然だったらしい。が、やはりこの事態だ。既に街の防衛の為に軍や冒険者らが動いて付近から撤退してくるキャラバンや冒険者達の撤退の支援をしていたりしていたそうだ。そこで、瞬達も慌てて駆けつけたというわけらしい。弥生達よりも先にアル達と合流していたそうだ。
『まぁ、今は良いわ。とりあえず、小僧。神剣を』
「へ? あ、これっすか? これが?」
八咫烏の言葉にソラは己の神剣を掲げる。それに、弥生もまた己の神剣を掲げた。そうして二つの光が共鳴する様に、光を放つ。
「これで、良いの?」
『うむ……さぁ、日の本に生まれし子らよ! 異界の太陽の神の力! 我が力を以ってお主らにも与えよう!』
八咫烏は絡み合うように共鳴する二つの神剣の光をその身に宿すと、それを冒険部の冒険者達へと行き渡らせる。この二つの剣はお互いに主を太陽神としている。そしてどちらも最高神で、カイトに縁のある神だ。それ故、<<偉大なる太陽>>の力を一時的にだが八咫烏は宿す事が出来たらしい。
「ふむ……なるほど。無策に突っ込んできたのであれば怒るが……これならば、問題はあるまい」
冒険部の面々が来た事で一時的に隠れていたティナは、八咫烏によって強化された己の状態を見繕いながら頷いた。八咫烏の行った事の原理は語られなかったが、彼女には理解出来た。であれば、問題無いと判断したのである。
そうして、<<偉大なる太陽>>と<<布都御魂剣>>の二つの神剣の力を受けた冒険部を加えて、ソラはさらなる戦いへと臨む事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1371話『女神・踊る』




