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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第67章 神話の終わりと始まり編

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第1369話 女神の目覚め

 数百年の時を経て。数多の戦いを越えてついにたどり着いた女神の寝室。カイトはその前で立ち止まっていた。というのも、周囲には月明かりが満ちていたからだ。


「あぁ……」


 起きようとしている。カイトはそれを理解する。格好良く入ろうと思った。だが、それが無理だった。


「……」


 こんな所だったのか。カイトは一度来ておきながら、しかし常闇に覆われて見たことがなかった神殿で自分がついにそこに立った事を理解した。


「長かったなぁ……」


 ここを後にしたのは、十年以上も昔の事だ。あの日からずっと、待っていた。あの日はこんな事になるとは思ってもいなかった。が、こうしてここに居れる。それで十分だった。


「……」


 月明かりに満たされて幻想的な光景を見せる神殿の中をカイトは歩いて行く。前は寝室から出ると、まるで見送ってくれるかの様に『転移門(ゲート)』があった。暗闇であった事を含めないでも、しっかりと見るのは初めてと言えた。だが、それでも。どこへ向かうべきかは何故かわかった。


「……こっちなんだな?」


 カイトは手にした神器に導かれる様に歩いて行く。出る時も彼らが案内してくれた。それと同じ様に今もまた、女神の身許へと案内してくれていた。


「……」


 ああ、この扉は覚えている。カイトは重厚な石戸を見て、遂にこの時が来たのだと感極まった。だが、まだ泣くには早い。故に涙を堪えながら、彼は大扉に手を伸ばす。


「……ああ、オレだ。帰ってきた。彼女に……月の女神に目覚めをもたらす為に」


 やはり女神の寝室だからだろう。扉には月の女神を守るための強力な結界が展開されていた。だが、それはカイトを拒む事なく受け入れた。


「……」


 ドアノブに手を掛けて、深呼吸を一つ。想うのは、自分は彼女に相応しくなっただろうかという事。迷惑を掛けてばかりだった。最期の最期を経た後にさえ、助けられた。

 それを忘れていないのなら、己が英雄であると満足に言い切れるのなら、この扉を開けられるはずだ。カイトはそう念ずる。


「……さぁ、お目覚めの時間だ」


 ガチャリ。まるで軽い感じで、ドアノブが動いた。そうしてカイトはゆっくりと扉を押し開ける。


「……ああ、お前は……」


 押し開けた先に居た少年を見て、カイトは思わず涙が零れ落ちた。そこに居たのは、かつての己。ずっと居たいと望んでいた己の幻影だった。


「そうか……そういう事もあり得るよな……」


 何故こんなことが起きているのか。カイトは本能で理解した。


「一緒に、居てやったんだな?」


 己の問いかけに、かつての己が頷いた。彼らの神は寂しがりやだ。一人で眠るのを酷く怖がった。だから、カイトの想念が神器に導かれてここにずっと居てくれていたのだ。


『……』

「……ああ、もう良い。後は、もう手放さないさ」


 カイトは己の幻影の無言の問いかけにはっきりと断言する。再びこの手を取る為に来たのだ。迷いなぞある訳がない。


(一緒に)

「ああ……一緒だ」


 幼き日の己の声ならぬ声に、あの頃抱いていた心に対してカイトは万感の想いで頷いた。そうしてまるで、否、正しく役目は終わったと幻影がカイトへと溶けていく。


「……」


 幼き日の憧憬が、悔恨が、情愛がカイトの胸の内に戻ってくる。だが、不思議なことに先ほどまで流れていた涙が流れる事はなかった。


「……」


 一歩、足を踏み出す。随分と見なかった白いゴシックロリータの服装が月光に照らされているのが見えた。ユリィの悪戯によるトマトジュースで汚れていたはずだったが、どうやら綺麗になっていたらしい。


「……」


 もう一歩、踏み出した。月の女神の真紅の髪が目に入る。僅かな違和感。だが、カイトは不思議には思わない。これが正しいからだ。

 本気の彼女の髪は血の如き真紅だという。長い年月を掛けて調べた。つまり彼女は往年の力を取り戻し、カイトが呼びかけるのを待っているという事だ。


「……」


 最後の一歩を、カイトは万感の想いと共に踏み出した。女神の愛らしくも美しい顔が、美の女神でもある女神の顔が見えた。

 あの頃から変わらない、彼女の顔だ。忘れたことなんてなかったのに、自分が知っている以上に愛おしく思えた。


「……よいしょっと……」


 出来ることなら、眼を覚ますまで見ていたい所だ。が、そういうわけにもいかない。故にカイトは女神が眠るベッドの縁を背もたれにして腰掛ける。去った時と同じ姿だ。違うのは、自分。はるかに成長した自分だけだ。


「……」


 どう声を掛けるべきなのだろうか。それとも声を掛けてくれるのを待つべきなのだろうか。カイトは僅かに悩む。


「……おーい、ねぼすけ。あんまり遅いんで、迎えに来てやったぞ。いつまで寝てるつもりだー」


 こんな事を言うつもりじゃなかったんだけどな。カイトは内心で笑いながら、何故かこの言葉を選んでいた。何時もの彼であり、そして取り戻した己でもある。だから、これで良いと思った。


「んぅ……」


 女神が身動いで、僅かに不機嫌そうな呻き声が上がる。幾星霜聞いていなかった声。それに、カイトは言葉を続ける。


「おーい……外は良い月だぞー。ワインとかも沢山用意したんだがなー」

「……そう」

「……おはよ……いや、おそようか。三百年……随分とねぼすけじゃねぇか」


 振り向く事なく、カイトは背後から聞こえた声に言葉を返す。そうして告げるべき言葉が、カイトが最も聞きたかった言葉が述べられた。


「おはよう、私の下僕」

「ああ……おはよう、我が女神様」


 二人はあの時の続きだとばかりに、あの時と同じ姿勢だった。それで良いのだ。なにせこれはあの時の続き。少し違うとすれば、カイトが待っていた事という所だろう。

 あの頃は自分では会えないと思っていた。転生して、探してくれると信じていた。だが、そんな事はなく不思議な因果に導かれて彼自身がここに居る。


「……」


 ベッドで眠るシャルロットの横。カイトが立ち上がり、目を開けた彼女へと微笑みかける。ついに、幾星霜の月日を超えて女神は目覚めた。それに、シャルロットが上体を上げる。


「……覚悟、良い?」

「ああ……オレに、君が目覚めたと教えてくれ」


 シャルロットの問いかけにカイトは涙を堪えながら頷いた。約束だった。あの生と死の狭間。まどろみの中で彼女に救われて、ここに居る。彼女のおかげで数々の因果を知る事が出来て、そしてここに立つ事さえ出来ている。すべての恩人の一人。だから、約束を果たさねばならなかった。


「……変な感じ」

「当たり前だろ? 生きてるんだから」


 わずかに傾いた視線が交差する。が、これは二人にとっては違和感だ。特にシャルロットにとっての違和感は果てしない。かつては、こんな差は無かった。カイトが生きて成長した証だった。


「……」


 ぴたり、とシャルロットの手がカイトの頬に触れる。それだけで、カイトは泣きそうになった。何度経験しても、喪う痛みには慣れる事はなかった。その傷の形の一つは間違いなく彼女の形だ。それが、癒やされていくのを感じる。


「行くわね」

「ああ……」


 ただしっかりと、カイトはシャルロットの姿を見据えて来るべき衝撃に備える。そうして、今まで触れていた手が彼の頬を離れた。


「……」

「……」


 一瞬の静寂が、夜の帳に覆われた寝室に満たされる。そして、その直後。シャルロットが大きく振りかぶっていた腕を振り抜いた。


「……ごめんね」


 が、ぱしん、という快音は鳴らなかった。シャルロットは大きく振りかぶった様に見せた腕をそのままカイトの首へと回して、そのまま抱きついたのだ。


「……ごめんね……一人にして」

「……一人じゃなかったさ。ユリィも居た。お前もずっと一緒だった」


 あの時別れねばならなかったのは、シャルロットにとっても苦渋の決断だった。ああしなければあの時、彼女自身がカイトを殺してしまった。また出会う為には、ああするしかなかった。

 だがその結果カイトはまた道に迷い、その結果があの末路だ。それを彼女は嘆いていた。自分が居ればああならなかった、と。だが、こんなものはタラレバだ。IFが存在しない以上は、確認する術がない。言っても意味がない。


「ただ、オレが気付けなかっただけだ……それにまぁ……おかげで色々な人たちに出会えた。反省はしているが……後悔はない。あれで良かったんだろう」


 涙を流すシャルロットを抱き留めて、カイトはその柔らかな真紅の髪を撫ぜながら微笑んだ。こうなるだろうな、とは思っていた。約束なぞ果たされる事はなかったのだ。

 そもそも待っていると約束したカイトが約束を守っていない。逆に迎えに来たのだ。そして彼女は優しい。それを知る彼がこうなるだろうと理解していて当然だった。


「確かに苦しかったし、悲しかった」


 今まで去っていった何人もの人々を思い出す。両手の指では足りないほどの人たちが、彼の側から去っていった。その苦しみや悲しみは今でも忘れていない。その傷は癒える。癒えるが、時として疼く。仕方がない事だ。それは埋まる事のない穴なのだから。


「でも……うん。今はちょっとはマシかな」


 この手の中にある感触は幻ではない。だから、今一つの穴が埋まった。癒えない筈の傷が癒えた。それで満足だ。だが、満足してもいられない。残念な事に、そしてある意味カイトらしいことに、今は時間がない。


「……」


 少しの沈黙の後。名残惜しそうにシャルロットがカイトから離れる。待っていてくれたのはカイトだけではない。もう一人、友人が外で待っていてくれているのだ。彼女にも早く会いたかった。


「ユリィは?」

「外だ……わかってるんだろう?」

「下僕らしいわ」


 カイトの問いかけに、シャルロットが微笑んだ。神器を通して彼女はカイトの現状を理解している。だから、今時間が無い事も知っていた。そしてもちろん、ユリィが外に居る事も、だ。


「さぁ、行きましょう。私の神使にして、私の下僕。我が永久の伴侶……この世で最も愚かなる者。常闇は終わった。これからは、白夜。月が常に貴方を照らすわ」

「はい、女神様……ですが、その前に」

「?」


 神使として恭しく一礼したカイトに対して、その言葉にシャルロットが小首を傾げる。そうして、カイトは一切の迷いなく再度彼女を抱き寄せて、その唇を奪った。


「……せめて、お目覚めのキスぐらいはさせてくれ」

「……キザね。あのエルフと同じぐらい」

「だが、彼以上にオレは寂しがりやだ。君と同じぐらいには」


 一瞬だけで終わらせた口付けの後。カイトは大きくシャルロットの匂いを吸い込んだ。それで、今は十分だ。だから、今度は名残惜しそうなシャルロットに対してカイトはゆっくりと離れる。

 もう、二人を別つものはなにもない。したければ後で良い。時間はたっぷりある。が、そのたっぷりの時間を作る為にも、邪魔者を消さねばならなかった。


「……さぁ、行こうか」

「ええ」


 迷いはない。恐れもない。失われない様に力は手に入れてきたのだ。そしてカイトが失われない事で、己の権能の改変によりシャルロット自身ももう深い眠りに就く必要がない。これでどうして負けがあるのか。あろうはずがない。


「では、女神様」


 カイトは先と同じく恭しく一礼し、寝室の扉を開く。しかし、その顔が物語っていた。これが夜に見る夢ではないのだと教えてくれ、と。


「……では、出陣よ。三百年の時を経て……死神とその神使で俗物共の掃討に参りましょう」

「はい、女神様」


 シャルロットが寝室から一歩、足を踏み出した。その足取りに迷いはないし、覚束ない様子も一切ない。そうして、カイトもまた寝室を後にしてしっかりと扉を閉じる。ここを次に使うのが何時かは、カイトにはわからない。シャルロット自身にもわからない。

 使わなくて良いかもしれないし、案外、かつてを思い出して使うかもしれない。が、今は必要ない。そして少なくともしばらく必要がない事は事実だ。


「……おかえり、シャル」

「ええ……ただいま」


 微笑むユリィにシャルロットもまた微笑んだ。再会の挨拶は短い。なにせ、邪魔者はすでに沢山居た。なら、さっさとこいつらを片付けるだけである。そうして、カイトの旅路の最初期の面子は周囲を埋め尽くす漆黒の魔物達へと打って出る事にするのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第1370話『彼らの戦い』

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